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国際電話に涙ぐむ~南米編(30)

2016年1月13日
~ラパス



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世界最高所にある首都、ラ・パス(標高3650m)  ※ライカコタの丘より
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サン・フランシスコ寺院(右下)
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山高帽と三つ編み姿のインディヘナの女性達


標高3650m、世界最高所にある首都として名高い、ラ・パス(La Paz)。
憲法上ボリビアの首都はスクレとされているが、1900年に行政機関がこの町に移ってからは、ラパスが実質上の首都となっている。
人口は約110万人、その内の半数以上を、インディヘナ(先住民族)が占めている。

町ではインディヘナの女性達を度々目にし、その顔つきや井出達は、どこかインカの面影を漂わせている。
山高帽から垂れる三つ編みした長い髪、恰幅のいい体型はスカ-トで覆い、カラフルな布地でたくさんの荷物を背負っている。

すり鉢状の町には、傾斜地にアドベ(日干しレンガ)造りの家々が建ち並び、上へ行くほど貧しい人々が暮らしている。
その範囲は日に日に広がっており、今ではすり鉢の上にエル・アルトと呼ばれる人口40万人もの町が誕生し、貧しさの象徴となっている。


昨夜20:15古都スクレを発った、カマ(最上級)クラスの”史上最悪のくそったれバス”。
確かに座席は広々としていたが、何故かエアコンはつけず、車内は蒸し暑く汗がダラダラ垂れ落ちる。
トイレは物置代わりにして乗客に使わせず、通路や階段には明らかにカマの乗客でないような地元民を何人も乗せ、肝心の僕等が歩きたくても歩けない。
大金を払った乗客の権利は一切無視し、自分らの儲けばかりに精を出している。

8:26、ラパス到着。
これでようやく、このクソバスともおさらばだ。
バスタ-ミナルのトイレはどうせ有料(南米全般に言えるが、トイレはほぼ有料)なので、下車前にトイレで用を済ませておくことにした。
水が流れることは事前に確認したし、便座の上の荷物さえどければ、使用に何ら問題はない。
”トイレ積載の夜行バスでトイレを使用する”という当たり前の権利行使に、僕は強引に出た。

しかし、いかれた運転手が、ここで馬鹿面を掲げ登場。
トイレのドアを強引に開けては(鍵はかからない)、僕を怒鳴りつけながら大声で叫び始めた。
僕も負けじと怒りを露わにし、ドアを内側に引っ張り戻し、大声で叫び必死に抵抗。
バスの車体には誇らしげに”WC”と謳ってあり、これが余計に腹が立つ。
無事に用を終え、カッカと怒っているクソ運転手に対して右手親指を下に揺らし、相手を睨みつけその場を後にした。
結局このクソ野郎、ただトイレの掃除がしたくなかったのだろう。

苛立ちを何とか鎮め、平静を装ってタ-ミナルへと入る。
先ずは明日のコパカバ-ナ、プ-ノ(ペル-)行きのバスを押さえておかなければならない。
ここはすんなりと手配出来、この窓口ではホテルの予約(電話)もしてくれた。
どうやら明日乗るバスは、ホテルへのピックアップ付き、ということ。
その為、ホテル名をこの場で特定する必要があったのだ。
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バスタ-ミナル

小雨舞い散る高原地帯、肌寒いのはウユニ辺りから続いている。
町に出る前から既に宿は決まっている・・、こんなにも気が楽な町歩きは、ほとんど記憶にない。
バスタ-ミナルから町の中心部までは、僕等にすれば充分に徒歩圏内だ。
しばらく逆方向に進んでしまい時間も体力もロスしたが、何とか取り戻し、ホテル・アレムへと辿り着いた。
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雨の町
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サルテ-ニャ
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HOTEL ALEM

ホテルの館内は、日本でよくある”○○青年の家”といった、どこか研修所のような施設だった。
部屋数は多いのに宿泊客は少なく、宿泊を断られることはあまり考えられない。
このホテルの宿泊料には翌日の朝食が含まれる、とのことだ。
明日は出発が早くて食べれそうもないので、到着早々、前もって食べさせてもらった。
シャワ-を浴び、洗濯を済ませ、昼近くになってようやく外に出る。
高山病の嶺花は、今日はゆっくり部屋で休ませることにした。
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殺風景な部屋
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研修所のような廊下                      宿代は朝食込み  ※明日の分を今日頂く

町の中心となるのが、バロック様式が威厳を放つ、サン・フランシスコ寺院。
もとの建物は1549年に建てられたのだが、現在残るのは17世紀に再築されたものらしい。
2階は博物館になっており、塔からの眺めは素晴らしかった。
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サン・フランシスコ寺院
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金箔の祭壇

ボリビアの政治の中枢となるのが、ムリリョ広場周辺。
広場中央にはボリビア独立の英雄ムリリョの像が建ち、東側には国会議事堂、南側には大統領官邸とカテドラルが建っている。
大統領官邸ではSPや警察等が入口を囲み報道関係の姿も、市民や観光客などは道路を挟み、誰もが主役の登場を心待ちにしていた。
僕もしばらく立っていたが、一向に姿を見せないので、結局は諦めて官邸を後にする。
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ボンネットバス(ミクロ)
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カテドラル
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衛兵
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大統領官邸  ※大統領を一目見ようと群がる人々
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大統領は結局現れず
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ゼロポイント
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国会議事堂
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ムリリョ広場  ※国会議事堂(左)と大統領官邸(右)

サンタ・クルス通りを東へと進み、遠出してライカコタの丘へと向かう。
ここの遊園地は家族連れで大変賑わっており、ビュ-ポイントとして眺望は抜群に良かった。
しかしわざわざ入場料を払ってまで来なくても、手前の歩道橋からでも充分である。
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近代ビルと騎馬像
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険しい岩山を背に、高層ビルが建ち並ぶ
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上へ行くほど貧困層が暮らす
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ライカコタの丘

ライカコタの丘からの眺望にも増して印象に残ったのが、大通り近くでたまたま見つけたロ-カルフ-ドの食堂街。
以前から一度食べたいと思っていた、ボリビアの大衆料理”ミラネサ”の文字を見つけた。
ミラネサとは、鶏肉を薄く伸ばし、パン粉を付けて揚げたチキンカツのようなもの。
値段は驚く程に安く、味も申し分なかった。
あまりにも安いので、つい2軒ハシゴしてしまったくらいだ。
是非、嶺花にも食べさせてあげたかった。
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少年
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ミラネサ1軒目  ※Bs.7だと思っていたが、実際はBs.3
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ミラネサ2軒目  ※Bs.8だと思っていたが、実際はBs.6
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ジュ-ス

ティワナク国立考古学博物館。
ラパスから72km郊外にあるティワナク遺跡は、人間の形をしたモノリ-ト(立像)や半地下神殿で有名な世界遺産だ。
しかし今回は時間がなくこの遺跡には行けない為、せめてもと、この博物館を精力的に訪れた。
館内には遺跡から発掘された石像や土器が並び、数こそ少ないが、貴重な展示物もあって見応えは充分。
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ティワナク国立考古学博物館
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見事な石造技術
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内容は濃い  ※館内は撮影禁止だが、こっそりと

嶺花のことが気になり、急いでホテルへと戻る。
しかし彼女は心配には至らず、一人でよく眠っていたようだ。
サガルナガ通りやリナレス通りには土産物屋が多く、見て歩くだけでも町歩きがとても楽しい。
リナレス通りは通称”魔女通り”とも呼ばれ、店の軒先にはリャマのミイラが吊るされていた。
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リャマのミイラ(右)
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エケコ  ※欲しい物が全て手に入るという縁起担ぎの土産物

ボリビア最後の夜。
楽しかったボリビアを最後にもう一度胸に刻もうと、美味しそうなものはないかな・・と町を物色。
美味しそうなハンバ-ガ-屋台を見つけたので、先ずは小手調べに軽く挑戦。
その後、市場が入る建物で、ステ-キがのったパスタを食べてみた。
この店はすごい人気で、席が空くのを待っている地元民も多い。
そこそこ美味しく、値段的にも満足出来た。
食後にス-プがついたのも嬉しかった。
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ハンバ-ガ-屋台
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ステ-キパスタ
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夜の広場

今日は一日、雨がパラつく場面が多かった。
ホテルへの帰り道、国際電話の出来る小さな店に立ち寄った。
インタ-ネットの発達した現代、安い料金で国際電話が出来るようになった。
今回の旅行中、初めてこの種の店を目にし、実家の母(嶺花にとっては祖母)に無事を伝える電話を入れた。

そもそも最近のバックパッカ-はほとんどがスマホを持ち歩き、毎日のように日本と連絡を取る強者もいる。
”家族に心配をかけない”という意味ではいいのだろうが、遠くの国へ来ているという感覚は確実に薄れてくる。
だからか、僕は未だにアナログな旅にこだわっている。
旅先からは何度かエアメ-ル(ポストカ-ド)で近況を伝えているが、到着が遅く、あまり近況にはなっていない。

嶺花は電話口で目を潤め、今にも泣きそうになっていた。
早く日本に帰りたい・・。
早く家族に会いたい・・。
彼女の日記は、いつもそう締められている。

辛いことが9割以上を占める僕等の旅ではあるが、築き上げたこの思い出は生涯消えることはないだろう。
だからこそ、逆にそれを意識している部分が多い。
普通の親だったら子供に野宿なんてさせないだろうし、我が子を何時間も歩かせずさっさとタクシ-に乗るだろう。
楽しかった思い出はやがて消え失せるが、辛かった思い出はいつまでもきっと鮮明に残る。
僕はそう信じている。

いよいよ明日、僕等は最後の国、ペル-へと入る。
最果てを巡る南米の旅も、後10日となってきた。


ラパス・ホテルALEM泊-Bs.100


トイレ(Bs.1) バス(ラパス~プ-ノBs.80×2) サルテ-ニャ(Bs.5) 棒キャンディ(4個Bs.2) ホテル(Bs.100) サンフランシスコ寺院(Bs.20) 棒キャンディ(4個Bs.2) 棒キャンディ(4個Bs.2) ミラネサ(Bs.7) ミラネサ(Bs.8) 飲み物(セバ-ダBs.1) ライカコタの丘(Bs.3.5) ティワナク博物館(Bs.14) ポストカ-ド(Bs.2×5) 土産(石人形Bs.15、石人形小Bs.3×2、キ-ホルダ-Bs.5×2) 土産(キ-ホルダ-5個Bs.20) 棒キャンディ(6個Bs.3) ハンバ-ガ-(Bs.4×2) ポストカ-ド(Bs.2) 夕食(ステ-キパスタBs.10×2) リップクリ-ム(Bs.3×2) 国際電話(Bs.1.8※1分のつもりが清算は2分) オレンジジュ-ス(3㍑Bs.11)   計Bs.437.3
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