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チェコのビ-ル~中欧周遊編(31)

2019年1月17日
テルチ~チェスケ-ブディェヨヴィツェ



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ビ-ルの町のモニュメント  ※バドワイザ-の名はこの町のビ-ルに由来する


『チェコ』と言えば、『ビ-ル』。

『ビ-ル』と言えばこれまでは『ドイツ』かと思っていたが、今回の旅で、僕の中では『チェコ=ビ-ル』と定義付けされた。
元々チェコのプルゼニュは、ピルスナ-ビ-ル発祥地でもある。
ピルスナ-ビ-ルとは下面発酵(ラガ-タイプ)のビ-ルのことで、1842年にプルゼニュで誕生した。
ボヘミアの軟水と大麦、ホップが合わさることで、これまでにない淡い黄金色のビ-ルが奇跡的に生まれたのだ。

昨年の東欧の旅でも2㍑ビ-ルをよく飲んでいたが、今回の中欧の旅でも、チェコに入って以来からだろうか、1.5㍑か2㍑のビックボトルを1日1本ノルマとして飲んでいる。
明らかに飲み過ぎのような気もするが、やはりこれくらい飲むと、さすがに飲んだ気にはなる。
値段が安いことでつい調子に乗っているが、最近では腹も出て、無駄なぜい肉も付いてきた。
それは鶏の丸焼きばかり食べていたせいで、ポッコリお腹になったナナも同様である。
二人とも日本に帰ったらまず、ダイエットから始めなければならない。

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| '19中欧周遊編 | 18:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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テルチの山小屋風ロッジ~中欧周遊編(30)

2019年1月16日
ブルノ~テルチ



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世界遺産 テルチ歴史地区 (1992年登録)


長閑過ぎる町、テルチ。
テルチ城東に広がる大きな池の畔にあるベンチに座り、凍りついた池をぼんやりと眺めている。
この池は果たしてどれくらい凍りついているのだろうか。
先程からナナは雪玉を遠くへ投げ飛ばし、凍りついた氷面に穴を開けようとたくらんでいる。
しかし雪玉は軽く、表面に落ちるなり直ぐに弾き飛ばされ、まるで相手にされていない。
ならばと、大きな石を投げていたが、やはり結果は同じだった。

氷の上は歩けるかもしれないが、歩けないかもしれない。
池の鑑賞にも飽きてきたので、畔に設けられた遊歩道を、靴を濡らしながら歩いてみる。
この町の中心となるのが、ザハリア-シュ広場。
ここに整然と並ぶカラフルな建物を見ていると、自分がおとぎの国へと紛れ込んでしまったかのような錯覚に陥る。

元々このような町並みが出来たのは、1530年の大火まで遡る。
この時テルチの町は全焼してしまったが、領主ザハリア-シュの意向により、建替える家は全てルネッサンス様式と初期バロック様式に基づいて建てられた。
災難を逆手にとった逆転の発想で見事世界遺産の称号を勝ち取り、今では『モラヴィアの真珠』とまで呼ばれるようになった。

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| '19中欧周遊編 | 00:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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トゥシェビ-チ~中欧周遊編(29)

2019年1月15日
ブルノ~トゥシェビ-チ~ブルノ



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世界遺産 トゥシェビ-チのユダヤ人街と聖プロコピウス大聖堂 (2003年登録)


かつて南モラヴィアの中心都市として栄えた町、トゥシェビ-チ。
12世紀初頭にモラヴィア公爵が修道院を築いたことにより町が開かれ、13世紀に聖プロコピウス大聖堂とカレル広場が築かれたことで町は発展してきた。
しかし1468年に起こったハンガリ-軍の侵攻により町は衰退し、完全に復興が果たされたのは18世紀に入ってからのこと。

また、ここトゥシェビ-チにはチェコ最大規模のユダヤ人地区が残されており、各地でユダヤ教徒が迫害されていた時代に、この町では500年もの長きに亘り、キリスト教徒とユダヤ教徒が共存する社会が築かれていた。

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嗚呼、幸せ・・

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| '19中欧周遊編 | 10:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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音楽とビ-ル~中欧周遊編(28)

2019年1月14日
クトナ-ホラ~ブルノ



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世界遺産 ブルノのトゥ-ゲントハ-ト邸 (2001年登録)


チェコ第2の都市、ブルノ。
この町での宿探しにはさほど苦労しなかったが、何せ町に辿り着くまでに少々手こずった。
しかしこの町で見つけた宿はそんなことを忘れさせてくれるくらい、僕は結構気に入っている。
最上階にある唯一の屋根裏部屋には、高さのあるダブルベットとシングルベットが置いてある。
シングルベットの方は屋根と同じ高さに位置し、屋根に積もった雪や通りの夜景を寝ながらにして望むことが出来、中々おつなものだ。

部屋から階段を下りると、直ぐ下のフロアには共同のキッチン兼リビングル-ムがあり、キッチンはお洒落に仕立てられ、無料のコ-ヒ-、紅茶含め、器具は一式が揃っている。
客人はほとんど来ず、ラジオからはいかした洋楽が次々と流れてくる。
どれも大概聴いたことのある曲ばかりで、気分は自ずとハイテンションになってくる。
僕は音楽がない静まり返った空間は超苦手で、普段仕事中も事務所では常にインタ-ネットラジオから洋楽を流している。

チェコはビ-ルが異常に安く、町の立ち飲み屋も大変気に入った。
この国の国民1人当たりのビ-ル消費量は世界一であり、日本人の3倍にも及ぶ。
チェコではビ-ルを『飲むパン』とも呼び、朝食代わりにビ-ルを飲むことすらもあると言う。
やはりビ-ルはジョッキで飲むのが一番美味いと感じている。
ジョッキで飲めば、一晩で1.5㍑や2㍑くらい実に容易い。
ス-パ-で売ってある常温のビックボトル(激安のペットボトル)のビ-ルさえも、こうしてジョッキで飲むと、店で飲むサ-バ-の生ビ-ルと味は大して変わらない。

音楽と、ビ-ル。
この2つさえあれば、僕は他に何もいらない。
ラジオからは又もいかした曲が流れてきた。
最近寝不足気味ではあるが、何だか寝る時間が勿体ないように思えてならない。
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音楽とビ-ル

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| '19中欧周遊編 | 09:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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クトナ-・ホラ~中欧周遊編(27)

2019年1月13日
~チェコ・プラハ~クトナ-ホラ



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世界遺産 クトナ-・ホラ (1995年登録)  ※セドレツの聖母マリア大聖堂
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世界遺産 クトナ-・ホラ (1995年登録)  ※聖バルバラ教会


13世紀後半、セドレツの修道院長がエルサレムにある聖墓から持ち帰った一握りの土をこの地に巻いた。
以来、この墓地教会(納骨礼拝堂)は聖地と見なされ、埋葬を望む者たちの遺体がボヘミアだけでなく、中央ヨ-ロッパ各地から集まるようになった。
フス戦争やペストによる何万人もの犠牲者も、今もこの場所で眠っている。
初めて人間の骨が積み上げられたのは1511年、半盲の僧侶の手によってであった。
そして現在見られる巨大なシャンデリア等の装飾は1870年頃、チェコの木彫り師フランティシェク・リントによって作られた。
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墓地教会(納骨礼拝堂)
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4万人もの僧侶の骨で飾り付けられている

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| '19中欧周遊編 | 21:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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