赤石山脈を歩け(3)
【山域】小聖岳(2662m)、前聖岳(3013m)、奥聖岳(2978m)、兎岳(2799m)、小兎岳(2738m)、中盛丸山(2807m)、大沢岳(2819m)、赤石岳(3120m)
【日時】平成23年8月14日
【天候】晴れ
【岳人】岳登(小6)、僕
3日目
兎岳避難小屋(6:30) 今日こそ朝日を拝もうと、朝4時起床。調理器材を持って兎の山頂で温かいコ-ヒ-でも飲もうと前夜意気込んでいたが、翌朝テントから出る事すら億劫な悪い目覚めとなった。日の出はあっさり諦めた。テントの中で湯を沸かし、まずは1杯。岳登に至っては、昨夕の5時半から12時間近く眠っていた事になる。隣りのテントの単独行は、暗闇の中を早々とテントを撤収し出発していた。そろそろ荷物をまとめ、テント撤収にかかる。2日間お世話になった兎岳に別れを告げ、帰路に発つ。正面に聳える重厚な聖岳を眺め、溜息を漏らす。コルまで一気に下り、急登前の一休み。そしていよいよ本日唯一にして、最後の長い登りに差しかかる。本日快晴、視界良し。振り返れば、兎岳から中盛丸山、大沢岳、百間平、赤石岳へと延びる稜線が、鮮明に連なって見える。実際に歩き通した今となれば、どれがどの山だか明確に答える事が出来、その場所の記憶までもが脳裏に浮かんでくる。ひたすら上を目指し歩く。ずっと見上げていた青空にようやく近付いたと喜んだのも束の間、その先にもまだ登り斜面は続いていた。ここで、毎度の道草にかなりの時間を費やす。ようやく気を取り直し再びきつい登りに励むと、聖岳山頂の標柱が見えてきた。

聳える聖岳

タカネマツムシソウ

山頂も近い

兎岳(左端)から大沢岳(右端)への稜線

百間平(写真中央)から赤石岳(右端)への稜線
聖岳(8:47、9:08) 少しずつ雲は出てきたものの、山頂からの眺めは変わらず抜群だ。北は赤石や荒川岳方面、南は上河内や光岳方面が良く見える。薊畑の斜面から、大勢の登山者が聖岳目指し登ってくる。休みを一日ずらして正解だったようだ。細長く広がる聖山頂部の最奥に、ポッコリ突出た奥聖岳。奥聖の先、稜線は東聖岳へと緩やかに繋がっていた。

聖岳を目指す多くの登山者 ※後方に聳えるのは上河内岳

聖岳で眺望に見入るパ-ティ-

お花畑

奥聖岳 ※後方は聖岳(前聖岳)
聖岳(9:36、9:42) 荷物を置いていた聖岳(前聖岳)まで戻り、いよいよ下山にかかる。格好からしても充分早そうなトレラン男性が、このザレた急斜面を飛び跳ねるように追い越して行った。後続のトレラン男性には抜かれまいと、僕も重荷姿でやけになり落ちるように駆け下りる。まずまずのスピ-ドで一気に水場まで下り切った。僕は自慢げな馬鹿面で、後進のトレランを静かに見送った。
聖岳肩の水場(9:55、10:02) 水は途切れそうなくらい、更に細くなっていた。ガスに包まれた小聖岳山頂を越え、しばらく下る。やがてお花畑が出てくると、そこが薊畑だった。

聖岳肩の水場は今にも涸れそう
薊畑(10:39、10:52) これで、いよいよ稜線とのお別れとなる。3日間苦しめられながらも、思う存分楽しませてもらった。赤石山脈南部に感謝である。ここからは便ヶ島目指し、ひたすら高度を下げて行く。苔が眩しいくらい、緑の色を際立たせている。スイスイと下り一気に便ヶ島・・、といきたいところだったが、左足の甲が痛くなってきた。おそらく聖岳からの急斜面の下りで、調子に乗ったせいで足の前部に余計な負担がかかったのだろう。立ち止まっては靴の紐を緩め、痛みに耐え切れなくなると腰を下ろし足を休ませる。

薊畑で稜線とお別れ

ハナイグチなら食用、ベニテングダケなら毒、それとも別種・・
苔平(11:27、11:44) たまらず苔平で休憩を入れ、靴、靴下を脱ぐ。まだ先は長いが、果たして大丈夫だろうか。分厚い登山靴でトレランに挑むなんて、随分幼稚な事をしたもんだ。この先も辛い下りが続く。少し歩いては立ち止まり、靴紐を更に緩め、又歩き、又休む。
1600m標識(12:23、12:32) 痛いのを我慢し、何とか順調に高度を下げていく。ペ-スは落ちながらも、更に疲れているような登山者を何組か追い越して行く。沢の音が次第に大きくなってきた。廃屋と化した作業小屋を過ぎ、ついに痛く辛い下山を終える事が出来た。
西沢渡(13:10、13:50) ここに着いたら、まずする事は決まっていた。一目散に登山靴を脱ぎ、沢の冷たい水で痛む足をアイシング。冷たいを越して、感覚がなくなるまで足を冷やす。顔を洗い、水を飲む。ついでに頭や腕、首周りまでも水で濡らし、歯も磨く。再びこの地を訪れる事はまずないだろう。悔いを残さまいと僕も荷車に乗り、すぐ近くの対岸目指し力を込めて手綱を引いた。毎度岳登の苦戦した手綱さばきを見ていただけに、難しいものだと思っていた。しかし、全くそんな事はない。成人男性の腕力があれば、荷車はみるみると対岸へと動いてくれた。アイシングの甲斐あって、足の痛みは幾分治まっている。片側が深く切り立った遊歩道をテクテク歩く。やがてトンネルを抜け、登山口の便ヶ島へと到着した。

西沢渡

人力ロ-プウェイ ※岳登は3回目だが、かなり下手っぴだった

僕も初トライ ※大人は力がある分、意外と引けた

遊歩道トンネル
便ヶ島(14:18) この山行の3日間、連日天候にも恵まれ、とても充実した南部縦走となった。

聖光小屋駐車場
今日はこれから、一気に自宅まで車を運転する自信はない。途中の道の駅で車中泊する、と決めていた。楽しみにしていた駒ヶ根のトンカツ店は場所が分からず、伊那の信濃路は盆で臨時休業。閉店間際の農協で半額になった巻き寿司とキムチを買い込み、先程ジャスコで買っていたビ-ルやジュ-ス、菓子をつまみながら車内で祝杯を挙げる。酒に酔い気分が高揚してくると、決まって妻に電話をしたくなるのは何故だろう。翌朝、明けたばかりの静かな宿場町をさっと散策。涼しい街道を風を切って走り、早速家路へと急いだ。

祝杯

中山道 薮原宿
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【日時】平成23年8月14日
【天候】晴れ
【岳人】岳登(小6)、僕
3日目
兎岳避難小屋(6:30) 今日こそ朝日を拝もうと、朝4時起床。調理器材を持って兎の山頂で温かいコ-ヒ-でも飲もうと前夜意気込んでいたが、翌朝テントから出る事すら億劫な悪い目覚めとなった。日の出はあっさり諦めた。テントの中で湯を沸かし、まずは1杯。岳登に至っては、昨夕の5時半から12時間近く眠っていた事になる。隣りのテントの単独行は、暗闇の中を早々とテントを撤収し出発していた。そろそろ荷物をまとめ、テント撤収にかかる。2日間お世話になった兎岳に別れを告げ、帰路に発つ。正面に聳える重厚な聖岳を眺め、溜息を漏らす。コルまで一気に下り、急登前の一休み。そしていよいよ本日唯一にして、最後の長い登りに差しかかる。本日快晴、視界良し。振り返れば、兎岳から中盛丸山、大沢岳、百間平、赤石岳へと延びる稜線が、鮮明に連なって見える。実際に歩き通した今となれば、どれがどの山だか明確に答える事が出来、その場所の記憶までもが脳裏に浮かんでくる。ひたすら上を目指し歩く。ずっと見上げていた青空にようやく近付いたと喜んだのも束の間、その先にもまだ登り斜面は続いていた。ここで、毎度の道草にかなりの時間を費やす。ようやく気を取り直し再びきつい登りに励むと、聖岳山頂の標柱が見えてきた。

聳える聖岳

タカネマツムシソウ

山頂も近い

兎岳(左端)から大沢岳(右端)への稜線

百間平(写真中央)から赤石岳(右端)への稜線
聖岳(8:47、9:08) 少しずつ雲は出てきたものの、山頂からの眺めは変わらず抜群だ。北は赤石や荒川岳方面、南は上河内や光岳方面が良く見える。薊畑の斜面から、大勢の登山者が聖岳目指し登ってくる。休みを一日ずらして正解だったようだ。細長く広がる聖山頂部の最奥に、ポッコリ突出た奥聖岳。奥聖の先、稜線は東聖岳へと緩やかに繋がっていた。

聖岳を目指す多くの登山者 ※後方に聳えるのは上河内岳

聖岳で眺望に見入るパ-ティ-

お花畑

奥聖岳 ※後方は聖岳(前聖岳)
聖岳(9:36、9:42) 荷物を置いていた聖岳(前聖岳)まで戻り、いよいよ下山にかかる。格好からしても充分早そうなトレラン男性が、このザレた急斜面を飛び跳ねるように追い越して行った。後続のトレラン男性には抜かれまいと、僕も重荷姿でやけになり落ちるように駆け下りる。まずまずのスピ-ドで一気に水場まで下り切った。僕は自慢げな馬鹿面で、後進のトレランを静かに見送った。
聖岳肩の水場(9:55、10:02) 水は途切れそうなくらい、更に細くなっていた。ガスに包まれた小聖岳山頂を越え、しばらく下る。やがてお花畑が出てくると、そこが薊畑だった。

聖岳肩の水場は今にも涸れそう
薊畑(10:39、10:52) これで、いよいよ稜線とのお別れとなる。3日間苦しめられながらも、思う存分楽しませてもらった。赤石山脈南部に感謝である。ここからは便ヶ島目指し、ひたすら高度を下げて行く。苔が眩しいくらい、緑の色を際立たせている。スイスイと下り一気に便ヶ島・・、といきたいところだったが、左足の甲が痛くなってきた。おそらく聖岳からの急斜面の下りで、調子に乗ったせいで足の前部に余計な負担がかかったのだろう。立ち止まっては靴の紐を緩め、痛みに耐え切れなくなると腰を下ろし足を休ませる。

薊畑で稜線とお別れ

ハナイグチなら食用、ベニテングダケなら毒、それとも別種・・
苔平(11:27、11:44) たまらず苔平で休憩を入れ、靴、靴下を脱ぐ。まだ先は長いが、果たして大丈夫だろうか。分厚い登山靴でトレランに挑むなんて、随分幼稚な事をしたもんだ。この先も辛い下りが続く。少し歩いては立ち止まり、靴紐を更に緩め、又歩き、又休む。
1600m標識(12:23、12:32) 痛いのを我慢し、何とか順調に高度を下げていく。ペ-スは落ちながらも、更に疲れているような登山者を何組か追い越して行く。沢の音が次第に大きくなってきた。廃屋と化した作業小屋を過ぎ、ついに痛く辛い下山を終える事が出来た。
西沢渡(13:10、13:50) ここに着いたら、まずする事は決まっていた。一目散に登山靴を脱ぎ、沢の冷たい水で痛む足をアイシング。冷たいを越して、感覚がなくなるまで足を冷やす。顔を洗い、水を飲む。ついでに頭や腕、首周りまでも水で濡らし、歯も磨く。再びこの地を訪れる事はまずないだろう。悔いを残さまいと僕も荷車に乗り、すぐ近くの対岸目指し力を込めて手綱を引いた。毎度岳登の苦戦した手綱さばきを見ていただけに、難しいものだと思っていた。しかし、全くそんな事はない。成人男性の腕力があれば、荷車はみるみると対岸へと動いてくれた。アイシングの甲斐あって、足の痛みは幾分治まっている。片側が深く切り立った遊歩道をテクテク歩く。やがてトンネルを抜け、登山口の便ヶ島へと到着した。

西沢渡

人力ロ-プウェイ ※岳登は3回目だが、かなり下手っぴだった

僕も初トライ ※大人は力がある分、意外と引けた

遊歩道トンネル
便ヶ島(14:18) この山行の3日間、連日天候にも恵まれ、とても充実した南部縦走となった。

聖光小屋駐車場
今日はこれから、一気に自宅まで車を運転する自信はない。途中の道の駅で車中泊する、と決めていた。楽しみにしていた駒ヶ根のトンカツ店は場所が分からず、伊那の信濃路は盆で臨時休業。閉店間際の農協で半額になった巻き寿司とキムチを買い込み、先程ジャスコで買っていたビ-ルやジュ-ス、菓子をつまみながら車内で祝杯を挙げる。酒に酔い気分が高揚してくると、決まって妻に電話をしたくなるのは何故だろう。翌朝、明けたばかりの静かな宿場町をさっと散策。涼しい街道を風を切って走り、早速家路へと急いだ。

祝杯

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| '11山行記録 | 08:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑