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雲上にて~東欧周遊編(32)

2018年1月18日
アテネ~アブダビ~



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雲上にて

現在、イラクの首都バグダッド上空を、僕らを乗せたエティハド航空EY090便は飛んでいる。
後2時間程で、乗り継ぎ地のアブダビへと到着する予定だ。
ギリシアの首都アテネからUAE(アラブ首長国連邦)の首都アブダビへのフライトは4時間40分、そしてアブダビ到着は20:15となる。
日本との時差は7時間から5時間に縮まり、アテネから時計を2時間進めることになる。

そして先程、ようやく機内食が配られた。
離陸してから既に2時間近く経っていたので、随分と待ちくたびれた頃の提供となる。
窓側席の眼下には、赤茶けた大地が広がっている。
何だか少し眠くなってきた。
アブダビまでの残りの時間、音楽でも聴きながら少し眠っておこうと思う。

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| '18東欧周遊編 | 23:50 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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マラソン発祥の地を訪ねて~東欧周遊編(31)

2018年1月17日
アテネ~マラトン~アテネ



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マラトンの戦い
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当時の戦死者を祀る塚、ティムボス


マラソン競技発祥の地、マラトン(Marathon)。
紀元前490年夏、アテネに向けて進撃しようとしたペルシアの大軍をギリシア人とプラタイア人の連合軍が打ち破った。
このマラトンでの戦いの勝利をアテネに伝える為、一人の伝令が選ばれた。
彼は約42kmの距離を力走し、アテネに着いて勝利を伝え終わると、疲れ果てて息を引き取ったという。
その伝令の功績を記念し、第1回近代オリンピック大会にマラソン競技を約40kmの規定距離で採用したと言われている(作り話と言う説もあるが・・)。

そして2004年、アテネオリンピックのマラソン競技はここマラトンからスタ-トした。
ゴ-ルは戦争当時と同じくアテネ、1896年に第1回近代オリンピック大会が開かれたパナティナイコ・スタジアムである。
そして号砲が鳴り2時間26分、気温30度を超える酷暑の中、スタジアムに最初に現れたのが、
日本人、野口みずき選手である。

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| '18東欧周遊編 | 09:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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国立考古学博物館~東欧周遊編(30)

2018年1月17日
アテネ



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馬に乗る少年  ※エヴィア島アルテミシオンの沖で発見されたブロンズ像
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ポセイドンのブロンズ像


国立考古学博物館。
ここはギリシア全土(クレタ島を除く)の遺跡からの出土品のほとんどが収められているという、国内最大規模の博物館。
展示品は先史時代(紀元前31~紀元前12世紀)から後期ロ-マ時代に亘る彫刻やブロンズ像など各コレクションでまとめられ、更に年代ごと計56の部屋に分けて展示されている。

ポセイドンのブロンズ像。
1928年、エヴィア島アルテミシオンの海底から偶然発見された。
なぜ海底から見つかったのかは判明されていないが、国外へ持ち出そうとした船が難破した為とも言われている。
エギナ島の彫刻家オナタの作品とされ、その均整の取れた筋肉質の体と威厳のある顔、美しくまとめられた髪など美の極致とも言われている。

黄金のマスク。
ミケ-ネ遺跡の円形墓地で発掘され、ドイツ人考古学者シュリ-マンがアガメムノン(ギリシア神話の英雄)のものであると主張した為、別名”アガメムノンのマスク”と呼ばれていた。
しかし、後にアガメムノンの時代よりも以前のものであると判明した。
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黄金のマスク

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| '18東欧周遊編 | 09:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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世界遺産 ダフニ修道院 ~東欧周遊編(29)

2018年1月16日
アテネ~ダフニ~アテネ



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世界遺産 ダフニ修道院 (1990年登録)
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ビザンティン時代のモザイク画はかなり貴重だ


あと40分程で陽が沈む。
今僕はリカヴィトスの丘に登り、間もなく沈むであろう太陽を、一人黄昏、静かに見守っている。
強い陽射しを放すアテネの太陽は、現在パルテノン神殿の真上辺りに昇っている。
眼下にはアテネの町が広がって見え、陽の沈む先には海が見える。
今回の旅で、幾つか印象に残る夕陽を見てきた。
トルコのギョレメやパムッカレ・・。
奇岩や石灰棚で見た夕日は素晴らしかったが、ともに湯が沈む前にどこかに隠れてしまい、どこか物足りない幕切れとなった。
果たして今回はどんな終焉を僕に見せてくれるだろうか。

この丘へは麓からケ-ブルカ-で登ってくることも出来るが、僕らがそんな贅沢なものに乗るはずがなく、当然麓から歩いて登ってきた。
その道中で少し話をしたアジア系の青年が、僕の隣に座り一緒にその瞬間を待っている。
今居る僕の場所が、おそらくベストポジション。
正面にパルテノン神殿を見据え、その奥には沈みゆく太陽と広がる大海原。
その彼、中国人かと思っていたが、訊けばシンガポ-ル人だと言う。
シンガポ-ル大学に通う彼曰く、サンセットは17時半らしい。
僕はここで夕陽を見送った後、今度はそのまま夜景も見てから下りようと思っている。
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リカヴィトスの丘から望む夜景

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| '18東欧周遊編 | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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22年ぶりのアクロポリス~東欧周遊編(28)

2018年1月15日
カランバカ~アテネ



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22年前のヨ-ロッパ旅(当時23歳)  ※この翌年に第1子を授かった
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タベルナでの豪華な食事(アテネ)  ※5000Drくらいだと思っていたら驚きの13800Dr(約7000円)


その昔僕と妻(当時未婚)が若かった頃、この地には一度来たことがある。
ギリシア・アテネ、アクロポリスの丘・・パルテノン神殿。
ヨ-ロッパを3ヶ月旅していた僕らは、いつしかこの地に降り立っていた。
どの国から入ったのかはよく覚えていないが、中欧、東欧は今回の旅が初めてであることを考えると、やはりイタリアから海を渡って来たように思う。
覚えていることと言えば、グリ-スコ-ヒ-のあの少なさや、白く濁る国民酒ウ-ゾ。
アテネの娼婦宿に泊まったが、路上入口には確か娼婦が立っていた。
タベルナでは食べるな・・、その教訓は今も活かされている。
それに無名戦士の墓やパルテノン神殿なんかも記憶に残っている。

そして今、その地に再びやって来た。
今度は彼女の娘ナナ(第5子)と一緒に・・。
いつか絶対に出なければならないと強く思っている大会が僕には二つある。
一つは3年前に走り始めるきっかけとなった、さくら道国際ネイチャ-ラン(名古屋~金沢250㌔、36時間制限)。
この大会に出ることだけを目標に、僕は日々走っている。

そしてもう一つが、ここギリシアで行われるスパルタスロン。
ウルトラマラソンの世界最高峰とも言える歴史あるこの大会は、このパルテノン神殿をスタ-トし、36時間以内に245㌔先のスパルタを目指すというもの。
僕自身未だ亀の如く一歩一歩しか進めてはいないが、目標とする『さくら道』を完走した暁には、次にスパルタスロンに出ようと心に決めている。
僕の旅はあの頃のまま、今も尚続いているのだ。
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世界遺産 アクロポリス遺跡 (1987年登録)  ※パルテノン神殿
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リカヴィトスの丘

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| '18東欧周遊編 | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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