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エティハド航空~東欧周遊編(2)

2017年12月21日
名古屋・中部国際空港~北京



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機内食


また、新たな旅が始まった・・
ナナと向える2度目の旅。

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旅の概要~東欧周遊編(1)

我が家の第5子ナナとの旅もこれで2度目となる。
僕らの旅の目的地は、いつだって後からついてくる。
行きたい国の航空券は大概高くて買えず、安い航空券で行ける国へ行く。
オ-プンジョ-の航空券を使えば、どんなル-トだって組むことは可能だ。
アフリカに行きたければ、欧州行きの格安航空券を探し、ジブラルダル海峡を越えればいい。
中米に行きたければ、航空券の安いアメリカから下ればいい。
そんな訳で今回の旅は以前から行きたかったトルコを中心に、ぐるり東欧を巡る。

1ヶ国目、トルコ。
ここは、アジアの果て、ヨ-ロッパの始まり・・。
世界を旅するバックパッカ-にとって、評判の良いこの国は絶対に外せないだろう。
奇岩カッパドキア、パムッカレ温泉等、国土は広く見所も附随して多い。
ケバブは確かに美味いが、大概他の国でも食べれたし、トルコ以外の方が逆に美味かった。
何より酒が高く、呑兵衛には辛い国だ。

2ヶ国目、ブルガリア。
日本人の想像を決して裏切らない、すさまじい光景が目の前に広がっていた。
そこは、ス-パ-マ-ケット。
棚にずらりと並んでいるのは、もちろん『ヨ-グルト』。
種類は無数にあり、安くて、とても美味かった。
それにさすがブルガリア人だ、カゴに入れるヨ-グルトの数もハンパなかった。
ブルガリア=ヨ-グルト、この法則に間違いはない。

3ヶ国目、ル-マニア。
僕には『新体操』くらいしか想い浮かばない。
夜の宿探しは辛かったけど何とか無事ドミに救われ、大晦日に野宿せずに済んだ。
ドラキュラのモデルになったブラン城は、予想以上に良かった。
ビ-ルが驚く程安く、2.5Lの常温ボトルを豪快にがぶ飲みして喜んでいた。

4ヶ国目、ハンガリ-。
ここは中欧、『クラシック』が有名そうだな。
王宮から見たブダペストの夜景は、言葉を失うくらいに綺麗だった。
日本人宿アンダンテに連泊し、連日深夜1時半まで話に夢中になっていた。
旅人にも実に様々なタイプがいるが、さすがに東大生だけはレベルが違った。
国境の町コマ-ロムから橋を渡り、5ヶ国目スロヴァキアへも少し入っておく。

6ヶ国目、セルビア。
残念ながら、僕には想い起こすアイテムはない。
たまたま1月7日に入国したが、1年の内でこの日だけは入るべきではなかった。
この国では丁度クリスマスに当たり、店は何処もやっておらず、宿すら閉鎖状態。
すがる思いで訪れた動物園、これが意外と良かった。
土産物屋のオバちゃんとの出会いも、いい思い出だ。

7ヶ国目、コソヴォ。
誰もが『紛争』を想い描くだろうが、今となっては至って平和な国だった。
首都プリシュティ-ナでは8人ドミに連泊した。
宿のオバマ青年。彼は『YES、WE、CAN!』と僕の期待に応えてくれた。
国民の大半がアルバニア人の為、コソヴォとアルバニアの国旗が共存する姿は異様だった。
東欧の物価は総じて安いが、マイナ-な国は特に安い。

8ヶ国目、マケドニア。
未だ『アルバニア』との区別がつかない。
当然イメ-ジは持ち合わせていないが、銅像が多いことだけは事前情報で知っていた。
しかし、これが多いなんてもんじゃない。
その数は尋常でなく、最初こそ笑っていたが、次第に感動へと変わっていく。
凄いぞスコピエ!

そして9ヶ国目は、ギリシア。
僕は23歳の頃、妻(当時未婚)と一度来たことがある。
タベルナでは食べるな・・、その時得た教訓は今でも頭に残っていた。
スコピエ(マケドニア)から僕ら二人は無事ギリシア入国を果たす。
しかし唯一の頼り処『地球の歩き方』は国境を越えられず、何故かスコピエへと逆戻り。
国境でバスが変わるなんて、俺は聞いてないぞ!
地図すら持たない(当然スマホもない)深夜特急の旅をしばし満喫する羽目に遭った。

ここはどこ?
町の中心へはどうやって行くの?
安宿はどの辺り?
見所は?

何もかも、訊き込みに頼るしか手段がなかった。
これこそ、本当の旅。
結局どうにかなったし、どうにでもなった。
それでもこの時の僕は結構必死で、かなり焦っていた。
しかし対照的なのがナナ、その境遇を明らかに楽しんでいるように見える。
翌日無事『歩き方』と再会し、その偉大さを嫌と言うほど痛感することになった。

その足で僕らはカランバカへと向かう。
天空の修道院メテオラ、確かに大興奮する程一気にテンションは上がった。
しかしそれは見る角度によるものが大きく、若干トリックめいている。
自ずと僕の感動ランキング3傑には入り損ねた。

世界遺産、アクロポリス遺跡。
このパルテノン神殿から、ウルトラマラソンの最高峰スパルタスロンはスタ-トする。
246㌔先のゴ-ル地点スパルタには行けなかったが、自分の足で行けと言う意味だろう。
しかし折角なので、マラソン発祥の地には行ってきた。
マラソン発祥の地、マラトン(Marathṓn)。
マラトンの戦いの勝利を伝えようと一人の兵士が伝令となり、42㌔先のアテネまで走る。
しかし使命を果たすと、そこで力尽く・・。

今回の1ヶ月東欧周遊の旅。
後半多少妥協はしたものの、連続夜行移動もあり、それなりにハ-ドな旅であった。
アテネにはここ数年のうちに戻って来なければなるまい。
いつか自分の足でコリントスの運河を越え、スパルタのレオニダス像へと辿り着きたい。
夢が少し現実に近付いてきたような、旅の余韻を今感じている。

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中部国際空港~北京経由~アブダビ経由~トルコ/イスタンブ-ル~ギョレメ(カッパドキア)~パムッカレ~セルチュク(エフェス)~イスタンブ-ル~ブルガリア/ソフィア、ボヤナ~ル-マニア/ブカレスト~ブラショフ、ブラン~ハンガリ-/ブダペスト、センテンドレ、コマ-ロム、コマ-ルノ(スロヴァキア)~セルビア/ベオグラ-ド、ノヴィサド~コソヴォ/プリシュティ-ナ、グラチャニツァ、プリズレン~マケドニア/スコピエ~ギリシア/テッサロニキ~カランバカ(メテオラ)~アテネ、ダフニ、マラトン~アブダビ経由~北京経由~中部国際空港   計30日

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第12回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-208km(9)~代償からの学び


・・前回の続き


日曜夜に何とかゴ-ルし、月曜(祝)夜には無時帰宅。翌火曜は午前中ゆっくり眠り、午後から仕事場に向かった。しかし体調は全く回復しておらず、全く使いものにならなかった。その後水曜、木曜、金曜、土曜と連日母に町の病院へ送迎してもらい、午前中は点滴を打ち、それ以外の時間は実家でずっと寝込んでいた。とても仕事どころではなく、精神的にもかなり参っていた。血液検査の翌日、結果が出てきた。CK値が異常な程上昇し、筋肉崩壊が起こったのだろうと医師は言う。これまで血液検査など気にしたことがなかったし、『CK』と言われても、何のことだかさっぱり分からなかった。もし来週になっても良くなっていなかったら、いよいよ入院だな。絶望感が頭を過り始めた。・・そして土曜の夜、子供らが見舞いに来てくれた。前日1歳になったばかりの第7子は上手に立てるようになっていた。丁度その頃、奇跡的に僕の体調も回復傾向にあった。地獄の底から蘇ったようなこの感覚は、208㌔の完走以上に嬉しかった。完走の代償は大きいものとなったが、もし自分がもう一度大会前に戻れるとしても、この1週間の苦しみを引き受け、やはり完走の勲章を選ぶだろう。日曜には畑作業を行えるまでに回復し、夢にまで見た日常が戻ってきた。その後、僕も血液について少しばかり学びを得る。二度とあんな辛い目に遭わない為に、同じ過ちを繰り返さない為にとの一心だった。
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連日の病院通い  ※本気で死ぬかと思った
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背中に痣があった  ※バックの擦れ

医師が心配されるように、血液検査の結果には『CK』だけ再検のマ-クが付いていた。確かに基準値を大きく上回ってはいるが、ウルトラマラソンでは特別驚くようなことではないだろう。ネットでは桁が違う例も出てくるし、200㌔を走ってCK1313で治まっていることを逆に喜ぶべきだ。どうやらこれはアミノバイダル効果のようで、やはり不味くても飲むことは重要だと確信した(ゴ-ル後にも飲むべきだった)。では原因は他にあるのか・・。基準値を超えている各項目について、片っ端からネットで検索。『総蛋白』がやや低く、肝障害、栄養障害が疑われる。肝機能を調べる『GOT』、『GPT』はマラソンではCKと並びメジャ-な項目のようだ。GOT62(平常時19)、GPT44(平常時13)と数値はかなり上昇していた。『LDH』は乳酸脱水素を示し、LDH365という数値は危険領域に入る。疑われる疾患として、肝障害、筋肉障害、溶血がある。『総コレステロ-ル』は131(平常時164)とかなり下がった。次に『尿素窒素BUN』と『クレアチニンCr』の関係。これは『BUN/Cr比』として示され、その比率が10倍以上だと脱水の疑いがある。今回の結果では24倍となり、おそらく脱水症状にあったと言える。電解質を示す『ナトリウム』、『カリウム』、『クロ-ル』は基準内に治まっていた。塩熱サプリは適時摂っていたので、その効果の現れだろう。
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血液検査  ※画像クリックで拡大

次に『鉄Fe』。これは鉄欠乏症貧血を示し、やはり貧血だった。『CRP』は炎症反応を示し、0.45という数値は軽い炎症を意味する。そして最も注目すべきが、貧血に関する項目。『ヘモグロビン』は赤血球の中に存在するタンパク質のことで、肺から全身へと酸素を運搬する役割を担っている。赤血球は白血球や血小板と共に血液中にあり、ヘモグロビン等から作られている。マラソンをすると、足の裏への衝撃が長時間続き、足裏の毛細血管に負担がかかり、その血管中にある赤血球が壊れてしまう。赤血球が壊れると、その中にあるヘモグロビンも減少し、酸素の運搬が十分に行われず貧血状態になる。今回の検査では『赤血球数』が415(平常時488)、『ヘモグロビン』が12.5(平常時14.3)、『ヘマトクリット』が37.1(平常時42.3)といずれも減少し、基準値を下回った。以上のことを踏まえると、今回の最大の要因は貧血と脱水だったものと推測する。元々貧血気味だったこともあるが、この先僕がランナ-である限り、最低鉄のサプリくらいは毎日摂取しなければなるまい。今思い起こすとゴ-ル後の入浴が地獄への入口だった。入浴を境に気分は一変した。ただでさえ着地衝撃で赤血球を壊していたのに、入浴による発汗で鉄を含むミネラルを放出していたのだ。あの入浴後の脱力感は相当危なかった。今後はシャワ-くらいで済ませたい。もう二度と今回のような辛い思いはしたくはないが、かと言って、一度失敗したくらいで超ウルトラの世界から逃げ出す訳にもいかない。今回の失敗から多くを学び、次につなげるしか道はない。今回の佐渡で、僕のさくら道は随分と遠のいた。


終わり

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| 2017 | 21:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第12回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-208km(8)~悲劇の始まり


・・前回の続き


無事佐渡一周を終え、昨夜21時には寝に入っていた。今泊まっている7人部屋(布団は8枚敷いてあったが、1名は急遽不参加)。僕がゴ-ルし部屋に戻ってきた時点で、既に3人が先にゴ-ルしていて、3人はまだゴ-ルしていなかった。朝まで熟睡したかったが、同室のランナ-が夜中部屋に戻って来る度に、必然と目を覚ますことになる。皆それぞれ大変だったようで、台風の話に盛り上がっていた。同部屋の最終ランナ-が帰ってきたのが明け方近く。目を覚ました僕もついに眠れなくなり、そのまま起き上がることにした。昨晩ゴ-ル後に食べ損ねていたハヤシライスに心残りがあったので、階段を下り、ロビ-へと向かう。そしてロビ-でゴ-ルシ-ンを眺めながら、ハヤシライスとソ-セ-ジス-プ、おにぎりを頂いた。ハヤシライスはレトルトだが、とても美味しかった。今の外は、台風のど真ん中。雨具をまとったランナ-が、点々とゴ-ルしてきた。心配するスタッフらを余所に、ランナ-は滅多に体験出来ないこの壮絶な状況を、自分達なりに楽しんでいた。しかし台風はかなり深刻で、心配したスタッフが、まだ帰ってきていないランナ-の捜索に出かけた。その捜索により1名のランナ-が敢え無く収容となったが、ライトを持っていなかったことが最大の要因のようだ。それにしても、このエコ・ジャ-ニ-。台風が上陸しようが中止にならないのが本当に凄いところ。ちなみに同日開催の丹後100kmウルトラマラソンは、台風18号の影響で中止となった。
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昨晩食べれなかった完走後の食事(4:20)  ※この時はまだ食欲があった
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台風の中ゴ-ルするランナ-(4:38)  ※ゴ-ル制限まで1時間半を切った

ゴ-ル制限(スタ-トから48時間後)となる朝6時まで感動的なゴ-ルシ-ンを見ていたい気もしたが、食事を終えると、潔く部屋に戻った。再び寝直し、朝9時前に起床。まだ大雨が降り続けているのかと一瞬滅入ったが、その音の正体は波しぶきだった。空は快晴、台風は無事過ぎ去ったようで一安心。9時半から始まる打ち上げを前に、荷物をまとめて部屋を出るようアナウンスが入った。丁度定刻の頃に宴会場へ入ると、既に宴は盛り上がっていた。テ-ブルには美味しそうなご馳走がずらりと並ぶ。揚げ物や刺身、新潟産コシヒカリ・・、それにビ-ルにワイン。しかし僕は朝起きて以来、気分がすごく悪い。頭がずしりと重く、気持ちが悪くて今にも吐きそうだ。とても宴会に出られるような状況ではないので、ロビ-かどこかで寝ていようかと思った。しかし宴会代のキャッシュバックはないと言われ、仕方なく宴会に顔を出す。しかし席に着いたものの、料理を見るのも辛く、直ぐに会場を出た。会場前のソファ-に横たわり、体を休める。心配した賄いさんが、水やティッシュ、嘔吐用バケツ(結局していない)を持ってきてくれた。とにかく体調は最悪で、生きている気がしなかった。
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朝食を兼ねた打ち上げ宴会(9:30~11:00)  ※ビ-ル、ワイン飲み放題
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豪華なオ-ドブルのはずが・・
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宴会場入口にて敢え無くダウン

宴会場の楽しそうな光景を余所に、自分の惨めさだけが光る。勝者と敗者。確実に僕は敗者の部類に入る。100㌔を超える超ウルトラの世界では、ゴ-ル後の宴会を楽しんでこそ大会は完結する。一向に気分は良くならないがこのままでは虚しいので、宴の終わり際、力を振り絞り根性で席に着く。賄いさんに特別に梅干しを用意してもらい、コシヒカリを茶碗一杯、お茶漬けにして食べた。そんな貴重な梅干しさえも、前に座る貪欲な男性は狙っていた。結局僕の宴会代3000円は、この茶碗一杯のお茶漬けに消えた。わざわざ駆け寄ってくれたMさんともたいして話せず、不甲斐無さだけが残った。
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お茶漬けが精一杯
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来年はどうしようかな・・

2台に別れたホテルの送迎バスに乗り、一同両津港へと向かう。この時点でまだフェリ-が出港するという情報はない。僕の乗るカ-フェリ-の前に出港予定だったジェットフォイル(高速フェリ-)は敢え無く欠航となった。台風は明け方に過ぎたが、高い波が残っている為欠航が相次いでいる。バスの車内では僕と同類の女性が、通路に座り静かに嘔吐していた。ウルトラに嘔吐はつきものだが、今回の佐渡での一番の重症者は僕とこの女性かも知れない。バスでは寝て過ごし、両津港に到着。流れるがまま搭乗の列に並ぶが、出港の情報はまだ知らされていない。しかし大型フェリ-は強かった。さすがに普段から荒波にもまれているようで、台風一過の高波くらい、敵ではなかったようだ。無事改札が始まり、歓声が沸き起こる。これで無事家に帰れる。大会中の台風直撃も心配だったが、大会後のフェリ-の出港も最大の心配事だった。新潟港までの1時間半は良く眠れた。フェリ-は結構揺れていたようだが、気にもならなかった。
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この便から奇跡的運航
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ランナ-は皆ごろ寝

新潟港に着き、家族への土産物を物色。タ-ミナルを出てバス乗り場へと向うが、バスは今出たばかりだった。歩けない距離ではないが、この体調からして歩くのは無理だ。地べたに座り小1時間バスを待ち、ようやく乗車。しかし降りた所は、万代シティバスセンタ-ではないらしく、何度も人に訊きながらようやくバスセンタ-に着いた。乗り場でしばらく待ち、富山行きの高速バスに乗車。車内ではおにぎりを食べる食欲が多少はあった。富山アピタ前にてバスを降り、迎えに来てくれた妻らと合流。自宅までの1時間半は、後部座席で横たわり寝ていた。
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タ-ミナルにあった朱鷺のモニュメント
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新潟駅前行きバス乗り場
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本数は少ない  ※画像クリックで拡大
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万代シティバスセンタ-  ※車で来なくて大正解

結果として、超ウルトラの世界は想像以上に辛かった。たいした筋肉痛にはならず、肉体へのダメ-ジはさほど感じていなかったが、ダメ-ジはやはり内臓に現れた。インドやバングラでも平気で生水を飲んでいたし、胃だけは誰にも負けない気でいた。しかしその自信は、今回の佐渡で無残にも崩れ落ちた。あの打ち上げ宴会の光景・・。朝から揚げ物をガツガツ食べ、ビ-ルをガバガバ飲むあのランナ-達こそ、超ウルトラに対応出来る強靭な内臓の持ち主だ。来年もう一度出たとして、おそらく36時間は切れるだろう。しかし翌朝の宴会に出る自信は全くない。今は気分が悪いけど、もう一晩ゆっくり眠れば回復するだろうと安易に考えていた。しかしこれはただの序章に過ぎず、本当の地獄はこの先に待っていた。


つづく・・


| 2017 | 13:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第12回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-208km(7)~遠かったゴ~ル!


・・前回の続き


第4エイドで30分程休憩し、いよいよ最後の区間、50㌔先のゴ-ルを目指す。11:27、再び4人で走り始める。天気はしばらくは持ち堪えてくれそうだが、それより僕の脚がどこまで持つのかが心配だ。何とか夜も更けぬうちにゴ-ルし、今夜未明に上陸すると予想される台風の直撃だけは避けたいと願う。海を左に眺めながら、緩やかな坂道を下っていく。一見見落とし易い小さなコ-ス誘導も、4人いれば見落とす心配はない。ここを右折し、奈良のIさんが、ゆっくりと僕らメンバ-を引っ張ってくれた。トンネルを抜け、しばらくは海沿いを走る。たまに、ちらほらランナ-も見かける。昨夜の宴で前の席に座っていた佐渡経験者の男性が、一人調子良さそうに走っていた。右に左に奇石を眺めながら、正体は分からずとも、珍しそうなものは取りあえず写真に収めておく。
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およそ160㌔(11:28)
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コ-ス誘導で右折
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メンバ-4人 ※左から奈良のIさん、横浜のMさん、福井のSさん、そして撮影者僕
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潜岩(キリン岩)

エイドを発ち、既に2時間以上が経過していた。たまに立ち止まることはあるが、ほとんどが走りっ放し。こんなに追い込むことは、もし自分一人だったら絶対に有り得ない。これが、『引っ張られる』ということなのか・・。自分の力以上のものが、或いは本来自分の力としてあるけれど、自力では引き出せないものが底力となって現れる。ふと、公衆便所が出てきた。別にシッコがしたい訳ではなかったが、僕が主導するかのようにここでトイレ休憩となる。安易に弱音を吐くことは出来ないが、せめて堂々と休めるきっかけが欲しかった。トイレ休憩も程々に、再びランニング再開。僕は結構へたっているが、皆は疲れていないのだろうか。真野に入ると、食堂らしき店があった。Iさんはここでカレ-を食べたいと言っていたが、食欲のない僕らに遠慮して結局店には入らなかった。とにかくIさんは胃袋からして強過ぎる。この場に及んでこの食欲、僕には心底信じられない。
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公衆便所(13:46)  ※とにかく休む理由が欲しかった
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史跡の里 真野(14:20)

うぉ~!あれが噂の人面岩か・・。頭、目、鼻、顎、首が、人間そのものだな。しかし後に知ったが、ここは椿尾弁天岩(別名:ゴジラ岩)と呼ばれ、人面岩とは違った。4人であ~だ、こ~だ言いながら、各々写真を撮る。そして再び走り出すと、水色のSさんが遅れ始めた。さすがに疲れてきたのかなと思い様子を伺っていたが、その後上り坂にかかる頃、事態は急変した。疲れたものと思っていたSさんは力を蓄えていたようで、突如僕らに別れを告げ、先に行ってしまった。さすがはSさん、川の道520㌔の完走者だけはある。どうやらペ-ス的にヤキモキしていたのかも知れない。前を行くタフガイの赤シャツIさんも次第に見えなくなり、ここからは再び僕とMさんの2人旅になった。上り坂を快走する2人にはついて行けず、これまで通り”上りは歩く”という基本スタイルを貫いた。
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椿尾弁天岩(ゴジラ岩)
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右を向いている人間にも見える  ※頭(髪の毛)、目、鼻、顎、首が人そのもの

長い坂道を、Mさんと楽しくお喋りしながら歩いている。時折車が通る2車線道路の右側を歩いていたら、反対側に果物屋が現れた。店に入るつもりはなかったが、駐車場の自販機に脚を向けた。さっぱり系のオレンジジュ-スを買い、地べたに座りしばしブレイク。Mさんは店内へ入っていったが、直ぐに中から手招きされた。フレンドリ-なMさんは店のオバちゃんと仲良くなり、試食の梨をご馳走になっていた。早速僕も遠慮せず、何個も頂いた。梨は瑞々しくて、最高に美味しかった。さすがにここまで来ると胃は相当痛んでおり、果物が何よりも嬉しかった。お礼を言い、店を出る。あ~美味しかったと、2人ニンマリ笑顔。先に行ってしまったSさんとIさんはきっと食べれなかったのだろうな。Mさんはこの208㌔の旅を、心から楽しんでいるようで凄いと思った。
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くだもの直売センタ-(14:51)  ※試食の梨を沢山ご馳走になった
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終盤は甘いものしか受け付けない  ※このシュ-ズでこれまで9本(1000㌔)以上を走ってきた

それにしても、これまで走ってきた佐渡外周線にしてはここは大きな道路だな。町が近いこと、ゴ-ルが近付いていることを予感させた。上り坂が終わると、足並みを揃えるように一斉に走り出す。相変わらず道路の右側を走っているが、又もや反対側に名所らしきが現れた。こういった名所の存在は、堂々と脚を休めることが出来、いい気晴らしにもなって僕としては大歓迎だ。倉谷の大わらじ。ここでようやく180㌔を過ぎた頃。ここに来て半島の先端が視界に入ってきた。少しは感慨深いものもあったが、まだ30㌔近く残っているので油断は出来ない。坂道を下り海を目指していると、左手にスイ-ツ屋を見つけた。ここは迷うことなく、Mさんと店へ直行。カップソフト(340円)を買い、小雨舞う外のベンチで食べてみる。とても濃厚で、最高に美味い。既に固形物はほとんど受け付けない胃袋だが、ソフトクリ-ムはやはり別格だった。
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倉谷の大わらじ(15:05)
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説明書き
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あの先か・・
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スイ-ツ屋の自家製ソフトクリ-ム(340円)

坂道を下り切り海沿いに出たら、一気に風が強くなってきた。慌てるように防寒の上着を羽織る。先程追い越していた年配の男性ランナ-。僕らが呑気にソフトクリ-ムを食べている間に先に行っていたようだが、ここで再び追い越した。Mさんはこの方と『ホテルめおと』で同室のようだったが、その歳でのこの素晴らしい走りにとても感銘を受けた。きっと長いキャリアをお持ちなのだろう。16時を回り、残り20数㌔。日没はほぼ確定だが、明るいうちにどれだけでも進んでおきたい。取りあえず今目指しているのは、この直線の突き当り。カタカナの『コ』の字の左上を目指し、今は左下から右下にかけての直線を進んでいる。相川18km。確かゴ-ルの『ホテルめおと』も相川にあったような。そして今度こそ本物の、人面岩。それにしても横顔がモアイ像にそっくりだ。
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突き当りまでが遠い  ※寒くなってきたので防寒具(兼雨具)着用
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近いようで遠い
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相川18km(16:15)  ※両津港21㌔だが、これは島を横断した場合
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人面岩(立岩)  ※モアイが右を向いている
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説明書き  ※画像クリックで拡大

この先2時間以上、写真をパタリ撮らなくなった。それ程僕も必死だった。まだかまだかと思い続けた突き当りは、異様に遠かった。実際は近かったのかも知れないが、この時の僕には何十㌔先にも思えていた。ここでおよそ190㌔地点、僕の限界はこの辺りだった。走り慣れた100㌔を越え、未知の領域である160㌔以降も意外と脚は動いてくれた。このまま最後まで行ければ、36時間切りの目標も叶うかも知れない。しかし確実に距離は踏んでおり、その疲れが一気にドッと現れた。『コ』の字の右下から右上にかけての直線は、ほとんど歩いてしまった。しかもその歩きの遅いこと。残り20㌔を切り、走れば2時間でゴ-ル出来るが、歩けば1時間4㌔として4時間以上かかる。しかしこのペ-スでは、5時間かかってもおかしくない。そう考えると、5時間だけは勘弁してほしい。Mさんには迷惑をかけて、本当に申し訳なかった。ただ、歩くにしてもフラフラで、車道に出る度にMさんに促されていた。

遅いながらもせめて前だけを向き、懸命に進み続けていた。賑わう町を抜け、海岸沿いに出た。先程歩き始めた頃から、同じく疲れ気味のランナ-も仲間に加わっている。昨日から何度か見かけていたこの男性、小木のス-パ-でも見かけたランナ-だ。尚も限界と闘っている、非力な僕。先に行ってくれ・・とMさんに申し出るが、Mさんは決して僕を見捨てなかった。歩いてばかりでは申し訳ないので、しばらく歩いては、時折意を決してランニングポ-ズを取る。既に辺りは闇の中。しばらくして目の前に動く明かりが見え、やがてその明かりに追い着いた。あ、ど~も、コンニチワ。この黒シャツの男性は、昨夜仮眠所まで一緒に走った高岡のTさんだった。1週間前に白山白川郷100㌔を走っていたこの方、昨夜の話では、台風直撃が心配なので仮眠はとらず、そのまま進むと言っていた。確かに僕もその時、そうしようかと悩んではいた。しかし結果として、休憩なしでの徹夜ランと、休憩してのラン再開とではやはりその後の走りに違いが出ていたようだ。Tさんもフラフラになりながら、必死に前に進んでいる。『ランニングポ-ズ』という表現は、実は昨夜Tさんとの会話から学んでいた。例え遅くても、ランニングポ-ズさえとっていれば、いつかはゴ-ルに辿り着く。さすがにTさんのランニングポ-ズには、ゴ-ルへの強い執念を感じた。

そして終に、『コ』の字の右上に到着。これから『コ』の字の左上目掛け、最後の直線に入る(実際はまだそこから4㌔の北上があった)。2時間以上ぶりに写真を撮ったが、少しは正気が戻ってきたのだろう。4人で進む、闇の行軍。辛いながらも、上り坂以外は極力走った。人通りはなく、車もほとんど通らない。街灯すらない真暗闇を、4人必死に進んでいる。しかし必死という表現は僕だけのもので、他のメンバ-は話をする余裕すらあった。相変らず弱気な僕は、『先に言ってくれ・・』と又もやMさんに泣き言を放つ。しかしMさんは、ここでも僕を見捨てなかった。こんな僕で申し訳ないが、何とか僕もMさんとゴ-ルしたいと強く思うようになってきた。
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ここを左折し、ようやく最後の区間  ※実際はその後更に4㌔の北上があった 
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走りたい2人に迷惑かけっぱなし
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ファンタピ-チ

ここは米郷。ようやく『コ』の字の左上に着いたようだ。明るいうちに見えていたあの半島の先だ。地図を見て現在地を確認。後はラスト4㌔、北上を残すのみとなった。ようやく残りの距離をつかみ、僕も少し元気になった。前の2人(Tさん、Mさん)について行くのにやっとだったが、僕も最後のド根性を見せる。ここまで10㌔近く一緒に踏ん張っていたもう一人の男性ランナ-は、相当疲れていたようで、既に姿はなくなっていた。ゴ-ルに向けて、最後の3人旅。いつしか風が強くなり、台風の直撃はもう時間の問題だ。道路脇の大木は大きく揺れ、不気味な轟音をなびかせている。坂道の上りで腰を『く』の字に折った年配の男性ランナ-がいた。通常であれば、誰がどう見ても歩くことすら不可能な状態。救急車を呼んでもおかしくはない状況だ。しかしこの男性は、必死に『く』の字で進んでいた。ウルトラランナ-は本当に凄い人ばかりだとつくづく思う。どんな状況であれ、決して折れない強い心。そんな場面を、今日ここまで何度も見てきた。とは言え、あんな状態で果たして最後まで辿り着けるのだろうか・・。
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米郷(19:37)  ※残すは4㌔
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既に脚は限界で、歩くのもやっと

ゴ-ルはまだか・・。時間的にもう着いてもいい頃だ。何度か偽ゴ-ルに騙されながらも、終に僕らは『ホテルめおと』まで帰ってきた。昨日の朝6時にこの場所を発ち、佐渡を一周してきた。本当にそんなことが出来たんだ。階段下に姿を現すと、建物の中から歓声と拍手が僕ら3人に向けられた。階段を上がり、写真撮影。ここに、208㌔の旅は幕を閉じた。ロビ-ではIさんが美味しそうにハヤシライスを食べていた。さすがに胃袋が違う。Iさんは結局、僕らより1時間程早かったようだ。それも15㌔余計に走ったのに。そしてMさん。小木手前からゴ-ルまでの70㌔近くを一緒に走ってきた。Mさんがいなければ、僕は確実に後2、3時間は遅かったに違いない。Mさんとの出会いが、完走以上に、佐渡での一番の収穫となった。Mさん、本当に有難うございました。
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まだか、まだか・・
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そして、ついに佐渡一周を終えた(20:18)
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ゴ~ル!  ※1週間前に白山白川郷100㌔も完走したTさん(左)、僕(中)、最後の70㌔を共にしたMさん(右)

初めての超ウルトラへの挑戦は、何とか完走という最良の形で終えることが出来た。目標の36時間切りは叶わなかったが、今の僕にはこれが精一杯だった。ゴ-ル後、直ぐに食事を勧められたが、先に風呂に入ることにした。風呂ではMさんにも会えたし、最後に遅れた男性にも会えた。本当は皆とたくさん思い出話をしたかった。しかし僕は入浴後、脱衣所で倒れそうになっていた。イスに座り、辛うじて気絶だけは逃れたが、僕の体はこれまで体験したことがない程の悲鳴を上げていた。入浴を終えロビ-に戻るが、食事どころではなかった。丁度その頃、例の『く』の字のランナ-も到着した。凄い!あの状況でよくここまで辿り着いたもんだ。普通の人間なら、間違いなくリタイヤしていただろう。辛い階段を手摺を頼りに上り切り、部屋に戻ると倒れ込むように布団の上に仰向けになった。そして21時には就寝。今日はゆっくり眠り、明日朝の宴会に期待する。・・しかし今大会最大の試練は、ゴ-ル後に待っていた。まさか自分の体がこんなにも悲鳴を上げていたとは、この時は夢にも思わなかった。
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25枚のA4地図  ※2日目以降頼りになった
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後日送られてきた完走証


第12回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-ウルトラ遠足208km


距離:208km
時間:38時間19分00秒
順位:42位/156人
完走率:80.7%(125人)
経過:スタ-ト(16日6:00)、第1エイド29.5km(9:29)、第2エイド57.9km(14:35)、仮眠所93.5km(19:49)、第3エイド127.6km(17日5:25)、第4エイド159.6km(11:00)、ゴ-ル208.0km(20:19)





つづく・・


| 2017 | 23:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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