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旅の概要~東欧周遊編(1)

我が家の第5子ナナとの旅もこれで2度目となる。
僕らの旅の目的地は、いつだって後からついてくる。
行きたい国の航空券は大概高くて買えず、安い航空券で行ける国へ行く。
オ-プンジョ-の航空券を使えば、どんなル-トだって組むことは可能だ。
アフリカに行きたければ、欧州行きの格安航空券を探し、ジブラルダル海峡を越えればいい。
中米に行きたければ、航空券の安いアメリカから下ればいい。
そんな訳で今回の旅は以前から行きたかったトルコを中心に、ぐるり東欧を巡る。

1ヶ国目、トルコ。
ここは、アジアの果て、ヨ-ロッパの始まり・・。
世界を旅するバックパッカ-にとって、評判の良いこの国は絶対に外せないだろう。
奇岩カッパドキア、パムッカレ温泉等、国土は広く見所も附随して多い。
ケバブは確かに美味いが、大概他の国でも食べれたし、トルコ以外の方が逆に美味かった。
何より酒が高く、呑兵衛には辛い国だ。

2ヶ国目、ブルガリア。
日本人の想像を決して裏切らない、すさまじい光景が目の前に広がっていた。
そこは、ス-パ-マ-ケット。
棚にずらりと並んでいるのは、もちろん『ヨ-グルト』。
種類は無数にあり、安くて、とても美味かった。
それにさすがブルガリア人だ、カゴに入れるヨ-グルトの数もハンパなかった。
ブルガリア=ヨ-グルト、この法則に間違いはない。

3ヶ国目、ル-マニア。
僕には『新体操』くらいしか想い浮かばない。
夜の宿探しは辛かったけど何とか無事ドミに救われ、大晦日に野宿せずに済んだ。
ドラキュラのモデルになったブラン城は、予想以上に良かった。
ビ-ルが驚く程安く、2.5Lの常温ボトルを豪快にがぶ飲みして喜んでいた。

4ヶ国目、ハンガリ-。
ここは中欧、『クラシック』が有名そうだな。
王宮から見たブダペストの夜景は、言葉を失うくらいに綺麗だった。
日本人宿アンダンテに連泊し、連日深夜1時半まで話に夢中になっていた。
旅人にも実に様々なタイプがいるが、さすがに東大生だけはレベルが違った。
国境の町コマ-ロムから橋を渡り、5ヶ国目スロヴァキアへも少し入っておく。

6ヶ国目、セルビア。
残念ながら、僕には想い起こすアイテムはない。
たまたま1月7日に入国したが、1年の内でこの日だけは入るべきではなかった。
この国では丁度クリスマスに当たり、店は何処もやっておらず、宿すら閉鎖状態。
すがる思いで訪れた動物園、これが意外と良かった。
土産物屋のオバちゃんとの出会いも、いい思い出だ。

7ヶ国目、コソヴォ。
誰もが『紛争』を想い描くだろうが、今となっては至って平和な国だった。
首都プリシュティ-ナでは8人ドミに連泊した。
宿のオバマ青年。彼は『YES、WE、CAN!』と僕の期待に応えてくれた。
国民の大半がアルバニア人の為、コソヴォとアルバニアの国旗が共存する姿は異様だった。
東欧の物価は総じて安いが、マイナ-な国は特に安い。

8ヶ国目、マケドニア。
未だ『アルバニア』との区別がつかない。
当然イメ-ジは持ち合わせていないが、銅像が多いことだけは事前情報で知っていた。
しかし、これが多いなんてもんじゃない。
その数は尋常でなく、最初こそ笑っていたが、次第に感動へと変わっていく。
凄いぞスコピエ!

そして9ヶ国目は、ギリシア。
僕は23歳の頃、妻(当時未婚)と一度来たことがある。
タベルナでは食べるな・・、その時得た教訓は今でも頭に残っていた。
スコピエ(マケドニア)から僕ら二人は無事ギリシア入国を果たす。
しかし唯一の頼り処『地球の歩き方』は国境を越えられず、何故かスコピエへと逆戻り。
国境でバスが変わるなんて、俺は聞いてないぞ!
地図すら持たない(当然スマホもない)深夜特急の旅をしばし満喫する羽目に遭った。

ここはどこ?
町の中心へはどうやって行くの?
安宿はどの辺り?
見所は?

何もかも、訊き込みに頼るしか手段がなかった。
これこそ、本当の旅。
結局どうにかなったし、どうにでもなった。
それでもこの時の僕は結構必死で、かなり焦っていた。
しかし対照的なのがナナ、その境遇を明らかに楽しんでいるように見える。
翌日無事『歩き方』と再会し、その偉大さを嫌と言うほど痛感することになった。

その足で僕らはカランバカへと向かう。
天空の修道院メテオラ、確かに大興奮する程一気にテンションは上がった。
しかしそれは見る角度によるものが大きく、若干トリックめいている。
自ずと僕の感動ランキング3傑には入り損ねた。

世界遺産、アクロポリス遺跡。
このパルテノン神殿から、ウルトラマラソンの最高峰スパルタスロンはスタ-トする。
246㌔先のゴ-ル地点スパルタには行けなかったが、自分の足で行けと言う意味だろう。
しかし折角なので、マラソン発祥の地には行ってきた。
マラソン発祥の地、マラトン(Marathṓn)。
マラトンの戦いの勝利を伝えようと一人の兵士が伝令となり、42㌔先のアテネまで走る。
しかし使命を果たすと、そこで力尽く・・。

今回の1ヶ月東欧周遊の旅。
後半多少妥協はしたものの、連続夜行移動もあり、それなりにハ-ドな旅であった。
アテネにはここ数年のうちに戻って来なければなるまい。
いつか自分の足でコリントスの運河を越え、スパルタのレオニダス像へと辿り着きたい。
夢が少し現実に近付いてきたような、旅の余韻を今感じている。

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中部国際空港~北京経由~アブダビ経由~トルコ/イスタンブ-ル~ギョレメ(カッパドキア)~パムッカレ~セルチュク(エフェス)~イスタンブ-ル~ブルガリア/ソフィア、ボヤナ~ル-マニア/ブカレスト~ブラショフ、ブラン~ハンガリ-/ブダペスト、センテンドレ、コマ-ロム、コマ-ルノ(スロヴァキア)~セルビア/ベオグラ-ド、ノヴィサド~コソヴォ/プリシュティ-ナ、グラチャニツァ、プリズレン~マケドニア/スコピエ~ギリシア/テッサロニキ~カランバカ(メテオラ)~アテネ、ダフニ、マラトン~アブダビ経由~北京経由~中部国際空港   計30日
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