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ヒッチハイク

これまた24時間テレビで蘇った過去の記憶。

番組の中で、猿岩石の有吉さんが当時の映像をバックに、
名曲「白い雲のように」を歌っていた。
ダイゴのハモリの音程も気になったのだが、
当時の猿岩石が非常に懐かしく思えた。

彼らの少し前から僕も似たような旅に出ていた。
帰国して僕は彼らの存在を知った。
時期は少しかぶるが、旅先で会う事はなかった。

バスの走っていないような所へ行く時など、
ヒッチハイクも幾度かした。

指を立てている側は、自分を捨てているので怖いものは何もない。
ただ、乗せてくれる側が警戒し注意深くなる。
乗せたとたんにピストルでドン、を恐れている。

運転席の隣りに乗ったなら、
相手の気分を損ねないように感謝しながら、
ひたすら会話に没頭する。
ここで黙っていたら相手に申し訳ない。

帰国してからは国内の至る所で親指を立てた。
当時名古屋に住んでいた僕は、
東京や富山、新潟方面によく出かけた。

回送の観光バス運転手はお客さんのジュ-スを分けてくれ、
地元の人はキュウリを恵んでくれた。

僕を乗せてくれた車が、品川ナンバ-のBMWに衝突し、
気が動転した運転手に代わり、事故の処理をした事もあった。

やばそうな人の車に乗せてもらう事もあった。
黒塗りの車の後部座席の窓がゆっくり開き中から低い声が。
「乗れ・・」
一瞬ドキッとしたが、車内に子供がいる事を確認し便乗した。
富山の消防署のレスキュ-隊長であった。
隊長は怖い見た目とは違いとても親切で、僕を自宅近くまで届けてくれた。

東京から名古屋に帰ろうとインタ-に立っていると、
親切な若者のカップルが幌のジ-プに乗せてくれた。
彼らは静岡に行くつもりだったのに、
わざわざ名古屋まで運んでくれた。
矢場トンで名古屋名物の味噌カツを食べて別れた。
ヒッチハイク
23歳頃

高速道路のSAの出口で立っていると、
黄色い車が大音響のスピ-カ-で僕にこう言ってきた。
「そこでヒッチハイクしている若者。直ちにやめて下さい!」
その通りなんだけど、こうするしかないのだ。
黄色い車が去った後、再び同じ場所に立った。

そんな思い出が幾つもある。

ヒッチハイクにはそれなりのコツがある。
あまり遠い行き先を書くと、車の停まる確立は低くなる。
運転手が僕を目にし、考えるだけの距離が必要であり、
停車するスペ-スも考慮しなければならない。
2時間近く立っていた事もあれば、
ほんの数分で成功することもある。
便乗したなら、気の聞いた話を繰り返し相手を退屈させない。

やがて結婚し、妻と中尾温泉に旅行に出かけた。
妻は長女を身篭っていた。
バイクしか所持していなかった僕等は、
交通手段として当然、ヒッチハイクを選んだ。

中尾温泉からの帰り、僕は橋のたもとに立ってみた。
しかし、誰も停まってくれない。
そこで考えた。
僕はどこかに隠れ、お腹の大きくなった妻を道端に立たせた。
車は直につかまった。
「すいません。よろしくお願いします。」
頭を掻きながら、僕もノソノソ便乗した。
初体験
妻の最初で最後の体験

若い頃はお金は無かったが、時間と度胸だけはあった。
スケッチブックとマジックがあれば何処でもいける。
若者には是非とも体験してもらいたい。
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