| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

中尾から奥穂を越え上高地へ(3)~焼岳を経て飛騨へ


・・前回の続き


初めて訪れたこの界隈、池の背後に聳える焼岳のシ-ンを楽しみにしていたが、コ-ス上には池すら現れなかった。これから始まる第2ステ-ジに備え、しばし栄養を補給する。外国人(白人)のアベックが、軽く微笑み登山道へと進んでいった。手ぶらで服装も極めて軽装、とても登山をする井出達ではなかった。僕もそろそろ腰を上げ、再スタ-トを切る。小走りでペ-スを上げて進んでいたが、先行する彼らに追い着いたのは意外と先だった。まずは彼女の方が現れた。見るからに軽装で、とても登頂を目指しているとは思えない。彼の方にはそこからしばらくして追い着いたが、彼は本気で登頂を狙っているのだろうか。それにしても彼女との差はかなり開いている。さすがに彼一人でこのまま進み続けることはないだろう。彼女はきっと不安に思っているだろうし、彼もどこかで諦め戻ってくれればいいのだが。
086_convert_20170829100054.jpg
焼岳上高地側登山口
089_convert_20170829100108.jpg
霞沢岳

出だし勢いづいていたペ-スは、次第に乱れ始めてくる。時間的に下りてくる登山者がほとんどで、これから登ろうとする者はほとんどいない。ここ数年は中の湯ル-トばかり使っていたので、初めて使うこの上高地ル-トは距離的に長く感じた。ハシゴの架かった箇所が随所で現れるが、難所という程ではない。相対する霞沢岳の見え方も、標高の上昇とともに変わってきた。やがて焼岳の姿を確認。通常であれば一気に山頂まで行きたいところだが、疲れ気味の僕には果てしなく遠く思えた。垂直に架かる長い連結ハシゴは、このル-トの代名詞。ふと雰囲気が変わり、草むらを乗り越えた先が焼岳小屋だった。休憩する登山者が多かったが、僕は直ぐに先へと向かう。焼岳は先日微々たる噴気を起こし、新聞で細々と伝えられていた。焼岳は後数年で二度と登れなくなるかもな・・。内心そう思っていたが、心配はなさそうだ。
090_convert_20170829100121.jpg
水平ハシゴ  ※ハシゴがないと対岩へは渡れない
092_convert_20170829100134.jpg
ようやく焼岳が見えた
094_convert_20170829100148.jpg
垂直ハシゴ
096_convert_20170829100204.jpg
焼岳小屋
097_convert_20170829100636.jpg
注意  ※実際、焼岳は御嶽以上に危ない

小屋を過ぎると中尾、焼岳山頂、西穂方面への分岐がある。ここは当然山頂方面へと進むと、少しの登りで見晴らし台に出た。ここは結構なパノラマ展望台で、奥穂や上高地、焼岳、更には中尾の集落まで今日の全てが一望出来た。焼岳は直ぐ目の前に聳えているが、山頂までの行程が辛そうなことは見れば分かる。この時点で僕の脚にはほぼ限界が来ていた。時間が押していることを言い訳にして、山頂を諦め、このまま中尾へ下ろうかと半ば本気で考えていた。しかしそれでは折角ここまで頑張ってきたことが、全て台無しになってしまう。中尾峠まで下りると、脚は迷わず山頂方面へと向いていた。しかしその先でやはり疲れがピ-クに達し、草むらに座り込んでは足を延ばす。やはり戻るべきかな・・、まだそんなことを考えている。しかし山頂を目指す子供の姿が見えた。下山してくる子供の姿にも刺激をもらい、何とか思い留まる。
098_convert_20170829100659.jpg
中尾遠望
101_convert_20170829100718.jpg
山頂を捉えるも、既に脚は限界

子供と何度も通った、中尾ル-ト。我が子の初登山は焼岳であることが多い。昔よくこの噴気孔で硫黄卵を作っていた。網に卵とソ-セ-ジを入れ、木の枝に引っかけて、噴気孔に置く。山頂を経て下山する頃には、丁度良いゆで卵が出来ていた。卵は殻があるから問題ないだろうが、僕らは硫黄を浴びたソ-セ-ジですら、そのまま美味しく食べていた。そんな懐かしい思い出に浸りつつも、一向に脚は軽くなっていない。少し歩いては、直ぐに岩場に座り込む。その繰り返しで、山頂との距離は中々縮まらない。外国人の若者が5、6人下りてきた。上高地からの日帰りだろうか。本日ずっと良かった眺望はこれで見納めのようで、岐阜県側は次第に雲に覆われてきた。中尾と奥穂、そして上高地を一つの目で同時に望み、結構歩いたものだなと感心する。しかしよく考えれば、これは全然たいしたことはないことの裏返しだった。例え遠くに見えたとしても、所詮は目に見える範囲。結局は近いということだ。
102_convert_20170829100728.jpg
昔この噴気孔でよく硫黄卵を作った
103_convert_20170829100741.jpg
奥穂高岳(最奥)と上高地(右下)  ※ここを周回したと思うと感慨深い

かなり疲れていたが、何とか無事焼岳の山頂に辿り着いた。多少の寒さも伴ってきたが、まだノ-スリ-ブでいけそうだ。残念ながら眺望は無くなってしまったが、もう眺望なんてどうでもいい。山頂はほぼ外国人が占めていた。少し休み、直ぐに下山にかかる。ここまで登り上げるのにかなり苦しめられたが、下りに対しての悲壮感は不思議とない。先程見晴らし台でのこと。見晴らし台への登りは苦しかったのに、見晴らし台から中尾峠への下りは異様に足が軽かったことが微かな望みでもある。
108_convert_20170829100808.jpg
焼岳北峰(標高2444m)
107_convert_20170829100757.jpg
火口湖と噴火口
109_convert_20170829100819.jpg
山頂は外人ばかり

まずは中尾峠を目指す。後ろから外国人の単独行(トレラン)に颯爽と抜かれた。普段抜かれることはまずないが、おそらくピストンであるその男性は気分良さそうに下っていった。そして中尾峠から、いよいよ飛騨側へと下る。下りの脚はまだ充分に残っており、休むことなく、一気に進んでいけた。何人か抜き去り、ペ-スも取り戻しつつある。秀綱神社やヒカリゴケ、鍋助横手など順調に要所を通過し、腕時計の標高を気にしながら、登山道終点の標高を探る。登山道終点からはしばらく林道があるし、その先には中尾集落の車道も待っている。そう考えると、後何m下ればいいのか自ずと予想が付いた。
110_convert_20170829100832.jpg
下山開始  ※左手に中尾の集落が見える
111_convert_20170829100842.jpg
中尾峠  ※ここが飛騨から信州(上高地)への最短路
112_convert_20170829100852.jpg
秀綱神社

そして無事、登山道終点(登山口)へと下りてきた。ここは広場になっており、林道終点でもある。ショ-トカットする登山道の近道も用意されているが、僕は迷わず、走れる林道の方へと進んだ。砂利道は多少脚にくるが、右俣左俣よりは余程マシだ。意外と長く感じたが、ようやく林道ゲ-トに到着。その先にある堰堤前の空き地、以前はよくここに停めていた。登山ポストも直ぐ下の空き地にあったはずだが、ポストは無くなり、この辺りの空き地には全てバリケ-ドがされていた。それではどこから登ればいいんだ・・と思いながら走っていたが、かなり下の方に登山者駐車場が新たに設けられていた。登山ポストもここに移設。今後この中尾ル-トを使うとなると、昔と比べ実質数十分行程が延びたことになる。下山届を出し、中尾集落を駆け下りる。舗装された車道は大変走り易く、気持ち良く走ることが出来た。そして最後の大きなカ-ブを曲がり、次の長い直線の先に緑の暖簾が見えてきた。その裏には『新穂高温泉 中尾 ゆ』。終わってみれば、結構楽しい山行だった。だけど焼岳の登り返しの辛さは全くの予想外。結局は自分の力の無さだけが示され、来週の笠槍はやめようと思った。
119_convert_20170829100908.jpg
昔はここに駐車していたが
120_convert_20170829100919.jpg
今ではこんな下に登山者駐車場が設けられていた  ※トイレくらい置いてほしい
127_convert_20170829100937.jpg
ゴ~ル!
128_convert_20170829100949.jpg
新穂高温泉 中尾  ※これまで『中尾温泉』だと思っていたが、結局は『新穂高温泉』だったのか

≫ Read More

スポンサーサイト

| | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

中尾から奥穂を越え上高地へ(2)~観光客溢れる河童橋


・・前回の続き


山頂での休憩も手早く切り上げ、いよいよ上高地に向けて下山する。吊尾根を通るのは実に9年ぶりのこと。このル-トは上高地へと下りる最短路となるが、久々に通ってみたら意外とデンジャラスであった。鎖場やハシゴが多く、下山というよりは、やはりまだ穂高連峰の縦走路。右側には常に視界が広がっており、これから下る上高地の梓川、その後に登り返す焼岳がよく見えている。今日は眺望を遮る雲はなく、そんな素晴らしい景色に見とれながら、慎重に尾根を下っていく。
030_convert_20170828153038.jpg
奥穂高岳山頂を発ち
041_convert_20170828153057.jpg
前穂方面へ
046_convert_20170828113740.jpg
常に目的地が見えているのがいい
048_convert_20170828153117.jpg
迫り来る、前穂高岳北尾根  ※ここを伝うクライマ-も多い

このル-ト上に登山者は多く、難所では必然的に渋滞が発生。そしてその都度、順番待ちに時間が過ぎていく。数人から成るパ-ティ-が多く、外国人(白人男性)ペアもいた。ふと振り返ると、穂高の圧巻な光景に目を見張る。上高地は確実に近付いている。普段お金をかけてまで上高地に行くことはないが、今回のように焼岳を上手く使えば、上高地も意外と近くにあるんだなと感じた。紀美子平は前穂山頂への分岐となる。しかし今回、前穂の登頂は頭にない。先程から気になっていた黄色の物体の正体は、やはりテントだった。僕もあまり言えたタチではないが、この時間帯に堂々と張っているのはあまり宜しくない。テントは基本山荘のキャンプ指定地で、そこに辿り着けそうもなければ適所で幕営。しかしその場合、登山道が混み合う前に素早く撤収がテン泊行者の常識だろう。
050_convert_20170828153319.jpg
吊尾根は意外と危険
051_convert_20170828153332.jpg
振り返ると穂高の圧巻な姿
056_convert_20170828153415.jpg
霞沢岳
059_convert_20170828153548.jpg
この時間に紀美子平でのテントは宜しくない

重太郎新道を下っている。『重太郎』、『紀美子』とは、ご存知今田ファミリ-のこと。現代のようにヘリも使えない時代、歩荷で資材を担ぎ、奥穂へと至る登山道を切り開いてきた。そして穂高岳山荘の礎を築いた偉大なる先人が、今田重太郎氏。そんな苦労の賜物である登山道を、今の時代僕らは当たり前のように利用している。せめて歩かせてもらっているという感謝の気持ちだけは忘れたくはない。眼下に岳沢小屋が見えてきた。標高が下がり、焼岳の見え方も変わっている。まずはキャンプ場が現れ、次に水場が出てきた。しかしここに捨てられたタバコを目にし、怒りが沸々と込み上げてきた。こんな光景は初めてだ。登山者は大概マナ-はいいし、山でタバコを吸う人すら見たことがない。外国人の仕業だろうと僕は勝手に想像するが、いずれにせよこの者には山の祟りが訪れるだろう。
060_convert_20170828153601.jpg
まだまだ難所は続く
065_convert_20170828153627.jpg
岳沢(下)と焼岳  ※右下に岳沢小屋
066_convert_20170828153636.jpg
水場  ※タバコのポイ捨てが許せない
067_convert_20170828153648.jpg
岳沢小屋  ※9年前に来た時は小屋は無かった

岳沢小屋を過ぎると、雰囲気が随分と変わってきた。やがて散歩らしきトレッカ-も点々と現れ、登山道に木道も多く目に付くようになってきた。こうなると、明らかに上高地は近い。そして終に岳沢登山口まで下りてきた。そこにはしゃがみ込む登山者が多かった。僕は直ぐに右方向へと走り始める。上高地の概略は今一つ掴めていないが、右方向へ進んでおけば間違いはないだろう。観光客は皆並行して設けられた遊歩道を歩いていたが、僕はそのまま砂利道をひた走る。多少不安はあったが、無事河童橋に到着。すごい人だ。さすがは日本を代表する景観地だけはある。ちなみに我が家の子供らは確か中学2年の時に、学校の行事で上高地を散策し、その後河童橋前に整列して歌を歌っている。
070_convert_20170828153848.jpg
上高地は直ぐそこ  ※赤い屋根の辺りが河童橋
074_convert_20170828153902.jpg
岳沢登山口
077_convert_20170828113841.jpg
河童橋

混み合う河童橋を、怪しい男が駆け抜ける。観光客の目にはかなり異様な光景に映っていたことだろう。バスタ-ミナルに着くと、人の数はピ-クに達した。水道で飲料水を補充し、直ぐに又走り出す。しかしどこへ進めばいいのか分からず、案内所で焼岳の登山口を教えてもらった。教わった通りに進むと直ぐに梓川に出てそこを左折、後は淡々と走るだけでいい。涼しげな川岸では、水遊びをする姿が多かった。川沿いの遊歩道には散策する観光客が多く、又も怪しげな僕は、片手に長い木の棒(杖)を持ち少し自棄(やけ)気味で走っている。アイツは一体何がしたいんだ・・。何故木の棒を持って走っている・・。きっと、そう思われていたに違いない。やがて田代橋に着くと、ここには立派な西穂登山口があった。ここから更に砂利道を進むと、ひとけは一気になくなってきた。そしてその先に焼岳上高地側登山口が現れた。いよいよこれから飛騨に戻る。しかしその前に少し休憩だ。
080_convert_20170828153930.jpg
上高地バスタ-ミナル  ※水場(飲料水)あり
084_convert_20170828113901.jpg
穂高連峰
085_convert_20170831102722.jpg
焼岳上高地側登山口


つづく・・

| | 11:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

中尾から奥穂を越え上高地へ(1)~絶景広がる奥穂高岳

先週の無念を晴らすべく、今週も新穂高へと向かった。登山者無料駐車場は、予想通り満杯。夏山シ-ズン中、金曜夜ならまだしも、土曜夜に来て停めれた試しがない。そうは言っても、実際に数台の空きがあることは分かっている。先週土曜に下山後、駐車場にはまだ十分な空きがあるのに、警備員はそそくさとバリケ-ドを張り休んでいた。広い駐車場をいちいちチェックするのが面倒だからかどうかは知らないが、もう少し完璧な仕事をしてほしい。絶対に空いているはずだから・・と粘ったが、結局先へは入れてもらえなかった。しかしこれは想定内、直ぐに中尾へと戻る。中尾橋近くには幾つか駐車場があり、野営風呂だってある。しかし残念ながらこの界隈にトイレが無い。奥飛騨さぼう塾には立派な公衆トイレがあるが、いつだって閉まっている。どうせ国の施設なんだから、積極的に登山者らに開放したっていいだろう。仕方なく中尾集落へと上がり、足湯へ。期待したがここにもトイレは無く、ならばと北アルプス大橋へと向かう。ここで昔よく車中泊したが、あると思っていたトイレはここにも無かった。鍋平駐車場を彷徨うも、巡回するパトカ-に怪しまれ、結局は30分を無駄にし中尾橋へと戻ってきた。中尾にも公衆トイレの一つくらいほしいところだ。


翌朝2時起床、3時前にはスタ-トを切る。県道槍ヶ岳公園線はこの時間帯閉鎖中なので、道路の真ん中を走っていても、後ろから車が来ることはない。ヘッドライトで足元を照らし、緩やかな勾配を上っていく。新穂高登山指導センタ-で登山届を提出。隣に居た男性は槍ヶ岳を日帰りするらしい。右俣方面へと進む。出だしの勾配がキツいのは左俣林道と同じ。時折徒歩を交えながら、まずは穂高平に到着。夜空を見上げれば、綺麗に輝く満天の星空。数人追い越し、ようやく白出沢出合。今日は新調したばかりのトレランザックの胸元に、携帯ラジオを入れている。熊除けと気晴らしを兼ね大音量でAM放送を流しているので、この林道の行程もそれ程遠くは感じなかった。奥穂高岳登山口には車が数台停めてある。山小屋関係者だろうが、飛騨ナンバ-ではなく、松本ナンバ-だった。
001_convert_20170828113312.jpg
中尾橋  ※中尾には公衆トイレがなく、車中泊は辛い
004_convert_20170828140416.jpg
新穂高登山指導センタ-  ※登山届を出し、右俣へ
005_convert_20170828140432.jpg
穂高平小屋
007_convert_20170828140442.jpg
白出の奥穂高岳登山口

登山道に入っても、闇夜は尚続いている。ストックがないのでバランスが取り辛く、右へ左へ偏っていた。しかし何とか適当な木の杖を2本見つけ、バランスを取り戻す。暗いうちにどれだけでも標高を稼いでおきたい。先程まで走っていた林道は意外と高低差があり、500m近い高度アップはそこそこの峠レベルだ。4:55に重太郎橋。ここで水の補給を兼ね、しばし朝食休憩とする。辺りは薄明るくなっており、ここでヘッドライトを撤収。寒くなってきたので、カッパ上を羽織る。重太郎橋を渡り終えようとした矢先、橋の固定が緩んでおり思わず転げ落ちそうになった。垂直のハシゴを登る。ここからしばらく断崖絶壁が続き、注意が必要だ。そのせいもあり、ここで夜明けを迎えたかった。
008_convert_20170828140453.jpg
予定通り重太郎橋で朝を迎える  ※対面側がガタガタで危なかった
010_convert_20170828140503.jpg
ハシゴを上り、しばらく断崖絶壁を歩く
012_convert_20170828140518.jpg
鉱石沢  ※手前で少しル-トミス
015_convert_20170828140529.jpg
荷継沢

鉱石沢の少し手前でコ-スを外してしまい、一瞬焦る場面があった。何とか直ぐに異変に気付き戻ってみると、直進ではなく、左に折れる道があった。黙々と高度を稼ぎ、やがて稜線が見えてきた。とは言え、ここからが見た目以上に辛くて長い。岩がゴロゴロしているが、岩は比較的安定している。目の前には3000mの稜線、振り返れば笠ヶ岳。この壮大な沢に張り付く登山者は僕以外誰もいない。標高を上げるにつれ、AMラジオの入りが悪くなってきた。遮るものがないのだから電波の入りが良くなるのかとも思ったが、実際はそうではなかった。それでも『ザ~ッ』という雑音さえも、静まり返っているよりは余程マシだと思い、しばらく流していた。しかしあまり聞こえのいいものではなく、仕方なくラジオの電源を切った。静寂な斜面に岩のごろつく濁音が、不気味に響き渡る。上から登山者が2人各々下りてきた。近そうで遠かった稜線との距離も次第に狭まり、やがてその差がなくなった。つい先程までは手袋さえも欲しいくらいだったが、稜線上では不思議と寒さは感じなかった。
017_convert_20170828113341.jpg
雪渓を直登
018_convert_20170828140542.jpg
稜線は見えているのに
019_convert_20170828140552.jpg
振り返れば、笠ヶ岳(右)

山荘でカッパを片付け、いざ奥穂の山頂へと向う。ここも槍と同様に常に渋滞しているイメ-ジがあるが、今日は運良く空いていてラッキ-だった。難所は直ぐにやって来る。ハシゴを幾つか越えれば、後は安全な岩場ばかり。やがて目の前に山頂の姿を確認。右手には笠ヶ岳の雄姿がよく見えた。振り返れば槍ヶ岳・・のはずだったが、進むことしか頭になく、振り返ることを忘れていた。そしてほぼ予定通りの時刻に、奥穂高岳に到着。標高は3190mと、日本第3位を誇る。当然まだ疲れはなく、コ-スタイムの半分(5時間)で来れた。山頂は沢山の登山者で溢れており、中国系の登山者がやけに目立った。
021_convert_20170828140604.jpg
穂高岳山荘と奥穂高岳
023_convert_20170828140615.jpg
難所を越え、一気に山頂を目指す
027_convert_20170828140706.jpg
笠ヶ岳(左端)とその稜線
029_convert_20170828113429.jpg
奥穂高岳(標高3190m)

山頂で軽く食べ物を口にし、妻に経過報告のショ-トメ-ルを入れておく。目の前にはジャンダルムの厳つい岩峰が聳え、焼岳もその奥に見えている。結局のとこ、わざわざ上高地まで下らなくても、ジャンダルム、西穂高岳を経て焼岳へと尾根伝いに縦走すれば話は早い。一応その区間全て歩いたことはあるが、奥穂~西穂だけはもう行きたいとは思わない。高い所は怖いし、リスクが大き過ぎる。重大事故を起こしたって、それは有り得ないことではない。周りから誰かの囁き声が聞こえてきた。『ジャンダルムより、焼岳の方が難しそうだな・・』。確かにそうかもしれない。焼岳は禿げているので、一見ヤバそうに見えなくもない。日本海から繫がっていた飛騨山脈の連なりは、焼岳で行き止まりとなる。今日は24時間テレビで義足の少女の槍ヶ岳挑戦が行われているようだ。ここも多いが、きっと槍はもっと混雑しているのだろう。
031_convert_20170828113603.jpg
ジャンダルム
034_convert_20170828113524.jpg
これから向かう上高地(左下)と焼岳(右)  ※後方には乗鞍岳と御嶽山(その奥)が聳える
035_convert_20170828140812.jpg
焼岳まで尾根は延びている
038_convert_20170828113615.jpg
槍穂高連峰
039_convert_20170828140849.jpg
名峰、槍ヶ岳
043_convert_20170828150304.jpg
富士山(中央)  ※甲斐駒ヶ岳(その手前右)、北岳(右端)


つづく・・

| | 10:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

急遽、福地山へ


・・前回の続き


さて、これからどうしよう・・。まだ時間は朝9時を過ぎたばかり。今日は15時半ゴ-ルの予定でいたのに、これではトレ-ニングにもならない。右俣林道でも走ろうかとも一瞬思ったが、それではただ辛いだけで面白さは何一つない。じゃあ焼岳、或いは乗鞍スカイラインではどうだ。焼岳は来週行く予定だし、乗鞍スカイラインを走るにはトレランシュ-ズでは勿体ない。安房山は完全に藪山だし、僕の知っている選択肢では残るは福地山しかない。消去法で目的地は決まり、下山直後の姿のまま早速福地温泉へと車を走らせた。

忘れかけた過去の記憶を遡り、福地山登山口を無事発見。登山口にある大きな地図看板では、山頂まで2時間半とある。標高差は711mか、実質1時間ちょいで登れそうだな。朝市で水を補充し、本日2度目のスタ-トを切る。この山に登るのは、長男岳登が小学5年生だった時以来、実に7年振りのことだ。登山道は車が通れそうな程の幅広で、実際轍がありそうにも見えた。黙々と標高を稼ぐことだけに専念。尾根コ-ス、谷川コ-スの分岐に出ると、迷わず尾根コ-スへと進んだ。その方が短時間で標高を稼げそうだが、傾斜は相当なものだった。道中出会った登山者は、単独行の男性一人のみ。さすがに夏山真っ盛りのこのいい時期に、人気の北アを目の前にしてわざわざ地味な低山に登る人などいるはずがない。
037_convert_20170821121206.jpg
登山道入口  ※山に入ってからある看板
036_convert_20170821120821.jpg
注意書き
040_convert_20170821120910.jpg
獣出没注意
043_convert_20170821110331.jpg
無然平  ※明治時代の哲学者篠原無然は、ここで修業を行っていた
044_convert_20170821120928.jpg
尾根、谷川コ-ス分岐

何時にスタ-トしたのか覚えていないので、どれくらい時間が経ったのかは分からなかった(デジカメを見れば分かったが)。標高的にはもう充分なはずなのに、意外と現れない福地山の山頂。いくつかの偽ピ-クに騙されながら内心少し参りかけていた頃、無事山頂に到着。結構な急登を休みなしで急いだせいか、汗の量は鏡平の比ではなかった。山頂に登山者がいるはずもなく、微かに期待した眺望は何もない。本来であれば、ここから槍穂高や焼岳が望めるらしい。つい数時間前まで居た稜線(直下)は完全に深い雲に覆われていた。新穂高下山後青空を見て少し悔しい思いをしていたが、結局のとこ、稜線は今も天候は回復していないのかもしれない。山は甘くない。体力や経験に過信して、悪天時に軽装備で奥へと進むにはリスクが大き過ぎる。やはり撤退は正解だったようだ。
050_convert_20170821110354.jpg
福地山(標高1671m)
048_convert_20170821121010.jpg
新穂高方面を望む  ※稜線は未だ深い雲に覆われていた
051_convert_20170821121021.jpg
焼岳山頂も雲の中

山頂では気持ち長めに昼食休憩を取り、いざ下山にかかる。下りは出来れば走りたいので帰路の分岐では谷川コ-スを選んでみた。距離は幾分長くなりそうだが、急で足場の悪い尾根コ-スよりはまだ走れるだろうと見込んでのこと。実際通ってみると道幅は広く尾根コ-スよりは飛ばせたが、路面には石が多く、思うようには走れなかった。熊に出遭わなくて良かったなと胸を撫で下ろしながら無事ゴ-ル。新穂高での物足りなさは、福地山の激汗にて満たされた。行程的にはたいしたことはなかったが、多少追い込んだことでかなり運動した気にはなれた。買い直したトレランザックは来週早々には届くだろう。そして来週こそは完全装備で山に入り、新穂高発着で奥穂高岳、焼岳(上高地から登り返す)の約40㌔を踏んでおきたい。
053_convert_20170821121114.jpg
帰路は谷川コ-スを辿ってみた
056_convert_20170821110315.jpg
福地山登山道入口


福地温泉 10:03
無然平 10:42
福地山 11:16、11:43
福地温泉 12:25

標準コ-スタイム:4時間15分(山と渓谷社・岐阜県の山)
所要時間:2時間22分
距離:5.7km

| | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

鷲羽目指すも、鏡平で雨に泣く

2週間ぶりの新穂高。県道槍ヶ岳公園線の夜間通行止めは未だ続いているが、通行止規制が20時半に延ばされたことで、この工事区間は難なく通過。登山者駐車場は今日も混み合いながらも、少々の空きがあった。前夜駐車場で1時間半程一人宴会し、そのまま車中泊。・・そして翌朝、登山指導センタ-に登山届を提出し、いざスタ-ト。相変わらず出だしの急勾配に苦しめられたが、何とか30分で笠新道登山口に到着。今日も水は豊富に出ていた。そしてそこから6分で、わさび平小屋。ここも水は豊富。その先やがて奥丸山分岐に出て、今日はこのまま小池新道を稜線目掛け直進する。
002_convert_20170821114041.jpg
夜明け直後の新穂高  ※一応カラ-写真
008_convert_20170821114058.jpg
小池新道入口  ※橋を渡ると奥丸山方面

本日の天気予報は昨日夕方の時点では、午前中曇り、午後からは晴れの予報だった。新調したばかりのトレランザック(モンベル)は先日返品し、新しいザックは昨日注文したばかり。仕方なく今回は小さなランバックで来ている。食料や飲料を重視し、雨具は今回持ってこなかった。そして小池新道に入り、不運にも雨が降り出してきた。この予期せぬ展開にお先真っ暗になり、撤退の二文字が頭を過る。ザックカバ-も持っていないので、中の荷物にビニ-ル袋を被せてここは対処した。
009_convert_20170821114109.jpg
秩父沢
013_convert_20170821110156.jpg
走りながら足下を撮影してみたら
014_convert_20170821114122.jpg
疾走感があった

さすがにここで引き返す訳にはいかないので、せめて鏡平までは進もうと思っていた。時間はたっぷりあるし、鏡平山荘で最悪1時間、2時間雨宿りしたって構わない。鷲羽は今日は無理かもしれないが、出来れば双六くらいは行っておきたい。憂鬱な気持ちを抱えながら、黙々と高度を上げていく。前を行く者は追い越し、下りてくる者とは擦れ違う。登山者の賑やかな声が響いてきたら、そこがシシウドヶ原。ここまで来れば鏡平はもう近い。取りあえず、休まず一気に山荘を目指す。
016_convert_20170821114133.jpg
イタドリヶ原
017_convert_20170821114145.jpg
シシウドヶ原  ※休憩する登山者がたくさん

しかしこの先、不運にも雨が一気に活気付いてきた。鏡平を目前にして本格的な雨模様になり、逃げ込むように山荘の軒先に退避。今日の天気予報は完璧な晴れ模様とまではいかなかったが、雨は想定していなかった。少し粘れば昼から晴れる公算もあったが、この降りを見てとてもそうは思えなかった。寒さも出てきたので、ライトジャケットを羽織る。この雨の中、無防備姿で稜線に出るのは賢明ではない。更に稜線を奥へと進むのは、まさに自殺行為。撤退以外、選択肢はなかった。山荘玄関の軒先で休ませてもらい、おにぎりを食べ終えたところで一気に下山にかかる。
019_convert_20170821114156.jpg
鏡池  ※工事も終わり立派になっていた
020_convert_20170821110215.jpg
鏡平山荘  ※雨が止むのを待とうかとも思ったが、潔く撤退を決める
022_convert_20170821114207.jpg
水場有料(500ml 100円)

『鏡平』までだいたい2時間くらいだった。『槍平』も2時間だし、『畳平』も2時間。『何々平』と名の付く所は、大概2時間程度で行けるんだな。そんな法則めいたことに気付きながら、慎重に登山道を駆け下りる。こんな雨模様の中、登山者が続々と上を目指しやって来る。次第に雨は弱まり、いつしか雨は止んでいた。無事小池新道入口まで下りてきた。ここまで来れば、もう何の心配もない。左俣林道は右俣林道に比べ舗装部分が多少は多く、幾分走り易い。力が有り余っていることもあり、舗装路は全力で駆け下りた。擦れ違う登山者は終始点々と続き、新穂高にて早々にゴ-ル。今日は鷲羽岳登頂というより距離を稼ぎに来たのに、これでは全くの不完全燃焼だった。駐車場に着いても靴を脱ぐ気にもなれない。さて、これからどうしよう・・。まだ時間も早いので、このまま終わる訳にはいかなかった。
023_convert_20170821110228.jpg
雨は強まるばかり
029_convert_20170821114230.jpg
笠新道登山口 
031_convert_20170821114241.jpg
新穂高


平成29年8月19日(土) 天候曇り後雨、僕


新穂高 5:07
笠新道登山口 5:37
わさび平小屋 5:43
小池新道入口 5:53
秩父沢 6:18
イタドリヶ原 6:36
シシウドヶ原 6:50
鏡平山荘 7:11、7:25
小池新道入口 8:33
わさび平小屋 8:40
新穂高 9:05

標準コ-スタイム:9時間15分(昭文社・山と高原地図)
所要時間:3時間58分
距離:18.5km


つづく・・

| | 14:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT