第4回能登半島すずウルトラマラソン(1)~前日観光、受付、説明会
いよいよ、この日がやって来た。この春から走り始めて7ヶ月半、内心100㌔挑戦はまだ早い気もしていた。勢いでエントリ-したはいいが、60㌔に変更出来ないかな・・そんな弱気な感情を常に抱えていた。練習では50㌔以上走ったことがなく、今回のチャレンジは未知なる部分が半分を占めている。走る前から言うのも情けないが、自信は全くない。自分の実力は自分が一番よく知っている。完走の可能性は30%以下。50㌔の長さを白山白川郷で味わっただけに、余計にそう感じている。しかし完走の可能性がないわけではない。それは裏打ちされた根拠の存在だ。100㌔完走に必要な練習量・・、直近3ヶ月で600㌔。これくらい2ヶ月で到達している。そして週一のロング走・・、これも30㌔から50㌔は毎週末行っておりクリア。足りないのは100㌔という経験値だけであり、練習量的には完走の脚力は身についている・・らしい。これで本番前に予定していた70㌔走もこなしていれば自信にもなっただろうが、直前の故障には精神的にもかなり追い詰められた。
しかし故障も満更悪くもなかった。一番大切な1ヶ月前の1、2週間走れなかったことで、リフレッシュ(疲労の完全回復)も出来たし、何よりウルトラは体力と根性だけでは乗り切れないということを故障期間に学んだ。それは藁にもすがりたいという、切羽詰まった状況が導いてくれた。確かに100㌔ともなれば並大抵の距離ではない。脚力自慢の人間が気合いと根性だけで乗り切れるレベルを超えている。内臓や筋肉のしくみにも大きく左右され、それらを知らずして完走はないということもこの時初めて知った。早速僕も対策として、各種サプリ(アミノ酸、クエン酸、塩熱)や薬品(ロキソニン、ガスタ-10、バンテリン)、カ-フタイツやア-ムスリ-ブといった筋力サポ-タ-等を続々と入手した。特に今ではカ-フタイツなしでは、又ふくらはぎを痛めそうで恐ろしくて走れない。これらを試験的に取り入れ直前期に試した御嶽山周回(45㌔)では効果が現れていたようで、随分と余力を残しゴ-ルした。そしてこの時味わった感触が、唯一100㌔完走の小さな希望の灯となっていた。
前日朝8時に自宅を出た。一般道で富山まで走り、そこから高速に乗る。急いで走ることに集中し、気分が高ぶっていたこともあり、降りるはずの金沢森本インタ-をそのまま通過。金沢マラソンの旗がかかっていたのは覚えており、きっとあの辺りが森本インタ-だったのだろう。なんだたった42㌔か、そりゃほとんど短距離だな・・、そんな事を考えていた。次の金沢東インタ-出口を過ぎた頃、ふと我に返った。何、金沢マラソン、金沢!あ~、やっちまった・・。無駄な時間と余計な出費が、この旅の始まりとなった。平成25年に無料化された『のと里山海道(旧能登有料道路)』は快適そのものだった。結局始点ICから終点ICまで里山海道を走り、珠洲道路に接続。昼過ぎには能登半島最奥の珠洲市へと入った。見附島(別名:軍艦島)、倒スギ(樹齢850年)などの観光名所を見物した後、受付会場となるラポルトすずに向かった。

見附島(軍艦島)

倒(さかさ)スギ ※とにかく凄い

道の駅すずなり

珠洲ミックス(320円)
今回が第4回目となる能登半島すずウルトラマラソン。会場には多くのウルトラランナ-が全国各地から集結し、初参加の僕は更に緊張がつのってきた。受付を済ませ、ゼッケンや荷物預け用の袋、記念Tシャツや大会冊子など一式をもらう。おもてなしサロンでは無料のドリンクが振る舞われ、大型モニタ-ではPJOチャンネルの動画が流れていた。それはこれまで何度も見てきたもので、コ-スのイメ-ジをつかんだり、時に涙し、時にやる気を存分なくらい頂いてきた。まさかここでもう一度観れるとは夢にも思っておらず、更に気合いを注入しサロンを後にした。
そして14時、大ホ-ルにおいて説明会が始まった。上映ム-ビ-で軽く気分を高揚し、輪島太鼓虎之介による大迫力のパフォ-マンスで選手達の(僕の)テンションはMAXに。実行委員会会長の話、実行委員長の話、アドバイザ-の話、全てが僕のハ-トに火を注いでくれた。常連のカトルス星人も2階から会場を盛り上げてくれ、1時間半の説明会はとても有意義なものとなった。あみだ湯(銭湯)に浸かり、今宵は道の駅にて車中泊。一人宴会も程々に、明日の準備を済ませ、狭い車内で横になる。が、1時間以上眠れなかった。初めてのウルトラマラソン・・。当然だが、誰だって一度きりしかない。完走出来ても出来なくても、明日の今頃はもう結果は出ている。辛いだろうが、脚が痛むだろうが、最後まで歯をくいしばって頑張りたい。

選手受付(ラポルトすず) 説明会冒頭のビデオ上映
輪島太鼓(虎之介) おもてなしサロン(飲み物フリ-)
特別支援学校児童の応援幕 道の駅にて夕食宴会
つづく・・
しかし故障も満更悪くもなかった。一番大切な1ヶ月前の1、2週間走れなかったことで、リフレッシュ(疲労の完全回復)も出来たし、何よりウルトラは体力と根性だけでは乗り切れないということを故障期間に学んだ。それは藁にもすがりたいという、切羽詰まった状況が導いてくれた。確かに100㌔ともなれば並大抵の距離ではない。脚力自慢の人間が気合いと根性だけで乗り切れるレベルを超えている。内臓や筋肉のしくみにも大きく左右され、それらを知らずして完走はないということもこの時初めて知った。早速僕も対策として、各種サプリ(アミノ酸、クエン酸、塩熱)や薬品(ロキソニン、ガスタ-10、バンテリン)、カ-フタイツやア-ムスリ-ブといった筋力サポ-タ-等を続々と入手した。特に今ではカ-フタイツなしでは、又ふくらはぎを痛めそうで恐ろしくて走れない。これらを試験的に取り入れ直前期に試した御嶽山周回(45㌔)では効果が現れていたようで、随分と余力を残しゴ-ルした。そしてこの時味わった感触が、唯一100㌔完走の小さな希望の灯となっていた。
前日朝8時に自宅を出た。一般道で富山まで走り、そこから高速に乗る。急いで走ることに集中し、気分が高ぶっていたこともあり、降りるはずの金沢森本インタ-をそのまま通過。金沢マラソンの旗がかかっていたのは覚えており、きっとあの辺りが森本インタ-だったのだろう。なんだたった42㌔か、そりゃほとんど短距離だな・・、そんな事を考えていた。次の金沢東インタ-出口を過ぎた頃、ふと我に返った。何、金沢マラソン、金沢!あ~、やっちまった・・。無駄な時間と余計な出費が、この旅の始まりとなった。平成25年に無料化された『のと里山海道(旧能登有料道路)』は快適そのものだった。結局始点ICから終点ICまで里山海道を走り、珠洲道路に接続。昼過ぎには能登半島最奥の珠洲市へと入った。見附島(別名:軍艦島)、倒スギ(樹齢850年)などの観光名所を見物した後、受付会場となるラポルトすずに向かった。

見附島(軍艦島)

倒(さかさ)スギ ※とにかく凄い

道の駅すずなり

珠洲ミックス(320円)
今回が第4回目となる能登半島すずウルトラマラソン。会場には多くのウルトラランナ-が全国各地から集結し、初参加の僕は更に緊張がつのってきた。受付を済ませ、ゼッケンや荷物預け用の袋、記念Tシャツや大会冊子など一式をもらう。おもてなしサロンでは無料のドリンクが振る舞われ、大型モニタ-ではPJOチャンネルの動画が流れていた。それはこれまで何度も見てきたもので、コ-スのイメ-ジをつかんだり、時に涙し、時にやる気を存分なくらい頂いてきた。まさかここでもう一度観れるとは夢にも思っておらず、更に気合いを注入しサロンを後にした。
そして14時、大ホ-ルにおいて説明会が始まった。上映ム-ビ-で軽く気分を高揚し、輪島太鼓虎之介による大迫力のパフォ-マンスで選手達の(僕の)テンションはMAXに。実行委員会会長の話、実行委員長の話、アドバイザ-の話、全てが僕のハ-トに火を注いでくれた。常連のカトルス星人も2階から会場を盛り上げてくれ、1時間半の説明会はとても有意義なものとなった。あみだ湯(銭湯)に浸かり、今宵は道の駅にて車中泊。一人宴会も程々に、明日の準備を済ませ、狭い車内で横になる。が、1時間以上眠れなかった。初めてのウルトラマラソン・・。当然だが、誰だって一度きりしかない。完走出来ても出来なくても、明日の今頃はもう結果は出ている。辛いだろうが、脚が痛むだろうが、最後まで歯をくいしばって頑張りたい。


選手受付(ラポルトすず) 説明会冒頭のビデオ上映


輪島太鼓(虎之介) おもてなしサロン(飲み物フリ-)


特別支援学校児童の応援幕 道の駅にて夕食宴会
つづく・・
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| 2015 | 17:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑