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第12回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-208km(1)~受付、説明会、夕食懇談会

ついに、この日がやって来た。人生初の200㌔超ウルトラマラソンに挑む為、これから佐渡へと向かう。朝早くから申し訳ないが、妻に付き合ってもらい末子2人と共に車で富山入り。普段遠征の際の移動は全て車で行っているが、さすがに今回ばかりは帰りの運転に自信がない。完走の可否はともかく、脚がどうなっているか全く見当もつかない。無難にここは公共交通機関で向かうことにした。大志に停留所で見送ってもらい、富山高速バスにて一路新潟を目指す。約250㌔、バスだと3時間40分の道のりとなる。
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富山高速バス 西上袋(アピタ前)停留所  ※富山~新潟往復7410円、便指定

終点の万代シティバスセンタ-(路上)にてバスを下車。ここから港までは、おそらく2㌔ない。いつ来るか分からないバスを待つようなことはせず、下車後直ちに港方面へと歩き始めた。荷物は重いが頑張って早足で歩き、30分かからずしてフェリ-タ-ミナルに到着。乗船券は往復で買っておいたが、値段は片道と変わらないようだ。カ-フェリ-の船内は、大半がランナ-で埋め尽くされていた。この大会はリピ-タ-が多いらしく、常連の団体さんは2等船内で楽しそうに宴会をして盛り上がっていた。
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佐渡汽船 カ-フェリ-ときわ丸  ※新潟~両津2等往復4500円、有効期間7日
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2等船室  ※常連のグル-プは大概宴会している
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海を見に甲板に出たら
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佐渡が迫っていた
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この航路は国道350号線らしい

そして、佐渡上陸。佐渡に来るのは、これで4回目となる。若い頃よくヒッチハイクして遠出していたが、富山インタ-で車を拾い上越まで行き、フェリ-で2度小木へ渡ったことがある。さすがにフェリ-まではヒッチハイク出来なかったが、小木港でテントを張って黄昏ていたことを覚えている。もう一度は、調査士補助者時代の友人と。若い頃はロ-ラ-ブレ-ドにも凝っていて、能登島を1周したのをいいことに、佐渡島にも出かけた。確かあの時もマラソン大会がやっていたが、あれがエコ・ジャ-ニ-だとすると、若干計算が合わない。
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佐渡島 両津港

船を降り、皆ぞろぞろと歩く。タ-ミナルを出ると送迎バスが2台、分かり易いポジションで待機していた。初めて見る佐渡の町は、当たり前だが普通の町だった。明日から走るコ-ス上にはコンビニが1ヶ所しかないと散々聞かされていたので、余程何もない島なのかと思っていた。しかしそれはあくまでコ-ス上でのこと。街道沿いには普通にホ-ムセンタ-があり、車屋があり、店があった。船賃が嵩張る分、何でも高いのかな・・。何かと麓の倍はする山小屋の物価の理屈を応用して考えてみると、当然高くなってもおかしくはない。
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エスカレ-タ-上に出迎えがいて
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タ-ミナルを出ると送迎バス(無料)が2台待機

1時間程で、今大会の拠点となる『ホテルめおと』に到着。今大会の参加者は申込み時点で180名(男性122名、女性58名)。皆普通のオジサンおばさん、お兄さんお姉さんに見えるが、間違いなくその誰もが僕より遥かに強いのだろう。ウルトラは一見見た目では判断が出来ない。アスリ-トのように鍛え上げた若者よりも、細々としたどこにでも居そうな中年女性の方が圧倒的に強い、そんなことが普通にあるのがウルトラの世界。目の前には佐渡七浦海岸のシンボル、夫婦岩。『古事記』の国生み神話に由来するとされる大きな二つの岩で、向かって右側が夫の岩(高さ22.6m)、左側が妻の岩(高さ23.1m)。七浦海岸の波を受けて寄り添うように立ち、縁結びのご利益も期待出来るという。
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ホテルめおと  ※1泊2食付き8000円
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七浦海岸 夫婦岩

宿に着いたら、先ずはチェックイン。参加者のほとんどが、今晩(前泊)とゴ-ル後(後泊)はこの宿に泊まる。階段には直ぐに長い行列が出来たが、意外とスム-ズに手続きは進んでいく。しかし、ここで大問題が発生!事前にホテルに問い合わせていたところ、クレジットカ-ド払い可能との回答を得ていた。しかしこの場に及んで、カ-ド払い不可との信じられない返答。なんだ、全然話が違うじゃないか!現金はあまり持ってこなかったのでこれはヤバイと焦ったが、何とか手持ち金で足りた。支払い手続きを大会主催者がやっていたことから察しても、おそらく通常の宿泊とは要領が違ったのだろう。
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明後日(最悪その翌日)は、ここを越えてゴ-ル  ※ロビ-は2階にある為、ここが1階として考えられている
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大会中はランナ-貸し切り
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選手受付  ※地図とゼッケンを受け取る

3階最上階(実質4階)の大部屋に移動し、荷物を置く。レ-ス後のことを考えても部屋は1階が良かったが、おそらくゼッケン番号(申込み)順なのだろう。ゆっくりする間もなく、直ぐに地下1階(実質1階)のレストランにて説明会が行われた。先程チェックイン後に受け取った25枚のA4地図。予め送って欲しかったと思うのは、初参加者の誰もが思うところ。説明会はこの地図を1枚1枚見ながら行われた。しかしその説明はかなり大雑把で、笑いが出た程。基本左に海を見ながら走れば問題ないという。この大会エコジャ-ニ-というだけあって、通常のウルトラの大会のように人の助けはあまり期待出来ない。エイドは、仮眠所を入れて5ヶ所のみ。エイド間隔は30㌔~50㌔開いており、食料を買い出し出来る店は無いに等しい(自販機は多い)。”必要な物は背負ってゆく”という基本スタンスのもと、スタッフ3名、島内ボランティア15名(居たかな?)が運営にあたってくれる。
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説明会  ※テ-ブルの上には参加賞の日本酒『北雪』、『越乃寒梅』でなく残念
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決起大会  ※シャンパンをグラス半分程

説明会を終え、一旦部屋に戻る。そして間もなく、地下1階大広間にて夕食懇談会が始まった。この懇親会(いわゆる飲み会)は大会後にも設けられているが、こういうアットホ-ムな催しがこの大会の人気の要因となっているようだ。事前に過去の参加者のブログで調べていた情報によると、この宴で一人一人前に出て自己紹介するはずだったが、参加者が増えたからか結局なくて安堵した。既に盛り上がっている常連グル-プは避け、お一人様の集う席に着く。料理は蟹1匹をメインに、陶板焼き(中身は忘れた)、刺身やサザエ、焼き魚、茶碗蒸し、柿シャ-ベット・・。ご飯はおそらく佐渡産コシヒカリ。お代わりは自由だが、正面ステ-ジまで盛りに行く必要がある。ご飯は明日の貴重な活力源になるので、てんこ盛りで3杯を軽く完食。ビ-ルも飲み放題で、ワインもあった。さすが皆さん、酒に強い。超ウルトラに出るようなランナ-の胃は、さすがに超人離れしている。何せ超長距離ともなれば、胃が相当強くないと最後までとても持たない。僕も酒にはかなり強い方だが、皆さん同等かそれ以上のようだった。しかしここは明日に備え、2時間程で席を立つ。まだ盛り上がっている方がそこそこいたが、船内での宴会から始まり、出走前日にどれだけ酒を飲んでいるのだろう。
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夕食懇談会  ※さすが超ウルトラに出る方々、皆胃が頑丈そう
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席は適当に 
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コシヒカリ?、味噌汁、ビ-ルは好きなだけ  ※追加料金なし 
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相川温泉夫婦岩の湯
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3階330号室の7人部屋


つづく・・

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中尾から奥穂を越え上高地へ(3)~焼岳を経て飛騨へ


・・前回の続き


初めて訪れたこの界隈、池の背後に聳える焼岳のシ-ンを楽しみにしていたが、コ-ス上には池すら現れなかった。これから始まる第2ステ-ジに備え、しばし栄養を補給する。外国人(白人)のアベックが、軽く微笑み登山道へと進んでいった。手ぶらで服装も極めて軽装、とても登山をする井出達ではなかった。僕もそろそろ腰を上げ、再スタ-トを切る。小走りでペ-スを上げて進んでいたが、先行する彼らに追い着いたのは意外と先だった。まずは彼女の方が現れた。見るからに軽装で、とても登頂を目指しているとは思えない。彼の方にはそこからしばらくして追い着いたが、彼は本気で登頂を狙っているのだろうか。それにしても彼女との差はかなり開いている。さすがに彼一人でこのまま進み続けることはないだろう。彼女はきっと不安に思っているだろうし、彼もどこかで諦め戻ってくれればいいのだが。
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焼岳上高地側登山口
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霞沢岳

出だし勢いづいていたペ-スは、次第に乱れ始めてくる。時間的に下りてくる登山者がほとんどで、これから登ろうとする者はほとんどいない。ここ数年は中の湯ル-トばかり使っていたので、初めて使うこの上高地ル-トは距離的に長く感じた。ハシゴの架かった箇所が随所で現れるが、難所という程ではない。相対する霞沢岳の見え方も、標高の上昇とともに変わってきた。やがて焼岳の姿を確認。通常であれば一気に山頂まで行きたいところだが、疲れ気味の僕には果てしなく遠く思えた。垂直に架かる長い連結ハシゴは、このル-トの代名詞。ふと雰囲気が変わり、草むらを乗り越えた先が焼岳小屋だった。休憩する登山者が多かったが、僕は直ぐに先へと向かう。焼岳は先日微々たる噴気を起こし、新聞で細々と伝えられていた。焼岳は後数年で二度と登れなくなるかもな・・。内心そう思っていたが、心配はなさそうだ。
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水平ハシゴ  ※ハシゴがないと対岩へは渡れない
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ようやく焼岳が見えた
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垂直ハシゴ
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焼岳小屋
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注意  ※実際、焼岳は御嶽以上に危ない

小屋を過ぎると中尾、焼岳山頂、西穂方面への分岐がある。ここは当然山頂方面へと進むと、少しの登りで見晴らし台に出た。ここは結構なパノラマ展望台で、奥穂や上高地、焼岳、更には中尾の集落まで今日の全てが一望出来た。焼岳は直ぐ目の前に聳えているが、山頂までの行程が辛そうなことは見れば分かる。この時点で僕の脚にはほぼ限界が来ていた。時間が押していることを言い訳にして、山頂を諦め、このまま中尾へ下ろうかと半ば本気で考えていた。しかしそれでは折角ここまで頑張ってきたことが、全て台無しになってしまう。中尾峠まで下りると、脚は迷わず山頂方面へと向いていた。しかしその先でやはり疲れがピ-クに達し、草むらに座り込んでは足を延ばす。やはり戻るべきかな・・、まだそんなことを考えている。しかし山頂を目指す子供の姿が見えた。下山してくる子供の姿にも刺激をもらい、何とか思い留まる。
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中尾遠望
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山頂を捉えるも、既に脚は限界

子供と何度も通った、中尾ル-ト。我が子の初登山は焼岳であることが多い。昔よくこの噴気孔で硫黄卵を作っていた。網に卵とソ-セ-ジを入れ、木の枝に引っかけて、噴気孔に置く。山頂を経て下山する頃には、丁度良いゆで卵が出来ていた。卵は殻があるから問題ないだろうが、僕らは硫黄を浴びたソ-セ-ジですら、そのまま美味しく食べていた。そんな懐かしい思い出に浸りつつも、一向に脚は軽くなっていない。少し歩いては、直ぐに岩場に座り込む。その繰り返しで、山頂との距離は中々縮まらない。外国人の若者が5、6人下りてきた。上高地からの日帰りだろうか。本日ずっと良かった眺望はこれで見納めのようで、岐阜県側は次第に雲に覆われてきた。中尾と奥穂、そして上高地を一つの目で同時に望み、結構歩いたものだなと感心する。しかしよく考えれば、これは全然たいしたことはないことの裏返しだった。例え遠くに見えたとしても、所詮は目に見える範囲。結局は近いということだ。
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昔この噴気孔でよく硫黄卵を作った
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奥穂高岳(最奥)と上高地(右下)  ※ここを周回したと思うと感慨深い

かなり疲れていたが、何とか無事焼岳の山頂に辿り着いた。多少の寒さも伴ってきたが、まだノ-スリ-ブでいけそうだ。残念ながら眺望は無くなってしまったが、もう眺望なんてどうでもいい。山頂はほぼ外国人が占めていた。少し休み、直ぐに下山にかかる。ここまで登り上げるのにかなり苦しめられたが、下りに対しての悲壮感は不思議とない。先程見晴らし台でのこと。見晴らし台への登りは苦しかったのに、見晴らし台から中尾峠への下りは異様に足が軽かったことが微かな望みでもある。
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焼岳北峰(標高2444m)
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火口湖と噴火口
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山頂は外人ばかり

まずは中尾峠を目指す。後ろから外国人の単独行(トレラン)に颯爽と抜かれた。普段抜かれることはまずないが、おそらくピストンであるその男性は気分良さそうに下っていった。そして中尾峠から、いよいよ飛騨側へと下る。下りの脚はまだ充分に残っており、休むことなく、一気に進んでいけた。何人か抜き去り、ペ-スも取り戻しつつある。秀綱神社やヒカリゴケ、鍋助横手など順調に要所を通過し、腕時計の標高を気にしながら、登山道終点の標高を探る。登山道終点からはしばらく林道があるし、その先には中尾集落の車道も待っている。そう考えると、後何m下ればいいのか自ずと予想が付いた。
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下山開始  ※左手に中尾の集落が見える
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中尾峠  ※ここが飛騨から信州(上高地)への最短路
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秀綱神社

そして無事、登山道終点(登山口)へと下りてきた。ここは広場になっており、林道終点でもある。ショ-トカットする登山道の近道も用意されているが、僕は迷わず、走れる林道の方へと進んだ。砂利道は多少脚にくるが、右俣左俣よりは余程マシだ。意外と長く感じたが、ようやく林道ゲ-トに到着。その先にある堰堤前の空き地、以前はよくここに停めていた。登山ポストも直ぐ下の空き地にあったはずだが、ポストは無くなり、この辺りの空き地には全てバリケ-ドがされていた。それではどこから登ればいいんだ・・と思いながら走っていたが、かなり下の方に登山者駐車場が新たに設けられていた。登山ポストもここに移設。今後この中尾ル-トを使うとなると、昔と比べ実質数十分行程が延びたことになる。下山届を出し、中尾集落を駆け下りる。舗装された車道は大変走り易く、気持ち良く走ることが出来た。そして最後の大きなカ-ブを曲がり、次の長い直線の先に緑の暖簾が見えてきた。その裏には『新穂高温泉 中尾 ゆ』。終わってみれば、結構楽しい山行だった。だけど焼岳の登り返しの辛さは全くの予想外。結局は自分の力の無さだけが示され、来週の笠槍はやめようと思った。
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昔はここに駐車していたが
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今ではこんな下に登山者駐車場が設けられていた  ※トイレくらい置いてほしい
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ゴ~ル!
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新穂高温泉 中尾  ※これまで『中尾温泉』だと思っていたが、結局は『新穂高温泉』だったのか

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中尾から奥穂を越え上高地へ(2)~観光客溢れる河童橋


・・前回の続き


山頂での休憩も手早く切り上げ、いよいよ上高地に向けて下山する。吊尾根を通るのは実に9年ぶりのこと。このル-トは上高地へと下りる最短路となるが、久々に通ってみたら意外とデンジャラスであった。鎖場やハシゴが多く、下山というよりは、やはりまだ穂高連峰の縦走路。右側には常に視界が広がっており、これから下る上高地の梓川、その後に登り返す焼岳がよく見えている。今日は眺望を遮る雲はなく、そんな素晴らしい景色に見とれながら、慎重に尾根を下っていく。
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奥穂高岳山頂を発ち
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前穂方面へ
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常に目的地が見えているのがいい
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迫り来る、前穂高岳北尾根  ※ここを伝うクライマ-も多い

このル-ト上に登山者は多く、難所では必然的に渋滞が発生。そしてその都度、順番待ちに時間が過ぎていく。数人から成るパ-ティ-が多く、外国人(白人男性)ペアもいた。ふと振り返ると、穂高の圧巻な光景に目を見張る。上高地は確実に近付いている。普段お金をかけてまで上高地に行くことはないが、今回のように焼岳を上手く使えば、上高地も意外と近くにあるんだなと感じた。紀美子平は前穂山頂への分岐となる。しかし今回、前穂の登頂は頭にない。先程から気になっていた黄色の物体の正体は、やはりテントだった。僕もあまり言えたタチではないが、この時間帯に堂々と張っているのはあまり宜しくない。テントは基本山荘のキャンプ指定地で、そこに辿り着けそうもなければ適所で幕営。しかしその場合、登山道が混み合う前に素早く撤収がテン泊行者の常識だろう。
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吊尾根は意外と危険
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振り返ると穂高の圧巻な姿
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霞沢岳
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この時間に紀美子平でのテントは宜しくない

重太郎新道を下っている。『重太郎』、『紀美子』とは、ご存知今田ファミリ-のこと。現代のようにヘリも使えない時代、歩荷で資材を担ぎ、奥穂へと至る登山道を切り開いてきた。そして穂高岳山荘の礎を築いた偉大なる先人が、今田重太郎氏。そんな苦労の賜物である登山道を、今の時代僕らは当たり前のように利用している。せめて歩かせてもらっているという感謝の気持ちだけは忘れたくはない。眼下に岳沢小屋が見えてきた。標高が下がり、焼岳の見え方も変わっている。まずはキャンプ場が現れ、次に水場が出てきた。しかしここに捨てられたタバコを目にし、怒りが沸々と込み上げてきた。こんな光景は初めてだ。登山者は大概マナ-はいいし、山でタバコを吸う人すら見たことがない。外国人の仕業だろうと僕は勝手に想像するが、いずれにせよこの者には山の祟りが訪れるだろう。
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まだまだ難所は続く
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岳沢(下)と焼岳  ※右下に岳沢小屋
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水場  ※タバコのポイ捨てが許せない
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岳沢小屋  ※9年前に来た時は小屋は無かった

岳沢小屋を過ぎると、雰囲気が随分と変わってきた。やがて散歩らしきトレッカ-も点々と現れ、登山道に木道も多く目に付くようになってきた。こうなると、明らかに上高地は近い。そして終に岳沢登山口まで下りてきた。そこにはしゃがみ込む登山者が多かった。僕は直ぐに右方向へと走り始める。上高地の概略は今一つ掴めていないが、右方向へ進んでおけば間違いはないだろう。観光客は皆並行して設けられた遊歩道を歩いていたが、僕はそのまま砂利道をひた走る。多少不安はあったが、無事河童橋に到着。すごい人だ。さすがは日本を代表する景観地だけはある。ちなみに我が家の子供らは確か中学2年の時に、学校の行事で上高地を散策し、その後河童橋前に整列して歌を歌っている。
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上高地は直ぐそこ  ※赤い屋根の辺りが河童橋
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岳沢登山口
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河童橋

混み合う河童橋を、怪しい男が駆け抜ける。観光客の目にはかなり異様な光景に映っていたことだろう。バスタ-ミナルに着くと、人の数はピ-クに達した。水道で飲料水を補充し、直ぐに又走り出す。しかしどこへ進めばいいのか分からず、案内所で焼岳の登山口を教えてもらった。教わった通りに進むと直ぐに梓川に出てそこを左折、後は淡々と走るだけでいい。涼しげな川岸では、水遊びをする姿が多かった。川沿いの遊歩道には散策する観光客が多く、又も怪しげな僕は、片手に長い木の棒(杖)を持ち少し自棄(やけ)気味で走っている。アイツは一体何がしたいんだ・・。何故木の棒を持って走っている・・。きっと、そう思われていたに違いない。やがて田代橋に着くと、ここには立派な西穂登山口があった。ここから更に砂利道を進むと、ひとけは一気になくなってきた。そしてその先に焼岳上高地側登山口が現れた。いよいよこれから飛騨に戻る。しかしその前に少し休憩だ。
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上高地バスタ-ミナル  ※水場(飲料水)あり
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穂高連峰
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焼岳上高地側登山口


つづく・・

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中尾から奥穂を越え上高地へ(1)~絶景広がる奥穂高岳

先週の無念を晴らすべく、今週も新穂高へと向かった。登山者無料駐車場は、予想通り満杯。夏山シ-ズン中、金曜夜ならまだしも、土曜夜に来て停めれた試しがない。そうは言っても、実際に数台の空きがあることは分かっている。先週土曜に下山後、駐車場にはまだ十分な空きがあるのに、警備員はそそくさとバリケ-ドを張り休んでいた。広い駐車場をいちいちチェックするのが面倒だからかどうかは知らないが、もう少し完璧な仕事をしてほしい。絶対に空いているはずだから・・と粘ったが、結局先へは入れてもらえなかった。しかしこれは想定内、直ぐに中尾へと戻る。中尾橋近くには幾つか駐車場があり、野営風呂だってある。しかし残念ながらこの界隈にトイレが無い。奥飛騨さぼう塾には立派な公衆トイレがあるが、いつだって閉まっている。どうせ国の施設なんだから、積極的に登山者らに開放したっていいだろう。仕方なく中尾集落へと上がり、足湯へ。期待したがここにもトイレは無く、ならばと北アルプス大橋へと向かう。ここで昔よく車中泊したが、あると思っていたトイレはここにも無かった。鍋平駐車場を彷徨うも、巡回するパトカ-に怪しまれ、結局は30分を無駄にし中尾橋へと戻ってきた。中尾にも公衆トイレの一つくらいほしいところだ。


翌朝2時起床、3時前にはスタ-トを切る。県道槍ヶ岳公園線はこの時間帯閉鎖中なので、道路の真ん中を走っていても、後ろから車が来ることはない。ヘッドライトで足元を照らし、緩やかな勾配を上っていく。新穂高登山指導センタ-で登山届を提出。隣に居た男性は槍ヶ岳を日帰りするらしい。右俣方面へと進む。出だしの勾配がキツいのは左俣林道と同じ。時折徒歩を交えながら、まずは穂高平に到着。夜空を見上げれば、綺麗に輝く満天の星空。数人追い越し、ようやく白出沢出合。今日は新調したばかりのトレランザックの胸元に、携帯ラジオを入れている。熊除けと気晴らしを兼ね大音量でAM放送を流しているので、この林道の行程もそれ程遠くは感じなかった。奥穂高岳登山口には車が数台停めてある。山小屋関係者だろうが、飛騨ナンバ-ではなく、松本ナンバ-だった。
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中尾橋  ※中尾には公衆トイレがなく、車中泊は辛い
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新穂高登山指導センタ-  ※登山届を出し、右俣へ
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穂高平小屋
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白出の奥穂高岳登山口

登山道に入っても、闇夜は尚続いている。ストックがないのでバランスが取り辛く、右へ左へ偏っていた。しかし何とか適当な木の杖を2本見つけ、バランスを取り戻す。暗いうちにどれだけでも標高を稼いでおきたい。先程まで走っていた林道は意外と高低差があり、500m近い高度アップはそこそこの峠レベルだ。4:55に重太郎橋。ここで水の補給を兼ね、しばし朝食休憩とする。辺りは薄明るくなっており、ここでヘッドライトを撤収。寒くなってきたので、カッパ上を羽織る。重太郎橋を渡り終えようとした矢先、橋の固定が緩んでおり思わず転げ落ちそうになった。垂直のハシゴを登る。ここからしばらく断崖絶壁が続き、注意が必要だ。そのせいもあり、ここで夜明けを迎えたかった。
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予定通り重太郎橋で朝を迎える  ※対面側がガタガタで危なかった
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ハシゴを上り、しばらく断崖絶壁を歩く
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鉱石沢  ※手前で少しル-トミス
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荷継沢

鉱石沢の少し手前でコ-スを外してしまい、一瞬焦る場面があった。何とか直ぐに異変に気付き戻ってみると、直進ではなく、左に折れる道があった。黙々と高度を稼ぎ、やがて稜線が見えてきた。とは言え、ここからが見た目以上に辛くて長い。岩がゴロゴロしているが、岩は比較的安定している。目の前には3000mの稜線、振り返れば笠ヶ岳。この壮大な沢に張り付く登山者は僕以外誰もいない。標高を上げるにつれ、AMラジオの入りが悪くなってきた。遮るものがないのだから電波の入りが良くなるのかとも思ったが、実際はそうではなかった。それでも『ザ~ッ』という雑音さえも、静まり返っているよりは余程マシだと思い、しばらく流していた。しかしあまり聞こえのいいものではなく、仕方なくラジオの電源を切った。静寂な斜面に岩のごろつく濁音が、不気味に響き渡る。上から登山者が2人各々下りてきた。近そうで遠かった稜線との距離も次第に狭まり、やがてその差がなくなった。つい先程までは手袋さえも欲しいくらいだったが、稜線上では不思議と寒さは感じなかった。
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雪渓を直登
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稜線は見えているのに
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振り返れば、笠ヶ岳(右)

山荘でカッパを片付け、いざ奥穂の山頂へと向う。ここも槍と同様に常に渋滞しているイメ-ジがあるが、今日は運良く空いていてラッキ-だった。難所は直ぐにやって来る。ハシゴを幾つか越えれば、後は安全な岩場ばかり。やがて目の前に山頂の姿を確認。右手には笠ヶ岳の雄姿がよく見えた。振り返れば槍ヶ岳・・のはずだったが、進むことしか頭になく、振り返ることを忘れていた。そしてほぼ予定通りの時刻に、奥穂高岳に到着。標高は3190mと、日本第3位を誇る。当然まだ疲れはなく、コ-スタイムの半分(5時間)で来れた。山頂は沢山の登山者で溢れており、中国系の登山者がやけに目立った。
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穂高岳山荘と奥穂高岳
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難所を越え、一気に山頂を目指す
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笠ヶ岳(左端)とその稜線
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奥穂高岳(標高3190m)

山頂で軽く食べ物を口にし、妻に経過報告のショ-トメ-ルを入れておく。目の前にはジャンダルムの厳つい岩峰が聳え、焼岳もその奥に見えている。結局のとこ、わざわざ上高地まで下らなくても、ジャンダルム、西穂高岳を経て焼岳へと尾根伝いに縦走すれば話は早い。一応その区間全て歩いたことはあるが、奥穂~西穂だけはもう行きたいとは思わない。高い所は怖いし、リスクが大き過ぎる。重大事故を起こしたって、それは有り得ないことではない。周りから誰かの囁き声が聞こえてきた。『ジャンダルムより、焼岳の方が難しそうだな・・』。確かにそうかもしれない。焼岳は禿げているので、一見ヤバそうに見えなくもない。日本海から繫がっていた飛騨山脈の連なりは、焼岳で行き止まりとなる。今日は24時間テレビで義足の少女の槍ヶ岳挑戦が行われているようだ。ここも多いが、きっと槍はもっと混雑しているのだろう。
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ジャンダルム
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これから向かう上高地(左下)と焼岳(右)  ※後方には乗鞍岳と御嶽山(その奥)が聳える
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焼岳まで尾根は延びている
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槍穂高連峰
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名峰、槍ヶ岳
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富士山(中央)  ※甲斐駒ヶ岳(その手前右)、北岳(右端)


つづく・・

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急遽、福地山へ


・・前回の続き


さて、これからどうしよう・・。まだ時間は朝9時を過ぎたばかり。今日は15時半ゴ-ルの予定でいたのに、これではトレ-ニングにもならない。右俣林道でも走ろうかとも一瞬思ったが、それではただ辛いだけで面白さは何一つない。じゃあ焼岳、或いは乗鞍スカイラインではどうだ。焼岳は来週行く予定だし、乗鞍スカイラインを走るにはトレランシュ-ズでは勿体ない。安房山は完全に藪山だし、僕の知っている選択肢では残るは福地山しかない。消去法で目的地は決まり、下山直後の姿のまま早速福地温泉へと車を走らせた。

忘れかけた過去の記憶を遡り、福地山登山口を無事発見。登山口にある大きな地図看板では、山頂まで2時間半とある。標高差は711mか、実質1時間ちょいで登れそうだな。朝市で水を補充し、本日2度目のスタ-トを切る。この山に登るのは、長男岳登が小学5年生だった時以来、実に7年振りのことだ。登山道は車が通れそうな程の幅広で、実際轍がありそうにも見えた。黙々と標高を稼ぐことだけに専念。尾根コ-ス、谷川コ-スの分岐に出ると、迷わず尾根コ-スへと進んだ。その方が短時間で標高を稼げそうだが、傾斜は相当なものだった。道中出会った登山者は、単独行の男性一人のみ。さすがに夏山真っ盛りのこのいい時期に、人気の北アを目の前にしてわざわざ地味な低山に登る人などいるはずがない。
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登山道入口  ※山に入ってからある看板
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注意書き
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獣出没注意
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無然平  ※明治時代の哲学者篠原無然は、ここで修業を行っていた
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尾根、谷川コ-ス分岐

何時にスタ-トしたのか覚えていないので、どれくらい時間が経ったのかは分からなかった(デジカメを見れば分かったが)。標高的にはもう充分なはずなのに、意外と現れない福地山の山頂。いくつかの偽ピ-クに騙されながら内心少し参りかけていた頃、無事山頂に到着。結構な急登を休みなしで急いだせいか、汗の量は鏡平の比ではなかった。山頂に登山者がいるはずもなく、微かに期待した眺望は何もない。本来であれば、ここから槍穂高や焼岳が望めるらしい。つい数時間前まで居た稜線(直下)は完全に深い雲に覆われていた。新穂高下山後青空を見て少し悔しい思いをしていたが、結局のとこ、稜線は今も天候は回復していないのかもしれない。山は甘くない。体力や経験に過信して、悪天時に軽装備で奥へと進むにはリスクが大き過ぎる。やはり撤退は正解だったようだ。
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福地山(標高1671m)
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新穂高方面を望む  ※稜線は未だ深い雲に覆われていた
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焼岳山頂も雲の中

山頂では気持ち長めに昼食休憩を取り、いざ下山にかかる。下りは出来れば走りたいので帰路の分岐では谷川コ-スを選んでみた。距離は幾分長くなりそうだが、急で足場の悪い尾根コ-スよりはまだ走れるだろうと見込んでのこと。実際通ってみると道幅は広く尾根コ-スよりは飛ばせたが、路面には石が多く、思うようには走れなかった。熊に出遭わなくて良かったなと胸を撫で下ろしながら無事ゴ-ル。新穂高での物足りなさは、福地山の激汗にて満たされた。行程的にはたいしたことはなかったが、多少追い込んだことでかなり運動した気にはなれた。買い直したトレランザックは来週早々には届くだろう。そして来週こそは完全装備で山に入り、新穂高発着で奥穂高岳、焼岳(上高地から登り返す)の約40㌔を踏んでおきたい。
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帰路は谷川コ-スを辿ってみた
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福地山登山道入口


福地温泉 10:03
無然平 10:42
福地山 11:16、11:43
福地温泉 12:25

標準コ-スタイム:4時間15分(山と渓谷社・岐阜県の山)
所要時間:2時間22分
距離:5.7km

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