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韓国人JKをホ-ムステイに迎えて

韓国人の高校生18人(うち女子16人)を高山市に招くというインタ-アクト事業の一環で、韓国の女子高生(JK)が1人、我が家に2泊3日の日程でホ-ムステイした。8/2(金)、1日目。夜7時、歓迎式典が行われていた高山市内の某ホテルに出向き、式典終了後、待合室のテ-ブルにて受け入れる韓国人JKと初対面。互いに緊張する中、この日はそのまま彼女を伴い帰宅し、庭で子供と花火などを楽しんだ。もともと今回の受け入れは我が家のJK、高3の穂乃花(第3子)と高1の嶺花(第4子)の強い要望があってのものだった。特に穂乃花は韓国にかなりはまっており、僕が夜遅く帰宅すると、いつもリビングで一人韓国ドラマを見ている具合だ。さすがは数週間前からずっと待ちわびていただけはあり、この日は深夜1時まで穂乃花の部屋でJK3人仲良く過ごしていた。

そして、2日目。当初、『君の名は。』の聖地でも案内しようかと思っていたが、それではつまらないと娘に言われ、JK3人を高山まで送っていく。ショッピングセンタ-でプリクラを撮ったり、タピオカドリンクを飲んだり、買い物やボ-リングなどをして楽しんだらしい。丁度この夜は子供会の夏合宿があり、残された4人(JK3人と僕)で、夕食に手巻き寿司パ-ティ-をする。穂乃花がスマホで韓国の歌を流し、雰囲気は中々いい感じ。彼女は寿司が大好物らしく、初めての手巻きに大喜びし、沢山食べてくれた。今朝まではどこかぎこちなかった娘2人も今日一日彼女と行動を共にしたことで、少しは打ち解けたようだ。ちなみに夕食時穂乃花が『韓国と日本では年齢が違う・・』とへんなことを言ってきた。何を言っているのか訳が分からなかったが、さすがは韓国好きなだけはあり、その情報は正しかった。韓国人の彼女は18歳らしいが、韓国では出生時を1歳としてカウントする為、日本で言えば実質17歳となる。
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手巻き寿司パ-ティ-

夕食を終え、町内の公民館まで闇夜を歩いていく。街灯すらロクにないその道中、陽気でお調子者の嶺花は彼女の足下をスマホで照らしながら歩き、『グットステ-ジ!』と何度も叫んでいた。その行動が実に面白かったらしく、韓国人の彼女はその特別扱いに遠慮しつつも大爆笑。この闇夜のグットステ-ジが3人の距離を更に近付けていた。子供会の夏合宿の会場となる公民館に着くと、韓国好きの嶺花の後輩(中2女子)が本物の韓国人に会えたことを凄く喜んでいた。我が家に韓国人JKがホ-ムステイするということは知っていたようで、早く会いたいなと嶺花に催促が来ていたのだ。酔っぱらったその母親も混じり、韓国人の彼女を囲み、場はかなり盛り上がっていた。家へと再び闇夜を歩き、この日も結局深夜までJK3人で過ごしていたようだ。
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韓国人JK(左)と穂乃花、嶺花

そして3日目の最終日を迎える。朝食後、穂乃花、嶺花、一花(第7子)と共に彼女を高山駅まで送り届ける。バスは既に待機し、9時のお別れを迎えた。我が家のJK2人は別れ際目に涙を溜め、韓国人の彼女も別れを惜しみ、出発ギリギリまでバスに乗ろうとしない。この感動のシ-ンを見て、今回のホ-ムステイの受け入れは大正解だったものと実感した。嶺花は英語でも充分通用するのに、恥かしいのか自信がないのか積極的に英語で語りかけることなく、穂乃花共々スマホの翻訳機能に頼る場面が多かった。帰路、『来年も是非受け入れたい・・』と娘2人に強く要望されたが、言葉は通じなくてもスマホで簡単に意思疎通出来るからこそ、娘も大船に乗った気でいられるのだろう。しかし、本来はそうでない。便利な世の中は何かを妨げているのは確かであり、僕がスマホを持たない理由もそこにある。次回以降、出来ればこの期間だけでもスマホ禁止とした方が、本当はいいのかもしれない。
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長女二十歳の振袖姿

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長女(第1子)二十歳

僕ら夫妻が24歳の時に授かった第1子(現在大学2年生)が、めでたく今年成人を迎えた。自由気ままに生きていた21、22年前(今でも自由だが)、当時同棲中の僕らは世界を旅していた。インタ-ネットもスマホも(今でも持っていないが)、勿論デジカメもない遠い昔のことである。その頃の僕らは、日本でお金を貯めては外国に行くという生活を2年ほど繰り返していた。しかし僕らも例外なく歳を重ね、『いつまでもこんなことをしていちゃイカン・・』と真剣に思い始めていた。これで最後の旅にしようとユ-ラシア大陸横断の計画を練り、バイトに明け暮れる日々。朝から晩まで工場で機械のように働いていた。そんな時に判明したのが妻(当時未婚)の妊娠・・。この出来事を機に僕らは結婚し、僕の地元へと移った。そんなキュ-ピット的な運命の第1子。長女がこの世に生を受けていなかったら、僕らは未だに外国を彷徨っていたかもしれない。もう十分楽しんだだろ、そろそろ真面目に働けよ、という神のお告げなのだと感じた。それから20年以上もの歳月が流れ、気が付くと僕らは40代半ばになっていた。しかし昔と変わらないこともある。第7子が誕生したことで、一人子育てを終えた今でも、またゼロから子育て(振り出しに戻った)という、若しこの感覚。周りはこのことを、『±0(プラマイゼロ)』と簡単に言うが、とても一言で済ませれるものではない。我が家では毎年誰かしらの卒業と入学が必ず有り、子育て歴は全うすれば通算40年にも及ぶ。人生の半分を子育てに費やすということは、ある意味凄いことではないだろうか。
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成人式の前撮り撮影
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振袖を着て20ポ-ズ

成人式にどれくらいお金がかかるのか・・。これは実際に娘を成人させた親にしか分からない。何せ振袖が驚く程に高く、娘のもので45万円(そう言えば昔僕が借金を払わされていた妻の着物は一体何処へ)。勿論もっと高いものや、もっと安いものは当然あるが、いずれにせよバカ高い。妻はこの冬僕がスリランカに行っている際(それも帰国直前に慌てるように)、僕に一言も相談することなく無断購入という強行策に出た(買わせないと思ったのだろう)。当然後に大喧嘩となり、しばらく重い空気が流れていた。ただ、購入でまだ良かった。購入代の高さなら多少は納得出来るが、何故レンタルに20万円もするのかが僕には到底理解不能だ。長女の後に妹が4人控えていることを考えると、妻がした購入という選択は正しかった。振り袖姿での記念撮影は成人式当日ではなく、前撮りという形で事前に行われる。購入に際して僕は関われていないので、あの45万円に何が含まれているのかは知る由もない。しかしこの前撮り撮影(その際の着付け、ヘア-メイクも)は当然含まれているということで一安心。

そして迎えた8月12日。帰省した長女を筆頭に、家族(長男以外)全員で着物屋へと出かけた。家族の見守る中、慌ただしく撮影は進んでいき、20ポ-ズ(1ポ-ズ当り3枚~6枚)をもって撮影は終了。その後僕ら夫婦と長女が画面の前に座り、各ポ-ズの中からベストな写真を選んでいく。・・はいいが、驚くことにアルバム代は別料金らしい。その金額は更に驚きの、12万円(+税)。2枚までの台紙印刷なら無料らしいが、写真を増やしてアルバムにするとそれくらいの金額になるという。1ポ-ズ追加に1万円とあるので、単純に計算しても20ポ-ズでは20万円相当の撮影となる。そう考えると、折角撮影したポ-ズも商品化しないと勿体なく思えてしまう。半ば誘導的な、考える隙を与えないセコい商法に負け、10面15ポ-ズという上から二番目に高いプランに渋々決定。それから1ヶ月半、僕的にはアルバムの仕上がりに不満足。全画像(単独で購入だと2万円+税)の入ったCDが貰えるのは嬉しいが、写真容量が小さく2Lサイズまでしか対応出来ないのにはガックリした。次以降はもう少しアルバムの作製に吟味し、二度と同じ過ちを犯さないようにしたい。

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妹弟と  ※大泣き(五女)、靴下穴開き(四女)、裸足(三女)、欠席(長男)

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一歳の一升餅

一歳の一升餅。1歳までに歩くことが出来たなら一升餅を背負わせてお祝いをする、という風習がある。祝いの詳細は知らないが、15年前に第3子の穂乃花の際も、このお祝いをしていた。それ以来1歳前に歩いた子は何人かいたと思うが、このお祝いは我が家では長らくご無沙汰であった。しかしこの一花、さすがに歳の差43も離れれば孫のように可愛い・・。という訳で、今回に至る。つい先日までのハイハイが大変懐かしくさえ思う。僕が実家で死にかけていた頃(佐渡208㌔の代償)、久々(9/23)に会った一花は上手に歩けるようになっていた。その以前から2歩3歩ヨチヨチ歩きはしていたが、もうこんなに歩けるんだ・・と病状の僕は驚いた。そしてその出来事を機に、僕は地獄の底から這い上がった。

『一升餅(一生餅)』とは、一升分のお米(約1.8kg)を使って作る餅のこと。実際は蒸して餅をつく為、2kgくらいの重さになるようだ。 一升餅の一升(いっしょう)と、子供のこれからの一生(いっしょう)を掛け、一生食べ物に困らないようにと願いが込められている。 満1歳の誕生日に一升餅を背負わせてお祝いをする、というのが全国的な慣わしのようだが、呼び名や方法など地域によって異なっている。あまり早くに歩き始めると、大きくなってから親から離れた所に行ってしまうということで、わざと重い餅を背負わせて遠くに行かないでと願うものなのだ。
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一花(第7子、五女)1歳  ※平成29年10月1日撮影
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1歳前に歩いたので一升餅を担がせた

今頃になって”一升餅は何なのか・・”の詳細を知ると、我が家の一升餅はかなり適当だったのだと恥かしい気分になった。まず”一升餅”とは言いつつも、重さは800㌘(市販の丸型餅で代用)しかなかった。それに”誕生日に行う”ということは、全くの想定外。先程はパジャマ姿で撮っていたので、余所行きの服に着替え、テイク2。しかしいい加減飽きてきたようで、終始大泣きだった。子供にとってはただのいい迷惑で、『何をこんな重いものを背負わせているんだ・・』と親を不審に思っていたに違いない。しかし子供には申し訳ないが、大概こういう場面で親は笑っている。親から遠く離れた所に行ってしまわないように・・・。このテイク2の泣き様から、この子は大人になっても僕ら夫婦の近くに居てくれそうな気がした。
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先程はパジャマだったので、いい服に着替えたが
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終始大泣き
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おしるこで頂いた

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七児誕生

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分娩室  ※歩き回って陣痛の波を誘発
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子宝草

平成28年9月22日(祝)9時25分、第七児誕生。身長50cm、体重3054g。激戦を終えた妻の表情は、実に晴れやかである。前回は運悪く出産に立ち会えなかったが、今回は祝日ということもあり、子供共々その一部始終を見届けてきた。女性が命を懸けて挑む大仕事、出産。鼻の穴からボ-リング玉が出る程痛い・・んだとか。その痛みは男では耐え難いこともあり、神様は強い女性の方にその使命を与えた。男の僕には、妻が味わう苦しさは分からない。しかし幸いにもウルトラをやっている今だからこそ、出産を何度も経験してきた妻の凄さにようやく気付くことが出来た。

一見辛いだけのウルトラマラソン。僕は走ることは好きではないし、目標としてしまったが故、仕方なく毎日走らされている。僕はこの『出産』というものは、ウルトラでいう『250㌔(さくら道、スパルタスロン)』に匹敵する偉業だと思う。胎児を身ごもり(大会出場を決意し)、日々耐え難い程のつわり(練習)に苦しむ。その期間1年弱。そしてその辛さに打ち勝ちようやく立つことが出来た夢舞台、出産(大会)。しかしその本番では、これまで味わったことのない辛さ苦しさが何時間も容赦なく襲い続ける。もうヤメてしまいたい・・。しかし昔から、この世の女性達はこの大仕事をいとも簡単に成し遂げてきた。そして果敢にも250㌔に挑んだランナ-達、幻覚や幻聴と闘いながらも夜通し走り続け、強い意志のみでゴ-ルの重い扉をこじ開ける。僕はまだ、何者でもない。ただ、こんなにも近くに、こんなにも偉大なランナ-がいたなんて今まで気付かなかった。

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命を懸けて
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得たもの
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それが、母子の絆

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胎児(第7子)エコ-画像

すごい時代になったものだ。それは最新技術しかり、サ-ビスしかり。実は僕の妻はこの秋(9/16分娩予定)、第7子を出産する。さすがにもう子供は増えないだろうと、赤ちゃん用品をほとんど処分してしまった矢先の出来事(妻からの懐妊の知らせ)であった。一番上の長女(第1子)がこの春から大学生だから、19歳離れた姉妹となる。それを考えると、孫であっても別段おかしくはない。ただでさえ第6子が孫のように可愛いのに、43歳で授かったベイビ-は一体どれくらい可愛いのだろうか。今では想像も出来ない。

さすがに20年近く(第7子が成人するまでとなると40年)子育てに関わっていると、時代の進化というものを少なからず感じることになる。白黒のエコ-画像は20年前からあったような気もするが、3Dのリアル画像まではなかったように思う。それに3Dのリアル画像が出るようになってからも、それをデ-タ(MP4ビデオ)で頂ける(専用のUSBメモリ-のみ最初に2000円で購入)なんて、少なくても4年前の別の産院ではなかった。ついにサ-ビスもここまで来たか・・。そう思わざるを得ないほど、夫婦して心底驚いた。

閉じた目や鼻や口はもちろん、顔の骨格や手や足、その指先までもが鮮明に映し出されている。リアル過ぎて正直怖く感じるが、胎児は母の腹の中で精一杯今を生き抜いている。僕や子供達は腹の中の赤ん坊とは当然まだ会話は出来ていないが(妻はたぶん出来ている)、既に我が家の仲間入りを果たしているかのように思えた。問題は第6子のタイシ。これまでが天下だっただけに、間違いなく赤ちゃん返りするだろう。家を出て行った長女とは、ほとんど面識のない姉妹となる。その長女が早く子供を産んでくれれば、サザエさん状態(カツオとタラちゃんのような関係)も狙える。自分で墓穴を掘ってしまったので、最低でももう20年は必死に頑張らなければならなくなった。
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