インド洋に陽が沈む~スリランカ編(27)
2017年1月14日
マ-タラ~ゴ-ル

世界遺産 ゴ-ル旧市街とその要塞群 (1988年登録)

インド洋に陽が沈む
日中茹だるような暑さを放っていたギラギラの太陽が、間もなくインド洋の南西海岸へと沈む。
昨日見損ねていたその瞬間も、これだけ遮るものがなければ、逆に見損ねる方が難しい。
それに、この町にいて夕日を見ないというのは、実に勿体ない話だ。
ここはスリランカ南部最大の町、ゴ-ル(GALLE)。
旅の終わりに訪れる町として、その都市名からも旅のゴ-ルに相応しい。
港町として町の歴史は古く、14世紀頃にはアラビア商人の東方貿易地として繁栄していた。
その後1589年にポルトガル人が最初の砦をここに築き、1640年にオランダが砦を拡張し、その中に町を築く。
今では『ゴ-ル旧市街とその要塞群』として、1988年に世界文化遺産の登録がなされた。
マ-タラ~ゴ-ル

世界遺産 ゴ-ル旧市街とその要塞群 (1988年登録)

インド洋に陽が沈む
日中茹だるような暑さを放っていたギラギラの太陽が、間もなくインド洋の南西海岸へと沈む。
昨日見損ねていたその瞬間も、これだけ遮るものがなければ、逆に見損ねる方が難しい。
それに、この町にいて夕日を見ないというのは、実に勿体ない話だ。
ここはスリランカ南部最大の町、ゴ-ル(GALLE)。
旅の終わりに訪れる町として、その都市名からも旅のゴ-ルに相応しい。
港町として町の歴史は古く、14世紀頃にはアラビア商人の東方貿易地として繁栄していた。
その後1589年にポルトガル人が最初の砦をここに築き、1640年にオランダが砦を拡張し、その中に町を築く。
今では『ゴ-ル旧市街とその要塞群』として、1988年に世界文化遺産の登録がなされた。

マ-タラの朝 ※ほぼ夜通し起きていた
眠れぬ夜を過ごしたマ-タラを発ち、一路ゴ-ルへと向かう。
左側に取った座席は正解だった。
海岸沿いに点在する魅力ある町並みや真白い砂浜、それに透き通る海・・。
それらをぼんやりと眺めていたら、時間が経つのはあっという間だった。
移動の辛さを感じさせない、さながら鉄道のような車窓の風景に見とれていた。
マ-タラから1時間半で、大都会ゴ-ルに到着。
バスを降り、早速旧市街へと足を向ける。
直ぐにトゥクトゥクの男が近寄ってきた。
待ってました・・、そう言わんばかりに言い寄ってくる、この類の男ら。
時にはウザったくはあるけれど、通常では知り得ない生きた情報もプロの彼らなら熟知しており、話を聞いてみる価値は十二分にある。
こちらの要望としては、これまで通り宿代にかける費用は1500ルピ-程度。
しかしここが観光地ゴ-ルであることを鑑み、2000ルピ-までは妥協する旨を男に告げた。
遠いような印象を事前に抱いていたが、旧市街は意外と近かった。
これなら最初から歩いておけば良かったが、トゥクトゥク代は宿探し代と割り切ることにした。
トゥクトゥクで路地をすり抜け、まずは1軒目。
しかしここは満室のようで残念。
そして、近くにあった2軒目。
印象はすごくいいのだが、予算2000ルピ-に対し、3500ルピ-は高過ぎる。
もう少し安い部屋を見せてもらうと、そこは2500ルピ-だったが今一パッとしない。
最初に見た部屋なら2500ルピ-出してもいいかなと思っていたが、中国系の女主人曰く、3000ルピ-が限界だと言う。
さすがに3000はきつい。
2500でも妥協しているのに何とかならないか・・、トゥクトゥクの男に舌打ちする。
ここは男に交渉を任せてみることにした。
彼とてこの話をまとめなければ、又別の宿を探し回らなければならないし、それが2000の宿ともなると探し出すのは至難の業だ。
しかし何とかこちらが再度妥協して提示した2700ルピ-の案で、話が無事まとまった。
トゥクトゥク代くらいは宿代の上げ下げで幾らでも元が取れるし、彼には世話になった。

部屋は広く

計3ベット

シックなロビ-はハイセンス
想定外の金額を2泊分も払ったこともあり、手持ちのルピ-がほとんど無くなってしまった。
今日は土曜の為、午前中に両替しておかないと来週月曜まで両替が出来なくなってしまう。
急いで銀行を探すがどこも閉まっていて、次第に僕は焦り始めた。
結局今日は祝日のようで、その為どこもやっていなかったのだ。
それはそうと、よわったな・・。
何度も町の人に尋ね歩き、ようやく両替え出来る店を見つけた。
そこはビルの1階の宝石店。
この宝石店で何とか両替を済ませることが出来、これで一先ず数日は安泰だ。
レ-トもよく、地元の人には知られた存在のようだった。
続けて郵便局へと急ぎ、エアメ-ルを2通投函。
無事全ての用事を済ませ、これでようやく落ち着いてゴ-ルの観光に取りかかれる。

宝石店で両替

郵便局でエアメ-ル投函
ゴ-ルの町は大変な活気があり、何日いても退屈しないような楽しさに溢れていた。
バスタ-ミナル前の通りで石上さんにばったり会い、エッラ以来の再会。
本当によく会うなと、互いに大して驚きもしない。
安食堂で昼食を一緒にとり、互いの近況を語り合った。

町の立像

フレッシュジュ-ス

Kirala(左)とMango(中) ※ともに50ルピ-

スナック屋台 ※10ルピ-は安過ぎる

バスタ-ミナル

石上さんとランチ ※エッラ以来の再会
砦の上に上り、ゴ-ルの町やインド洋を眺めてみる。
赤茶けた屋根を並べた、コロニアル建築の旧市街。
確かモロッコかどこかで見たことのある風景に似ていた。

プロのクリケット選手だろうか

迫力があった

メインゲ-トの先が旧市街

時計塔

要塞

コロニアルな建築

宿近くの寺院
日中は陽射しが強く、逃げ場のない砦歩きは結構辛いものがある。
ここは一旦、宿に逃げるように戻るとする。
バスタブの栓にハンドタオルを詰め、水を張り、火照った体を時間をかけて冷ましておいた。
そして涼しくなる夕刻を待ち、再び外出。

バスタブで水浴び
そして、砦での夕日の鑑賞会。
延々と続く砦には、至る所で観光客が座り込んでいた。
先程まであれだけ強かった陽射しは力を弱め、もう目視出来るまでになっている。
海を照らしていた光の反射もついに途絶え、やがて太陽は黄からピンクへとその色を変えた。
『沈みゆく太陽』というものは、太陽が黄色いまま山の彼方に隠れてしまうものを言うのだろう。
海で見る落陽は、次第に色を無くし、『消えゆく太陽』を見届けるものとなる。
そしてそのショ-の終わりが、明確でなく非常に分かりづらい。

染まる海面

夕日待ち

落陽ショ-の始まり

まるで惑星だな
夕日の一部始終を見届け、砦を歩く帰り道、再び石上さんに会った。
何度会っても今更驚きもしないが、同じ町にいる限り、会う可能性は極めて高い。
一緒に夜の町を歩き、昼に続いて夕食も共にした。
結局のとこ、石上さんも一人だと寂しいのだろう。

灯台

教会

夜のビ-チ

見つめ合うカップル ※何かの撮影をしていた

夕食もライス&カリ- ※おかわりフリ-、水は勿論食堂水
ゴ-ル・DUTCH VILLA Holiday Home泊-Rs.2700
バス(マ-タラ~ゴ-ル2人Rs.100) トゥクトゥク(Rs.100) 宿(Rs.2700×2泊分) 郵便局(エアメ-ルRs.25×2) フレッシュジュ-ス(Rs.50×2) スナック(サモサ他Rs.10×3) 昼食(ライス&カリ-Rs.120×2) ポストカ-ド(Rs.20×4) 夕食(ライス&カリ-Rs.150×2) ス-パ-マ-ケット(ファンタ1.5㍑Rs.199、ビスケットRs.30、Rs.25) 計Rs.6654
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