静粛たる秩父岩(3)~月とテント
・・前回の続き

槍穂高に見守られ

黙々と突き進む
時間は予想外に押している。ナナの疲れはピ-クに来ているようだが、それも無理はない。こんな重い荷物を背負って、2600mの稜線まで這い上がってきたのだ。しかし、情けは無用。可哀そうだが、今は同情している場面ではない。刻々と迫りくる日没に向け、一刻も早く秩父平に着かないと大変なことになる。相変わらず眺望は素晴らしいのだが、この時の僕等には感傷に浸る余裕はなかった。今度こそ、あのピ-クが大ノマか・・。他にそれらしいピ-クがないだけに、これは間違いないだろう。

槍ヶ岳~南岳

大キレット~奥穂高岳

今度こそ大ノマか
登山道は大ノマ岳山頂を右に巻いているが、そこから外れ、山頂に向け道筋を辿る。そして、大ノマ岳到着。本日2峰目だ。ナナはいつからか又シクシクと泣いている。今日何回目だろうか。娘にとっても、今日の山行はかなり修羅場のようだ。手袋を外してトウモロコシを食べる。美味しいはずが、あまり味も分からない。僕等の頭の中は、この先のゴ-ルだけで精一杯。秩父平・・、まだそこには少し時間がかかりそうだ。頑張って歩き抜くしか、僕等に選択肢は残されていない。目の前に秩父平の全貌が現れた。長閑な印象しかなかった秩父平が、雪崩の巣のような危険地帯に見えている。果たして僕等はこのまま秩父平に向かうべきなのだろうか。

大ノマ岳(2662m) ※標柱はないが、石が積んである

秩父平がやばい ※稜線右の雪のカ-ル出合

来た道を振り返る

黒部五郎岳(左端)、薬師岳(右奥)
深い緊張に包まれた、日暮れ目前の静かなる稜線。娘も必死に頑張っている。荷物が重いだの、脚が疲れたとかは今はどうでもいい。出くわした本日2羽目の雷鳥が、山の神と重なって見えた。行く手左は断崖絶壁。落ちたら、まず助からないだろう。娘の手を強く握り、慎重に通過した。その後も緩やかなアップダウンを繰り返し、這い松帯を抜けていく。そこに平地があったが、ここからの眺望はない。ナナはかなり遅れているが、時折大声を掛け、その存在を確認。僕との差は開くばかり。先行する僕がまず秩父平に到着した。先程案じた程、危なさは感じない。雪上での幕営は避けられそうもないが、少しでも風除けになり、眺望のよい場所を探す。まだ歩いている娘が心配になり、大声で叫ぶ。返事はない。まさか誤った方角へ進んだのではないだろうな。何度も叫んでみるが、返答はない。心配になり少し下りると、娘の帽子が見えてホッとした。良かった、生きていた。お~い、ここだぞ!僕が思う以上に距離は離れていたようだが、僕の足跡は見失っていなかった。

本日2羽目の雷鳥

茶色混じり

緊張した崩落地 ※這い松の際を進む、滑ったらアウト

秩父平にて振り返る ※ナナの姿が見えないが大丈夫か

帽子が見えた
娘に協力してもらい、急いで幕営にかかる。久々のことで、手際は悪かった。寝床も準備し、テントに入る頃には辺りは闇に包まれた。この場所で景色を楽しみながら宴会をするのが一つの目的であったが、今日は叶わなかった。菓子、鯖缶、桃缶をつまみ、コ-ラとウィスキ-で無事を祝う。景色はないけど、とても楽しい。辛かった分だけ、達成感は一入だ。僕は1本目のフラスコを飲みきり、2本目の瓶に手を付けた。狭いテントの室内、静寂な夜が更けていく。僕は夕食作りを始めた。味噌ラ-メンにソ-セ-ジを入れたもの。冷えた握り飯も汁に入れ、締めは雑炊とした。ナナはいつしか目を閉じている。今日は相当疲れたんだろうな。僕の中で、笠ヶ岳に向かう選択肢はほぼ消えかけていた。この子を絶対に無事帰らせることしか、僕の頭にはなかった。

秩父平にて幕営完了 ※ぎりぎり日没に間に合った


宴会は楽しいな ウィスキ-とハ-モニカ


夕食を食べると 直ぐに目を閉じた


月と テント
穂乃花との秩父平
2日目につづく・・
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| '15山行記録 | 09:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑