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TJAR応援(1)~雨の槍ヶ岳、行け康介!

いよいよ2018年TJARが開催された。8/12(日)深夜0時、厳しい審査・抽選を通過した30名の選手が富山湾をスタ-ト。馬場島までの長いロ-ドを走り抜け、剱、立山、薬師、黒部五郎、双六、槍と飛騨山脈(北ア)南部の稜線を歩んでゆく。そして大会2日目となる8/13(月)、地元の稜線で友人を迎えることにした。本来であれば先週の下見の結果、西鎌尾根の硫黄乗越辺りで迎えようと目論んでいた。しかしこの悪天候の為、尾根に進むのは断念。出発が前後した友人とは槍平で無事合流し、そこからは一緒に乗越を目指す。やはり一人で淡々と登るのとは違い、ペ-スのあった仲間がいれば話も弾み、飛騨乗越まではあっという間だった。今日は終日雨の予報(だったらしい)。僕は大雨でも台風でも行くつもりでいたので、天気予報は見ていなかった。雨は槍平以降から次第に降り始めていたが、稜線に出ると寒さがそれ以上に堪えた。トレランスタイルでの悪天はあまり経験していないので(登山での悪天は日常茶飯)、久々に地獄を見た感じだ。友人共々手足をガタガタ震わせ、手の指先には痺れが出始めた。そんなこともあって山荘からは安易に出られず、トップの男澤選手を始め、数人の選手(山荘に寄らない選手)は到着したことすら知らなかった。
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飛騨乗越  ※新穂高から3時間半で到着
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槍ヶ岳山荘  ※稜線上はかなり寒く、外に居るのが辛い
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堪らず食堂でカップ麺(400円)
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2日目途中までトップだった石田選手

そして僕らが待つのは、我らが垣内康介(No.13)、飛騨人発のTJAR選手(内心かなり悔しい)。彼と知り合ったのはここ数年のことだが、何せこれまで歩んできた人生が僕にそっくりで、とても他人とは思えず勝手に親近感を抱いている。彼はもともと消防士だったが職を捨て、海外へと長い旅に出た。そして海外を40ヶ国以上放浪し、やがて地元飛騨に腰を据える。海外を旅したバッグパッカ-の大半がそうであるように、彼もまた日本での非日常を求め山に通う。更には脚力をつけ、どこまでも遠くへ・・というロマンを求め長い距離に転じた。結局今していることは、旅の延長・・。大会前、岐阜新聞や中日新聞には彼の挑戦や走り始めたいきさつを記した特集が組まれ、みなぎる自信にも驚かされた。しかし何だお前、それって全部俺のパクリやんけ!今年の国府ウルトラの新年会の時、僕が偉そうに言っていた内容そのままだった。特に引っかかったのが、『旅の延長・・』って言うあの絶妙なフレ-ズ。あれは完全に俺が絞り出した渾身の名言やぞ。確かに彼はニコニコしながら僕の話に終始相づちを打っていた。先程から友人の姿が見えない。完全に体が冷え切り、会えずして緊急下山・・も頭を過ぎる情けない僕。山荘の中で他の登山者の邪魔にならないように立ち、窓の外の動きをじっと見守ることしか出来なかった。手に持ったホワイトボ-ドの両面には選手へのメッセ-ジを記しており、居合わせた登山者もその内容が気になったようだ。ちなみに先程登ってくる時も選手と間違われて(明らかにコ-スが違うのに・・)、数人から声援を受けた。
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完全に冷えてしまい手足がガタガタ震える

心配になり外に出てみると、友人が駆け寄ってきた。来たよ・・。僕はどう驚かせてやろうかとシチュエ-ションを考え、後に現れることにし、最初は遠くから友人と康介の再会を眺めていた。しかし僕も直ぐに我慢出来なくなり、康介に近付いていく。僕は毎朝走っているが、いつも峠辺りでバイクで通勤途中の康介に出会う。大概はハイタッチをして別れるが、大会が近付くにつれ、立ち止まり話をすることが多くなった。しかし既にスイッチの入っていた僕は(スイッチが入りやすい)、大会3日前にはもはや康介の前で泣いていた。自分でも思うがゴ-ル後ならともかく、大会前から面と向かって泣く男なんて前代未聞だろう(ただこれが僕の原動力となっている)。そして康介最後の通勤日となる金曜の朝。まともに喋れないことは分かっていたので、一言添えた紙切れを握手の際さりげなく渡した。ここまで来たら『頑張れ』なんてありきたりの言葉は贈れない。誰にも負けない努力をしたことは分かっているし、今更言われなくても頑張るだろう。後はこの10年分の思いをぶつけて、喜びも苦しみも、痛みも眠たさも、幻覚も幻聴も、景色も応援も、雨も青空も満天の星も全部楽しでこい!伝えたいのはそれだけだった。

そして槍の肩(西鎌乗越)で康介と再会。彼の目を見た途端、やはり涙が溢れてしまった。一緒に応援に来た友人には先程飛騨乗越への登りの際に、予め白状しておいたので驚かれる心配はない。『おめぇ遅ぇよ。どれだけ友達を待たせるんよ!』と文句を言いながら、大泣きして抱き合った(康介は未だ泣いてくれない)。『寒くて死ぬかと思ったぞ。余程下山しようかと思っとったさ』。ここまで雨風に耐え苦しみながらも稜線を辿ってきた選手に比べれば、僕の辛さなど無いに等しいことは当然分かっている。幸いにも僕の涙は直ぐに収まり、その後は冷静になって別モ-ド(通常モ-ド)で康介を迎えれた。初めて見た康介のビブス姿は、悔しいが実に様になっている。康介自身も言っていたが、やはり魔法のビブスの効果は絶大のようで、これを来ているだけで大モテだそうだ(バングラへ行けば、ただ外国人と言うだけでスタ-気分は味わえるが・・)。TJAR専属のカメラマンの方も応援の僕らにまで気を遣ってくれ、3人並んでロゴの前で写真に収まった。じゃあな、康介!上高地には船場さんがいるぞ。康介は霞む登山道の中を一人消えていった。
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『おめぇ遅ぇよ。どれだけ友達を待たせるんよ!』と文句を言い
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泣きながら迎える  ※大会3日前から既に康介の前で泣いていた
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既に感無量な僕
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ここは彼にとって10年越しの舞台
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『全部楽しんでこい!』と大会前最後に言葉を贈った
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飛騨人の底力を見せてやれ
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メディカルチェックを受け
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出発のサイン
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かっこいいぞ!
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霞む上高地へ  ※この後の凄い展開は僕も予想していなかった・・

そして翌日、大会3日目の8/14(火)。槍ヶ岳山荘で8位だった康介は現在中央アルプスに入り2、3位まで上がり、檜尾辺りでトップ(差はあまりない)を追いかける。あまりに速過ぎて、こちらも思うような行動が組めない。南アルプスの聖、茶臼辺りで再度活を入れて来ようと考えている。おめぇ遅ぇよ、何ちんたら走っとるんよ!彼は実に友達思いだ。僕が最終日と前日に用事があって来れないことを本能的に察知したのか(さすがバックパッカ-)、その前日にでもゴ-ルしそうなかなりヤバイ勢いである。こうなったら、狙うものはもう一つしかない。そう周りが口にしなくても、彼はずっとこの展開を想定していたようにも思う。そうでもなければ、普通、大会の2週間前にミラ-ジュランドから釜トンネルはやらないだろう。それも暴風警報が出ていたのに・・。あの日をもって(実際はその前から)康介の並々ならぬ覚悟は感じていた。行け、康介!お前は誰よりも努力したんだ。そして最後のロ-ドを含め、誰よりも早い大浜海岸への到着を旅仲間としてこの目で見届けてやる。ただ一つ言わせてくれ。確か君はショ-トメ-ルで僕にこう言ったよね。『俺に続けぇーっ!』って。そんなの無理に決まっとるやん。
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TJAR 感動を有り難う

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