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国境の町~インドネシア編(4)

2019年12月25日
クアラルンプ-ル~ジョホ-ルバル



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インド食堂  ※左手を出していないのは、行儀のいい証


今夜も再び、インド食堂。
僕らは今、この町で見つけたインド食堂で南インドカレ-を満喫し、食後にチャイを飲んでいる。
クアラルンプ-ルで是非もう一度食べておくべきだったと悔んでいただけに、ここジョホ-ルバルの町で偶然インド人街を見つけた時は心底嬉しかった。
探すべきは、ヒンドゥ-寺院。
ヒンドゥ-寺院があれば、寺院に供える為の花屋があり、インド人が集まり、食堂がある。
従って、寺院さえ見つければ、逆算してインド食堂に有りつけるという目論見だ。

ロ-カルな店ではどこも大概英語は通じないが、先客が食べている料理を指さし、それを2つくれ!と頼めばいいだけだ。
現地語で値段を尋ねても、どうせ返答までは理解出来ないので、あえて訊いても意味がない。
実際、今回店員との意思の疎通が今一だった為、危うくバナナリ-フとド-サの二重注文をしてしまうところだった。
正しくは、二重注文をしてしまい両方とも出てきたが、後に頼んだド-サをドタキャンし、店には本当に申し訳ないことをした。
寺院前の通りには賑やかなインド音楽が流れ、隣の客はド-サを食べ、別の客はチャイを飲みスマホにふけっている。

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| '20インドネシア編 | 10:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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インド人街~インドネシア編(3)

2019年12月24日
クアラルンプ-ル



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KLタワ-
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ペトロナス・ツインタワ-


マレ-シアの中にあるインド世界、リトル・インディア。
その名が示している通り規模こそ小さいが、束の間のインド世界を味わうには充分であった。
世界の人口約77億人の約4割を占めるのが、中国(14億人)とインド(13億人)の二大国。
インドの人口が10年以内に中国を抜き、トップに躍り出るとの見通しも明らかになっている。
どこの国でも見かけるチャイナタウンに対し、インド人街はあまり見ることはない。

インド好きの僕としては、この町にインド人街があることを知った時点で訪れることは必然的に確定した。
見るからに美味しそうな大衆食堂を見つけ、中に入り、皆が食べている料理を指さしオ-ダ-。
客層は全てインド人のようで、自ずと僕もハイテンションになってくる。
テ-ブルの席で料理を待っていると、直ぐに料理が運ばれてきた。

先ずテ-ブルの上に大きなバナナの葉が敷かれ、おかずが一品づつ、運搬用容器から葉の上に注がれる。
続けてライスの入った大容器を持った別の給仕が現れ、これでもかというくらい葉の上にライスを盛り付けていった。
テ-ブルにはベジタブルの容器も置かれ、これは自分で好きなだけ注ぐことが出来るようだ。
料理が一通り出終えると、ナナは迷わず右手のみで食べ始めた。
3年前のスリランカでは、毎日右手でカレ-を食べていただけに、そのへんは慣れたものだ。

大盛りセットをむさぼるように各々容易く平らげ、店員を呼び、更に大盛り一式(ライスとおかず)をフルで頂いた。
2人とも、大盛りセットを丸々2人分食べ切り、お腹も心も大満足となった。
スリランカもそうだったが、インド系の店は客が腹一杯になるまで食べさせてくれるのが嬉しい。
勿論2人前食べたとしても、お代わりの代金なんかは取らない。

他の客にならい食後にはチャイを注文し、余韻に浸りながら、しばしインド世界で寛ぐ。
暑いクアラルンプ-ルにあって、ここはエアコンもよく効き、トイレもあって申し分ない。
店内にはインドの音楽が流れ、雰囲気も抜群にいい。
やはりインドが一番いいな・・。
インド人にはなれなくても、やはりもう一度インドへは行かなければならないなと思った。

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| '20インドネシア編 | 13:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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暑さと寒さと~インドネシア編(2)

2019年12月23日
名古屋・中部国際空港~ホ-チミン経由~マレ-シア・クアラルンプ-ル



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KLのチャイナタウン


ここはマレ-シアの首都、クアラルンプ-ル。
市中心部から60km離れたクアラルンプ-ル国際空港(KLIA)に18時半到着し、チャイナタウンの宿にチェックインしたのが21時半のこと。
宿は日本で予約してきたのだが、雨の中、その宿に辿り着くまでが思いの外大変だった。
何せ雨の闇夜は視界がぐっと狭まり、現地の人に地図やアドレスを見せて尋ねても、誰もその宿のことを知らない。
ある意味これも立派な『宿探し』なのだろうが、これはいつものように『泊めてもらえる宿』を飛び込みで探すものではなく、単に予約した宿を探すだけの作業であり、精神的にはまだ楽だった。

夜も深まった22時過ぎ、チャイナタウンへと繰り出し、目抜き通りのプタリン通りを彷徨い歩く。
まだ営業している食堂を幾つか吟味し、一番安そうな店で遅い夕食をとることにした。
東南アジア特有のじめっとした空気が、僕の額から大粒の汗を流す。
その上、温かい食事を口にすることで、体の芯から次々と汗が噴き出してきた。
正面に座るナナを含め、周りを見渡しても誰一人汗など搔いてはいない。
なんか太った人みたいでかっこ悪いが、基本的に僕は暑いのが苦手で、僕の体はこの暑さに全く順応していないようだった。

食事を終え、宿に戻りシャワ-を浴びると、既に23時半を回っていた。
暑苦しい外から部屋に戻ると、本来エアコン付きの部屋は贅沢に思えるはずだ。
しかしこの宿には、思いもよらぬ欠点があった。
エアコンが全く効かないとなれば当然問題だが、この部屋はその逆で、恐ろしい程に寒いのだ。
一応リモコンはあることはあるが、何故か温度調整が出来ない。
その上致命的なのが、何故かスイッチが切れないときた。
暑苦しいこの東南アジアで、僕らは薄毛布にくるまり、一晩中寒さに震えていた。

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| '20インドネシア編 | 09:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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旅の概要~インドネシア編(1)

我が家の第5子ナナとの旅も、今回の旅で最終章を迎える。
昨年、一昨年とハ-ドな旅が続いたので、最後くらいのんびりとした旅がしたかった。
それに3年前に訪れたスリランカの海が印象深いだけに、もう一度ナナと海を見たかった。
そして僕らが今回行き先に選んだのが、マレ-シアとインドネシア。
マレ-シアはオ-プンジョ-のチケットを有効活用したもので、レゴランドをメインに置いた。
事前に名古屋のレゴランド・ジャパンにも行っておいたので、比べる意味でも楽しめた。
インド人街やチャイナタウンが気に入り、特にインド料理はよく食べた。

高速フェリ-でマラッカ海峡を渡り、インドネシアのスマトラ島へと入る。
スマトラ島はとても素朴な島だった。
ジョニ-のバイクでジャングルへ行き、そこで見た世界最大の花ラフレシアは見応えがあった。
計画段階から最もネックになっていたのが、スマトラ島からジャワ島への長距離移動。
大晦日、元日と丸々潰し、48時間バスに乗ることを当初予定していたが、実際バスを見て、とてもこの苦行に耐えれそうにないと諦めた。
これまで旅行中に国内線を使ったことは一度もないが、ここはジャカルタまで飛ぶことにする。
金額も驚く程変わらないし、広大で不便の多いこの国では飛行機はメジャ-な移動手段だ。

こうして辿り着いた、ジャワ島。
インドネシアの首都ジャカルタは、ただ広いだけで何一つ魅力を感じなかった。
古都ジョグジャカルタを拠点に、世界遺産のボロブドゥ-ルやプランバナンを訪れる。
12月、1月のこの時期は雨季となり、毎日どこでかしら雨が振り嫌らしかった。
そして迎えた2泊3日のブロモ、イジェンツア-。
今回の旅のハイライトとも言うべきこのツア-は、別の意味でハイライトとなった。

2日目に訪れた、活火山ブロモ山。
登山自体は所詮散策程度なのだが、軽い気持ちで挑んだお鉢巡りが僕らの人生を左右した。
火口からは噴煙が舞い上がり、辺りには硫黄臭が漂っている。
お鉢を3分の2程進んだ所に祠があり、ここを境に尾根は途端に急峻になってきた。
同じ頃居合わせた単独女性は何の迷いもなく、先へ先へと進んでいる。

急峻な痩せ尾根ではあるが、最初の内は少し緊張する程度で進めていた。
しかしいつしか事態は深刻になり、とても二本脚では立っていられない状態に陥ってくる。
もし体勢を崩し右に落ちれば火口目掛け一直線、左に落ちても奈落の底。
日本のように救助体制など整っていないだろうし、万が一滑落すれば自己責任だと軽く見放されてしまいそうな嫌な空気すら感じていた。
どんなことがあろうと、ここは事故だけは起こしてはならない。
堪らず尾根に尻をつけ、馬乗りになって進むしかなかった。

この時点で戻る選択を取れれば良かったが、明らかに進んだ方が近いし、尾根を戻るという選択も危険でしかなかった。
やがて更に事態は悪化し、完全に尾根は尖がり、馬乗りすることさえ不可能になった。
僕とナナどちらが落ちても、この旅は最悪の結末を迎えて終わる。
考えたくもないシナリオが頭に浮かぶ僕、ナナも必死に命を懸け頑張っている。
・・その後幸いにも僕らは無事生還し、抱き合い、大声を出して喜びを分かち合った。
若干小6にして生きるか死ぬかの体験をさせてしまったことを、僕は今でも悔んでいる。

ジャワ島からバリ島へとフェリ-で渡る。
リゾ-ト地として有名なバリ島ではあるが、別段美しい海ではなく、少し拍子抜けした。
何よりバリ島、特に中部は驚く程暑く、とても観光どころではなかった。
町歩きは拷問に近く、1時間も歩けばフラフラになり倒れそうになる。
リゾ-ト気分を求めた観光客も多かったが、とてもこの島ではリゾ-トなんか出来ないと思った。
そんな悲惨な状況下、プ-ル付きの安宿には随分助けられた。
僕らはバリ島では観光ニ-ト状態で、ほとんど宿から出なかった。

再び海を渡りジャワ島へと戻る。
古都ソロに来て、この旅で初めてアジアの空気に触れた気がした。
バリ島には観光客相手の高いレストランしかなかったが、ソロには逆に屋台やロ-カル食堂しかなく、とても居心地が良かった。
自ずと僕らも元気になり、ここぞとばかりにインドネシアを味わい尽くした。
ジャワ原人が発掘されたサンギランや中米マヤ文明を想わせるスク-寺院など、郊外に見所は多い。

今回の旅で僕は初めてスマホを持参したが、結果的にやはりこれがかなり重宝した。
どんな安宿でも無料Wifiは使えたので、ナナは毎日日本の家族にラインや長電話をしていた。
姉の嶺花からは、『そんなの旅じゃない!』と散々言われていたが、嶺花の気持ちは痛いほど良く分かる。
嶺花最後の旅の時、南米ボリビアの電話屋で祖母に国際電話して、旅の間唯一となるその短い会話に嶺花は涙ぐんでいた。
デジカメが壊れ、後半数日はスマホのカメラで凌いだ。
この旅ではまった菅田将暉。クロ-バ-という曲はこの旅僕らのテ-マソングとなった。

インドネシアはとにかく暑過ぎて、僕も消極的にならざるを得ない場面が多かった。
それにバスタ-ミナルは大概町から遠く離れていて、利用するにも大変不便だった。
ジャワ島やスマトラ島ではバックパッカ-の姿はほとんど見かけなかった。
異常的な暑さと交通の不便さがあるが故、目の肥えた旅人も自ずと目的地から外すのだろう。
今こうして生きていられることに感謝したい・・。
たった一つの命は大切にしなければならない・・。
そう思えるような体験をしたことが、良くも悪くも今回の旅の収獲であった。


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中部国際空港~ホ-チミン経由~マレ-シア/クアラルンプ-ル~ジョホ-ルバル~マラッカ~インドネシア/スマトラ島・ドゥマイ~ブキティンギ~パダン~ジャワ島・ジャカルタ~ジョグジャカルタ(ボロブドゥ-ル、プランバナン、ムラピ山)~ブロモ山~イジェン火口湖~バリ島・デンパサ-ル~サヌ-ル~ウブド(タンパシリン、タマンアユン、タナロット、ジャティルウィ、ウヌンダヌブラタン)~ジャワ島・ソロ(サンギラン、スク-)~ジャカルタ~ホ-チミン経由~中部国際空港   計32日

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| '20インドネシア編 | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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