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練習一覧(備忘録)

2015(平成27年)
4月252.4km
5月304.2km
6月270.2km
7月238.6km(+walk10.0km)
8月332.7km
9月232.5km(+walk20.0km)
10月272.5km
11月160.0km(+walk36.6km)
12月163.9km
合計2227.0km(+walk66.6km)


2016(平成28年)
1月38.5km
2月300.0km
3月321.2km
4月274.5km
5月298.6km(+walk3.6km)
6月256.1km
7月304.4km(+walk15.0km)
8月286.7km
9月276.6km
10月244.7km(+walk40.8km)
11月172.7km(+walk6.4km)
12月140.4km
合計2914.4km(+walk65.8km)


2017(平成29年)
1月42.8km
2月244.1km
3月377.7km
4月308.6km
5月202.0km(+walk14.4km)
6月246.3km
7月402.3km(+walk6.8km)
8月416.1km
9月301.7km
10月136.7km
11月51.4km
12月121.2km
合計2850.9km(+walk21.2km)


2018(平成30年)
1月94.1km
2月254.2km
3月406.4km
4月300.4km
5月302.3km
6月270.4km
7月398.2km
8月368.9km(+walk16.3km)
9月365.0km(+walk30.7km)
10月196.6km
11月69.7km
12月102.4km
合計3128.6km(+walk47.0km)


2019(平成31年-令和元年)
1月69.1km
2月290.0km
3月371.2km
4月324.8km
5月194.9km(+walk26.2km)
6月272.3km(+walk45.4km)
7月25.5km(+walk16.7km)
8月211.8km
9月406.3km
10月81.4km(+walk24.4km)
11月85.8km
12月47.2km
合計2380.3km(+walk112.7km)

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100-100への軌跡

100名山、100名城、100名水・・。日本人はどうやら100という区切りが好きなようだ。確かに大変分かり易いし、目標とするにも丁度いいのかもしれない。2015年3月から走り始めた僕、どうせならウルトラ(100㌔以上)を100回完走してみたい。長男岳登(当時小学生)と100高山を目指したのも、そんな分かり易さに魅了されたからだった。この先年間4本を25年続ければ、充分達成は見込めると思う。それに何年か走ればさすがに慣れてくるだろうし、その頃には250㌔の練習程度にしか思っていないだろう。25年後、僕は67歳。初めて走った能登では70代のランナ-が何人かいたし、最高齢(ゼッケン1番)の男性は77歳だった。いっそのこと、日本最高齢完走、最多完走・・なんて目指してみようかな。


以下、100-100(100㌔-100回)達成までの軌跡を随時更新していきます。


1第4回能登半島すずウルトラマラソン 2015.10.18(42歳) 102㌔ 13時間42分完走    235位/403人 完走率68.9%  ※初めての100km挑戦で見事完走
2第26回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2016.4.24(43歳) 100㌔ 12時間21分完走       498位/1363人 完走率74.1%  ※目標の13時間切りを大幅にクリア
3第5回飛騨高山ウルトラマラソン 2016.6.12(43歳) 100㌔ 12時間39分完走       582位/1708人 完走率71.6%  ※第2組最前列に並んだ末に自滅
4第4回白山白川郷ウルトラマラソン 2016.9.11(43歳) 100㌔ 12時間44分完走       215位/711人 完走率78.1%  ※復路の上り返しに完敗、この借りはもう返せない
5第5回能登半島すずウルトラマラソン 2016.10.16(43歳) 102㌔ 12時間53分完走       109位/289人 完走率70.2%  ※目標11時間半、最低11時間台と挑むも撃沈


走り始めて2年目のシ-ズンが終わった。100㌔という距離にも少しは慣れ、年4本完走の当初目標はクリアした。しかし後味が悪過ぎる。100㌔くらい屁でもない・・。富士五湖の快走で僅かに感じたこの感覚は、今年最後の能登すずで見失ってしまった。この先100㌔程度なら間違いなく完走は出来るだろう。しかしそれでは次へと進めない。何せタイムが遅過ぎる。来年は最低6本と決めた。タイム狙いは4月の富士五湖のみ。後は連戦を重ね、『中何週間』というこの情けない表現を早く取り除きたい。走れば走る程、さくら道ランナ-の凄さが身に染みて分かってくる。


6第27回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2017.4.23(44歳) 100㌔ 11時間48分完走     408位/1508人 完走率72.4%  ※一応12時間は切ったけど何か物足りず
7第23回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン 2017.5.21(44歳) 100㌔ 13時間12分完走     532位/1953人 完走率50.6%  ※膝痛を抱えながらも猛暑の野辺山を走り切った
8第6回飛騨高山ウルトラマラソン 2017.6.11(44歳) 100㌔ 12時間9分完走        548位/1831人 完走率75.2%  ※風邪、膝痛とコンディションは最悪だった
9第12回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-ウルトラ遠足 2017.9.16(44歳) 208㌔ 38時間19分完走              42位/156人 完走率80.7%  ※超ウルトラ初挑戦、無事完走するも1週間病院送り
10第6回能登半島すずウルトラマラソン 2017.10.15(44歳) 102㌔ 13時間14分完走              194位/432人 完走率70.6%  ※佐渡以降瀕死状態だったので完走だけで満足
  

3年目のシ-ズンが終わった。これまでは100㌔サブ11くらい(まだ達成していないが・・)でのさくら道エントリ-を目指していた。しかし今年さくら道に100㌔実績で選ばれたのは、たった2名。それもサブ9(1人はサブ8に迫る)。これでは俺には一生無理だ!一瞬、目標を見失ってしまった。しかし参加者名簿を見ていて、同時に目に付いたのが、『佐渡一周208㌔』の文字。スピ-ドのない僕は、実績作りの目標を100㌔から佐渡へと切り替えた。人生初となる月400㌔を走り込み、台風に合わせるかのように佐渡へと海を渡る。そして迎えた、初めての超ウルトラ。意外にも190㌔までは脚は動いてくれた。しかし超ウルトラの世界はやはり厳しかった。無事ゴ-ル出来たのはいいが、その後1週間瀕死状態が続く。来年何とかリベンジ(目標32時間、かつ大会後の打上参加)を果たした暁には、是非とも翌春のさくら道にエントリ-したいと思っている。
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超ウルトラ初完走(佐渡一周208㌔)  ※南さん、又どこかで会いたいな


11第28回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2018.4.22(45歳) 100㌔ 12時間4分完走                          394位/1689人 完走率61.2%  ※初めて50㌔5時間を切るも終盤大失速  
12第24回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン 2018.5.20(45歳) 100㌔ 12時間43分完走                        558位/1986人 完走率71.2%  ※『要はハ-ト』の応援メッセ-ジが心に響き復活
13第7回飛騨高山ウルトラマラソン 2018.6.10(45歳) 100㌔ 12時間27分完走                  580位/1887人 完走率74.2%  ※予期せぬ応援幕の期待に応えられず無念   
14第13回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-ウルトラ遠足 2018.9.22(45歳) 208㌔ 36時間54分完走          23位/164人 完走率75.6%  ※ゴ-ル後の宴会まで楽しめたが目標の32時間は程遠く 
15第7回能登半島すずウルトラマラソン 2018.10.21(45歳) 102㌔ 12時間54分完走              132位/333人 完走率73.8%  ※佐渡で痛めた右膝の激痛に耐え無事完走


4年目のシ-ズンが終わったが、あまり進歩がないような、収穫の少ない1年だった。昨年の自分に対して辛うじて勝ち越したのがせめてもの救いとなるが、100㌔の記録は更新出来なかった。仮眠なしで挑んだ佐渡も目標の32時間とは程遠く、辛うじて36時間台をキ-プするので精一杯。目指すさくら道には40㌔及ばず、この差はかなり大きいものと痛感した。今の僕にはさくら道を走るイメ-ジが全くつかない。来年は是が非でも練習で名古屋~高山(160㌔)の24時間走をやり、何とか佐渡へとつなげたい。今の僕の一番の目標は、取りあえず24時間で最低160㌔。これくらい楽に出来ないと、間違いなく僕に未来はないだろう。


16第29回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2019.4.21(46歳) 100㌔ 11時間40分完走                          377位/1667人 完走率71.1%  ※最後5㌔だけは納得の走りだった
17第25回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン 2019.5.19(46歳) 100㌔ 13時間12分完走                              799位/1956人 完走率70.7%  ※肉離れした状態で残り91㌔を走り切った
18第2回南砺100㌔マラニック 2019.6.2(46歳) 100㌔ 12時間56分完走           105位/337人 完走率81.3%  ※肉離れ再発にも負けず、エイドのグルメを堪能
19第8回飛騨高山ウルトラマラソン 2019.6.9(46歳) 100㌔ 12時間58分完走              1038位/2115人 完走率77.0%  ※肉離れと膝痛で両脚を失うも、救世主現れる
20第14回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-ウルトラ遠足 2019.9.21(46歳) 208㌔ 36時間54分完走    35位/166人 完走率68.6%  ※転倒し左膝を負傷するも、驚きの昨年と同タイム


5年目のシ-ズンはとにかく試練に見舞われた。野辺山1週間前に右ふくらはぎ肉離れを発症。欠場も考えたが、肉離れした状態で野辺山、南砺、飛騨高山の4週間3連戦に挑み、何とか全て完走。二度と走れなくなっても構わない・・、そんな強い覚悟だけは終始貫けた。しかし代償は重く、肉離れ完治に長引き、走り込み不足で挑んだ佐渡。ふいに72㌔で転倒し左膝負傷。又も危機に見舞われるがその後奇跡の復活を遂げる。予定していた能登珠洲は肉離れの完治に自信がなかった為、初めてエントリ-を見送った。西田さん、佐藤さん、今年は自分一人ではどうにもならない場面で仲間に助けられた。僕が目指すは、さくら道。しかし来年から制限時間が1時間短縮され35時間に。ただでさえ厳しいのに、更に遠い存在になった。現実的に考えると佐渡を28時間台(今年で言えば上位6位以内)で走らないと、さくら道での完走は難しい。
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奇跡の完走劇(飛騨高山100㌔)  ※トイレの神様、本当に有難う!


21第30回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2020.4.19(47歳) 100㌔   ※エントリ-済
22第26回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン 2020.5.17(47歳) 100㌔   ※エントリ-済
23第9回東尋坊愛のマラニック 2020.5.23(47歳) 103㌔   ※エントリ-済
24第3回南砺100㌔マラニック 2020.6.7(47歳) 100㌔   ※エントリ-済
25第9回飛騨高山ウルトラマラソン 2020.6.14(47歳) 100㌔  ※エントリ-済
26第15回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-ウルトラ遠足 2020.9.20(47歳) 208㌔  ※エントリ-済




| 100-100への軌跡 | 20:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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第14回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-208km(4)~奇跡のゴ-ルタイム


・・前回の続き


約160㌔の第4エイドで最後の補給を済ます。エイドはここが最後となり、後はひたすら48㌔先のゴ-ルを目指すことになる。このエイドでは以前ビ-ルが飲めたが、今年も昨年同様置いてなくがっくり気を落とす。一昨日の前夜祭で一緒に飲んでいた同部屋の青年が、僕らより一足先に到着し、寛いでいた。佐藤さん含め、同部屋のランナ-が3人もこんな所で揃うなんて何て奇遇なんだ。この先3人で走れば楽しいだろうなと思ったが、彼はもう少しエイドで休んでいくと言い、以降ゴ-ルまで会うことはなかった。
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第4エイド 深浦展望台(159.8㌔) 
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今年もビ-ルがなくて残念

昨年がそうだったが、一人で走っていると素浜海岸のこのダラダラと長い区間が猛烈に辛く感じる。変わらない景色に飽き飽きし、一体どこまで行けばいいのだ・・と半ば自暴自棄になる。昨年は睡魔にも襲われ、堪らず草むらに倒れ込み、しばし横になって仮眠した。今年は併走する佐藤さんとの話が未だ尽きず、最終エイド以降も快調に走り続けている。会話に没頭するということは意識の全てを必要とするようで、話をしている間は疲れも感じないし、単調な道のりも一切長いとは感じない。颯爽とマントをたなびかせながら走っているタイガ-マスクのペアを抜き去り、一気に素浜海岸をクリア。
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一番辛い区間も、会話に夢中になっていると苦にならない
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タイガ-マスクと長らく前後していた

今朝7時の140㌔地点辺りから佐藤さんと2人で走っているが、次第に僕が付いていけなくなった。14時半を前にして180㌔付近で、佐藤さんに別れを告げる。出来れば一緒にゴ-ルしたかったが、併走を始めて以降、ここまでの快走は奇跡に近い。いつしか目標は上方修正され、40時間切りが38時間台、やがて昨年の記録更新、更には35時間台へと度々変わっていく。僕の中で目標が上方修正されるなんてことは滅多にないことで自分でも驚いた。佐藤さんと別れ、しばらく一人で走ったり歩いたりを繰り返していたが、市街地に入った190㌔辺りで、前に佐藤さんの姿を確認。どこかでお腹を満たしていたようだ。多少は復活した僕は再び佐藤さんと一緒に走る。タイガ-マスクペアにも追い着き、『あ、コンビ復活した』と嬉しい声援を受けた。河原田本町からは歩道の多い商店街を避け、海岸沿いの走り易いコ-スに出る。これはおそらくリピ-タ-しか知らない道で、今年のA3全体地図1枚では知りようがない。しかしこの海岸沿いで又も佐藤さんに付いていけなくなり、二度目の別れを申し出る。
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佐藤さんと一度目の別れ  ※この後、再び一緒に走ることになるとは
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対岸に火力発電所を確認  ※右の白い建物
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人面岩

160㌔の第4最終エイドの時点で、昨年より1時間半も遅かった。しかしその後の思いもよらぬ快走劇で、今では昨年の記録を上回るのは確実な状況にあった。出来れば欲を出して36時間も切っておきたいと目論んでいたが、次第にその希望は消えていく。やがて火力発電所に到着。先程までは遥か彼方に見えていたものが、今こうして目の前にある。人間の脚というものは凄いものだなと改めて実感。陽はまだ落ちていないが、未だ対岸では何人ものランナ-が闘っているのだと思うと、気の毒にさえ思った。残り5㌔程でヘッドライト装着。出来れば明るいうちにゴ-ルしたいが、来年こそは何とかその望みくらいは叶えたい。ここからは地図(昨年までのA4詳細地図)で地名を確認し、残りの距離からゴ-ルタイムを予想しつつ走った。昨年が36時間何分だったか覚えていないが、記録をどれだけでも縮めようと必死に脚を動かし続けた。記録更新は間違いない・・、未だそう確信している。
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ここでの休憩を後1分早く切り上げていれば
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火力発電所

いい加減、もうそろそろゴ-ルだろ・・。そう思ってからが異様に長かった。カ-ブの先にあると期待したホテルめおと(ゴ-ル)はなく、何度もショックを受け愕然とした。そして今度こそ、ゴ-ルとなる『ホテルめおと』を発見。階段を走って駈け上り、玄関をくぐりロビ-にてゴ-ルを迎える。ゼッケン番号から氏名が確認され、記録係のスタッフが置き時計を見てゴ-ル時刻を記録紙に書き込む。36時間54分、秒以下切り捨て。何か少し嫌な予感がした。完走証用の写真撮影の後、部屋に戻り昨年のゴ-ルタイムを確認するとやはり嫌な予感は的中。驚くことに、昨年と全くの同タイムだった(昨年も36時間54分)。1分くらいどうにでも短縮出来たと思うが、208㌔を1日半かけて走り、全く意識せずして、要した時間が全く同じということはある意味奇跡だと言える。記録更新は成らず残念だったが、確率的にもこちらの方が余程貴重だろうと思う。
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ゴ-ル後の夕食  ※ビ-ルが美味い


第14回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-208km


距離:208km
時間:36時間54分00秒  ※昨年と全くの同タイム
順位:35位/166人
完走率:68.6%(114人)
経過:スタ-ト(21日6:00)、第1エイド29.5km(9:15)、第2エイド57.9km(14:17)、仮眠所93.5km(19:51)、第3エイド127.6km(22日4:16)、第4エイド159.6km(10:36)、ゴ-ル208.0km(18:54)

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| 2019 | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第14回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-208km(3)~佐藤さんと一緒に


・・前回の続き


仮眠所で食事と入浴を済ませた後、2階の仮眠室で少し横になった。しかし既に何人ものランナ-が布団を敷いて寝ている室内はとても狭く、空いている扉付近の僅かなスペ-スに仰向けになるくらいしか出来なかった。しばらく目を閉じていたが、結局寝付けず、アラ-ムが鳴るより先に起き上がる。部屋の外に出て廊下で支度をし、22時過ぎ仮眠所を発つ。仮眠所ではかれこれ2時間10分も滞在してしまったが、あまり意味がなかったような気もする。しかし眠れなかったことは想定外だが、ある程度脚を休めたことで、疲れ切っていた脚は多少は復活。リスタ-ト後はしばらく走れ、上り坂すら快調に走れた。これは昨年も実感したが、仮眠所での入浴はきっと疲労回復に効果があるのだろう。
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次に目指すは、小木港

眠い・・。時折思い出したように睡魔が襲ってくる。昨年は仮眠所で全く仮眠しなかったので、この夜の部が異様に眠かった。しかし今回も同様に眠い。仮眠所ではどうせ寝付けないし、次回以降、やはり僕には仮眠所での仮眠は全く意味の無いことだと思った。深夜1時半、バックを枕にして歩道で仰向けになり、10分間目を閉じる。数少ないバス停の待合室はどこも先客で埋まっているので、道端やトンネルなど所構わず横になって5分睡眠を繰り返す。5分ばかりの時間ではほとんど睡魔は解消されないが、少なくても5分間脚は休めた訳で、その後の走り出しは少しは元気になっている。自分が走っている写真を撮ってみたが、目は半分閉じていて、正気のない死んだ目をしていた。第3エイドの多田海浜公園(127.6㌔)に到着。ここではカップ麺のカレ-味を頂く。このエイドから登場するカップ麺が結構楽しみで待ち遠しい。先程暗闇の道中で擦れ違った青年と再会し、少し話をした。青年とはゴ-ル後の宴会でも更に交流を深めることになる。
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眠い時はホットコ-ヒ-
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第3エイド 多田海浜公園(127.6㌔)

眠さと闘いながら、くたばりかけた脚を懸命に動かす。そして何とか長かった夜の部を終え、2日目の朝を迎えた。雲が多くて、今日の天気が気がかりだ。昨日朝6時に夫婦岩をスタ-トし、24時間で135㌔しか進めなかった。昨年も今一だったが、それよりも7㌔遅い位置にいる。出来れば24時間で最低160㌔は進んでいたいところだが、中々思うようにはいかない。とは言え、ただ単に日々の努力が足りないだけのことであり、努力をするには強い覚悟が必要であり、その覚悟に立ち向かうには強い気持ちが必要となる。僕の気持ちは所詮見せかけなのか・・、そう薄々感じているだけに何だか自分が無性に情けない。
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雲行きが怪しい
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小木はまだまだ
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サンライズ城が浜温泉(134.6㌔)で24時間経過  ※昨年より7㌔遅れている
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北雪酒造

140㌔を過ぎた辺りからか、同部屋の佐藤さんと一緒に走るようになっていた。佐藤さんとは僕が初めて佐渡に参加した一昨年の大会でも夜明け前から何度か前後し、やはりこの辺りから何十㌔も一緒に走っていた。あの時は4人で走ったが、今回は2人で走り、山のことや、仕事のこと、他の大会のこと等、様々な話をして楽しませてもらった。不思議なもので、走りながら人と夢中で話していると、走る辛さや脚の痛みはどこかへ遠のき、知らぬ間に時間が経ち、結果距離が稼げている。
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これは自転車の㌔表示  ※佐渡エコは-10㌔
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アンパンマン達

今年は特にペ-スが遅いことが幸いし、小木市内のス-パ-に立ち寄ることが出来た。エイドの提供物には若干飽きつつあるので、アイスと甘いドリンクを買い、栄養と英気を補給した。小木、宿根木と順調に走り続け、いよいよ第4最終エイドの深浦展望台(159.8㌔)に到着。2年前も佐藤さんと一緒にここに辿り着いた。昨年よりは1時間半遅いが、思った程脱力感はない。これなら何とか40時間は切れそうだな。
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小木市内のス-パ-たんぽぽ(9:08)  ※たぶん9時オ-プン
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宿根木集落の三角家 
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橋の先が、第4エイド 深浦展望台(159.8㌔)  ※佐藤さんと一緒に
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2年前の写真  ※2年前も佐藤さんと一緒にこの橋を通過した。南さん元気かな・・


つづく・・

| 2019 | 21:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第14回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-208km(2)~72㌔で転倒、完走危うし


・・前回の続き


大会当日、3時半に起床。僕的にはスタ-ト3時間前となる3時には起きておきたかったが、同部屋の皆に配慮して少し起床時刻を遅らせた。3時半に起きても周りは誰も起きる気配がなく、一人部屋を出てロビ-のソファ-で最近読み始めた小説(新田次郎の『槍ヶ岳開山』)を読みふける。ちなみに僕は文章を書くのは好きだが、本を読むのは大の苦手。小説1冊を読むのにどれだけ早くても1ヶ月、遅いと1年、しかし読み切ることは極まれで、途中で断念して諦めることが多い。昨年は沢木耕太郎の『凍』をこのタイミング(小学校運動会~佐渡)で何とか読み切った。4時を過ぎ部屋に戻ると、さすがに皆起きていた。準備を済ませ、5時から朝食。佐渡と言えばイカ刺が有名らしい。ご飯4、5杯は食べれたが、山盛り2杯でやめておく。
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朝食  ※ご飯、味噌汁はお代わり自由

トイレを済ませ、スタ-ト5分前に玄関へと向かう。例年出走前に階段に並び、主催者が集合写真を撮っているが、僕は映った試しがない。緊張感のないカウントダウンが始まり、6時、いよいよ長い旅が始まった。今回で佐渡3周目。何が楽しくて佐渡を3周もするのだろうと自分でも思う。スタ-ト時は一番後方にいたが、㌔6分を切るイメ-ジで列の脇を抜けていくと、直ぐに先頭集団に追い着いた。周りは皆GPS付きの時計のようで、1㌔毎に『ピッ!』と音が鳴っている。その音を耳にし、思っていたより少しペ-スが早いことを知った。最初の10㌔を㌔5分半で入ってしまい、その後は意識して少しペ-スを落としたが、それでも㌔6分は切っていた。尖閣(せんかく)湾辺りまでは浦安の男性と話しながら走っていた。彼は初200㌔らしく、100㌔はサブテン、マラソンはサブスリ-とのこと。出来れば27時間くらいで走りたいと言っていたが、次第に僕が疲れ、尖閣湾揚島遊園で握手をして彼を見送った。結局この男性、24時間を切り、見事総合2位に入っていた。
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スタ-ト直前  ※ここに戻ってくるのは1日半後か・・。そう思うとかなり憂鬱
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尖閣湾
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冷の甘酒  ※尖閣湾揚島遊園にて

3時間15分かけ、第1エイドの千本公民館(29.8km)に到着。ろくに走り込みもしていないくせに、出だし調子に乗ったツケが回り、既に脚は疲れ果てている。エイドの給食は昨年より質素になっており、どこか寂しさを感じた。ペットボトルに飲料を補充し、気は乗らないが先へと進む。昨年はもっと走れていたような気もするが、やはり僕は30㌔過ぎくらいで一度疲れのピ-クが来る。208㌔も走ろうとするにしては随分情けない気もするが、普段週末のロング走でもせいぜい30㌔しか走らない為だろう。目指す亀は少しずつは近付いている。Z坂手前のオアシスで待望のアイスをゲット。この日に備え、今年はマンゴ-とミカンのアイスキャンディ-が沢山冷凍庫に補充してあった。店内でスイカを数切れ頂いた後、軒先のベンチに座り、キンキンに冷えたアイスを頬張る。Z坂は走る気など更々ないので、激坂を目の当たりにしても悲壮感はない。
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第1エイド 千本公民館(29.8km)  ※昨年まであったおかずセットがなくなっていた
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飲物を補給
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佐渡市指定文化財 清水寺(せいすいじ)の大イチョウ
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亀が遠い
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マンゴ-バ-(75円)  ※Z坂前のオアシス、たにぐち商店
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黄金色の稲穂

いよいよ一つ目の亀が見えてきた。先ずは『大野亀』の登場だ。この岩山には登山道が付いていて山頂まで登れるようだが、大会中にわざわざ時間と体力を割いてまで登るアグレッシブさは僕にはない。大野亀ロッジでは待望のソフトクリ-ムを食べた。ついでに冷たいコップ水も数杯頂き、喉も存分に潤す。ここではカレ-ライスを食べるランナ-も多い。ここは数少ない貴重な休憩ポイントなのに、皆先立つのが早くて驚いた。ようやく重い腰を上げ、道路に出る。左手に『賽の河原』の看板は目にしたが、ここは迷わず直進。しかし少し進んでからどうも気になったので、地べたに座りこの日初めて地図を取り出す。やはり直進は間違いで、大野亀を出て直ぐに左折するのが正解だった。危なかった、先日の白山白川郷に続き、また思い込みでミスするとこだった。
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大野亀
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大野亀ロッジのソフトクリ-ム(350円)
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賽の河原
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二ツ亀

亀を越え、次に目指すは両津港。これまで出てこなかった地名が看板に現れ、次第に距離が縮まっていく感覚は嫌いではない。ようやく第2エイドの鷲崎ふれあいセンタ-(58.1㌔)に到着。エイドでは長居をしないよう心掛けてはいるが、靴を脱ぎ弁当を食べていると、結局20分くらい直ぐに過ぎてしまう。昨日の説明会では『ランナ-は右側を走るように』と言われていた。なるほどな、さすがランナ-目線の考えだこと。確かに前方から来る車は把握出来るが、後方から迫る車には気付けない。しかし実際今こうしてブログを書いていて思い出したが、よく考えれば歩行者は元々右側通行だった。
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次に目指すは両津港
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第2エイド 鷲崎ふれあいセンタ-(58.1㌔)

海と山以外景色の無い佐渡一周道路の右側山手の道路脇を黙々と走る。山側に寄り過ぎている為か、路面は土や草で覆われ、若干濡れて滑り易くなっていた。そんな時、ふいに足を掬われ思わず大転倒。この約72㌔地点で左膝を猛烈に強打し、しばらく立ち上がれなかった。その後何とか立ち上がれたが、あまりにも痛過ぎて全く走れない状態に陥った。これはヤバい、ただでさえ遅れているのに、これでは完走すら危うくなってきた。幸いにも歩くことは出来たのでしばらく徒歩で進み、血を垂らしながら21㌔先の仮眠所を目指す。この時点で選択肢は2つしかなかった。93㌔の仮眠所でリタイヤするか、48時間かけて最後まで歩き通すか。当然後者を選びたかったが、僕にはコ-ス上で2晩越す勇気がなかった。だとすると無念のリタイヤか・・。とうとう僕にも土が付く時が来た。深い悲壮感と絶望感が僕を包み込んでいた。
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72㌔で大転倒  ※左膝強打、痛くて走れなくなる
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両津が見えたが、まだ遠い

しかしこの最大の危機も、得意のしぶとさで何とか無事乗り越えた。しばらく歩いた後、痛みを我慢して恐る恐る走り出してみたら、痛いなりにも次第に走れるようになってきた。今更遅れた分は取り戻せないだろうが、これなら何とか40時間以内ではゴ-ル出来るかもしれない。微かな希望が湧いてきたが、脚の疲れは治まるはずがない。通行人すらいない寂しげな両津の商店街を一人駆け抜け、19:50、ついに仮眠所となる住吉温泉寿月館(93.3km)に到着。ここに辿り着くまで14時間弱もかかってしまったが、昨年と比べ50分遅れで済んだのだから、まだ良しとしたい。昨年同様仮眠は申し込んでいなかったが、間違えてお金だけ振り込んでしまったこともあり、今年はここでしっかり仮眠し、確実に完走狙いで行こうと決めた。既に時間的な目標はないが、出来れば40時間は最低でも切っておきたい。
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両津市内
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夜は点滅ライトがあり、比較的見つけ易い
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仮眠所 住吉温泉寿月館(93.3km)  ※昨年より50分遅い
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夕食弁当、豚汁、ビ-ル  ※今年は辛い闘いになりそうだ


つづく・・

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