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スプリットの宿~中欧周遊編(14)

2019年1月2日
ドゥブロヴニク~スプリット



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世界遺産 スプリットの史跡群とディオクレティアヌス宮殿 (1979年登録)


アドリア海沿岸最大の港町、スプリット。
古代ロ-マ皇帝ディオクレティアヌスが300年頃に造ったディオクレティアヌス宮殿は、7世紀のスラヴ人の攻撃により崩壊。
住民は朽ちた宮殿の資材を利用し、家や道路を再建した。
この宮殿は頑丈な城壁で囲まれ、ロマネスク様式の大聖堂や、ア-チ状の天井を持つ神殿が今も残されている。

時代の変遷を経て、様々な時代の建物が並び、宮殿と一体となった町が形成され、これらの史跡群は1979年に世界遺産に登録された。

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| '19中欧周遊編 | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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アドリア海の真珠~中欧周遊編(13)

2019年1月1日
モスタル~クロアチア・ドゥブロヴニク



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世界遺産 ドゥブロヴニク旧市街 (1979年、1994年登録)
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アドリア海に陽が沈む


アドリア海に突き出た城塞都市、ドゥブロヴニク。
町を囲む城壁は8世紀頃に建築が始まり、町の拡張とともに広がっていった。
『アドリア海の真珠』と呼ばれるクロアチアきってのこの観光地は、ラグ-サ共和国として15~16世紀にはヴェネツィアと並ぶ貿易都市として栄え、今も旧市街には当時の面影が色濃く残っている。

この美しい旧市街は1979年に世界遺産登録されたが、1991年に始まったクロアチア独立戦争の際、旧ユ-ゴスラヴィア連邦軍の攻撃により旧市街も大きな被害を受け、『危機にさらされている世界遺産リスト』に挙げられる。
しかし終戦後に修復が進み、1994年に改めて世界遺産に登録されることになった。

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山中和紙で作られた巨大こいのぼり

春の遅い雪国飛騨地方では、雛祭りや端午の節句など季節の祝い事は、1ヶ月遅れで祝うのが昔からの慣わしとなっている。そこで6月5日の端午の節句に合わせ、野外博物館『飛騨の里』で、和紙で作られた巨大こいのぼりが展示されている。そんな情報を中日新聞朝刊の飛騨版で目にし、早速その日家族で見に出かけてきた。こいのぼりは1930年代に飛騨市河合町の伝統工芸品『山中和紙』で作られたもの。全長9.5m、胴回り3.5mととてつもなく大きく、県重要文化財の合掌家屋『旧西岡家』で毎年2部屋にまたがって展示されている。1世紀近くもの長きにわたり原形を保っていること自体、山中和紙の強さの表れでもある。ちなみこの春中日に入団した根尾選手の出身校である河合小学校では、確か卒業証書をこの山中和紙で作っていたはずだ。
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巨大こいのぼり  ※飛騨市河合町の伝統工芸品『山中和紙』で1930年代に作られた
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全長9.5m、胴回り3.5m、尾びれの高さ2m、目玉径50cm、口の大きさ85cm

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| 日本の旅 | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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スタ-リ・モストで年越し~中欧周遊編(12)

2018年12月31日
サラエヴォ~モスタル



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世界遺産 モスタル旧市街のスタ-リ・モストと周辺 (2005年登録)


ここはモスタル、スタ-リ・モスト。
1566年オスマン朝支配下の時代に建てられた、ア-チ形の石橋のことをそう呼ぶ。
その下をネレトヴァ川が流れ、東側はムスリム人、西側はクロアチア人と住み分けされている。
ボスニア語で『モスタル』とは『橋の守り人』という意味を持つ。
そんな町の象徴であるこの橋も、紛争中の1993年11月に破壊されてしまったが、ユネスコの協力によって2004年に復元された。

今日は1年の最後の日、大晦日。
日本時間の年越しを、川の畔でスタ-リ・モストを眺めながら迎えることにした。
”中欧”と言えば、何と言っても”2㍑の激安ビ-ル”だろう。
これをラッパ飲みで豪快に飲みながら、寒さに震えつつも、大変心に残る年越しを過ごすことが出来た。

橋の上から若者が爆竹を落とし、今日のこの日を祝っている。
点火した爆竹は水面に落ちる直前に火花を散らし、『パン、パン』と鉄砲音のような甲高い音が周囲一帯に鳴り響く。
日が暮れると、スタ-リ・モストにも明かりが灯され、橋は夜の井出達に姿を変えた。
これから大晦日の夜が始まる。
本当はもう少し長く滞在したかった、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ。
しかし僕らは明日の朝、一路クロアチアへと向かう。
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日本時刻で年越しを祝う  ※現地時刻は日本より8時間遅い16時

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| '19中欧周遊編 | 09:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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サラエヴォの夜景~中欧周遊編(11)

2018年12月30日
~ボスニアヘルツェゴヴィナ・サラエヴォ



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サラエヴォ旧市街の中心、バシチャルシァ広場


国土の中央部をディナル・アルプス山脈が走り、2000m級の峰々が連なる、ここボスニア・ヘルツェゴヴィナ。
この山脈の北部をボスニア地方、南部をヘルツェゴヴィナ地方と呼び、これを合わせた呼称が国名となっている。

カトリック、セルビア正教、そしてイスラム教・・。
3つの民族が共存し、異なる民族同士の結婚はごく当たり前のことだった。
1995年まで続いた、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争。
約20万人の死者と約200万人以上の難民を出した紛争は、家族に国境を引こうとする愚行なものだった。

首都サラエヴォにあるアヴァズ・ツイストタワ-は2009年に完成したこの国で最も高いビル。
この展望台から望む町の夜景に、僕は思わず心を奪われた。
1984年冬季オリンピックの開催地でもあったサラエヴォは、多くの危機を乗り越え、今ではこんなにも光り輝いている。
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サラエヴォの夜景

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| '19中欧周遊編 | 18:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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