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東北を巡る旅(3)~日本三景松島と中尊寺

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世界遺産 中尊寺(2011年登録)  ※平泉~仏国土を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群~


【日時】令和3年11月16日(火) 旅行3日目
【場所】松島(宮城県)~平泉(岩手県)~自宅



旅行3日目、最終日。大江戸温泉の朝食バイキングは、僕的には海鮮丼が良かった。具材の種類こそ少ないが、豪華ネギトロの盛り放題。つい調子に乗ってしまい、いつものバカ盛りを前に子供らは白い目で僕を見る。ナナは最近朝カレ-にはまっているらしく、昨日に続いての朝カレ-。握りたてのお手製おにぎりも、子供には好評だった。今日は予定をカツカツに詰めている為、昼食は期待しないようにと予め告げておく。そもそも朝はバイキングで限界まで食べるのだから、その数時間後の昼食など本来必要ないはずだ。ホテルをチェックアウトし、街角のコインパ-キングに駐車。先ずは瑞巌寺へと向かう。
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朝食バイキング
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調子に乗って盛り過ぎた海鮮丼  ※ネギトロ、ホタテ、イカ、じゃこ・・
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お手製おにぎり

国宝、瑞巌寺。瑞巌寺は正式名称を『松島青龍山 瑞巌円福禅寺』といい、9世紀初頭、慈覚大師円仁によって開創された天台宗延福寺がその前身であると伝わっている。 関ヶ原の戦いの後、仙台に治府を定めた伊達政宗は、仙台城の築城と併せ、領民の精神的拠り所とする為神社仏閣の造営を盛んに行っていた。そして戦国時代を経て衰退していたこの寺の復興に政宗は特に力を注ぎ、5年の歳月をかけ、慶長14年(1609年)に瑞巌寺本堂を完成させた。
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瑞巌寺  ※奥州随一の古刹。伊達政宗公の菩提寺
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御成門(国指定重要文化財)
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本堂(国宝)
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庫裏(国宝)

日本三景、松島。江戸時代前期の儒学者・林春斎が、寛永20年(1643年)に執筆した『日本国事跡考』において書き記したのが、この『日本三景』の始まりとされる。それによると、ここ宮城県の松島、京都府の天橋立、広島県の宮島(厳島)の3つの景勝地で三景を成す。これら三景は各々世界遺産の登録にも動いたというが、厳島神社以外は今現在登録に至っていない。 宮島厳島神社にはかなり以前(第6、7子が生まれる前)に家族旅行で訪れている。天橋立は今春の本州縦断の際、直ぐ近くを通過した。
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日本三景碑  ※松島、天橋立(京都府)、宮島(広島県)で日本三景を成す

松島観光と言えば、松島湾一周の島巡りが欠かせない。瑞巌寺見物を終え、何とか10時出航に間に合った。遊覧船『仁王丸』。乗船が出航間際だった為、窓側の席は全て埋まり、中央の最前列に家族でかたまって席を取る。船内アナウンスを聴きながら、ゆったりとした時間が流れてゆく。島の間を縫うように進み、所々名の付いた浮島を遠越しに見物。”島”と言うよりは、完全に”岩”に近い。50分のクル-ズを終え、下船。さすがは有名な観光地だけあり、松島には修学旅行の学生も多く、今回の旅で一番の賑わいを見せていた。船内だったか、どこかの店だったかは忘れたが、『まつしま~の』で始まる民謡・斎太郎節が流れていた。
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松島湾一周クル-ズ
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仁王丸  ※大人(中学生以上)1000円、小学生500円
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所要時間50分、17kmのコ-ス
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鐘島
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仁王島
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航路
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五大堂(国指定重要文化財)  ※瑞巌寺の境外仏堂。東北地方最古の桃山建築
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松かま  ※名物だとは知らなかったが、朝食にも出ていた
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西行戻しの松公園
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松島の眺望が素晴らしい

世界遺産、平泉。中尊寺を含む一帯は”仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群”として、平成23年に世界文化遺産登録されている。中尊寺は奥州藤原氏の栄華を伝える寺院で、嘉祥3年(850年)、比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁によって開かれた。建武4年(1337年)の火災で多くを焼失したものの、金色堂は中尊寺創建当初の姿を今に伝える。金色堂(国宝)は覆堂内部で大切に保存されており、天治元年(1124年)、藤原氏初代清衡公によって上棟された。讃衡蔵(さんこうぞう)は、昭和30年に開館した中尊寺の文化財を収蔵・展示する施設。大変見応えもあるが、金色堂同様内部でのカメラ撮影は禁止されており、後々思い出にふけることが出来ないのが残念だ。
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弁慶堂
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本堂
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峯薬師堂
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鐘楼
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讃衡蔵  ※3000点を超える国宝・重要文化財を収蔵
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金色堂(国宝)  ※天治元年(1124年)の造立で、現存する唯一の創建遺構
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松尾芭蕉像

東北最後は、岩手県名物の”椀子そば”で〆ようと思っていたが、目星を付けていた店に時間内に出向くも何故かクロ-ズ。ここ平泉から自宅までは670kmの道のり。既に16時の夕刻時となりのんびりも出来ないので、一先ず高速道路に飛び乗った。一昨日、昨日、今日と僕一人で運転してきたが、さすがに疲れてきた。今日は睡魔に襲われ、運転が危うい時間帯もあった。ようやく国見SAへと辿り着き、ここで夕食とする。しかしここの食事処が異様に高かった。時刻は19時前。僕としてはこのSAは諦め、どこか別の場所で夕食を取りたかったが、家族は声にこそ出さないものの、皆食べたそうな目で僕を見る。普段こういう割に合わない店では絶対に食べないが、ここは仕方なく奮発。
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国見SAにて待望の夕食  ※平泉で椀子そばを食べ損ねたのが心残り

食事を終え、以降運転は妻に任す。その後の僕は死んだように眠り続け、結局福島県から自宅まで妻は頑張って一人で運転してくれた。高速道路の深夜料金、その対象時刻は0時~4時らしい。そうとは知らず、当てにしていた30%割引を適用し損ねてしまう。岩手から富山まで距離が長いだけに、この損失はかなり大きい。富山ICを降りたのが、確か24時の少し前。てっきり22時頃から深夜扱いだと思っており、まさか深夜が24時からだとは夢にも思わなかった。頑張って走り続けた妻の運転も裏目に出た。嗚呼、何と悲しき結末・・。だけどそれすら、今となれば良い思い出だ。
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三元豚カツカレ-(1200円)  ※ナナ
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辛味噌牛タンラ-メン(1200円)  ※僕
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三元豚ソ-スカツ丼(1200円)  ※大志、嶺花
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妻(一花)は川俣シャモ丼(1300円)  ※写真とは違う


東北を巡る旅(1)~白虎隊の故郷、会津若松
東北を巡る旅(2)~独眼竜、伊達政宗


おわり

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東北を巡る旅(2)~独眼竜、伊達政宗

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独眼竜政宗、ここに参上!


【日時】令和3年11月15日(月) 旅行2日目
【場所】会津若松(福島県)~仙台、松島(宮城県)



旅行2日目の朝。ここは伊東園、東山パ-クホテル新風月。部屋から望む会津若松の町を前に、旅先での新たな一日が始まった。家族は皆まだ寝ているが、僕一人浴場へと向かう。せっかくの旅先での温泉、一度でも多く入っておかないと何だかもったいない気がする。入浴を終え、荷造りを済ませたところで一同バイキング会場へ。ここぞとばかりに食べまくる我が家族。食べ物に対する執着心は、おそらく普通の人には理解されない。予定通りホテルを8時半にチェックアウトし、一路仙台を目指す。仙台までは170km離れており、高速に乗っても2時間以上はかかる。安達太良SAの辺りで綺麗な虹が現れ、その中を潜り抜けた。
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部屋の一面ガラス(大窓)から望む景色
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荷造りを余所に
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一人ゲ-ム
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朝食バイキング  ※明太子の贅沢食い
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朝からモリモリ
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虹のア-ケ-ド

瑞鳳寺。宮城県仙台市にある臨済宗妙心寺派の仏教寺院で、山号は正宗山。江戸時代初期の寛永14年(1637年)、仙台藩二代藩主・伊達忠宗によって、瑞鳳殿が造営された際に創建された。 安政5年(1858年)に焼失し、現在の本堂は大正15年に落成されたものとなる。
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正宗山 瑞鳳寺

伊達政宗は、永禄10年(1567年)米沢城にて生を受けた。”独眼竜政宗”の異名を持ち、江戸時代伊達62万石の藩祖となった。ここ瑞鳳殿は寛永13年(1636年)70歳で生涯を閉じた政宗の遺命により、その翌年、二代藩主・伊達忠宗によって政宗の霊屋(墓所)として造営された。豪華絢爛な廟建築は昭和6年に国宝に指定されたものの、昭和20年の戦災で焼失。現在の建物は昭和54年に再建され、平成13年に改修がなされたもの。境内には二代藩主・忠宗(1599-1658)の霊屋である感仙殿、三代藩主・綱宗(1640-1711)の霊屋である善応殿も鎮座する。しかしこれらも昭和20年の戦災で焼失し、その後再建された。
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境内地図  ※画像クリックで拡大
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参道と杉木立  ※石造りの階段は藩政時代からのもの
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涅槃門(ねはんもん)
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瑞鳳殿  ※仙台藩祖・伊達政宗公霊屋
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昭和20年の戦災で焼失。現在の建物は昭和54年再建、平成13年改修
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感仙殿  ※二代藩主・伊達忠宗公霊屋
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善応殿  ※三代藩主・伊達綱宗公霊屋

ラ-メン☆ビリ-。仙台には本家二郎もあるが、あいにくの月曜定休。ただ昨日の会津若松にも本家ラ-メン二郎はあったし、二郎系は大概どの町にもあるようなので、その気になればいつでも食べることは出来る。ここは我が子に二郎系の素晴らしき(凄まじき)世界を見せてあげよう。朝食バイキングがまだお腹に残ってはいるが、”二郎体験”の名目のもと、早速ビリ-に入店。ただでさえ量の多い二郎系のラ-メン。今の腹具合からして1人1杯は明らかに無理なので、ナナと僕で大盛り(+100円)を1杯。嶺花ら3人で同じく大盛りを1杯オ-ダ-。野菜、にんにくなどは当然全て増し。後ろのテ-ブルの嶺花らは、さすが3人がかりなので汁まで飲み干す余裕の完食。こちらのテ-ブルは『一人で食べれる』と豪語したナナをメインに、僕は娘が根を上げた時のバックアップ要員に徹す。二郎を完全に舐めていたナナは素直に降参。味、量、値段、その全てにおいて◎。二郎系にハズレはないが、ビリ-も例外ではなかった。
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ラ-メン☆ビリ-  ※子供初めての二郎系
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メニュ-表  ※画像クリックで拡大
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ラ-メン大盛り(950円)  ※野菜増し、にんにく、カラメ、アブラ
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ナナ、心の中でビビッてる
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後ろのテ-ブルの嶺花と一花
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ナナと僕で1杯ほぼ完食(左は取り皿)           嶺花、大志、一花で1杯完食

史跡、仙台城跡。仙台城は別名・青葉城とも呼ばれていた。慶長年間に伊達政宗が築城してから廃藩置県・廃城令までの約270年に亘り、伊達氏代々の居城であり、仙台藩の政庁であった。建物は何も残っていないが、城跡に佇む伊達政宗騎馬像を前にして、仙台に来ていることをまじまじと実感。ここは 雨の中、傘を差しての散策となった。
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本丸跡地に建つ、護國神社拝殿
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仙台市内
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伊達政宗騎馬像

大崎八幡宮。社殿(本殿・石の間・拝殿)は国宝に指定されており、どんと祭の裸参りでも知られる。鳥居を抜けるとしばらく参道を歩くことになるが、地元中学の女子バスケ部が道を占領して練習しており、それが嫌で年頃の娘(特にナナ)らはついてこなかった。 対抗意識でも持っているのか、これを思春期とでもいうのか、中々面倒な年頃ではある。
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国宝 大崎八幡宮
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割拝殿様式の長床

予定していた観光を全て終え、宿泊先の松島へと移動。チェックイン予定を30分過ぎ、日が暮れた17時半、大江戸温泉・ホテル壮観に到着。本日の宿泊代は6人で37,970円。部屋は和室10畳が一間、それに窓際に小さな寛ぎスペ-スがあるくらい。昨日と比べたら極端に狭く感じるが、子供らにはこちらの宿の方が好評だった。何せ数種類ある露天風呂が大変良く、記憶にも残る。そして夕食バイキングは昨日のようにアルコ-ル飲み放題こそ付いていないが、食べ物はとても充実。仙台名物の牛タン、松島名物の牡蠣や生マグロなど、普段食べれない贅沢な一品を心行くまで堪能した。食後のデザ-トまでしっかり頂き、食べまくりの2日目が終わる。この旅に出て以来、僕の体重は5kg程増えている。その為、浴場で体重計に乗るのが何よりも怖い。
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卓球
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松島温泉・ホテル壮観(大江戸温泉)  ※1泊2食付き、6人で37,970円
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夕食バイキング  ※牛タン焼き、牡蠣、生まぐろ・・
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ひたすら食べまくる
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食後のデザ-ト  ※僕は甘い物好き
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純米酒 森ノ菊川 (仙台市・森民酒蔵)


つづく・・

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東北を巡る旅(1)~白虎隊の故郷、会津若松

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会津若松に乾杯!


【日時】令和3年11月14日(日) 旅行1日目
【場所】自宅~会津若松(福島県)



4年ぶりの家族旅行は遠路東北へ。今春の本州縦断フットレ-スで初めて東北(日本海側)は一人訪れていたが、今回は太平洋側を家族と観光で巡る。買って間もない新車のHONDAフリ-ドに乗り、早朝3時、高山の自宅を出発。富山から高速道路に乗り、一路福島県を目指す。そして無事、会津若松に到着。先ず訪れたのが、飯盛山。白虎隊の少年らが自刃(じじん)した、あの場所だ。ここで城下町が燃え上がるのを目にした白虎隊士20名は、それが鶴ヶ城の落城であると錯覚し、絶望の末に自刃した。そしてこの時1人だけ生き残った飯沼貞吉(改め、貞雄)の証言により、白虎隊の最期が世に知れ渡ることになる。昔僕が中学生だった頃、テレビで見た年末時代劇『白虎隊(1986年)』は、堀内孝雄の『愛しき日々』とともに深く記憶に残っている。
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山頂まで183段  ※有料のスロ-プコンベア(動く歩道)もある
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飯盛山
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鶴ヶ城を望む白虎隊士の像  ※城下町の炎を鶴ヶ城の落城と見誤り、絶望の上自刃に及ぶ
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白虎隊士自刃の地  ※次男、四女、五女、三女
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飯沼貞雄之墓  ※他の十九士と自刃に及ぶも、死に切れず蘇生
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白虎隊十九士の墓
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自刃隊士の氏名と年齢が刻まれている
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三十一士の墓碑
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さざえ堂(国指定重要文化財)
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戸ノ口堰洞穴  ※白虎隊士が通った洞穴

白虎隊記念館には貴重な品々が所狭しと並び、館内はさほど広くないが、僕の脚は中々次へと進まなかった。中でも自刃に用いた短刀は衝撃的で、実物を前にしてしばし呆然とし、様々な思いや情景が頭に巡る。国の為、誰かの為に自らの命を捧げるという壮絶な生き方に、胸から熱いものが込み上げてきた。ここには新撰組局長近藤勇の鉢がね等も展示されており、子供に急かされなければ本当はもう少しゆっくり見ていたかった。飯盛山参道にて”会津名物・あわまんじゅう”を食べてみる。その土地の名物には元々興味を引く方だが、『かの白虎隊士達も食べたのであろう・・』との触れ込みにまんまと引き込まれた。作りたてはとても美味しく、子供達にも大好評だった。
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白虎隊記念館  ※自刃に用いた短刀を前に言葉を失った
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小池菓子舗 飯盛山店
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会津名物 あわまんじゅう(1個108円)
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子供にも大好評

そして昼食は事前に色々調べた結果、”十文字屋”でとることに。会津若松ではソ-スカツ丼が名物らしく、少し足を延ばせば有名な喜多方(喜多方ラ-メン)もある。しかしこの店ではその両方が味わえ、”磐梯かつ丼”のボリュ-ムにも惹かれた。僕とナナは、磐梯かつ丼(1200円)。一花は、喜多方ラ-メン(650円)。そして嶺花と大志、妻はその両方が味わえる、喜多方ラ-メンとミニかつ丼のAセット(1000円)を注文。磐梯かつ丼のボリュ-ムは想像以上で、味も良く、かなり食べ応えがあった。喜多方ラ-メンも見た目以上に美味しかった。
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十文字屋
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磐梯かつ丼(1200円)  ※肉のボリュ-ムは想像以上
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喜多方ラ-メン(650円)  ※見た目以上に美味い
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喜多方ラ-メンとミニかつ丼のAセット(1000円)
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巨大な像

会津・鶴ヶ城。別名を若松城、黒川城ともいう。幕末の戊辰戦争では、約1ヶ月に及ぶ戦いがこの鶴ヶ城を舞台に行われた。砲弾にさらされ傷つき荒れ果てた結果、戊辰戦争後、政府の命により天守閣は取り壊された。しかしその後市民の願いが叶い、昭和40年天守閣は復元される。戊辰戦争(慶応4年/明治元年-明治2年)は、王政復古を経て新政府を樹立した薩摩藩・長州藩・土佐藩らを中核とした新政府軍と、旧幕府軍・奥羽越列藩同盟・蝦夷共和国(幕府陸軍・幕府海軍)が戦った日本最大の内戦であった。名称は慶応4年/明治元年の干支が”戊辰”であることに由来する。この戦争では新政府軍が勝利し、それ以降同政府が日本を統治する合法政府として国際的に認められることとなった。
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鶴ヶ城
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館内の展示
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天守閣からの眺め
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冠雪した飯豊連峰
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磐梯山(標高1819m)  ※日本百名山
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しばし休憩

野口英世(明治9年-昭和3年)。福島県猪苗代に生まれた英世(幼名、清作)は1歳半の時囲炉裏に落ち左手に大やけどを負った。しかしその14年後に受けた左手の手術により医学の素晴らしさを実感し、自らも医学の道を志すようになる。手術は会陽医院の渡部医師によって行われ、英世はやがて渡部医師の下に住み込み、上京するまでの3年半をここで過ごした。ここで医学以外にも英語やフランス語、ドイツ語などを学び、後に世界的な細菌学者となる礎が築かれた。アメリカのロックフェラ-医学研究所を拠点に世界で活躍した英世は、ノ-ベル賞の候補にも度々挙がる。しかし昭和3年、西アフリカで黄熱病の研究中に感染し、51歳の若さで亡くなった。ここ野口英世青春館には、英世が勉学に励んだ部屋が残っている。
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野口英世青春館
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会陽医院の看板
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貴重な展示品
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英世の生涯をアニメで紹介  ※大変分かり易いし、子供はこういうのが好き
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清作(英世)が使用していた机
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英世先生と嶺花

伊東園・東山パ-クホテル新風月。当初、和洋ミックスの部屋で申し込んでいたが、遥々遠方から来ること、大家族であることを宿側が配慮してくれ、追加料金なしでワンランク上の特別室に代えてくれた。12畳と6畳の和室に広い応接室まで付き、眺めの良い一面ガラスの大窓からは市内が一望出来る(ホテルHP写真3枚目の部屋)。そして伊東園と言えば欠かせないのが、アルコ-ル飲み放題付きバイキング。美味しい料理をがつがつ頬張りながら、生ビ-ルや地酒を何杯も飲んだ。食べ放題だと、腹の容量的に酒の量も幾分抑えられるので、悪酔いしなくて済む。大人5人(実際は大人2人、小中高生計3人)、幼児1人の合計6人で、占めて32,815円也。館内には広い温泉もあるし、翌朝はもちろん食べ放題のバイキング。何という素晴らしいコスパだろうか。
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銘菓
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伊東園の夕食バイキングはアルコ-ルフリ-  ※ただし制限時間が異様に短い
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しゃぶしゃぶは何皿も
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締めは地酒(辛口純米)で
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中身は・・
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1泊2食付き、6人で32,815円


つづく・・

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明治神宮とステ-キ~東京3日目


・・前回の続き


東京3日目(1/9)。宿で無料の飯風呂を済ませ、一先ずチェックアウトを済ます。余計な荷物は一旦宿に預けたが、荷物といってもほぼ手ぶらで来ているので、武道館で買った記念グッズくらいしか邪魔なものはない。東京メトロ24時間券のリミットは、本日9:39まで。何とか今日の移動もこの券で通したいと思っている。西新宿三丁目駅で副都心線に乗り、渋谷へ。昨日は東京メトロに乗る為新宿駅まで結構歩いたが、西新宿三丁目駅の方が近いことを今頃になって知った。渋谷駅を出てしばらく現在地が掴めなかったが、何とかスクランブル交差点へと辿り着く。忠犬ハチ公の銅像も見れ、これで一応渋谷の目的は無事クリア。とにかく有名処は一目だけでも見ておきたかった。
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カプセル2階の『新宿の湯』  ※清掃が若干追い着いていないが、まずまず快適
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忠犬ハチ公  ※渋谷駅で飼い主の帰りを待ち、飼い主の死後も10年に亘り駅に通い続けた
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渋谷駅前スクランブル交差点  ※世界で最も人通りが多い交差点、のはずが・・

リミット時刻も迫っていたが何とかメトロに乗り、明治神宮前(原宿)で下車。結局昨日今日の観光は、24時間券1枚(600円)で足りた。後に知ったが、改札の入場時が24時間以内であれば、出場時に24時間を経過していても有効らしい。大正9年創建の明治神宮。ここには明治天皇と昭憲皇太后が祀られ、例年日本一の初詣者数を誇る。広大な敷地内には10万本の樹木が植えられ、ここが大都会であることをしばし忘れされてくれた。ここでふと疑問。一昨日は靖国神社、昨日は浅草寺、そして今日は明治神宮を訪れているが、初詣は神社とお寺、どちらに行くべきなのだろうか・・。結果、神社とお寺、どちらでも問題はない。ただ作法は若干異なり、神社の『二礼・二拍手・一礼』に対し、お寺では『一礼・合掌・一礼』。神社では鳥居前で、お寺では山門前で、ともに一礼してから中に入る。神社境内を歩く時は神様の通り道である道の真ん中は歩かない等注意すべきことも多い。
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明治神宮  ※明治天皇と昭憲皇太后を祭神とする
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南神門
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外拝殿  ※令和2年12月、本殿、内拝殿、外拝殿等の社殿36棟が国の重要文化財に指定された

明治神宮での参拝を終え、竹下通りへ。ここに来たのは中学校の修学旅行以来だから実に34年ぶりとなる。あの頃テレビでは『ねるとん紅鯨団』が流行っており、竹下通りのショップで”とんねるず”の缶バッジを買った記憶がある。かつての賑わいは感じられず、活気はさほど感じなかった。そんな中、通りでやたら目についたのがクレ-プ屋。これが普段ならまず手を出さないが、みんな食べていたこともあり、折角なので僕も竹下通りの思い出作りに一つ食べてみた。当然クレ-プは美味しいが、思ったより小さく、やはりこれで500円だと僕の感覚では高過ぎる。
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竹下通り  ※中3の修学旅行以来
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美味しそうなクレ-プ  ※種類が多過ぎて迷ってしまう
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いちごショコラ(500円)

新宿までは散策がてら、歩いて戻る。東京の街歩きはとても楽しいし、あまり苦にならない。それに新宿まで歩いても、せいぜい2㌔程しかない。東京はごく数㌔の圏内に幾つもの名の知れた街があり、観光名所も多くある。昨日はそれらをメトロでつないだが、本来これだけの近距離、わざわざ乗り物に頼るまでもない。新宿へと戻り、東京都庁へ。東京観光の最後は都庁の無料展望台で眺望を楽しむ予定だったが、閉館のようで庁舎の中にすら入れなかった。昼食に何を食べようかさんざん迷った挙句、看板に誘われステ-キ屋へ。バスタ新宿から14:35発の高速バスに乗り、6時間かけ雪の高山へと戻ってきた。行きと同じく、帰りも二十歳の次女に車での送迎を頼む。乗り場では小3の次男が、この寒い中30分以上待っていてくれた。
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東京都庁  ※無料展望室には結局入れず
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ジュ-クステ-キ 新宿南口店
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ステ-キが790円で食べれるなんて、さすが東京
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熟成牛はらみステ-キセット150㌘(790円)  ※ライスは大盛り(450㌘)まで無料
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とても美味しかった  ※今度は300㌘を食べてみたい
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茨城県境町では20年住むと新築戸建住宅がもらえるらしい  ※画像クリックで拡大


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大人の修学旅行~東京2日目


・・前回の続き


東京2日目(1/8)。睡眠時間が5時間程しか取れていないが、ここは頑張って起床。昨夜の深酒で少し頭も痛む。朝食はラウンジで無料の卵かけご飯とお茶漬け、そして味噌汁。しかし気持ち悪くてあまり食べれなかった。今日は東京メトロの24時間券(600円)を駆使し、精力的に都内を回る。先ずは丸ノ内線を国会議事堂前で降り、国会議事堂周辺を散策。殺伐とした道路には警察車両が何台も路肩に停まり、歩道では警察官が目を光らせ巡回していた。他に観光客はおらず、明らかに僕は警官にマ-クされていた。
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国会議事堂  ※正面向かって左側が衆議院、右側が参議院
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首相官邸  ※内閣総理大臣の執務室。閣議もここで行われる

次に東京駅で下車し、歩いて日本橋へ。今も昔もここ日本橋が道路の起点となっている。日本銀行本店を目指して歩き、たまたま目にした貨幣博物館に立ち寄る。しかしここが大当たりだった。入館無料なのに展示品は充実。あまり古過ぎる時代には興味は湧かなかったが、江戸、明治、昭和と現代に近付くにつれ、次第に興味深くなってきた。各藩が使用していた”藩札”の存在は初めて知った。最初の日本銀行券『大黒札』以降、紙幣には歴史上の人物が描かれるようになった。迷いながらも何とか東京駅へと歩いて戻る。ランドセルを背負った小学生が、漫画を読みながら一人で電車に乗る姿は衝撃的だった。我が家の次男坊と似たような歳頃だったが、大志は今頃鼻水垂らしながら、雪玉でも作っているだろう。
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日本橋  ※現在の橋(20代目)は1911年完成。国の重要文化財
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日本国道路元標  ※日本の道路網の始点
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貨幣博物館(入館無料)  ※古代から現代に至るまで順を追って展示。大判小判、藩札が特に興味深い
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日本銀行本店  ※この地には江戸時代『金座』があり、幕末までここで金貨が作られていた
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東京駅  ※大正3年竣工の赤レンガ駅舎。国の重要文化財

途中銀座線に乗り換え、一路北上浅草を目指す。ここは東京一の観光地。先ずは観光前に遅がけの昼食とする。『東京、グルメ、名物』で検索すると、『江戸前寿司』や『深川めし』と並び、『どぜう(どじょう)鍋』なるものが出てきた。浅草にはその老舗があるらしいので、値は張るが、ここは”観光”と割り切って訪れてみる。待つことなく1階座敷に通され、予め決めていた”なべ定食(3450円)”を注文。鍋は思っていたより小さいが、どじょうはそれなりに入っていた。ネギを山盛り乗せ、一味や山椒をかけて食す。どぜう鍋は臭みもなく、普通に美味しかった。ただご飯の入ったお櫃がやけに小さく、お櫃自体が普通の茶碗と同サイズ。どぜう鍋の2100円は珍しいので納得出来るが、何故定食にするだけで1350円も増すのか僕には理解出来ない。鍋のお代わりは如何ですか・・と勧められたが、この値段では易々とお代わりなんて出来ない。腹五分目で店を出た。
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駒形どぜう 浅草本店  ※1801年創業のどじょう料理店
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趣きのある1階座敷  ※雰囲気はすごくいい
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おしながき  ※老舗の名店だけあり、値段は驚く程高い 
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なべ定食(3450円)  ※どぜう鍋、どぜう汁、味噌田楽、ご飯、お新香
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食事としての満足感はないが、いい経験にはなる

浅草寺の人混みは凄まじかった。昨日の武道館をも思い出させてくれる賑わいは、オミクロン警戒とは無縁のようだ。誰もが知る有名な雷門。これを寄進したのはパナソニック創業者・松下幸之助氏。そしてその先の宝蔵門、これはホテルニュ-オオタニの大谷米太郎氏夫妻の寄進。隅田川から東京スカイツリ-を眺める。折角なので麓まで歩こうかとも思ったが、どうせ行っても見上げるだけだろうし、この辺りから全容を眺めた方が余程いい。ところであの奇抜なオブジェは一体何なんだ。口に出すかどうかは別にして、あれを見た人ならほぼ全員が”う〇こ”を連想するに違いない。しかしその実態は”アサヒビ-ルの燃える心”を表現したものらしい。台座となる建物はアサヒグル-プ本社隣にある『ス-パ-ドライホ-ル』の社屋で、建物を聖火台に見立てている。
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風雷神門(雷門)  ※実業家・松下幸之助の寄進
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仲見世通り
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宝蔵門  ※実業家・大谷米太郎夫妻の寄進
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五重塔と宝蔵門
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本堂  ※旧堂(国宝)は昭和20年の東京大空襲で焼失
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東京スカイツリ-と謎のオブジェ  ※『金のう〇こ』の正体はアサヒビ-ルの燃える心

銀座線を上野広小路で下り、湯島天満宮へ。ここには学問の神様・菅原道真公が祀られている。先程メトロ駅から天満宮へと向かう際、道向かいの店が気になっていた。昼食にどじょう料理を食べてさほど時間も経っていないが、行列にも後押しされ、折角なので意を決して入店。創業1956年のインド・パキスタン料理、デリ-。どうやらここはカレ-好きには相当有名な店らしく、入店前に口コミを調べてみたら評判は中々良かった。狭い店内のカウンタ-に座り、店お勧めのカシミ-ルカレ-を注文。噂通り激辛で、汗をかきながら食べた。ただ、日本人の味覚に合わせているというカレ-は、本場の味を期待した僕にはがっくりの内容だった。本物のインドカレ-にはいつ巡り合えるのだろうか。
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湯島天満宮  ※学問の神様・菅原道真公が祀られている
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デリ-上野店  ※匂いと行列に引き寄せられた
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カシミ-ルカレ-(1020円)  ※激辛で美味いが、本場の味には及ばず

日比谷線に乗り換え、神谷町にて下車。本日最後の目的地は東京タワ-。スカイツリ-とどちらに上ろうか迷ったが、値段が安いこちらの方で大正解だった。高さこそスカイツリ-(634m、世界一の高さを誇る自立式電波塔)には劣るが、今も昔も東京のシンボルであることに変わりはない。昭和33年に建設され、高さ333m。何故か3尽くめで覚えやすい。そして今回訪れたのが夜の時間帯で良かった。暗闇に浮かぶ赤のシルエットは例えようのないくらい美しかった。高さ150mのメインデッキからの夜景観賞。映像と音楽・・。回廊での演出がとにかく素晴らしく、雰囲気は最高。ただ東京の夜景を満喫したいなら、やはりトップデッキに上がらないと無理だろう。地上への戻りは外階段を選ぶ。しかしこれが失敗で、ここまで怖いとは思わなかった。大概の人にはこれのどこが怖いのかと馬鹿にされそうだが、高所恐怖症とはそういうものである。
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東京タワ-
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闇夜に浮かぶ姿が神秘的
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メインデッキチケット(1200円)  ※音楽とともに映像が流れ、とてもロマンチック
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東京の夜景は確かに綺麗だが
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トップデッキに上がらないと、本物の夜景は望めない
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帰りは外階段を下る  ※高所恐怖症の僕には、ただおっかないだけだった
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もう一つの東京タワ-

夜の新宿は週末ということもあり、かなりの賑わいを見せていた。どこを歩いても美味しそうな店があり、さすがは天下の大東京、その中心地新宿。もう少し夜の街を徘徊したい気もあったが、ここは潔く宿へと戻る。何せ今宵もラウンジの飲み放題が待っている。わざわざお金を叩いて歌舞伎町界隈に出歩かなくても、その役目は宿のラウンジが全て叶えてくれる。先ずは腹を満たす為、ご飯を2杯、お茶漬けと卵かけご飯で頂いた。そして今宵も浜省を聴きながら、東京の余韻に浸る。今日は先に入浴も済ませているから流れはいい。白ワイン、赤ワイン、カシスオレンジ、ウォッカコ-ク、白桃ロック・・。ソフトドリンクとの組み合わせで、酒の種類は無限に広がった。
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今夜もたくさん飲むぞ!


つづく・・

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