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古都メクネス~ジブラルタル海峡を越えて編(9)

2014年12月30日
シャウエン~メクネス



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世界遺産 古都メクネス
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エスカルゴ  ※付け出しの汁が美味い


2日間滞在した青の町を離れ、これから世界遺産の町、古都メクネスへと向う。
暗闇の中、宿を5時過ぎにチェックアウト。
急な坂道を下る。

バスタ-ミナルには、既に多くのバスが停まっていた。
しかしバスはすべて無人、客もほとんどいない。
しばらくして、1台のバスが始動の準備態勢に入った。

さて、僕等の乗るバスはどれだろうか・・。
数人に尋ねるが、メクネス行きのバスは見つからない。
バスのチケットは昨日のうちに買ってある。

ついに発車時刻の6時を回ってしまったが、未だにメクネス行きのバスは姿を現さない。
何故これだけバスがあって、メクネス行きがないんだよ。
チケットには確かに”6時発”と書いてある。
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バスがない


僕等親子の他にメクネスを目指す乗客は、地元風の男性1人しかいない。
遅れてやって来た女性2人組のツ-リストは、聞いたことのないどこか別の町に向かうようだ。

そして、6時20分。
メクネス行きはもう来ない・・、理不尽なこの最終宣告がバス係員から僕等に告げられた。
チケットを売っておいて、そりゃないだろう。

バスの運転手に言われるがまま、唯一始動しているバスに急遽乗り込むことになる。
しかし、このバスの行き先は分からない。
ただ、僕等がメクネスに行きたいということは、この運転手に確実に伝わっている。

僕がバスに乗り込む瞬間、女性ツ-リストの一方と短いやり取りがあった。
このバスはメクネスに行くのか・・と訊かれ、即座に僕はこう言った。
メイビ-・・。
女性ツ-リストは少し心配顔で微笑み、旅立つ僕等を優しく見送ってくれた。
グッド・ラック!

昨日チケットを買った時点では、バスで4時間も眠ればメクネスだ・・と安易に考えていた。
しかし現実はそう甘くはなかった。
車内は暗く、本も読めない。
その上車内は寒く、眠りにも集中出来ないときた。
一体このバスはどこへ行き、そこまで何時間かかるのか、その一切が謎のままだ。
ただ目的地を共有する道連れがいることだけが、メクネスへ行ける可能性を残している。

バスは数度、どこかの町に立ち寄り、約3時間後、どこかの町に到着した。
ここでチケットを買い直し、いよいよメクネス行きのバスに乗ることとなった。
車窓から眺める広大な草原を目で追っているが、頭の中は不安で、気持ちにゆとりがない。
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停車したどこかの町
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サンドイッチ

バスは2時間走り、道端に停車した。
乗客の半分も降りようとはしなかったが、どうやらここがメクネスらしい。
後で知ったが、降りた場所は新市街であった。

道を尋ねながら、取りあえず旧市街の中心エディム広場を目指して歩く。
宿を探すにしても、まずは自分達の現在地を把握しなければならない。

しばらく歩き、最初に目に入ったホテルに飛び込んだ。
ダブル100DH。
部屋を見せてもらうが、悪くない。
ここに即決した。
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安宿

この宿が町のどの辺りに位置するのか、この時はまだ知る由もない。
目標とする午前中には無事宿を確保出来、これで僕等も晴れて町の人となった。
ホテルの隣には安いカフェがあり、道路向かいには安そうな食堂もある。
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コ-ヒ-  ※この苦みがいい
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マルガリ-タ  ※美味いけど全然足りない

メクネスの最盛期は17世紀、アラウィ-朝のム-レイ・イスマイルの時代まで遡る。
古い建物を全て取り壊し、数多くの城壁や門、モスク等を建設。
この王は、ルイ14世のヴェルサイユ宮殿に対抗し、豪華な王国を造ろうした。
しかし首都としては半世紀しか続かず、町はやがて衰退していく。

王都への入り口となる、マンス-ル門。
ム-レイ・イスマイルが手がけた最後の建築物で、彼の死後1732年に完成した。
巨大なこの門は、古都メクネスの象徴である。
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マンス-ル門

クベット・エル・キャティン。
ここは、かつてム-レイ・イスマイルが外国大使と接見する為に使われていたという。
今では中に何もなく、当時の面影に触れることは出来ない。
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要人を迎えた接見の間

キリスト教徒の地下牢。
異教徒のキリスト教徒を弾圧する為に造られた広大な地下牢で、かつて4万人もの囚人がここで鎖につながれていたという。
その後は穀物倉庫としても使われていた。
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天窓を兼ねる通気口
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当時は真暗闇だった

ム-レイ・イスマイル廟。
壮大な王都建設を夢見て、その完成を待たぬままこの世を去った王、ム-レイ・イスマイル。
マンス-ル門と共に、この町の重要な見所となっている。
彼の遺体が安置されている部屋には、非ムスリムは足を踏み入れることは出来ない。
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ム-レイ・イスマイル廟
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この中(写真中央)で王が眠る

風の道。
リフ門を抜け、高い壁で挟まれた道を進んで行く。
右側の壁の向こうには王宮が広がり、過剰なほどの厳重な警備がなされていた。
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風の道

ヘリ・スアニ。
ここは古い貯水槽と穀物倉庫から成り、水は40mもの地下から汲み上げられているという。
試しに小石を落としてみたら、数秒後、水の音が届いた。
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ヘリ・スアニ

アグダルの貯水池の脇を通り、城壁沿いに進み、エディム広場へと戻ってきた。
この広場は観光客相手の店ばかりで、レストランは洒落た面構えをしているが、値段は高い。
ユダヤ人街方面には露店や屋台が多く、こちらは庶民が対象。
熱気もすごく、屋台をハシゴしながら食べ歩くのが実に楽しい。

エスカルゴ(かたつむり)、初めて味わうこの食材。
味は通常の貝とたいして変わらないが、爪楊枝でほじくり出して食べるという、その行為自体を楽しむような料理である。
これが意外にも難しく、上手く引き抜かないと途中で千切れて、身を奥底に残すことになる。

てんこ盛りの器とともに、茹でた時の煮汁も別の器で出てくるのが嬉しい。
煮汁は胡椒が利いていてとても美味しく、体も芯から温まる。
僕は煮汁の方が好きで、2、3杯は必ずお代わりをするくらいだ。
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タジン鍋
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さらし首
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人ごみ
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部屋での日課
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たぶん、同席してきた物乞い少年のハリラ代も払わされている

一つの町に慣れた頃、次の日、或いはその翌日にはその町に別れを告げなければならない。
そして再び、移動に宿探し。
毎度同じ難題にぶつかり、僕等は常に不安を抱えている。
気の休まる日は、連泊の日くらいだろう。

しかし、僕は知っている。
一つでも多くの町を精力的に訪れた方が、後々絶対に後悔しないことを・・。
だから僕は今日も明日も攻め続けるのだ。


メクネス・ホテルAGADIR泊-100DH


バス代一部返却(-40DH) バス(どこかの町~メクネス10DH×2、荷物大1DH、トイレ0.5DH) サンドイッチ(5DH) 宿代(100DH) コ-ヒ-(5DH) 昼食(ピザ27DH) 地下牢(10DH、子供フリ-) ポストカ-ド(2DH×3) ヘリ・スアニ(10DH、子供フリ-) 屋台(エスカルゴ5DH) ミカン(2kg4DH) 屋台(ポップコ-ン1DH) 夕食(タジン25DH×2、ハリラ3DH×2)  計219.5DH
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| '15ジブラルタル海峡を越えて編 | 07:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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