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タツノオトシゴ(1)~待て、このエロ親父!

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お願い、たまには歩いてくれ!


・・前回の続き


昨夜は調子に乗って飲み過ぎ、日付が変わり本日未明1時に就寝。3時前後にアラ-ムを複数設定し眠りについたが、やはりその音に気付くことはなかった。突如携帯の音が車内で鳴り響き、しばらく鳴った後、音はパタッと止まった。間髪入れず再び鳴り出し、腕時計を見ると3時半を示している。きっと仲間からのモ-ニングコ-ルだろうと、のそのそとバックの奥底からガラケ-を取り出した。電源を切っていなくて幸いしたが、発信元は波ちゃんだった。僕は電話に出るなり『4時まで寝させて・・』と一言呟き、その反応を待つでもなく、再び布団に倒れ込む。そして4時、再びモ-ニングコ-ルが鳴った。酒も残っているし、眠いし、余程今日の山行はドタキャンしようかと思った。勝手に2人で行ってくれ!と余程言いたかったが、そんな訳にもいかず嫌々起床。車から出て2人のもとへ行くと、既にやる気満々の顔つきで出発の支度をしていた。5時発を目指し、僕も早速準備にとりかかる。全員の準備が整った後、中尾まで各々の車で行き、そこから僕の車1台で新穂高の無料駐車場へと向かう。3連休の中日、混んでいることは承知していたが、1台くらいなら運が良ければ停めれるだろうと思っていた。しかし国道から駐車場入口へと入り、警備員の姿を目にした時点で新穂高発は諦めた。ここに警備員がいる時点で既にアウトで、たとえ空があったとしても中には通してもらえない。仕方なく中尾に戻り、5:15、中尾橋をスタ-トした。
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新穂高登山指導センタ-

中尾から新穂高へは2.5㌔の道のりとなる。きつい右俣林道の上りに備え、この事前ランは足慣らしには丁度いい。新穂高登山指導センタ-で登山届を提出し、右俣林道へと進む。この林道にいい思い出はないが、走れるようになった今では味わう苦しみは半分以下で済む。新穂高から林道終点となる白出までは標準コ-スタイム(CT)2時間。これまで何度も走っているが、おそらく一度も歩かず(当然休まず)走り切ったという経験はない。大概途中の穂高平辺りで休まないとしても歩きくらいは一度入れるが、今日はほっしゃんにかなりしごかれた。『穂高平で一旦歩くぞ!』と確かに僕は言ったはずなのに、その声が届いていなかったのか、或いは軽く無視されたのか、穂高平も完全スル-。おいおい、マジかよ・・。ほんと勘弁してほしかったが、僕も半べそをかきながら休憩代わりに写真を1枚撮り、直ぐにほっしゃんを追いかける。何だアイツ、昨夜のエロ親父とは全く別人じゃないか!待ってくれ、ほっしゃん。待ってくれ、ス-パ-エロ親父!
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穂高平

何とかほっしゃんのしごきに耐え、ようやく待望の白出沢に到着。新穂高からここまで46分だった。ほっしゃんにせよ、タッちゃんにせよ、先に行かせるとロクなことはない。しかしここからは完全に僕のテリトリ-。一切主導権を譲るつもりはない。等間隔の隊列を組み、僕、波ちゃん、ほっしゃんの順で黙々と進む。途中横切る滝谷は、大雨の際は注意しなければならない。過去には増水した川を渡ろうとして3人が流され死亡する事故が起きている。ちなみに僕は以前、白出沢の増水で川が渡れず、ストックが流された挙句、止む終えず撤退に追い込まれたことがあった。先程の林道は歩くことすら許されず、精神的にも肉体的にもかなり苦労したが、登山道では岩場は気兼ねなしに歩けるし、ランナ-からすればそこら中が休憩ポイントだ。ハイペ-スでじわじわと高度を詰め、新穂高から1時間55分で槍平に到着。
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ヒカリゴケ
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滝谷
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ハイペ-スで進む
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槍平小屋到着

槍平小屋で初めての休憩を取る。朝食におりぎりを食べ、水筒の水も満タンにしておく。この先稜線に上がると双六小屋まで水場はないので、僕は通常の750ml、500mlだけでなく、今日は1㍑の予備水筒も持ってきた。ここから始まる南岳新道は中々の急登だが、やはりこういう急登は下りで使うより登りで使う方が理にかなっていると思う。ガンガンと飛ばし、高度を上げていく。やがて笠ヶ岳の眺望が見えてきた。その右手前には飛騨の展望台・奥丸山も見える。その2つの山は当初同じ目線の高さに見えていたが、高度が上がるにつれ、その上下関係は明らかになってきた。しばらく頑張って登り、振り返る度にその見え方が変わってきて面白かった。
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笠ヶ岳(左)と奥丸山(手前)

樹林帯を抜けると、一気に高度感が増してくる。ほっしゃんが岩肌を登ってくる姿は、さながらTJARのワンシ-ンのようだった。太陽がもう少し高い位置にいれば、もう少しいい写真が撮れたのに残念だ。右の方向には穂高の峰々や、焼岳なんかもよく見える。大キレットは直ぐそこに迫り、中々見れない角度からその全貌を眺めては楽しんだ。南岳新道のこの辺りを歩いていると、左下に道筋が見えてくる。見るからに登山道のようだが、おそらくこれは旧道なのだろうなと思う。新道から取り付く箇所はないので、危うく迷い込むことはなさそうだ。今では使われていない旧道ではあるが、遠くからでも確認出来る道筋を見て、ナスカの地上絵(ペル-)を思い出した(見たことはないが)。
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樹林帯を抜け
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稜線を捉えた
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中腹をトラバ-ス
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笠ヶ岳
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目指せ、最強女子!
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大キレット全貌

そしてようやく稜線まで登り上げた。新穂高から約4時間、だいたいいつもこんな感じだ。波ちゃんは林道の上りランでも、登山道の急登でも少々離れてはいるが、大きく離れないのが本当に凄いと思う。あまりにも距離が離れたら僕ら男性陣は波ちゃんを待ちながら少し休んでいるが、合流するなり、僕らは容赦なく直ぐに動き出す。その為、結局は波ちゃんだけ道中は全く休めていない。ここまで強い女性はそうそういないだろう。そしてまた、この”亀戦法”は距離が延びる程威力を発揮することを、僕らは先週の白山白川郷で嫌と言うほど思い知らされたのである。
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南岳小屋


つづく・・

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タツノオトシゴ(0)~山と酒、どっちがメイン?

先週の白山白川郷に続き、今週は地元山域に入った。日中は小学校の運動会があり、先週山旅を共にしたほっしゃんやタッちゃんだけでなく、康介なんかとも立ち話をした。康介は今、PTAの広報委員長を任されているようで、昨年のヒラから見事昇格したそうだ。来年TJAR連覇で引退した暁には、そのスピ-チ力を活かし是非PTA会長でもやってくれよと言っておいた。康介に先週の白山白川郷の話をすると、来年のTJARが終わったら是非一緒に連れて行って下さい!と目を輝かせてニコニコ言ってきたが、どうせ得意の社交辞令だろと僕は意に介していない。僕は彼らより若干年上だが、子供が7人もいると大学生から赤ちゃんまでその親とは幅広く対応出来る。明日は波ちゃんの希望もあり、中尾発着で焼岳~上高地~前穂高岳~奥穂高岳~涸沢岳~新穂高のCT24時間(+ロ-ド2.5㌔)をやろうと急遽コ-スを変更した。このまま予定通り焼奥穂に行くなら、2時起床、3時発のつもりでいた。しかし刻々と時は流れ、21時お開きの予定を過ぎても全く終わる気配がない。僕らは山に登りに来たのか、酒を飲みに来たのか、一体どっちがメインなんだ?全てを統括する僕ですら、何がしたいのかよく分からなくなってきた。ただコ-スは他に2つ用意していたので、ここは当初考えていた緩めのコ-ス(新穂発着、南・槍・双六周回、CT22)に戻そうと思い、気にせず宴をそのまま続けた。『既にもうジャ-ニ-は始まってますね!』とほっしゃんがニコニコしながら呟く。
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ほっしゃん曰く、『ここからがジャ-ニ-ですね!』

この場所は車中泊を好むキャンパ-にとっては都合がよく、僕らの宴の並びには似たような光景がずらり続いていた。新発売の僕のN-VANに2人の年配男性が各々反応し、使い心地や燃費、値段について色々と質問をしてきた。車中泊を好むアウトドア派にとって、維持費のかからない軽のN-VANはやはり気になる車種の筆頭格なのだろう。ちなみに僕としての感想は遊びとしては使えるが、仕事には全く使えない。荷台の横幅が極端に狭くなった為、測量道具一式が満足に積めず、いちいち後部座席を前に倒しフラットにする必要が出てくる。途中の高さで止まらない首当て、後部座席の背もたれが後ろに倒れない、助手席の前後移動が出来ない等、前車種バモスと比べ極端に劣り、不満を言い出せば切りがない。各自持参のビ-ルやチュ-ハイも無くなり始め、ホットワインに移行。少し肌寒い星空の下で飲むホットワインは正に格別だった。更に夜は更け、僕のフラスコを皆で飲み回す。初めて口にしたほっしゃんは、『ク-ッ、来た!一気に来ますね。やっぱ男って感じですわ!』と悪そうな顔で、何を今更的な発言をした。ウィスキ-やラム、ジンなど強い酒は、そのまま飲むのがやはり一番いい。水や氷、ましてや炭酸で割るような軟な飲み方は、格好悪過ぎて山男のするものではない。
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カップ麺で夕食  ※それにしても、ほっしゃん顔怖すぎ
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ほっしゃん曰く、『ク-ッ、来ますね!男って感じですわ』

フラスコ2本を3人で回し、日付けは日を跨いでしまった。それでも”山に登る”という本質だけは失わず、宴を強制終了した後温泉に入り、深夜1時各々の車へと戻った。明日はコ-スタイムが最も短いタツノオトシゴ(CT20時間半)にコ-スを落とすつもりで、僕の気持ちは既に固まっている。ただ、問題は出発時刻。このメンバ-なら10時間もあれば充分帰って来れるので、僕的にはスタ-トをどれだけでも遅らせたかった。しかし他の2人が譲らない。『俺らは寝ずにミラ-ジュランド~上高地~自宅を数日かけてやりましたから、寝んでも大丈夫っすわ!』とほっしゃんが完全に酔っぱらった逝った目つきで僕に訴える。『そうじゃなくて、俺は酒の話をしてるんだ!』と返すが、頑固者の2人は僕の主張を珍しく拒み続けた。これだけ酒を飲んで2時間で起きれる(酒が抜ける)はずがない・・。僕はそう思ったが、仕方なく3時起床、4時発で結局は僕が折れることになった。
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ウィスキ-(フラスコ飲み)訓練中
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夜の宴


つづく・・

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白山白川郷(4)~白川郷、そして平瀬へ

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白川郷散策


・・前回の続き


中宮道登山口に無時下山し、ようやく長い山の部は終わった。当初”絶景を眺めながらの爽快トレイル”を誰もが頭に想い描いていたが、結局は藪に苦しまされた荒行の部分が多数を占めた。登山口(下山口)から直ぐのところに水場があった。僕だけでなく、仲間も皆腕も脚も泥まみれで、見るからに汚ならしい。僕はこの後ヒッチハイクをすることに決めていた。ヒッチハイクは若い頃よくやっていたので、一応心得はある。上手くいけば数分、最低30分もあれば成功するだろうとかなりの自信もあった。ただ問題は、そもそも通行車両がいるのかどうか。閉鎖時刻も迫っているし、出来れば用事で岐阜県側に抜けるような仕事車両に乗せてもらえればラッキ-だなと思っていた。ヒッチハイク(タダ乗り)を大前提とし、どうしても車がつかまらなければ『代わりに通行料金を僕らが支払うので、何とか乗せて下さい・・』という最終手段(タッちゃん発案)も備えてはいた。いずれにせよ泥だらけの格好では明らかに敬遠されるし、頼む側として大変失礼な話だ。少しでも印象を良くしようとする手法は、ドロンズの笑顔作戦にも似ている。そんな訳で僕はこの先に備え、仲間に泥を落とさせた。
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この後に備えて全身の泥を落とす
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中宮温泉

舗装路を力なく走り、白山白川郷ホワイトロ-ドの中宮料金所(石川県側)まで下りてきた。到着するなり、僕はゲ-トの数十m手前で早速一人ヒッチハイクを始める。仲間3人は料金所に出向き、何やら尋ねていた。しかしここでの係員(オバちゃん)とのやりとりが、後に僕らの運命を左右する。早速僕の方も車が1台止まった。・・と言うよりは半ば強引に止めた。こんな通行量の少ない場面で律儀に親指を立てていても、車が止まってくれる確率はほぼゼロに近い。以前岳登と中東を旅した時のヨルダンでのヒッチハイクの時程今回は切羽詰っていなかったが、僕は車の前に立ちはだかるように手を挙げ、確実に車を止めた。間違えて石川県側に下りてしまい、帰れなくて困っている旨を告げ、ドライバ-に懇願。しかしこの車は白川村へは行かないと断わられた。料金所から戻ってきた仲間は、『一先ず事務所に行ってみたら』というアドバイスを得ていた。僕はゲ-ト近くのこの場所でヒッチハイクを続けたかったが、車がつかまっても仲間が近くにいない・・では話にならないので、仲間を追うように歩きながらヒッチハイクを続ける。颯爽と無視されたスポ-ツカ-以外、やって来た車は全て止めた。見通しが悪い曲がりカ-ブでは、後続車の追突を避ける為、ほっしゃんらに交通誘導を任せた。ドライバ-は皆好意的に話を聞いてくれたが、これから中宮温泉に行く、乗せてあげたいが4人は無理だ、頂上の三方岩までなら乗せてあげられる等、条件が合致しなかった。概ね印象は悪くないので、ゲ-ト前で粘れば確実に成功しそうな感じではあった。
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中宮料金所(石川県側)  ※料金所で尋ねたことが、この後のタ-ニングポイントとなった
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白山林道(ホワイトロ-ド)石川管理事務所

料金所のオバちゃんから指示された管理事務所に着いた。話の概要はオバちゃんから伝わっていたようで、僕らの姿を見かけるなり、男性が建物から出てきてくれた。話によると、道路パトロ-ルが閉鎖の17時にあるのでそれに乗せてくれるという。僕らは乗せてもらえるなら何時でも嬉しかったが、事務所の男性は更に機転を効かしてくれ、何やら内部で調整をしてくれた。その結果、今から馬狩料金所まで僕らを運んでくれるという有り難き言葉が返ってきた。1日4回行われる道路パトロ-ルのおそらく3回目の便として、急遽僕らを乗せて発車するというのだ。助かりました。本当に有難うございます!皆喜びつつも、感謝した。全く融通の利かない乗鞍スカイラインとは雲泥の差だ。紅一点の波ちゃんを助手席に乗せ、ヒッチハイクの鉄則に則り、終始ドライバ-との会話に努めた。この道路は歩行禁止で登山者も釣り人も断じて通行出来ないと言う。それにしても今改めて通ってみて、この坂の上り下りはかなり大変だろうなと思った。それに水場もないし、そもそも携帯の電波も入らない。三方岩駐車場が岐阜管理事務所との管理境のようだったが、事前に先方に話を付けてくれていたのか、乗車人数の関係(中宮の車は最大5人、馬狩はおそらく最大4人乗り)で本来の管轄を越え終点の馬狩まで僕らを送ってくれた。やはり旅は融通の利く少数に尽きるが、本来は多くても2、3人がベストだろう。こうして僕らは無事、当初下山予定だった馬狩まで瞬時にしてワ-プした。
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馬狩料金所(岐阜県側)  ※ビザ(車)がないと通過出来ない、ある意味ここは国境

ゲ-ト前の空き地でしばし休憩。各自おにぎり等の補給を取りながら、シナノキ平避難小屋からここまでの出来事を面白おかしく振り返る。結局これが旅なんですね・・とメンバ-の誰かが言った。強引な後付け感は否めないが、結局はアクシデントを含め道中起こる全てを楽しんでこそ、僕のジャ-ニ-、すなわち『山旅』は完結する。メンバ-もここまでの流れが余程新鮮だったようで、普段のアスリ-ト系ではなく、僕の旅系に少しは興味を抱いてくれたようだ。タッちゃんとほっしゃんはどこが調子が悪いのか、白川郷をゴ-ルにするので迎えに来て・・と言っている。当初(山行数日前)僕はそんな中途半端な仲間に、『最後まで来れないなら参加は見送ってくれ!』、『白川に迎えに行く気なんて更々ない!』と厳しく言ってきた。しかし今となっては試練を共に乗り越えて来たことで仲間感は一層増し、『仕方ない、迎えに行ってやるか』と僕もかなり温厚になっていた。ほっしゃんが後ろに送れている。先程のパト車の中では僕と波ちゃんだけが元気で、後の2人は笑う元気もなかった。
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白川郷に向けて、ラン再開

しかしほっしゃんはいつしか復活し、気付くと僕らの後ろについていた。4人揃って橋を渡り、荻町集落へと近付いていく。そして荻原の信号より徒歩に切り替え、世界遺産白川郷の散策を始める。大汗を垂らしながら歩く僕らの姿は、おそらく異様な光景だったと思う。飛騨人である僕らにとって白川は特に珍しい所ではないが、意外にもほっしゃんは初めてだと言う。しかしその記念すべき初白川を今こうして、それも考えられる最も困難な方法で訪れ、今日の思い出はほっしゃんの脳裏に深く刻まれたことだろうと思う。昔岳登と立ち寄ったソフトクリ-ム屋で、皆今日一番楽しみにしていた”どぶろく風ソフトクリ-ム”を堪能。中宮料金所で僕らを見かけたという夫婦が話しかけてきて、僕らが何故ここにいるのか不思議がっていた。締めはコ-ラで喉を潤し、メンバ-皆大満足。再び白川郷をゆっくり散策し、『僕らの白山白川郷』の証拠用に合掌家屋を背景に人力車の車夫に写真を撮ってもらう。そして集落散策を終え、再びラン再開。ゴ-ルとなる道の駅・飛騨白山までは残り12㌔程となっている。
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国指定重要文化財 和田家
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どぶろく風ソフトクリ-ム  ※1個350円
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コ-ラが美味い
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世界遺産 白川郷合掌造り集落 (1995年登録)
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白川郷散策を終え、いざ最終ロ-ドへ

ソフトクリ-ムを食べたことが余程嬉しかったのか、タッちゃんは完全に復活した。走り出すと直ぐに飛び出し、僕らとの差はみるみる広がっていった。あんなお調子者はほっといて、3人で確実にペ-スを刻む。このまま3人でゴ-ルすものと思っていた。ほっしゃんの復活具合はまだ見抜けないが、波ちゃんは今日まだ疲れた表情を見せていない。それは僕も同じで、馬狩から白川へのロ-ドも快調だった。そんな中、遅れたのは僕だった。国道156号に出て、最初の洞門辺りで走り続けるのが辛くなった。少し歩けばまた走れるような状態だったので、しばらくは離れ行く2人の姿を捉えながら、その後姿を視界から消さないように必死に食らいついていた。しかし走り続ける者と時折歩く者の差は顕著に現れ始め、いつしかその後姿は僕の視界から完全に消えた。そして僕の一人旅が始まった。
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野谷橋  ※既に皆に引き離され、最後尾を一人旅

予想に反し上り下りが多く、結構きついロ-ドだった。計画時点から僕が一番心配していたのは、この最終パ-トのロ-ドであった。この国道156号線は僕が目指す『さくら道』でも通るコ-スだが、『やっぱ俺には永遠に無理だな・・』とトボトボと坂道を進む。遥か前には仲間がいるはずで、その数㌔後ろを僕は歩いている。きっと擦れ違うドライバ-は、僕のことを随分遅い奴だと思ってるんだろうな。ネガティブにそう考えながらも、『俺が遅いんじゃない。アイツらが早過ぎるんだ!』とムキになり自分を慰めた。そしてようやく『平瀬』の文字が出てきた時は心底嬉しかった。タッちゃんはおそらく17:40頃にゴ-ルするだろう。続く2人も17:50頃には着くだろう。出来れば僕は18時には着きたかったが、相変わらず走り通せないし、時間的な目標は捨てた。ただ単に早くゴ-ルに着きたい・・。その一心だった。
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ようやく『平瀬』の文字が出てきてくれた

新平瀬トンネルを抜けて、ゴ-ルが近いことを悟った。そして待望の道路標識。道の駅・飛騨白山へは1㌔と表示されている。『ナイス、看板!』と内心叫ぶ。この種の標識は大概残り2㌔が多かったような気もしていただけに、その僅か1㌔の差が疲れ果てた僕にはすごく嬉しかった。ラストスパ-トする力は残っていないが、一応歩かないように頑張って腕を振る。そして更に待望の次の道路標識が現れた。次の表示は道の駅・飛騨白山まで300m。またもラッキ-、200m得した。この標識を遠越しに見つけた時、僕はその距離に注目した。僕は視力が0.1前後と悪い為(運動時はメガネをかけない)、近付かないと小さい文字は判別出来ない。そして残り500mだと思っていた距離が残り300mだと知った時、またも『ナイス看板!』と心の中で叫んだ。この距離表示は死にかけたランナ-には大変有り難い。
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ゴ-ルまで1㌔  ※表示が残り2㌔だったら、多分心が折れていた
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ゴ-ルまで300m  ※この表示も残り500mでなくて助かった

ゴ-ルに着くと、波ちゃんがニコニコしながら歩み寄ってきた。皆は17:50に揃ってゴ-ルしたようで、最後デットヒ-トで波ちゃんがスピ-ド系の2人を振り切り、トップでゴ-ルした。タッちゃんとほっしゃんには、僕は内心裏切られたと思っている。馬狩でのあの超弱気な発言は一体何だったんだ。何が迎えに来いだよ。それに対し波ちゃんはかなり強かった。あの子はどんな状態でも確実にマイペ-スを貫き、決して笑顔を絶やさない。男性陣はもっと鍛錬が必要ですね・・。タッちゃんは別れ際僕にそう言ったが、その言葉の意味は僕が一番重く受け止めている。今日のジャ-ニ-で株を上げたのは間違いなく、唯一波ちゃんだけ。しかし彼女の勢いはまだまだ止まらない。翌週のジャ-ニ-でも、僕とほっしゃんは彼女の強さを目の当たりにすることになる。
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仲間より20分遅れてゴ-ル
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皆強ぇな
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道の駅・飛騨白山  ※左からほっしゃん、僕、タッちゃん、波ちゃん

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白山白川郷(3)~稜線の果てに

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泥まみれのトレイルランナ-


・・前回の続き


込み合う白山(御前峰)に別れを告げ、僕らはここから北の果てへと足を延ばす。ここから先は僕も未踏の地であり、不安半分、ワクワク感半分といったところか。一旦火口湖目指し、足下の不安定なガレ場を下る。幾つかある火口湖は古い噴火によって出来たものだが、”お池巡り”として観光の要素ともなっている。この辺りまでなら、御前峰から足を延ばす登山者も少なからずはいるようだ。問題はそれ以降の進路で、複雑に入り組んだ別の支線に進んでしまわぬよう、僕も細心の注意を払う。そして最後の池を過ぎたところで、ふと道標が現れた。聞き慣れない登山道の他に、通行止(室堂で知った)を意識していた『岩間道』の文字が見える。しかし僕らの進むべく『中宮道』の文字はなく、本当にこちらでいいのかと一瞬焦るも、その更に先に分岐道標があるものと信じ、一先ず岩間道方面へ。
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御前峰
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翠ヶ池(みどりがいけ)
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血ノ池
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道標  ※ここに『中宮道』の表記も欲しかった

僕が思った通り、先程の道標から2分で次の道標が現れた。今度こそ『中宮温泉』の文字が出てきて、迷いは消えた。今回の縦走路で、この辺りだけが唯一心配だった。一気に斜面を駆け下りる。右手には剣ヶ峰が尖がって見え、先程御前峰から眺めていた山容とはまるで別の山に見えることに驚く。なるほど・・、これが『剣ヶ峰』の由来か。この尾根を歩かないと、おそらく一生お目にかかることのない迫力の光景だった。本日同行してくれた僕以外の3人は皆トレイルランナ-でもあり、70㌔級のレ-スも今年2本控えている。そんなトレイル大好きなメンバ-は、水を得た魚のように突如元気になった。反対方向から歩いてきた単独行の男性と擦れ違う。この時間帯、荷物からしても、稜線のどこかで宿泊してきたのだろう。中々魅力的な稜線だし、きっと縦走する登山者も多いのだろうな・・。この時僕はそう思ったが、この日この縦走路で出会った登山者は結局この男性1人だけだった。荒れた登山道が想像させるように、利用する登山者は極稀なのだと感じた。
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道標  ※『中宮温泉』へは下りないが、一先ずその方向へ
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見るからに剣ヶ峰(左)
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一気に下る

ふと、残雪に出くわした。涼しげな雪を求め、少しコ-スを外れる。今日は最高気温が35度まで上がる予報で、”残暑”ならぬ真夏日の再来に汗ばかり出る。帽子を持ってこなかったことを、僕は若干後悔しつつあった。雪は表面だけでなく中の方まで黒ずんでいたが、顔を濡らすと最高に心地良かった。波ちゃんとタッちゃんが雪の斜面を登り、上から滑り下りてきた。底の摩り減ったシュ-ズはよく滑り、まるで童心に返ったかのように無邪気に遊ぶ姿は、今日の山行を象徴するシ-ンでもあった。
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残雪



やはり縦走は楽しいな。まだ見ぬ稜線に心が踊っていた。目の前に連なる緑色主体の尾根は、岩でごつごつした北アの稜線とは明らかに雰囲気が違う。標高の差もあるだろうが、槍穂が男性的なら、やはり白山は女性的なんだろう。御嶽や乗鞍、それに槍穂高くらいは容易に特定出来たが、後はよく分からない。ただ、目の前で一際アピ-ルする三方崩山の姿はこの縦走中、常に視界に入っていた。ここまで休まず歩いてきたので、地獄覘の道標でしばし休憩とする。皆体力は底無しにあるし、出だしのロ-ドのように頑張り過ぎる傾向にある為、疲れているのかどうなのか判断しにくい。それに自分から休みたいと言わない為、仲間に休憩を告げるタイミングが難しい。”地獄覘”という名前通り、確かにここからは”地獄尾根”の全容が望めた。印象としては、西鎌尾根北の”硫黄尾根”にも良く似ている。小狭い平地に座り、おにぎりを食す。僕は今日、大きめのおにぎりを6個持ってきている。おりぎりは最初は重く嵩張るが、腹持ちはいいし、食べればその分荷物も軽くなる。やはり日本人には、おにぎりしかないだろう。タッちゃんは昨晩のどら焼き効果により荷物の軽量化には成功したようだが、やはりエネルギ-源が足りてないようだった。
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僕ら以外誰もいない
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緑の尾根がどこまでも延びている
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池塘
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木道の先に三方崩山
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北弥陀ヶ原
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地獄尾根

この北部稜線は利用する登山者がほとんどいない為か、登山道は結構荒れ放題だった。登山道は大方草で覆われ、酷いところになると、足下(地面)の状況が全く分からない。安易に過信して足を置いたものなら、落とし穴にはまり、右斜面に転げ落ちる場面も度々あった。先ず先頭の僕が代表して転び、後続にその注意を促す。しかし後続のタッちゃんも同じように転ぶ。親切に警告をして注意を促しても、地面が見えていない以上、結局はどこに気を付ければいいのか分からないのだ。そして続くほっしゃん、波ちゃんも律儀にも大概同じ結末を辿る。地面が見えている場面でも、横幅は狭く、その上横に傾斜がついたり草木が生えたりしていて、横幅は二の腕を振って進める程は設けられていない。僕は左足裏を痛めている為、踏ん張りが効かず、足裏が痛くて悲惨だった。それに輪をかけたようなアップダウンの繰り返しにも皆うんざりしていた。
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ロ-プ場
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連なるピ-ク  ※度重なる登り返しにうんざり
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三方崩山
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三俣峠

そして、ようやくゴマ平避難小屋に到着。ここまでが異様に長く感じた。池巡り分岐からCT4時間半のところ、2時間半以上もかかってしまう。仲間は皆、当初走れそうな稜線だと期待していたようだが、結局走れるような場所はほとんどなく、”スカイトレイル”と言うよりも”藪漕ぎ”に限りなく近い。大白川からの入山以来、僕がずっと先頭を進んでいる。ペ-ス的に内心タッちゃん辺りに不満があったかもしれないが、僕のペ-スはだいたいCT5割なので、全体を通せば丁度良いだろう。ゴマ平到着後、道標を2方向から機械的に(無意識に)撮影。50m離れた所に水場があるらしく、無駄足はきついがここは僕だけ行ってくる。次の水場はCT1時間先の、シンノ谷。皆ここゴマ平の水場はパスし、次のシンノ谷に賭けていた。水をたらふく飲み、胸のペットボトルも満タンにしておく。ザックの中の750mlボトルは手つかずのままだ。小屋脇の道標に軽く目を合わせ、地べたに座る仲間の元へと戻る。波ちゃんとほっしゃんは各々地図を広げ見入っていた。
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ゴマ平避難小屋の道標
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同じ道標の別面
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水飲場  ※小屋から50m

重い腰を上げ、ゴマ平避難小屋を発つ。ここは迷わず、道なりに直進。ここから次の水場であるシンノ谷まではCT1時間。走れないながらもそれなりに早足で下っているし、30分もあれば到着するだろうと目論んでいた。しかし目標の30分を過ぎても谷は現れず、40分経っても、50分経っても一向にシンノ谷は現れなかった。おかしいな、そんなに俺ら遅いかな・・。もしかして先程それらしき場所があったが、まさかあそこだったのではないだろうな。しかしどう考えてもあれは鉄橋ではなく単なる木道だし、それに全く水気がなかった。そしてついにCTの1時間を経過した。標準コ-スタイム(CT)を作った人が余程健脚だったというのか。しかしそんなはずはない、きっと知らぬ間に通り過ぎたんだろう。それならそうで早く次の目的地が出て来てくれと願い、同時に先程水を満タンにしなかった仲間に水切れの心配が及び始めた。そしてゴマ平から1時間と4分が経った時、突如目の前に小屋が現れた。はて、こんな所に小屋などあっただろうか?標柱から剥がれ落ちたプレ-トには『シナノキ平避難小屋』と書いてある。何だそれは、まさか道を逸れたのではないだろうな?メンバ-の誰かが地図で確認すると、正に嫌な予感は的中。僕らは予定していない中宮温泉へと下っていた。
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白山白川郷ホワイトロ-ド  ※そもそもこの位置関係(道の見え方)が宜しくない

さてと、よわったぞ。さすがにCT3時間の坂道を登り返す気力はないし、仮に頑張って登ったとしても、まだその先は長い。ただ下山場所が変わってくるだけで別に遭難している訳ではない、よしこのまま行こう、アハハ・・。仮に水が切れたとしても後1時間半もあれば下山出来るさ。普段鍛えている皆なら、何ら問題はないだろう。それより重要なことはその後のことだ。果たしてホワイトロ-ドは走れるのだろうか?いや、あそこは確か走れないはずだ。仮に通行させてもらえたとしても、今からあの激坂に挑むにはかなりの覚悟が必要だ。じゃあ、バスは?タクシ-は?そもそもそんな大金は誰も持ち合わせていない(タッちゃんだけ1万円持っていた)。ちょうど今日白山白川郷ウルトラマラソンに出ている友人がいるから迎えにきてもらおうか?もうリタイヤしている頃だろうから早速連絡を取ってみよう。オイオイ誰だ、勝手にリタイヤを決めつける無礼な奴は。いずれにせよホワイトロ-ドが閉まるのが17時頃だとすれば、その数時間前には下山しておかないと話は少々厄介になる。一先ず、急いで下ろう。
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まさかの『シナノキ平避難小屋』に笑うしかない、アハハ・・

足下の見えない中、真新しい熊の糞に怯えながら、藪斜面に恐る恐る足を置く。注意はしているものの足をすくわれ、2度大転倒。ここまでも何度も転んで既に泥だらけだが、この2度の転倒は厳しかった。ふいの転倒は防御も出来ず、無防備に地面に叩きつけられる。その際2度とも右肩を脱臼し、特に2度目の転倒は外れた肩を入れるのに苦労した。脱臼はここ数年していなかった気もするが、久々のことで痛みはしばらく尾を引いた。波ちゃんはヘッドスライディングもしたようで、まるで腕白坊主のように脚の傷が更に増えていた。渇水覚悟の水場は辛うじて水が得られ、メンバ-皆生き返る。少し間の開いた後ろ3人の賑やかな声を聞きながら、僕は下山後の取るべき行動について考えていた。ル-トミスは僕の思い込みが最も大きな要因だが、各自が単独行のつもりで意識していれば防げたミスでもある(これは教訓)。しかし自分で蒔いた種をどうにかして片付けなければ、仲間に対して示しがつかない。岳登流に言えば、『これも旅だな!』の一言で済ませられるが、それは今こうして無事どうにかなったからだろう。結局、今回の山行は『山旅』なんだ。道中起こるアクシデントを含めた全てを楽しんでこそ、旅は完結する。僕はポジティブにそう開き直った。
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渇水寸前の水場で仲間復活
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まるで藪漕ぎ
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道標は倒壊
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一先ず無事下山
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中宮道登山口


つづく・・



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白山白川郷(2)~霊峰の頂に立ち

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霊峰の頂で何を想う


・・前回の続き


僕らのような飛騨人は、こちら平瀬道の方から登るのが地理的にもほとんどだろう。白山登山と言えば石川県側の入山口をよく聞くが、飛騨人にとっては近いようで遠い存在である。両県の里を結ぶ唯一の交通手段として白山白川郷ホワイトロードがあるが、通行料は普通車往復2600円(軽2200円)と高く、わざわざ反対側に出向くのは僕のような貧乏人には辛い。それに基本僕は自分の道楽如きに無駄なお金はかけないので、高速道路に乗ることもなければ、高価な道具や流行のウェアなんかには全く興味がない。地獄のロ-ドを走り上げ、大白川の登山口にて少し休憩。ここには確か水場があった気もするが、結局場所が分からなかったので、僕はトイレの水にて補給した。ここから室堂を経て白山までが、本日一番楽なパ-ト。かつ一気に最高地点まで上がってしまうので、それ以降は基本的に下り主体となってくる。
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大白川登山口

この時期の日の出は5時半頃だが、さすがに山頂で日の出を迎えることは出来なかった。当初5時半の山頂着もイメ-ジしたが、ロ-ドのことを考えると、日の出鑑賞だけの為にそこまでの早発ちはしたくなかった。黄金色の太陽が、僕らの背中を照らし始めた。せめてどこか見晴らしのいい高台でその瞬間を見届けたかったが、標高的に望めそうもなく、辛うじて樹木の間から朝日を拝んで良しとする。平瀬道のシンボルツリ-を通過。一度見たら絶対に忘れないインパクトのある風貌だが、どこか憎めない顔をしているようにも思え、心なしか苦しんだ表情のタッちゃんに似ている気がする。この辺りにくると眼下に白水湖の姿が見え、確かに登っているんだと実感出来る。
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快晴の予感
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朝焼けに染まる乗鞍岳
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朝日
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平瀬道のシンボルツリ-

先頭を進む僕が、不気味な物体に悲鳴を上げる。『ウシガエル』とでも言うのだろうか、かなり大きくて、見るからに気色悪い。アマガエルなら可愛くて僕の家の玄関先でもよく見かけるが、やはり何事にも限度がある。しかし波ちゃんは意外にも勇敢で、触ろうとしたが、毒があるから・・とタッちゃんに止められた。ちなみに僕は高校を卒業後、名城大学の夜間に通っていたが、同時に名古屋で陸上自衛官をしていた。その時、本気でレンジャ-(陸自の精鋭部隊)を目指していたが、ヘビだけがネックだった(生きたヘビを歯でかじり、皮を剥いて食べなければならない)。しかし陸自在籍時、右肩に脱臼癖が付き、敢え無く諦めざるを得なくなった。今も昔も『高い所』と『爬虫類』だけは大嫌い。それだけは一貫している。
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道標
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お前、結構キモイな
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スカイトレイル

先ずは、大倉山(標高2039m)に登頂。コ-ス上に突如山頂標識が現れる為、山頂に着いたという実感はない。この先100mの大倉山避難小屋にて少しブレイクとする。ここまで要した時間は、登山口から1時間14分。それ程追い込んだ訳ではないが、コ-スタイム(2時間半)の丁度半分で到着した。各自おにぎり等の補給を済ませ、5分で発つ。随分と標高も上がり、右手には開けた眺望が待っていた。どこが白山の山頂なのかは特定し難いが、きっとあの辺りだろうとは予測出来た。華やかな高山植物が頻繁に現れるようになり、タッちゃんと花の名前を確認しながら歩く。僕も花や山菜には詳しいつもりでいたが、タッちゃんはおそらく僕よりも詳しそうだ。自生する野イチゴはほんのり酸っぱく、自然の味がした。万が一山で遭難し数日過ごすことになった場合、この知識の差が多少なりとも生死に影響するだろう。食べれる草花さえ知っていれば、少なくとも飢え死にすることはない。それに山はただ急いで登っていても全然楽しくないし、いつだって心にゆとりは持っていたい。
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大倉山(標高2039m)
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大倉山避難小屋
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大倉山  ※先程は通り道だったが、こう見ると確かに山だった
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ハクサンコザクラ?
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トリカブト  ※有毒植物の代表格
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野イチゴ(ナワシロイチゴ)

そして室堂の建物が見えた頃、先程から前方に見えていた男性登山者を捉え、追い越した。そしてその男性と擦れ違いざま、どちらからともなく『アッ!』となった。その男性は同業者の先輩で、4年前に当時小2のナナと白山に登った時もこの辺りで会っている。どうやら入山前のロ-ドで見かけた2台目の車がこの先輩だったらしい。ホントよく会うな・・とは、互いに思ったことだろう。僕は数年に一度くらいしか白山には来てないし、余程先輩が頻繁に通っているのか、はたまたこれも何かの導きか。室堂到着後、水場で水をたらふく飲み、その後ペットボトルを満タンにしておく。センタ-前のベンチに座り、しばし休憩とする。波ちゃんは子供の頃に親に連れて来てもらった思い出の場所らしい。上空ではドロ-ンが飛び、その舞い上がる高さに周りの登山者は歓声を上げていた。ここでは30分以上のんびりと過ごし、ようやく重い腰を上げる。
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室堂手前で先輩調査士に遭遇  ※4年前の前回の登山でも会っている
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御前峰を望む
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水場1
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水場2  ※センタ-の近く
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室堂ビジタ-センタ-
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室堂を見下ろす

室堂から20分足らずで、御前峰(標高2702m)に到着。ここが霊峰白山の山頂となる。白山比咩神社の本宮は石川県白山市にあるが、この白山山頂にはその奥宮が祀られている。富士山、立山と並び、ここ白山は『日本三名山(日本三霊山)』の一つに数えられている。いつの頃からそう称えられるようになったのかは知らないが、古くから日本人の心の拠り所であったということは間違いない。単に小説の題材に過ぎない『日本百名山』とは根本的に何かが違う。 古くから人々が仰ぎ見て祈りを捧げてきた霊峰に、越前の僧・泰澄(たいちょう)が初めて登ったのが、養老元年(717年)のこと。そして白山は平成29年(2017年)に開山から1300年の時を迎えた。ちなみに『日本四名山』となると、富士山、立山、御嶽山、大山(鳥取県、岡山県)となるそうだが、その根拠は更に不明で、何故白山が外れるのかもよく分からない。
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白山比咩神社奥宮
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大汝峰(左)、剣ヶ峰(右)
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霊峰白山・御前峰(標高2702m)
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込み合う山頂部
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御嶽山


つづく・・




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