雨の稜線に心尽く
せっかく梅雨が明けたと言うのに、この先雨マ-クの日しか目につかない。そこで急遽仕事を休み、金曜の仕事日に強引に山へと向かった。前夜新穂高に車中泊。世間は既に盆休暇に入ったのか、平日なのにやたら車が多い。ただ都会ナンバ-が多いので、コロナが持ち込まれないか、感染者未だ1名の地元民(飛騨人)としてはかなり心配である。そして迎えた8月7日の金曜日。今日は単独の為若干スタ-ト時刻が緩み、1時10分に新穂高の登山指導センタ-を発つ。相変らずきつい左俣林道の出だしに喘ぎ、今日は遠慮なしに時折歩く。僕の仲間は皆とてもタフなので、一緒に山行すると正直辛い。程なく、笠ヶ岳新道入口に到着。今回の行程、これ以降双六小屋まで水場はないので、ここで計1.5㍑の容器を満タンにしておく。今日は先週の教訓を活かしてカッパ下も持ってきており、容量的にも重量的にも一気に増してきた。丁度その頃後ろで一瞬明かりが見えたが、何故だか直ぐに消えた。僕はここまで走って来たし、道中登山者は抜いていない。誰か走って来たのだろうか・・。その正体が気になったが、明かりは突如見えなくなったし、それ以上は深く考えなかった。

新穂高登山指導センタ-

笠新道入口 ※後ろに謎の明かりが一瞬見えた

Gショックの標高はぴったし ※18年程愛用したプロトレックは先週お蔵入り
ここは激坂で有名な笠新道。しかし幸い僕はこの坂道を得意とし、ここに取り付けば、相手が誰だろうと一切負ける気がしない。そんなホ-ムとも言うべき散歩道を、休憩なしで黙々と登っていく。勾配が急であればある程、腕時計が示す標高は急激に増し、その上がり具合を見るのも心地良かった。先週の赤牛ではストック代わりの杖に苦しんだので、今回は何としても森林限界を超える前に最適な太さと長さの杖を確保しておかなければならない。しかし満足のいくものは結局1本しか見つからず、辛うじての2本体勢。標高2000mも早々と突破し、時折下界が望めるようになってきた。そんな頃、ふと謎の明かりが再び目についた。きっと麓の明かりが見えているのだろうと最初のうちこそ思ったが、次第にその明かりは現実のものとなってきた。やはりこれは何かがおかしい。ここは泣く子も黙る笠新道。そして僕はここを休みなしのハイペ-スでガンガンと攻めている。正体は彼女か・・。しかし仲間の波であれば、『ホイホイ』と叫んでいるはずだが、その掛け声は一切聞こえない。一体誰だ・・。笠ヶ岳まで逃げ切ろうとも思ったが、その正体がやけに気になった為、杓子平に先着した僕はそこで後続を待った。ザックを広げ防寒の用意をしていると、後続が直ぐに現れた。正体は仲間のほっしゃんだった。

杓子平 ※後続の正体は仲間のほっしゃんだった
山仲間は皆、僕が1時に新穂高を発ち笠五郎へと向かうことは知っていたので、既に休暇に入っていたほっしゃんが僕をこっそり追いかけてきたのであった。笠新道入口で明かりが突如見えなくなったのは、『ヤバイ、見つかる!』と、少し手前でライトを慌てて消したようだ。そして僕の得意とする笠新道の登りでは、僕は完全に逃げ切ったと勝ち誇っていたが、どうやら実はそうではなく、ほっしゃんは追いつかないようにとペ-スを調整していたのだと言う。恐るべし、ほっしゃん。仲間の中での僕は既に最下位の位置にいる。杓子平からはほっしゃんと行動を共にし、暗くて多少迷いつつも、何とか笠の稜線へと這い上がる。それにしても寒い。今日しかないと決行したはずであったが、ほっしゃん曰く、昨夜の時点で山の天気が一変したという。僕はガラケ-なので、昨日の夕方時点での情報を最後とし、昨夜の星空を見ても、その情報を疑う余地はなかった。

稜線に立つほっしゃん
暗い稜線はとても危うく、思うようにペ-スも上がらない。それでも話をしながら楽しく進み、ようやく笠ヶ岳山荘まで辿り着く。この辺りでは唯一、この山荘だけはコロナ感染を警戒し今年は一切営業をしていない。一先ず山頂を目指す。そして新穂高から丁度4時間で、先ずは最初の目的地である笠ヶ岳に到着した。いつもより15分程遅かった。ブロッケンは出ていないが先週に続き、笠ヶ岳にちなんだ播隆上人の物語を少し話す。眺望は一切なくただ寒いだけなので、写真を数枚撮り直ぐに山頂を発つ。山荘まで下り、風の除けれる場所を選び、そこで少し休憩とする。あまりにも寒いので、ここでカッパの下も履く。

笠ヶ岳(標高2898m)

何も見えないし寒い

コロナ禍の為、今シ-ズン営業中止の笠ヶ岳山荘

抜戸岩
せっかく待望の朝を向かえたと言うのに、何処にいても眺望はない。しかし太陽というものは実に偉大なもので、こんな濃霧の中でも、最低限の明るさだけは提供してくれた。来た道を戻り、抜戸岳に登る為、一旦縦走路を外れる。抜戸岳に登るには笠新道稜線に立ち、そこから踏み後を辿る必要がある。そしてその先一度偽ピ-クが現れ、その先に朽ちた標柱を備えた抜戸岳が登場する。笠を訪れる大概の登山者はパスしがちだが、一応日本百高山に入っているので、滅多に来れない遠方の登山者は、後悔しない為にも確実に押さえておいた方がいい。抜戸から縦走路への取り付きは、視界がないことで多少手こずったが、ハイマツをかき分け何とか無事縦走路に合流。

抜戸岳(標高2813m) ※縦走路から外れるが、ここも一応百高山(59位)
本来であればこの稜線は終始槍穂高の稜線が望め、この上なく心地良い稜線歩きを楽しむことが出来る。そして今日はそんな稜線歩きを当然期待していただけに、そのショックはかなり大きかった。ほっしゃんの予報通り、いつしか雨も降り出しており、既に黒部五郎へと向かう気力は失せていた。しかし、こんな時にしか出来ないこともある。普段は慌ただしい行程を組むので、ゆっくり岩茸採りをする暇なんてないが、幸い今日はまだ朝を迎えたばかりなので時間だけは腐るほどある。おまけに雨の日の岩茸は水を含みしんなりとしており、快晴の日とは比べものにならないくらい採り易い。先週に続き、今日も仲間に岩茸採りの極意を伝授する。今では体力は到底仲間に敵わないが、こうした山での過ごし方だけは登山歴23年の経験がある。しかし生憎この稜線に岩茸はほとんど無く、経験程度の収獲に終わった。登山道脇のハイマツから大きな雷鳥が驚いて、バタバタと数m空を飛び逃げていった。何の楽しみもないこの雨の稜線、せめて雷鳥との一時を楽しみたかったが、雷鳥は直ぐに僕らの前から姿を消した。

雨の日の岩茸は採り易い

一瞬の雷鳥

雨の雫の美しさ

チングルマ
既に弓折からの下山を決めている。当初、雨でも先週妥協した双六岳と三俣蓮華岳くらいは行こうと思っていたが、眺望もないことだし、こんな雨の状態で先に進んでも、辛いだけで楽しいことは何もない。稜線を歩いていて、『あの岩、何だかカッコいい!』とほっしゃんが言ったあの岩こそ、何を隠そう秩父岩である。大ノマ岳と弓折岳を確実に踏み落とし、後悔だけを残し、泣く泣く稜線を後にする。

大ノマ岳(標高2662m) ※標柱はない

大ノマ乗越

弓折岳(標高2586m) ※縦走路から少し離れている

弓折岳分岐 ※雨の稜線程つまらないものはないので、迷わず下山
雨の小池新道がこの日一番の難所だった。僕は足の置き方が相当悪いようで、5、6度石に足を滑らせ大転倒し、その都度派手に転んでいた。次第に転び方にも慣れてきて、受け身を取れるようになってきたが、これは何の自慢にもならない。いつまでもこんなことをしているようでは、そのうち大怪我をしてしまう。急ぎ足で下山していたのがいけなかったが、一旦転び始めると癖になるようだ。無事小池新道を終え、後は林道を走るだけ。左俣の林道を㌔5分程で走り切り、10時16分、新穂高にゴ-ルした。何とも煮え切らぬ、不完全燃焼な一日に終わった。下山届を出すべく、ザックをベンチの上に下ろす。たったそれだけの仕草で僕の右肩は脱臼し、しばらく関節が入らなかった。先程下山での大転倒で2度肩を外し、今日はこれで3回目の脱臼。元々僕には自衛官時代(19~22歳、夜間大学生兼)に発症した脱臼癖があり、関節を繋ぐべく、僕の右肩にはその時入れたボルトが入っている(しかもボルトは体内で折れてしまった)。そして久々の脱臼は、昨年の白山白川郷での大転倒以来となる。

シシウドヶ原 ※雨は降り続いていたが、二人ともカッパ上下を脱ぐ

小池新道入口

新穂高 ※行程の半分で終わった

新穂高登山指導センタ-

笠新道入口 ※後ろに謎の明かりが一瞬見えた

Gショックの標高はぴったし ※18年程愛用したプロトレックは先週お蔵入り
ここは激坂で有名な笠新道。しかし幸い僕はこの坂道を得意とし、ここに取り付けば、相手が誰だろうと一切負ける気がしない。そんなホ-ムとも言うべき散歩道を、休憩なしで黙々と登っていく。勾配が急であればある程、腕時計が示す標高は急激に増し、その上がり具合を見るのも心地良かった。先週の赤牛ではストック代わりの杖に苦しんだので、今回は何としても森林限界を超える前に最適な太さと長さの杖を確保しておかなければならない。しかし満足のいくものは結局1本しか見つからず、辛うじての2本体勢。標高2000mも早々と突破し、時折下界が望めるようになってきた。そんな頃、ふと謎の明かりが再び目についた。きっと麓の明かりが見えているのだろうと最初のうちこそ思ったが、次第にその明かりは現実のものとなってきた。やはりこれは何かがおかしい。ここは泣く子も黙る笠新道。そして僕はここを休みなしのハイペ-スでガンガンと攻めている。正体は彼女か・・。しかし仲間の波であれば、『ホイホイ』と叫んでいるはずだが、その掛け声は一切聞こえない。一体誰だ・・。笠ヶ岳まで逃げ切ろうとも思ったが、その正体がやけに気になった為、杓子平に先着した僕はそこで後続を待った。ザックを広げ防寒の用意をしていると、後続が直ぐに現れた。正体は仲間のほっしゃんだった。

杓子平 ※後続の正体は仲間のほっしゃんだった
山仲間は皆、僕が1時に新穂高を発ち笠五郎へと向かうことは知っていたので、既に休暇に入っていたほっしゃんが僕をこっそり追いかけてきたのであった。笠新道入口で明かりが突如見えなくなったのは、『ヤバイ、見つかる!』と、少し手前でライトを慌てて消したようだ。そして僕の得意とする笠新道の登りでは、僕は完全に逃げ切ったと勝ち誇っていたが、どうやら実はそうではなく、ほっしゃんは追いつかないようにとペ-スを調整していたのだと言う。恐るべし、ほっしゃん。仲間の中での僕は既に最下位の位置にいる。杓子平からはほっしゃんと行動を共にし、暗くて多少迷いつつも、何とか笠の稜線へと這い上がる。それにしても寒い。今日しかないと決行したはずであったが、ほっしゃん曰く、昨夜の時点で山の天気が一変したという。僕はガラケ-なので、昨日の夕方時点での情報を最後とし、昨夜の星空を見ても、その情報を疑う余地はなかった。

稜線に立つほっしゃん
暗い稜線はとても危うく、思うようにペ-スも上がらない。それでも話をしながら楽しく進み、ようやく笠ヶ岳山荘まで辿り着く。この辺りでは唯一、この山荘だけはコロナ感染を警戒し今年は一切営業をしていない。一先ず山頂を目指す。そして新穂高から丁度4時間で、先ずは最初の目的地である笠ヶ岳に到着した。いつもより15分程遅かった。ブロッケンは出ていないが先週に続き、笠ヶ岳にちなんだ播隆上人の物語を少し話す。眺望は一切なくただ寒いだけなので、写真を数枚撮り直ぐに山頂を発つ。山荘まで下り、風の除けれる場所を選び、そこで少し休憩とする。あまりにも寒いので、ここでカッパの下も履く。

笠ヶ岳(標高2898m)

何も見えないし寒い

コロナ禍の為、今シ-ズン営業中止の笠ヶ岳山荘

抜戸岩
せっかく待望の朝を向かえたと言うのに、何処にいても眺望はない。しかし太陽というものは実に偉大なもので、こんな濃霧の中でも、最低限の明るさだけは提供してくれた。来た道を戻り、抜戸岳に登る為、一旦縦走路を外れる。抜戸岳に登るには笠新道稜線に立ち、そこから踏み後を辿る必要がある。そしてその先一度偽ピ-クが現れ、その先に朽ちた標柱を備えた抜戸岳が登場する。笠を訪れる大概の登山者はパスしがちだが、一応日本百高山に入っているので、滅多に来れない遠方の登山者は、後悔しない為にも確実に押さえておいた方がいい。抜戸から縦走路への取り付きは、視界がないことで多少手こずったが、ハイマツをかき分け何とか無事縦走路に合流。

抜戸岳(標高2813m) ※縦走路から外れるが、ここも一応百高山(59位)
本来であればこの稜線は終始槍穂高の稜線が望め、この上なく心地良い稜線歩きを楽しむことが出来る。そして今日はそんな稜線歩きを当然期待していただけに、そのショックはかなり大きかった。ほっしゃんの予報通り、いつしか雨も降り出しており、既に黒部五郎へと向かう気力は失せていた。しかし、こんな時にしか出来ないこともある。普段は慌ただしい行程を組むので、ゆっくり岩茸採りをする暇なんてないが、幸い今日はまだ朝を迎えたばかりなので時間だけは腐るほどある。おまけに雨の日の岩茸は水を含みしんなりとしており、快晴の日とは比べものにならないくらい採り易い。先週に続き、今日も仲間に岩茸採りの極意を伝授する。今では体力は到底仲間に敵わないが、こうした山での過ごし方だけは登山歴23年の経験がある。しかし生憎この稜線に岩茸はほとんど無く、経験程度の収獲に終わった。登山道脇のハイマツから大きな雷鳥が驚いて、バタバタと数m空を飛び逃げていった。何の楽しみもないこの雨の稜線、せめて雷鳥との一時を楽しみたかったが、雷鳥は直ぐに僕らの前から姿を消した。

雨の日の岩茸は採り易い

一瞬の雷鳥

雨の雫の美しさ

チングルマ
既に弓折からの下山を決めている。当初、雨でも先週妥協した双六岳と三俣蓮華岳くらいは行こうと思っていたが、眺望もないことだし、こんな雨の状態で先に進んでも、辛いだけで楽しいことは何もない。稜線を歩いていて、『あの岩、何だかカッコいい!』とほっしゃんが言ったあの岩こそ、何を隠そう秩父岩である。大ノマ岳と弓折岳を確実に踏み落とし、後悔だけを残し、泣く泣く稜線を後にする。

大ノマ岳(標高2662m) ※標柱はない

大ノマ乗越

弓折岳(標高2586m) ※縦走路から少し離れている

弓折岳分岐 ※雨の稜線程つまらないものはないので、迷わず下山
雨の小池新道がこの日一番の難所だった。僕は足の置き方が相当悪いようで、5、6度石に足を滑らせ大転倒し、その都度派手に転んでいた。次第に転び方にも慣れてきて、受け身を取れるようになってきたが、これは何の自慢にもならない。いつまでもこんなことをしているようでは、そのうち大怪我をしてしまう。急ぎ足で下山していたのがいけなかったが、一旦転び始めると癖になるようだ。無事小池新道を終え、後は林道を走るだけ。左俣の林道を㌔5分程で走り切り、10時16分、新穂高にゴ-ルした。何とも煮え切らぬ、不完全燃焼な一日に終わった。下山届を出すべく、ザックをベンチの上に下ろす。たったそれだけの仕草で僕の右肩は脱臼し、しばらく関節が入らなかった。先程下山での大転倒で2度肩を外し、今日はこれで3回目の脱臼。元々僕には自衛官時代(19~22歳、夜間大学生兼)に発症した脱臼癖があり、関節を繋ぐべく、僕の右肩にはその時入れたボルトが入っている(しかもボルトは体内で折れてしまった)。そして久々の脱臼は、昨年の白山白川郷での大転倒以来となる。

シシウドヶ原 ※雨は降り続いていたが、二人ともカッパ上下を脱ぐ

小池新道入口

新穂高 ※行程の半分で終わった
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| 山 | 21:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑