朝靄のフマユ-ン廟~インド編(5)
2010年12月25日
デリ-
デリ-の朝は遅い。
連日震える寒さに負け、6時前には勝手に目が覚めてしまう。
そんな僕とは対照的に、岳登はいつだってどこだって熟睡している。
1時間程かけ前日の日記を書き終えた頃、岳登を起こし外に出る。
日中賑やかなメインバザ-ルはひっそりと静まり返り、
所々チャイを沸かす屋台が点在するくらいで、昼間のざわめきが嘘にさえ思える。
ここで暮らすインド人は、屋台の焚き火を囲み、
1杯のチャイをチビチビとすすりながら、チャイに浸したパンやクッキ-をかじる。
これがインド流、朝食の取り方のようだ。
その為、どのチャイ屋台にも食パンやクッキ-が山積みされている。
しかしこれくらいでは、腹は全く満たされず、駅前の食堂で再度朝食を取り直す事になる。

ド-サ25Rs(クレ-プ風パンにカレ-が3種)、揚げパンは各5Rs
駅からプリペイドリクシャに乗り、世界遺産フマユ-ン廟へ向かった。
ここはムガル帝国第2代皇帝フマユ-ンの廟であり、1565年に妃が建造した。
デリ-では連日早朝から正午にかけ、霧のような朝靄が立ち込める。
その為見る物一帯がとても幻想的に映り、インドという異国の地にいる事を肌で実感。
このフマユ-ン廟は後に建造されたタ-ジマハルにも影響を及ぼしているだけあり、
中央にド-ムを抱いた左右対称の建築様式はどことなくタ-ジを連想させ、
廟へと続く門越しに見えた瞬間、思わず声を張り上げてしまった。

フマユ-ン廟

作業員

門の先
デリ-
デリ-の朝は遅い。
連日震える寒さに負け、6時前には勝手に目が覚めてしまう。
そんな僕とは対照的に、岳登はいつだってどこだって熟睡している。
1時間程かけ前日の日記を書き終えた頃、岳登を起こし外に出る。
日中賑やかなメインバザ-ルはひっそりと静まり返り、
所々チャイを沸かす屋台が点在するくらいで、昼間のざわめきが嘘にさえ思える。
ここで暮らすインド人は、屋台の焚き火を囲み、
1杯のチャイをチビチビとすすりながら、チャイに浸したパンやクッキ-をかじる。
これがインド流、朝食の取り方のようだ。
その為、どのチャイ屋台にも食パンやクッキ-が山積みされている。
しかしこれくらいでは、腹は全く満たされず、駅前の食堂で再度朝食を取り直す事になる。

ド-サ25Rs(クレ-プ風パンにカレ-が3種)、揚げパンは各5Rs
駅からプリペイドリクシャに乗り、世界遺産フマユ-ン廟へ向かった。
ここはムガル帝国第2代皇帝フマユ-ンの廟であり、1565年に妃が建造した。
デリ-では連日早朝から正午にかけ、霧のような朝靄が立ち込める。
その為見る物一帯がとても幻想的に映り、インドという異国の地にいる事を肌で実感。
このフマユ-ン廟は後に建造されたタ-ジマハルにも影響を及ぼしているだけあり、
中央にド-ムを抱いた左右対称の建築様式はどことなくタ-ジを連想させ、
廟へと続く門越しに見えた瞬間、思わず声を張り上げてしまった。

フマユ-ン廟

作業員

門の先
神秘的なフマユ-ン廟に別れを告げ、広場でクリケットを楽しむ若者等を眺めてみる。
初めて目にするこのスポ-ツ、一言でいうと野球のようだ。
投手の投げ方がかなり興味深い。
走って助走をつけ、腕をクルクル回し、ワンバウンドで打者目掛け投げる。
打者は打ったなら、バットを持ったまま投手の所まで走り、バットを塁に当て、ホ-ムへ戻る。
塁は投げる場所(1塁)と打つ場所(ホ-ムベ-ス)の2つといったところか。
リクシャを捕まえ、来る時とほぼ同じ料金でニュ-デリ-駅まで送ってもらう。
到着後、駅前の食堂でタ-リ-の昼食を取る。
この駅前には安い食堂や美味いラッシ-屋が集まっており、既にお気に入りとなっている。
再びプリペイドリクシャに乗り、今度はラ-ルキラ-を目指す。
ムガル帝国第5代皇帝シャ-ジャハ-ンはア-グラ-からデリ-に都を戻した。
それが現在のオ-ルドデリ-であり、
その中心にRedFort(赤い砦)の異名を持つラ-ルキラ-が1648年建造された。
ラ-ルキラ-は人で溢れていた。
これまで訪れた2つの世界遺産とは比較にならない程の数だ。
ボディ-チェックや荷物検査等、厳しいセキュリティを通過し、ラ-ホ-ル門を潜る。
シャ-ジャハ-ンの座った王座や博物館等見所は幾つかあったが、弱冠期待外れ。
ここは外側から眺めるだけで充分と感じた。

ラ-ルキラ-

ラ-ホ-ル門

一般謁見の間 ディ-ワ-ネ・ア-ム
チャンドニ-チョ-クの人ゴミに押し潰され、何とかメトロ駅までやって来た。
初めて乗るインドのメトロ(地下鉄)はとにかく人が多い。
ト-クン(硬貨型の切符)を買うにも長い列に並び、乗るにも降りるにも命がけ。
目的地に着き電車から降りる際、無残にも僕はホ-ムに押し倒され、
抱えていたデイパックや眼鏡はホ-ムの地面に崩れ落ちた。
乗車率は軽く200%はいっている。
さすが人口11億を抱えるインドの首都だけの事はある。

ニュ-デリ-駅 ※メトロ駅からメインバザ-ルへ行くにはプラットホ-ムを越える
夕食は駅前の食堂でタ-リ-。
毎回食堂を変えていると、料金も味も実に様々で結構楽しめる。
駅前のラッシ-屋も結構いけるし、インドの定番スナックのサモサもようやく見つけた。
少しずつインドに慣れてきた頃、
僕達は一旦デリ-を離れる。
デリ-・ナブラング泊-200Rs
チャイ(5Rs×2) パン(5Rs) ナブラング(200Rs) 朝食(ド-サ25Rs×2、揚げパン5Rs×2) プリペイドリクシャ(ND駅~フマユーン廟85Rs) フマユ-ン廟(大人250Rs、子供フリ-) リクシャ(フマユーン廟~ND駅90Rs) ラッシ-(大15Rs) 昼食(タ-リ-30Rs×2) プリペイドリクシャ(ND駅~ラ-ルキラ-70Rs) ラ-ルキラ-(大人250Rs、子供フリ-) メトロ(8Rs×2) 買い溜めウィスキ-(小瓶95Rs) 夕食(タ-リ-40Rs×2) ラッシ-(大15Rs) サモサ(2個12Rs) 計1313Rs
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初めて目にするこのスポ-ツ、一言でいうと野球のようだ。
投手の投げ方がかなり興味深い。
走って助走をつけ、腕をクルクル回し、ワンバウンドで打者目掛け投げる。
打者は打ったなら、バットを持ったまま投手の所まで走り、バットを塁に当て、ホ-ムへ戻る。
塁は投げる場所(1塁)と打つ場所(ホ-ムベ-ス)の2つといったところか。
リクシャを捕まえ、来る時とほぼ同じ料金でニュ-デリ-駅まで送ってもらう。
到着後、駅前の食堂でタ-リ-の昼食を取る。
この駅前には安い食堂や美味いラッシ-屋が集まっており、既にお気に入りとなっている。
再びプリペイドリクシャに乗り、今度はラ-ルキラ-を目指す。
ムガル帝国第5代皇帝シャ-ジャハ-ンはア-グラ-からデリ-に都を戻した。
それが現在のオ-ルドデリ-であり、
その中心にRedFort(赤い砦)の異名を持つラ-ルキラ-が1648年建造された。
ラ-ルキラ-は人で溢れていた。
これまで訪れた2つの世界遺産とは比較にならない程の数だ。
ボディ-チェックや荷物検査等、厳しいセキュリティを通過し、ラ-ホ-ル門を潜る。
シャ-ジャハ-ンの座った王座や博物館等見所は幾つかあったが、弱冠期待外れ。
ここは外側から眺めるだけで充分と感じた。

ラ-ルキラ-

ラ-ホ-ル門

一般謁見の間 ディ-ワ-ネ・ア-ム
チャンドニ-チョ-クの人ゴミに押し潰され、何とかメトロ駅までやって来た。
初めて乗るインドのメトロ(地下鉄)はとにかく人が多い。
ト-クン(硬貨型の切符)を買うにも長い列に並び、乗るにも降りるにも命がけ。
目的地に着き電車から降りる際、無残にも僕はホ-ムに押し倒され、
抱えていたデイパックや眼鏡はホ-ムの地面に崩れ落ちた。
乗車率は軽く200%はいっている。
さすが人口11億を抱えるインドの首都だけの事はある。

ニュ-デリ-駅 ※メトロ駅からメインバザ-ルへ行くにはプラットホ-ムを越える
夕食は駅前の食堂でタ-リ-。
毎回食堂を変えていると、料金も味も実に様々で結構楽しめる。
駅前のラッシ-屋も結構いけるし、インドの定番スナックのサモサもようやく見つけた。
少しずつインドに慣れてきた頃、
僕達は一旦デリ-を離れる。
デリ-・ナブラング泊-200Rs
チャイ(5Rs×2) パン(5Rs) ナブラング(200Rs) 朝食(ド-サ25Rs×2、揚げパン5Rs×2) プリペイドリクシャ(ND駅~フマユーン廟85Rs) フマユ-ン廟(大人250Rs、子供フリ-) リクシャ(フマユーン廟~ND駅90Rs) ラッシ-(大15Rs) 昼食(タ-リ-30Rs×2) プリペイドリクシャ(ND駅~ラ-ルキラ-70Rs) ラ-ルキラ-(大人250Rs、子供フリ-) メトロ(8Rs×2) 買い溜めウィスキ-(小瓶95Rs) 夕食(タ-リ-40Rs×2) ラッシ-(大15Rs) サモサ(2個12Rs) 計1313Rs
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| '11インド編 | 08:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑