九州縦断(1)~概要
約1年ぶりに下関へと戻ってきた。昨年春に行われた、本州縦断(青森~下関1550㌔)フットレ-ス2021スペシャル。そのゴ-ルの地となったのが、この下関駅だった。旅は終わり、また始まる。一時の終焉地は、結局はただの通過点でしかない。本来であれば九州縦断も昨年のうちに終えておきたかったが、思いの外ダメ-ジが長引き、叶わなかった。そして1年の準備期間を経て、ようやく辿り着いたこの舞台。ただ辛かっただけのあの日々に、またもこうして自ら足を踏み入れてしまった自分がいる。しかし今回は完全にセルフイベント。一人で好き勝手に縦断するだけなので、途中でリタイヤしようが、妥協してゴ-ルを縮めようが、誰にも知られないし、何も言われない。

海峡ゆめタワーより望む関門海峡 ※景色がとても良く、本州最西端なども望める
そして迎えた、2022年5月1日。この日深夜0時、倉井選手は想像を絶する苦行へと旅立った。1ヶ月で本州を往復(3100㌔)するというこの壮大なチャレンジをどうしても直接見送りたく、僕もスタ-トをこの日に合わせていた。その後ホテルに戻るがまともに寝付けず、睡眠不足のまま予定通り5時に下関駅をスタ-ト。本当は倉井選手と一緒にスタ-トしたかったが、関門トンネルの開通が6時なので、仕方なく5時のスタ-トとなった。エレベ-タ-で海底に下り、人道トンネルへイン。そして中間辺りで本州から九州へ。これは中々出来ない貴重な体験だ。初日は82.8㌔。目指すは福岡県朝倉市。この初日を意識して、ここ1ヶ月、毎週のように83㌔走を行ってきた。その甲斐あって、無難に初日の行程を終える。

壇ノ浦の戦い ※関門海峡の先が福岡県北九州市門司区

関門トンネル ※海底にて本州から九州へ

門司港レトロ ※門司港駅など観光名所を一通り巡る
5月2日、縦断2日目。この日は62.5㌔先の、熊本県玉名温泉を目指す。しかしこの日が何故か調子が悪かった。まず異様に腹が重い。昨夜と今朝のバイキングが良くなかったことは明白で、普段は走る前に何も食べないだけに、やはり朝のバイキングは今後避けた方が良さそうだ。そしてこの日は脚が棒のように重く、ほとんど歩き通した。友人にこの現状を告げると、『壮大な散歩道』と軽く揶揄された。代わり映えのない景色もこんな日には都合が悪く、進む気力さえも喪失し、『こんなんで最後まで行けるのか・・』と不安がつのる。しかし熊本県に入った時は嬉しかった。幾県をも跨ぐ縦断マラソンの醍醐味はやはり県境越えにある。自分の脚のみで県境を越えた喜びは、おそらくロングランナ-にしか分からない。

みやま市特産 山川みかん

熊本県へ
縦断3日目(5/3)は、59.2㌔先の八代市を目指す。しかしつい油断してしまい、右折するポイントを見過ごし、痛恨の往復2㌔のロス。少しでも早く進みたいのに、出だしから無駄な時間と体力を浪費してしまった。昨年の本州縦断では印刷地図にしか頼らなかったが、道迷いやル-トミスは皆無だった。今回の九州縦断では印刷地図とスマホのグ-グル経路を併用しており、結局これが仇となった。やはり基本は紙地図であり、こまめな確認作業を怠るとこういう痛い目に遭う。今後に向けての良い教訓となった。ふいに右手に海が現れた。これを日本海と呼ぶのかは分からないが、右手に海を従えると、どうしても本州縦断の日々を思い出してしまう。昨日一日脚を温存したことが幸いし、昨日の友人の一言にも触発され、今日はほぼ走り切れた。走る日と歩く日を交互に組めば、意外と疲労を蓄積せず日数を重ねることが出来るのかもしれない。

玉名温泉 金峰園 ※夜と朝、二度浸かった

海の駅 塩屋
縦断4日目(5/4)は、鹿児島県伊佐市までの71.1㌔。いよいよ鹿児島県かと思うと気分も高揚するが、今日は下り以外はほぼ歩いていた。縦断系のジャ-ニ-をするようになってからは、あまり走ることに執着しないようになった。100㌔や200㌔にしか出ていなかった頃は、歩くことにどこか後ろめたさを感じていた。しかし今では歩きこそ最大の武器になると思っているし、そもそも走っても歩いても、さほどペ-スは変わらない。だったら歩こう、だけど休まず歩こう・・、というスタイルに落ち着いた。ただ一応ランナ-なので、『どこから歩いて来たのですか?』と訊かれたら、少しムキになり『いや、基本走ってます!』との訂正は忘れない。右のアキレス腱が痛み出し、完走に向けての一番の支障になりそうな予感。この日は今回の縦断最大の難所と言える23㌔の峠越え(△708m)に苦しめられた。若干(4.2㌔)長くなる国道を避ける為、山道をショ-トカットするグ-グル先生お勧めの最短ル-トだったが、車1台通らない、更には携帯の電波さえ入らない、実に素晴らしい山道だった。苦戦した分、国道に出た時は思わず両手でガッツポ-ズ。そしてその先に鹿児島県境があった。

くまモン ※九州には熊は絶滅していないが、くまモンや白熊アイスなど町は熊だらけ

最大の難所を前に

鹿児島県へ
縦断5日目(5/5)は、68.4㌔先の鹿児島市を目指す。今夜はゴ-ル後に鹿児島市内で弟とラ-メン屋に行く予定。ここまで睡眠時間は連日4時間程しか取れていないが、まだ疲労の蓄積が少ないからか、昨日までは日中の睡魔はやって来なかった。しかしここに来て初めて睡魔に見舞われ、5分仮眠を2度取ることに。それでもまだ眠かったが、効果があったのが娘のカラオケ動画。娘には大変申し訳ないが下手過ぎて笑えて、眠気も一気に吹き飛んだ。〇〇〇よ、下手で有難う!LINEメッセ-ジで御礼を伝えると、絵文字が三つ(

)返ってきた。今日も脚が棒のように重く、筋肉痛が激しかったが、50㌔を過ぎた頃からいつもこうなる。鹿児島湾に出ると、桜島が左手に見えてきた。しかしこの国道が昨日の峠越えをも上回る難所で、歩道がない区間が多い割には、車は絶え間なく走り、これが夜ともなれば正に命懸けの走行となった。このル-トを選んだことを悔むほど身の危険を感じ、この区間の数時間は無駄夢中で必死に走った。

正面に桜島

西郷隆盛像(鹿児島市内) ※仮にここがゴ-ルだとしても感慨深いものはある

鹿児島ラ-メン ※ご当地ものは積極的に味わう。到着が遅くなり、結局弟には会えず
縦断6日目(5/6)は、47.7㌔先の指宿市を目指す。当初、大隅半島を南下するル-トで佐多岬を結ぼうと計画を練っていた。しかし丁度良い所に町がないことや、また指宿には一度は行ってみたいと思っていたこともあり、鹿児島から薩摩半島を南下するル-トを選び、その後指宿からは一部フェリ-を使うことにした。今回の九州縦断において、今日が初めてのカッパスタ-トとなる。雨は憂鬱でしかないが、一度外に出てしまえばこの時期の雨は逆に気持ち良くもある。とにかくこの縦断は天候に恵まれた。昨年の本州縦断は大半が雨だっただけに、今回はそのご褒美なんだろうと思えた。今日は仮眠1度で、久々にバス小屋で横になった。左内股が新たに痛み出し、歩く分には支障はないが、痛くて走れない。長い距離を進んでいればどこかしら痛くなって当然であり、如何に痛みと共存するかが重要になってくる。指宿の砂風呂は風情もあり、とても良かった。温泉やサウナ、水風呂もあり、観光気分で久々にゆっくり出来た。鹿児島県に入って以来、薩摩焼酎ばかり飲んでいる。I LOVE
カゴシマ。

この縦断唯一のカッパスタ-ト ※本州縦断とは打って変わり、終始天候に恵まれた

砂むし会館砂楽 ※どうしても指宿の砂風呂に入りたかった為、薩摩半島を南下してきた

鹿児島県では焼酎(25度)ばかり飲んでいた ※1本で充分酔える
縦断7日目(5/7)、最終日。今日の行程は39.5㌔、いよいよゴ-ルの佐多岬を目指す。6日目と7日目を合わせても良かったように思えるが、指宿に泊まりたかったこと、佐多岬は交通の便が極端に悪いこともあり、無理に向かっても思うように帰れないことは明らかだったので、ここは欲張らず2日に分けた。山川港からフェリ-に乗り、対岸の大隅半島へとワ-プ。真右への移動なので、距離的には短縮されず、縦断の価値は半減しないだろう。フェリ-内で早速旅人に出会い、仲良くなった。1時間弱の船旅で根占港に到着。そこからのランニングは最高に心地良いものとなった。”佐多岬”の文字も既に頻繁に現れている。本土最南端をあしらったフレ-ズがやたら目につく。本土最南端の道の駅、食堂、信号、酒屋・・。右手対岸には均整のとれた三角錐の開聞岳が常に見えている。当初、九州縦断のゴ-ルを佐多岬ではなく開聞岳の頂上にしようと思ったこともあった。佐多岬には開聞岳が欠かせない。今日が快晴で本当に良かった。

出たぞ、佐多岬

開聞岳が神秘的 ※日本離れした景色に見とれる
本土最南端、佐多岬。地果て、海始まる。旅人にとって、これ以上テンションの上がる場所はない。僕のこの九州縦断と丁度同時期に、昨年本州縦断で僕を支えてくれた友人がR7リバ-ス(新潟~青森433㌔)に挑戦していた。走る場所こそ違えど、同じ苦しみを同じ日、同じ時間帯に味わい、同じ距離を経て、彼は青森駅、僕は佐多岬をひたすら目指していた。そして彼と僕のゴ-ルは僅か1、2時間の差で、不思議な縁を感じた。この友人との毎晩のLINEも大変励みになったし、ささやかな楽しみでもあった。そして同じ時をこうして共に闘えたことが、何よりも嬉しかった。佐多岬の展望台に立ち、全身で風を浴びる。暑くなく、寒くもない。心地良い風を受けながら、この為に忍ばせていた薩摩焼酎と薩摩揚げで1杯やる。家族や友人に到達を伝え、気付くと1時間が経っていた。本当はもう少し長居したかったが、この後宿まで4㌔弱走って戻らなければならないので佐多岬とはここでお別れ。さすがに若干酔っぱらっていたが、慎重に足を運び、無事宿まで走り切った。ここは本土最南端の宿、民宿・内山荘。豪華な海鮮料理に舌鼓を打ち、ご飯は山盛り3杯を完食。その上焼酎を好きなだけ飲んでいいと宿の主人に言われ(無料)、同宿の著名な蟻学者の先生らと、楽しい一時を過ごした。ちなみにこの旅で、僕は平井大にドはまりした。

本土最南端 佐多岬

地果て、海始まる

本土最南端の宿、民宿内山荘 ※主人の人柄も良く、料理も美味い。そして何と小鹿(焼酎)飲み放題

海峡ゆめタワーより望む関門海峡 ※景色がとても良く、本州最西端なども望める
そして迎えた、2022年5月1日。この日深夜0時、倉井選手は想像を絶する苦行へと旅立った。1ヶ月で本州を往復(3100㌔)するというこの壮大なチャレンジをどうしても直接見送りたく、僕もスタ-トをこの日に合わせていた。その後ホテルに戻るがまともに寝付けず、睡眠不足のまま予定通り5時に下関駅をスタ-ト。本当は倉井選手と一緒にスタ-トしたかったが、関門トンネルの開通が6時なので、仕方なく5時のスタ-トとなった。エレベ-タ-で海底に下り、人道トンネルへイン。そして中間辺りで本州から九州へ。これは中々出来ない貴重な体験だ。初日は82.8㌔。目指すは福岡県朝倉市。この初日を意識して、ここ1ヶ月、毎週のように83㌔走を行ってきた。その甲斐あって、無難に初日の行程を終える。

壇ノ浦の戦い ※関門海峡の先が福岡県北九州市門司区

関門トンネル ※海底にて本州から九州へ

門司港レトロ ※門司港駅など観光名所を一通り巡る
5月2日、縦断2日目。この日は62.5㌔先の、熊本県玉名温泉を目指す。しかしこの日が何故か調子が悪かった。まず異様に腹が重い。昨夜と今朝のバイキングが良くなかったことは明白で、普段は走る前に何も食べないだけに、やはり朝のバイキングは今後避けた方が良さそうだ。そしてこの日は脚が棒のように重く、ほとんど歩き通した。友人にこの現状を告げると、『壮大な散歩道』と軽く揶揄された。代わり映えのない景色もこんな日には都合が悪く、進む気力さえも喪失し、『こんなんで最後まで行けるのか・・』と不安がつのる。しかし熊本県に入った時は嬉しかった。幾県をも跨ぐ縦断マラソンの醍醐味はやはり県境越えにある。自分の脚のみで県境を越えた喜びは、おそらくロングランナ-にしか分からない。

みやま市特産 山川みかん

熊本県へ
縦断3日目(5/3)は、59.2㌔先の八代市を目指す。しかしつい油断してしまい、右折するポイントを見過ごし、痛恨の往復2㌔のロス。少しでも早く進みたいのに、出だしから無駄な時間と体力を浪費してしまった。昨年の本州縦断では印刷地図にしか頼らなかったが、道迷いやル-トミスは皆無だった。今回の九州縦断では印刷地図とスマホのグ-グル経路を併用しており、結局これが仇となった。やはり基本は紙地図であり、こまめな確認作業を怠るとこういう痛い目に遭う。今後に向けての良い教訓となった。ふいに右手に海が現れた。これを日本海と呼ぶのかは分からないが、右手に海を従えると、どうしても本州縦断の日々を思い出してしまう。昨日一日脚を温存したことが幸いし、昨日の友人の一言にも触発され、今日はほぼ走り切れた。走る日と歩く日を交互に組めば、意外と疲労を蓄積せず日数を重ねることが出来るのかもしれない。

玉名温泉 金峰園 ※夜と朝、二度浸かった

海の駅 塩屋
縦断4日目(5/4)は、鹿児島県伊佐市までの71.1㌔。いよいよ鹿児島県かと思うと気分も高揚するが、今日は下り以外はほぼ歩いていた。縦断系のジャ-ニ-をするようになってからは、あまり走ることに執着しないようになった。100㌔や200㌔にしか出ていなかった頃は、歩くことにどこか後ろめたさを感じていた。しかし今では歩きこそ最大の武器になると思っているし、そもそも走っても歩いても、さほどペ-スは変わらない。だったら歩こう、だけど休まず歩こう・・、というスタイルに落ち着いた。ただ一応ランナ-なので、『どこから歩いて来たのですか?』と訊かれたら、少しムキになり『いや、基本走ってます!』との訂正は忘れない。右のアキレス腱が痛み出し、完走に向けての一番の支障になりそうな予感。この日は今回の縦断最大の難所と言える23㌔の峠越え(△708m)に苦しめられた。若干(4.2㌔)長くなる国道を避ける為、山道をショ-トカットするグ-グル先生お勧めの最短ル-トだったが、車1台通らない、更には携帯の電波さえ入らない、実に素晴らしい山道だった。苦戦した分、国道に出た時は思わず両手でガッツポ-ズ。そしてその先に鹿児島県境があった。

くまモン ※九州には熊は絶滅していないが、くまモンや白熊アイスなど町は熊だらけ

最大の難所を前に

鹿児島県へ
縦断5日目(5/5)は、68.4㌔先の鹿児島市を目指す。今夜はゴ-ル後に鹿児島市内で弟とラ-メン屋に行く予定。ここまで睡眠時間は連日4時間程しか取れていないが、まだ疲労の蓄積が少ないからか、昨日までは日中の睡魔はやって来なかった。しかしここに来て初めて睡魔に見舞われ、5分仮眠を2度取ることに。それでもまだ眠かったが、効果があったのが娘のカラオケ動画。娘には大変申し訳ないが下手過ぎて笑えて、眠気も一気に吹き飛んだ。〇〇〇よ、下手で有難う!LINEメッセ-ジで御礼を伝えると、絵文字が三つ(




正面に桜島

西郷隆盛像(鹿児島市内) ※仮にここがゴ-ルだとしても感慨深いものはある

鹿児島ラ-メン ※ご当地ものは積極的に味わう。到着が遅くなり、結局弟には会えず
縦断6日目(5/6)は、47.7㌔先の指宿市を目指す。当初、大隅半島を南下するル-トで佐多岬を結ぼうと計画を練っていた。しかし丁度良い所に町がないことや、また指宿には一度は行ってみたいと思っていたこともあり、鹿児島から薩摩半島を南下するル-トを選び、その後指宿からは一部フェリ-を使うことにした。今回の九州縦断において、今日が初めてのカッパスタ-トとなる。雨は憂鬱でしかないが、一度外に出てしまえばこの時期の雨は逆に気持ち良くもある。とにかくこの縦断は天候に恵まれた。昨年の本州縦断は大半が雨だっただけに、今回はそのご褒美なんだろうと思えた。今日は仮眠1度で、久々にバス小屋で横になった。左内股が新たに痛み出し、歩く分には支障はないが、痛くて走れない。長い距離を進んでいればどこかしら痛くなって当然であり、如何に痛みと共存するかが重要になってくる。指宿の砂風呂は風情もあり、とても良かった。温泉やサウナ、水風呂もあり、観光気分で久々にゆっくり出来た。鹿児島県に入って以来、薩摩焼酎ばかり飲んでいる。I LOVE


この縦断唯一のカッパスタ-ト ※本州縦断とは打って変わり、終始天候に恵まれた

砂むし会館砂楽 ※どうしても指宿の砂風呂に入りたかった為、薩摩半島を南下してきた

鹿児島県では焼酎(25度)ばかり飲んでいた ※1本で充分酔える
縦断7日目(5/7)、最終日。今日の行程は39.5㌔、いよいよゴ-ルの佐多岬を目指す。6日目と7日目を合わせても良かったように思えるが、指宿に泊まりたかったこと、佐多岬は交通の便が極端に悪いこともあり、無理に向かっても思うように帰れないことは明らかだったので、ここは欲張らず2日に分けた。山川港からフェリ-に乗り、対岸の大隅半島へとワ-プ。真右への移動なので、距離的には短縮されず、縦断の価値は半減しないだろう。フェリ-内で早速旅人に出会い、仲良くなった。1時間弱の船旅で根占港に到着。そこからのランニングは最高に心地良いものとなった。”佐多岬”の文字も既に頻繁に現れている。本土最南端をあしらったフレ-ズがやたら目につく。本土最南端の道の駅、食堂、信号、酒屋・・。右手対岸には均整のとれた三角錐の開聞岳が常に見えている。当初、九州縦断のゴ-ルを佐多岬ではなく開聞岳の頂上にしようと思ったこともあった。佐多岬には開聞岳が欠かせない。今日が快晴で本当に良かった。

出たぞ、佐多岬

開聞岳が神秘的 ※日本離れした景色に見とれる
本土最南端、佐多岬。地果て、海始まる。旅人にとって、これ以上テンションの上がる場所はない。僕のこの九州縦断と丁度同時期に、昨年本州縦断で僕を支えてくれた友人がR7リバ-ス(新潟~青森433㌔)に挑戦していた。走る場所こそ違えど、同じ苦しみを同じ日、同じ時間帯に味わい、同じ距離を経て、彼は青森駅、僕は佐多岬をひたすら目指していた。そして彼と僕のゴ-ルは僅か1、2時間の差で、不思議な縁を感じた。この友人との毎晩のLINEも大変励みになったし、ささやかな楽しみでもあった。そして同じ時をこうして共に闘えたことが、何よりも嬉しかった。佐多岬の展望台に立ち、全身で風を浴びる。暑くなく、寒くもない。心地良い風を受けながら、この為に忍ばせていた薩摩焼酎と薩摩揚げで1杯やる。家族や友人に到達を伝え、気付くと1時間が経っていた。本当はもう少し長居したかったが、この後宿まで4㌔弱走って戻らなければならないので佐多岬とはここでお別れ。さすがに若干酔っぱらっていたが、慎重に足を運び、無事宿まで走り切った。ここは本土最南端の宿、民宿・内山荘。豪華な海鮮料理に舌鼓を打ち、ご飯は山盛り3杯を完食。その上焼酎を好きなだけ飲んでいいと宿の主人に言われ(無料)、同宿の著名な蟻学者の先生らと、楽しい一時を過ごした。ちなみにこの旅で、僕は平井大にドはまりした。

本土最南端 佐多岬

地果て、海始まる

本土最南端の宿、民宿内山荘 ※主人の人柄も良く、料理も美味い。そして何と小鹿(焼酎)飲み放題
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