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楽聖の足跡を訪ねて~中欧周遊編(19)


・・前回の続き


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世界遺産 ウィ-ンの歴史地区 (2001年登録)  ※王宮


中世の時代からヨ-ロッパの音楽の中心地だった、音楽の都ウィ-ン。
1600年頃にイタリアで誕生したオペラは、直ぐにウィ-ンへともたらされ熱狂的な支持を得る。
18世紀以降はハプスブルク家や有力貴族の庇護を受け、多くの音楽家がウィ-ンで活躍した。
モ-ツァルト、ベ-ト-ベンを始め、シュ-ベルト、ブルックナ-、ブラ-ムス、シュトラウス・・。
そんな楽聖たちの足跡が、ここウィ-ンには数多く残っている。
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ル-トヴィヒ・ヴァン・ベ-ト-ベン (1770~1827)

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皇妃エリ-ザベト~中欧周遊編(18)

2019年1月6日
ウィ-ン



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世界一美しい図書館 国立図書館プルンクザ-ル
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女帝マリア・テレジアのフォ-クセット  ※王宮銀器コレクション


ハプスブルク家の発祥はウィ-ンではなく、スイス北東部からドイツ西南部にかけてだった。
元々そこを支配していた小貴族に過ぎなかったが、1273年ルドルフ1世が神聖ロ-マ帝国の皇帝に選出されたことをきっかけに頭角を表していく。
『戦いは他の者にさせるがよい。汝幸あるオ-ストリアよ、結婚せよ!』
これはマクシミリアン1世の有名な言葉であり、ハプスブルク家の家訓であった。
王家を発展させる為に、戦争ではなく、結婚政策によって版図を広げていくのだ。
中でも女帝マリア・テレジアの娘マリ-・アントワネットがフランスのルイ16世の妃となった話は有名だ。

しかし『日没無き大帝国』と呼ばれた無敵の王国にも、1859年のイタリア戦争の敗北によって、次第に陰りが見え始めてきた。
そして多くの民族の利害関係が入り乱れた結果、1867年にオ-ストリア・ハンガリ-二重帝国が形成される。
この時の国王はフランツ・ヨ-ゼフ1世で、妃がシシィの愛称で知られるエリ-ザベトだ。
こうして第一次世界大戦に突入するも破れ、ハプスブルク家は1918年に崩壊するまで、650年もの長きに亘り中央ヨ-ロッパを支配した。

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美術史博物館~中欧周遊編(17)

2019年1月5日
ザグレブ~オ-ストリア・ウィ-ン



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ラファエロ作 『草原の聖母(1505年)』  ※美術史博物館作品検索
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ルブラン作 『薔薇を持つ宮中盛装姿のマリ-・アントワネット(1778年)』

美術史博物館。1872年から建設が始まり、1891年に開館。
この美術館で特に有名なのが、世界最多の点数を誇るブリュ-ゲルのコレクション。
『バベルの塔(1563年)』や『雪中の狩人(1565年)』などが最大の目玉となっている。
しかし生憎、ブリュ-ゲルの作品のみ特別チケットが必要なようで、手持ちのチケットで何度か入場を試みてはみたが、直ぐに見抜かれ、頑なに入場を拒否された。

その上、本日分は既に完売したようで、仮に別料金を払おうと思ったとしても、結局は見ることは出来なかった。
腑に落ちないながらもブリュ-ゲルは諦め、已む無くギフトショップで絵画のポストカ-ドを買い、記念とした。
ただ結果として、実物を生で鑑賞してもどうせ直ぐ忘れるだろうし、後々のことを考えれば、手元に残る分こちらの方が良かったのかもしれない。
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世界最多を誇るブリュ-ゲル作品は別料金  ※バベルの塔(下左から2番目)、雪中の狩人(上左から2番目)

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ザグレブの夜~中欧周遊編(16)

2019年1月4日
スプリット~ザグレブ



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考古学博物館の鳩形の土器  ※紀元前3000~2000年の発掘品で、紙幣にも描かれている


クロアチアの首都、ザグレブ。
イェラチッチ総督広場から小高い丘へと広がる、旧市街。
ケ-ブルカ-の終点ロトゥルシュチャック塔のある広場はカラフルなイルミネ-ションで飾られ、そこからは少しばかりの夜景を望むことが出来る。
しかし『望む』と言うにはいささか高さが足りず、夜景を楽しみたいのであれば、素直にお金を払って塔に上らないと満足は出来ないだろう。

そしてこの広場から坂道を下る辺りが、この町で最も賑やかだろうか。
脇には軽食やホットワインを出す屋台が並び、肉まんやタコ焼きらしきメニュ-も見かけた。
路地には心地良い音楽が流れ、時間があるなら僕もここでゆっくりしたいな、と思った程だ。
リュブリャ-ナの夜も賑やかだったが、やはりどの国も首都の夜というのは華やかで楽しい。
スプリットからやって来たからこそ、余計にそう思ったのかもしれないが。
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ザグレブの夜

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親子で楽しくクッキング~中欧周遊編(15)

2019年1月3日
スプリット~トゥロギ-ル~スプリット



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世界遺産 古都トゥロギ-ル (1997年登録)  ※トゥロギ-ル北門


クロアチアに入って以来、幸いにもキッチン付きの宿に恵まれ、最近調理が楽しくて仕方ない。
面倒くさがりな僕は家ではまず料理は作らないが、旅先では時間はたっぷりあるし、何より自炊だと断然安上がりに済ませられる上、お腹一杯になるという大きな利点がある。
昨夜手さぐりで作ってみた、初ペンネ(『ペンネ』という料理名は帰国後に調べて知った)。
茹でただけだとトマトソ-スと完全に絡み切っておらず、お世辞にも美味いとは言えなかった。

しかしその夜ベットの中で、アッシジ(イタリア)で食べた自販機のペンネのことをふと思い出す。
あのペンネには具は何も入っていなかったが、やけに美味かったな。
それに、食べ終えた後、確か皿には油が残っていたような記憶もある。
そうか油で炒めればいいのか・・と夢の中で結論付け、翌朝一か八かで昨夜の茹で残りを炒めてみることに。
昨夜焼いていたソ-セ-ジは塩辛過ぎてとても食べれたものではなかったので、ブツ切りにして茹でたペンネと混ぜる。

次第にペンネの色艶も良くなり、ソ-セ-ジの塩気が逆にペンネに味をつけ、丁度良い味加減のペンネが完成した。
おっ、これだ!
あの時食べた自販機の味に限りなく近付いたと大喜びし、朝から二人ともお腹一杯になった。

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