車を停めろ!~中東編(33)
2010年1月13日
ヨルダン・アンマン、マダバ、ウンムアルラサ-ス
・・・前回の続編
バスから降ろされた所はビジタ-センタ-。
とても立派な建物で、レストラン、ミュ-ジアム等あるようだが全てクロ-ズ。
ここにはツ-リストポリス以外、誰もいないようだ。
本当に静かだ・・
チケット売場もクロ-ズ。
何が何だか分からない、ポリスに案内してもらい遺跡入口を教えてもらう。
遺跡の入場料は取られなかった。
何なのこの世界遺産は・・
入口ゲ-トの先は、案内看板やル-トも整備されており分かり易かった。
廃墟と化した村の残骸を目の当たりに、先へ進む。
プレハブ風の建物が見えてきた。
建物の中には空中通路が設けられ、床下には古いモザイクが残っていた。
これが8世紀に建てられた聖スティ-ブン教会であったが、床以外当時の面影はない。

村の残骸

聖スティ-ブン教会

見事なモザイクが多く残り

マダバよりも確かに凄い!
ヨルダン・アンマン、マダバ、ウンムアルラサ-ス
・・・前回の続編
バスから降ろされた所はビジタ-センタ-。
とても立派な建物で、レストラン、ミュ-ジアム等あるようだが全てクロ-ズ。
ここにはツ-リストポリス以外、誰もいないようだ。
本当に静かだ・・
チケット売場もクロ-ズ。
何が何だか分からない、ポリスに案内してもらい遺跡入口を教えてもらう。
遺跡の入場料は取られなかった。
何なのこの世界遺産は・・
入口ゲ-トの先は、案内看板やル-トも整備されており分かり易かった。
廃墟と化した村の残骸を目の当たりに、先へ進む。
プレハブ風の建物が見えてきた。
建物の中には空中通路が設けられ、床下には古いモザイクが残っていた。
これが8世紀に建てられた聖スティ-ブン教会であったが、床以外当時の面影はない。

村の残骸

聖スティ-ブン教会

見事なモザイクが多く残り

マダバよりも確かに凄い!
風が強く吹きつけ、とても寒い。
この世界遺産には僕等以外誰もいない。
帰りが心配になってきたので、そろそろ帰ろうとした。
ビジタ-センタ-前の1本道に立ち、バスを待つ。
来ない・・
心配になりツ-リストポリスに尋ねてみると、耳を疑うような言葉が返ってきた。
『バスは来ないよ、車を捕まえるしかないね!』

忘れ得ぬ風景
やむを得ず、久々にヒッチハイクをする羽目になった。
若い頃は随分やっていたが、まさか子連れですることになるとは。
ヒッチハイクには自信があったが、思うようにいかない。
田舎すぎて肝心の車が来ないのだ。
10分待ち、ようやく1台現れる程度。
通りかかる車は絶対に見逃さないように、道路脇に立ち必死にアピ-ル。
何台かは停まってくれたが、行き先が違った。
ほとんどは相手にしてくれず、スピ-ドを落とす事なく手を振り走り去って行く。
ヨルダン人はほんと冷たいな・・

子供作戦は効果なし ※若い頃、妊婦作戦は成功した
1時間経過。
ヤバイな、この調子だともう少しで日が暮れてしまう。
こんな何もない所で野宿したら、確実に凍え死んでしまう。
タイムリミットはあと1時間。
姿を現す数少ない車に必死のアピ-ル。
指を立てたり、手を横に伸ばしたり・・
そんな甘い仕草では強い意志は相手に伝わらない。
道路の真ん中に飛び出し両手を振り、車を確実に停止させ頼み込む。
こんなに切羽詰まったヒッチハイクは始めてだった。
青年の運転する乗用車が停まってくれた。
『ゴ-トゥ-、マダバ?』
『YES!』
何とか危機は免れた。
運転席と助手席に座る青年2人と硬い握手を交わした後、
安堵した僕は浅い眠りについていた。
気が付いた時にはマダバ市内、更にバス乗り場まで送ってくれると言う。
何とも言えぬ有難さ、ヨルダン人も捨てたもんじゃないな!
アンマン行きのバス乗り場に帰還。
この親切な青年を忘れぬよう、バックからカメラを取り出した。
車から出ようと後部座席のドアに手を差し伸べた矢先、
思いもよらぬ言葉が返ってきた。
『マネ-、マネ-!』
なんだこいつは!
”親切な好青年”という言葉は、ここヨルダンでは通用しないのか。
バス代の2倍となる2JDを手渡し、僕は向きを変えた。
マダバからバスを2本乗り継ぎ、無事アンマンのダウンタウンに戻ってきた。
気になっていた人気店ハビ-バで、アラブ菓子のカナ-フェを味わう。
チ-ズ味で、噂通りかなり美味い。
インド料理店ガンガ-ではインド料理を堪能。
久々にインドカレ-やサモサ、チャイを味わったが、
どれも本場の味とはかけ離れていた。

アラブ菓子の老舗ハビ-バのカナ-フェ

ハ-フ(0.5JD)

インド料理
なんとも大変な一日だった。
交通の不便さ故に、あの世界遺産には誰も行こうとしないのだろう。
今ここで日記を書いている事を幸せに思う。
岳登にとっても”ヒッチハイク初挑戦”の記念すべき日となった。
いつまでも忘れないでほしい。
アンマン・コ-ダホテル泊-8JD
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この世界遺産には僕等以外誰もいない。
帰りが心配になってきたので、そろそろ帰ろうとした。
ビジタ-センタ-前の1本道に立ち、バスを待つ。
来ない・・
心配になりツ-リストポリスに尋ねてみると、耳を疑うような言葉が返ってきた。
『バスは来ないよ、車を捕まえるしかないね!』

忘れ得ぬ風景
やむを得ず、久々にヒッチハイクをする羽目になった。
若い頃は随分やっていたが、まさか子連れですることになるとは。
ヒッチハイクには自信があったが、思うようにいかない。
田舎すぎて肝心の車が来ないのだ。
10分待ち、ようやく1台現れる程度。
通りかかる車は絶対に見逃さないように、道路脇に立ち必死にアピ-ル。
何台かは停まってくれたが、行き先が違った。
ほとんどは相手にしてくれず、スピ-ドを落とす事なく手を振り走り去って行く。
ヨルダン人はほんと冷たいな・・

子供作戦は効果なし ※若い頃、妊婦作戦は成功した
1時間経過。
ヤバイな、この調子だともう少しで日が暮れてしまう。
こんな何もない所で野宿したら、確実に凍え死んでしまう。
タイムリミットはあと1時間。
姿を現す数少ない車に必死のアピ-ル。
指を立てたり、手を横に伸ばしたり・・
そんな甘い仕草では強い意志は相手に伝わらない。
道路の真ん中に飛び出し両手を振り、車を確実に停止させ頼み込む。
こんなに切羽詰まったヒッチハイクは始めてだった。
青年の運転する乗用車が停まってくれた。
『ゴ-トゥ-、マダバ?』
『YES!』
何とか危機は免れた。
運転席と助手席に座る青年2人と硬い握手を交わした後、
安堵した僕は浅い眠りについていた。
気が付いた時にはマダバ市内、更にバス乗り場まで送ってくれると言う。
何とも言えぬ有難さ、ヨルダン人も捨てたもんじゃないな!
アンマン行きのバス乗り場に帰還。
この親切な青年を忘れぬよう、バックからカメラを取り出した。
車から出ようと後部座席のドアに手を差し伸べた矢先、
思いもよらぬ言葉が返ってきた。
『マネ-、マネ-!』
なんだこいつは!
”親切な好青年”という言葉は、ここヨルダンでは通用しないのか。
バス代の2倍となる2JDを手渡し、僕は向きを変えた。
マダバからバスを2本乗り継ぎ、無事アンマンのダウンタウンに戻ってきた。
気になっていた人気店ハビ-バで、アラブ菓子のカナ-フェを味わう。
チ-ズ味で、噂通りかなり美味い。
インド料理店ガンガ-ではインド料理を堪能。
久々にインドカレ-やサモサ、チャイを味わったが、
どれも本場の味とはかけ離れていた。

アラブ菓子の老舗ハビ-バのカナ-フェ

ハ-フ(0.5JD)

インド料理
なんとも大変な一日だった。
交通の不便さ故に、あの世界遺産には誰も行こうとしないのだろう。
今ここで日記を書いている事を幸せに思う。
岳登にとっても”ヒッチハイク初挑戦”の記念すべき日となった。
いつまでも忘れないでほしい。
アンマン・コ-ダホテル泊-8JD
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| '10中東編 | 08:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑
夢追人さん、こんばんは。
こんな世界遺産もあるんですね。でも、教会の
内部はとてもきれいです。
ヒッチハイクはヒヤヒヤものでしたね。お金は
とられましたけど、無事でなによりです。
| たけちP | 2010/03/16 20:34 | URL |