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旅の終わりに~中欧周遊編(36)

2019年1月22日
上海~名古屋



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高山駅にて、姉妹弟と


今回の旅も中々ハ-ドなものとなった。
33日間(実質31日間)で8ヶ国ないし9ヶ国を貪欲に回り、訪れた世界遺産は21ヶ所にも及ぶ。
その上27ヶ所もの町を訪れた為、ほぼ毎日移動、宿探しの連続となり、精神的にも肉体的にもかなり疲れた。
これは年単位の長期旅行者からすれば、有り得ない数字だと言えるだろう。
しかし僕には1ヶ月しか期間がないので、欲張ったル-トを組むと自ずとこうなってくる。
宿探しに手こずった印象が深く残り、投宿までに1時間以上を要することも多々あった。
キッチンでの自炊は楽しかったが、チャ-ハンやパスタ系とワンパタ-ンなので、今後増やしていけたらと思う。

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| '19中欧周遊編 | 10:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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真夜中の日本人~中欧周遊編(35)

2019年1月21日
~西安経由~上海



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真夜中の日本人


深夜0:39、気が付くと既に日付が変わっていた。
上海の空港へと降り立ち、楽しみにしていたファミリ-マ-トでの夕食。
物価の高い空港内にあるが、町のコンビニと価格は同じで、更に中国のコンビニは安い。
その上24時間開いているし、カ-ド払いも出来るので、乗り継ぎでも気軽に利用出来るのが嬉しい。
上海でコンビニに立ち寄る度に、来年こそは中国に行きたいな・・といつも思ってしまう。
おにぎりやカップラ-メン等、帰国後叶えたかった夢は大概ここで叶った。

カップ麺にお湯を注ごうと給湯器の前で使い方に迷っていると、同じ境遇の日本人らしき男性が隣に立っていた。
すかさず『日本人ですか?』と日本語で尋ねてみたら、やはりそうだった。
ここでは軽く挨拶や立ち話をしただけで終え、直ぐにナナの待つベンチに戻り、待望の食事へと至る。
食事を終え、先程出会った日本人男性の座るベンチへと移動し、隣に座り長話が始まった。

訊くところ、彼はスペインのカナリア諸島で3ヶ月間パラグライダ-をしていたらしい。
沖縄でサトウキビ採りをしたり、僕の地元である高山でもキノコ狩りをしていたそうで、何だかとても興味深い方だった。
珍しい者同士互いに興味を持ち、色々な話をしていたら、知らぬ間に2時間以上が経っていた。
ナナは隣で終始ニコニコしながら耳を傾けており、自分も一人前の旅人だという自覚が、その表情から溢れ出ていた。
その証拠に、こんなに遅い時間だというのに、珍しく眠そうにしていない。

一向に話は尽きなかったが、名残惜しく彼と別れ、3階の出発ロビ-で今宵の寝床を探す。
そして1:13、床に寝転がり目をつむった。
正しく”寝床(ねどこ)”、寝る床である。

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今日の寝床

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| '19中欧周遊編 | 10:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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最後までビ-ル~中欧周遊編(34)

2019年1月20日
プラハ~



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ムハ(1860-1939)が手掛けた、聖ヴィ-ト大聖堂のステンドグラス
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スメタナ(1824-1884)  ※代表作『我が祖国』は誰もが聞いたことがあるだろう


21:20プラハ発のチャイナイ-スタンMU786便。
プラハ市内から空港へと向かうエアポ-トバスの中、念の為空港名を確認しようとしたところ、Eチケットには”PRAGUE”と書かれていた。
えっ?今更だが、これって本当にプラハのことだろうか・・。
プラハと読むにはかなり強引な気もするし、見たところプラハの空港名とも違うようだ。
航空券を購入した旅行会社の案内では確かにプラハになっているから間違いはないのだろうが、全くの思い違いでOUTの都市を間違えていたとしたら前代未聞の笑い話だ。

しかしそんな心配をよそに、無事プラハを離陸。
ガラガラの機内、窓側2人掛け席をナナと前後に陣取る。
本来の席はトイレの前にある席も倒せない中央3人掛けで、チェックインの際に頼んだ窓側2人席とは話が違っていた。
最後尾にあるこの居心地の悪い席に留まる気は更々なく、離陸と同時にどの席に移ろうかと機内を見回し考えていた。
しかし狙っていた中央の4人掛け席は、フライング気味の欲な乗客に先を越された。
仕方なくその後ろの4人席に移ったものの、中国人が先に場所取りをしていたらしく、後から現れたくせに泣く泣く譲る羽目に。

離陸してしばらく経ち、シ-トベルトサインが消えた。
乗客は思い思いの席に移り、一段落した頃機内食が配られた。
前の席に座るナナは料理、ドリンクのオ-ダ-を初めて自分一人で行っていた。
僕は最初からビ-ルを2本もらっておくが、これは肝が据わっていないと出来ない大技となる。
チェコビ-ルはないらしく、出てきたのは、チャイナイ-スタンと言えば勿論チンタオビ-ル。
毎日2㍑飲んでいたせいで腹は出てきたし、帰国したらしばらくは禁酒せねばと思っている。

妻への土産にコゼルの瓶ビ-ルを買っていたが、荷物検査を前にして、通過が不安になり慌てて飲み乾していた。
機内食を下げに来た際にも追加で1本ビ-ルを頼み、これで今日は丁度1.5㍑となった。
チェコに来て以来、ビ-ルが旅の目的になりつつあるが、ビ-ル好きにはこの国は堪らない。
ただ言えることとして、チェコに長居すると確実に体型が変わるので、強い自制心は必要だ。
ただ悲しいかな、僕にはそれがない。

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| '19中欧周遊編 | 10:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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黄金の都 プラハ~中欧周遊編(33)

2019年1月19日
チェスキ-クルムロフ~プラハ



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世界遺産 プラハ歴史地区 (1992年登録) 


いよいよ今回の旅最後の移動となる。
朝8時のバス出発時刻に合わせ、僕は5時半には起床。
昨夜宿で女性客を一人見たが他に宿泊客はいなかったようで、結局8人用ドミは僕ら二人だけの貸し切りだった。
6時過ぎにナナを起こし、共同キッチンに荷物を移す。
昨夜食べ切れなかったカレ-チャ-ハンと味付けペンネをレンジで温め朝食とする。

そして7時半、宿をチェックアウト。
旧市街北端のブディェヨヴィツェ門を抜け、川沿いに走る幹線道路を早足で急ぐ。
10分程でバスタ-ミナルに到着すると、バスは定刻間際にやって来た。
車内は満席のはずだったが、発車時点で何故かかなりの空きがあった。
反応の鈍いモニタ-にイラつきながらも、備え付けのオ-ディオのおかげで、プラハまでの3時間弱はそれ程長いとは感じなかった。

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闇夜に浮かぶプラハ城

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ホステル99~中欧周遊編(32)

2019年1月18日
チェスケ-ブディェヨヴィツェ~チェスキ-クルムロフ



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世界遺産 チェスキ-・クルムロフ歴史地区 (1992年登録)
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チェスキ-・クルムロフ城


1時間以上にも及ぶ苦難の宿探しの末、ようやく辿り着いたこのホステル99。
『世界で最も美しい町』の一つとして称されるここチェスキ-・クルムロフは、2日前に訪れたテルチとは全く比べものにならない程、多くのツ-リストで賑わっていた。
そして、中でも中国、韓国系のアジア人の姿がやたらと目につく。
この賑わいに附随して、ホテル、ペンション、ホステルの数も多く、当初宿探しの心配は全くしていなかった。
どれだけでもいい宿に、どれだけでも安く・・。
そんな完全に泊まる側優位の展開を予想しながら、目指す宿へと一目散に向かう。

ホステル・メルリン。
玄関のドアが開いたので一声かけ中に入り、勝手に階段を上り、2階の受付を訪ねてみる。
しかし何度呼び鈴を押したり叫んだりしてみても、一様に反応はなかった。
時間を変えてこの後5度程訪れてみたが、怪しげな男性客が1人居ただけで、結局受付の人に会うことは出来なかった。
しかし宿は他にいくらでもありそうなので、未だ心配には至っていない。

目につくペンションを片っ端からあたってみるが、どこも値が1000Kčを超え、予算に合わない。
仕方なく先程訪ねていたペンションへと戻り、『提示されていた40€で妥協しようか・・』と未だ上から目線で再交渉を試みる。
しかし腹の底を見抜かれたのか、今度は一方的に見放されてしまった。
何だこれは!ヤバい展開になってきたぞ・・。
事態は思いの外厳しく、泊まる側優位というその考え自体が間違っていたことにようやく気付く。

そして僕らはついに最後の可能性を残すのみとなった。
僕らが向かった先は、旧市街の北の端にある宿、ホステル99。
先程観光案内所で教わった町中の人気ホステルを断られているだけに、ホステルは当然一杯だろうなとあまり期待はしていなかった。
玄関のベルを押すと、直ぐに応答があった。
これで交渉は出来る、後はベットに空きがあるかだけだ。
早速、2人泊まりたい旨を申し出る。
ダブルはないらしく、トリプルなら1200Kč、8人ドミなら1ベット400Kčだとスピ-カ-越しに返答が来た。

これで一先ず泊まれることは確定した。
ドミのくせに1人400Kčは高いなと嘆きながらも、泊めてもらえるだけでも有り難いと思った。
・・そして現在17時半。
ドミはおろか、個室にすら宿泊客の姿はない。
おそらくこのホステルには今現在、僕ら2人以外に宿泊客はいないような気がする。
かれこれ2時間近く、共同キッチンに居座り、僕はビ-ルを飲み続けている。
大変だった宿探しも、今となっては既にいい思い出だ。

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15世紀の古い建物を利用した宿、ホステル99

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| '19中欧周遊編 | 10:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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