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ジャガイモからトマト?

梅雨真っ盛りのこの時期、雨が上がった休日ともなれば、畑や庭や植栽(囲い)の手入れに目を回すほど忙しい。雨のおかげで水遣りの手間は省け、水道代も助かり、庭木や芝、花や野菜たちは活気付いてくれる。まさに”天の恵み”とでも言おうか。しかし反面、雑草が凄いことになっている。庭では世帯主の”芝”を余所に、訳の分からぬ雑草が勝手に住みついていて、芝の居場所を奪おうとしている。敷地を囲うレッドロビンは成長が著しい為手入れが本当に大変で、剪定や落葉拾いはどれだけやってもその繰り返し。レッドロビンの手入れだけで軽く1日は潰れるが、果たして僕が万が一早死にしたら、残された妻にこの面倒が見れるのかと今から心配している。そして、畑。僕だけではとても手が回らない為実家の母が主だった作業はしてくれるが、日々の草取りや水遣りなどは当然家主である僕の仕事となる。そんな慌ただしい休日のある日、ふと菜園のジャガイモに僕は釘付けとなった。

『なんで、ジャガイモの葉にトマトが成っとるの』 

これってどう見てもジャガイモの葉だし、実際根元にはしっかりとジャガイモが実を付けている。花は咲いても葉に実が付くなんて話はこれまで聞いたことがない。これは母とて同様。もしこの実が本当にトマトだったら、これは大変なことだ。奇跡の新種誕生だ!世紀の大スク-プだ!と僕と母は勝手に盛り上がる。これは絶対に世間に公表しなければと、地元新聞社への持込み用として一先ず子供を入れて写真を撮っておく。『○○在住の土地家屋調査士○○さん宅の畑にて、奇跡の新種発見!』、との朝刊の大見出しを想定して・・。しかしただの勘違いだと恥ずかしいので、この不思議な実に赤なり黄なり色が付き、確実にトマトだと断言出来るまでは経過観察とし、はやる気持ちを抑えしばらく様子見とした。この現象が起きたのが2種類植えたジャガイモのうち、品種『北あかり』の一部のみで、『男爵』にはこのような実は付かなかった。
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家庭菜園のジャガイモ  ※こちらの区画は『北あかり』
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ミニトマトだろうか
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新聞社への持ち込みを想定して、一先ず記念撮影  ※大志、ナイス笑顔!

しかし便利な世の中は、僕のはかない夢と希望を瞬時に沈め、正しき答えを直ぐに導いてくれた。数時間後、ネットで『ジャガイモ トマト』と検索してみたら、驚くことに僕と同じ体験をした人が何人も出てきた。『メークイン』や『男爵』では実は付かないようだが、『北あかり』では別段普通のことらしく、この実には『漿果(しょうか)』という名前まであるそうだ。結局ジャガイモもトマトもアンデス原産となり、同じナス科ナス属の植物なので特に珍しいことではないのだと言う。ただこの実(漿果)には、芽などに含まれるものと同じ中毒要素『ソラニン』が含まれているので、食べることは避けた方がいい。しかし本当に赤くならないのかは、未だに気になるところではある。しばらく観察してみようと思う。

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| 家庭菜園 | 13:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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焼岳を味わい尽くせ(2)~硫黄卵

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2006年夏、長女(当時小3)らと  ※よく卵パックで割れなかったなと今思う
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2008年秋、穂乃花(当時小1)と  ※6個の内5個は娘に食べられた



・・前回の続き


込み合う北峰山頂でしばしの休憩を取る。予定より早く着くことが出来たし、今日は行程自体が長くないので、時間には比較的余裕がある。飛騨側に開けた斜面の下部に座り、正面に槍穂高、左手に飛騨の名峰笠ヶ岳を眺めながら昼食におにぎりを食べる。最近海苔は食べる時に巻くようにしているので、パリパリ感がこれまた堪らない。昨夜シマヤで買ってきた半額の唐揚げやポテチをつまみ、子供と至福の一時を過ごす。今日は雲が多いながらも眺望は良く、北ア南部の峰々を存分に楽しむことが出来た。しかし悲しくも乗鞍と笠と槍以外、あの山が何という山なのか、ある程度目星はつくものの、この時点で完全に断言出来るには至らなかった。
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火口湖と南峰  ※昔は普通に火口湖に下りていたが、今では公衆的に宜しくない
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焼岳噴火口  ※昔は覘いたりしていたが、今では『奴は馬鹿か!』と軽蔑される
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込み合う北峰山頂
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乗鞍剣ヶ峰(左)
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槍穂を前に束の間の一時
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おそらくこの位置は岐阜県側(高山市)
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双六岳(左)、水晶岳(中央奥)、鷲羽岳(右)
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野口五郎岳
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飛騨の稜線を一望
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穂高連峰
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槍穂高

横になって寛ぐ登山者もいる中、僕らももう少しゆっくり休んでいたかったが、この後噴煙地でも時間を割くことになる為、山頂を程々に切り上げ下山にかかる。無事肩まで下り、ここで新中の湯コ-スとは道を分けることになる。中尾峠を目指し、岩と砂地主体のガレ場に入る。右手が崖となっており、幾分注意が必要だ。僕やナナにとってはたいしたことのない斜面ではあるが、小1の大志にとっては充分怖いらしく、その要因がこの急勾配なのか、滑り易い砂地なのか、切り立った崖なのかは定かではない。所々尻を付け、超安全に下る大志。附随して時間ばかりがかかってしまい、時間の割には全然進んでいない。ナナも完全に呆れていたが、この異常なまでの用心深さは、もしかしたら大志も僕と同じ極度の高所恐怖症なのかもしれない。
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下山者多数
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立つんだ大志!  ※転んでるのではなく、怖いらしい

同じくペ-スの遅い男女ペアと何度か前後しながら、何とか噴煙地まで下りてきた。ザックを岩肌に下ろし、先程セットしておいた卵を回収する。やはり噴気は確実に弱くなっており、木の棒を使わなくても、素手で網を回収出来た。”噴気が弱い”ということは”火力に乏しい”ということになり、茹で上がり具合が心配だった。しかし大志のノロノロペ-スが幸いしたのか、いつものような完全なゆで卵に仕上がっていた。往路時にセットし、山頂を経てここまで2時間半。ここでの仕上がりは”ゆで卵”しか記憶にないが、果たして何分で取り上げればこの噴煙地で”温泉卵(白身とろり黄身半熟)”が出来るのだろうか。通りかかる登山者は誰しも僕らの卵が気になっていたようだ。子供二人はたいそう喜んで食べてくれたが、2つはあえて残し、まだ食べたことのない妻らの土産とした。以前はソ-セ-ジやキャベツなんかも茹でていたが、卵の殻のようなガ-ドがない為、これらはやらない方が無難だろう。
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どれどれ出来たかな
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噴気が弱いので心配だったが
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中々の茹で具合  ※昔はソ-セ-ジや野菜も茹でていたが、お勧め出来ない
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無事中尾峠まで下り、ここで上高地コ-スともお別れとなる。この中尾峠以降大志の脚取りは復活し、ようやく通常ペ-スで歩けるようになり、先程まで呆れ果てていたナナもここに来て安堵した表情を見せた。秀綱神社まで快調に下り、ここで休憩。休むにはまだ早いが、ここを逃すと休憩に適した場所がしばらくない。焼岳の余韻にふけりながらしばしの休憩を終え、いよいよラスト前の行程に入る。往路時は林道終点広場からここまで一気に来れたので、次の目的地は必然的に林道終点広場となる。”鍋助横手”や”ヒカリゴケ”、”白水の滝”と順に要所を通過。白水の滝まで来たら、目指す広場は直ぐだった。
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秀綱神社のイスとテ-ブルは
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快調な二人  ※子供の無駄話が面白かった
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サワラ  ※樹木名を記した看板がとても勉強になる

林道終点からは舗装された林道を下ろうかと当初思っていたが、かなり遠回りのような気もしたので、そのまま山道を直進。ここには”近道”と書かれた道標もある。大志とナナは中尾峠以降、二人でくだらない話ばかりしている。僕は最後尾でその話をニヤニヤ聞いている訳だが、話の内容はゲ-ムやアニメがほとんどで、いかにも子供らしいと思った。これが子供にとっての世間話なのだろう。2週間前の常念の時は僕と大志だけだった為、実に静かなものだったが、今日は大志に話相手がいた為か、下山時大志の口から弱音は一切出なかった。沢の音が聞こえ、やがて沢に出会う。冷たい沢水で顔を洗い、喉を潤す。ここはほぼ登山口なので、道中の水場としては頼れない。ゴ-ルとなる登山者駐車場に着くと、満杯とまではいかないが、そこそこの車が停まっていた。
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唯一の水場はほぼゴ-ル
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登山者駐車場

活火山焼岳を象徴する、硫黄臭。山頂に近付くにつれ、先ず匂いが鼻に入ってくる。やがて荒々しい噴煙が目に留まり、耳で蒸気の濁音を聞く。その蒸気で茹でた硫黄卵を口に入れ、その後、平湯温泉街で改めて本物の温泉卵を食す。そして締めは、ひらゆの森。この温泉には出来た当時から足しげく通っているが、何せこの温泉の匂いは、焼岳登山で味わう硫黄臭と全く同じだ。体全体で硫黄臭を徹底的に浴び、ようやくこれにて焼岳山行は完結。先程下山の際、擦れ違った軽トラの地元男性に登山道の状況を訊かれた。こういう地元の方々が登山道の草刈りなど手入れをしてくれるおかげで、僕ら登山者は気分良く山行を終えることが出来る。
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平湯温泉街で温泉卵  ※ナナは何故か黄身が嫌いらしい

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| '19山行記録 | 15:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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焼岳を味わい尽くせ(1)~絶景!

焼岳。これ程お手軽に登れて、且つ非現実的な気分に浸れる場所は他にないだろう。何よりあの強烈な硫黄臭が登山者の脳や感覚を麻痺させ、温泉好きには堪らなく応える。その上、眺望も抜群に良いときた。焼岳はおそらく僕がこれまで一番多く登った山であり、これまで20年以上で数え切れないほど登ってきた。我が子の初アルプスは大概この山だし、最近では僕は奥穂焼槍焼など北ア周回でこの山を帰路の峠として使っている。そんな使い勝手の良い”道”としての機能も有する焼岳ではあるが、焼岳登山の醍醐味は何と言っても、『嗅ぐ、食べる、浸かる』の三要素を全て堪能することだろう。そのうちどれか一つ欠けても焼岳を味わい尽くした気にはなれないし、そうなると必然的に中尾発着でないと目的は達成出来ない。硫黄臭を目、鼻、耳、口、そして体全体で浴びることこそが、本来の焼岳登山なんだと僕はいつも思っている。
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第2子岳登(当時小1)と第1子長女(当時小3)  ※2006年夏、中尾より
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第4子嶺花(当時年長)と第3子穂乃花(当時小2)  ※2009年秋、新中の湯より


【山域】焼岳北峰(2444m)
【日時】令和元年7月6日
【天候】晴れ
【岳人】大志(小1)、ナナ(小6)、僕


先週に続き、再び焼岳にやって来た。何せ登山口の中尾は同じ高山市内なので、市内のちょっと遠い所に行くような気軽な感覚ではある。本来ならランをからめた50㌔程度のロング山行をしたいところだが、未だ脚の調子が戻らない為、仕方なく子供連れのリハビリ山行とした。朝5時前に家を出て、1時間で中尾登山口に到着。準備を済ませ、予定通り6時にはスタ-トを切る。今回僕の相手をしてくれる大志(小1)とナナ(小6)はともに保育園年中の時に新中の湯登山口から日帰り山行しており、今回の山行の目的は登頂とは別にある。
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登山届を提出  ※第5子ナナ(小6)と第6子大志(小1)
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林道ゲ-ト  ※昔はこの手前に停めていた
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焼岳登山口
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白水の滝  ※落差45m

林道終点との合流広場で一度朝食休憩を取り、2限目に入る。そして火山標識の辺りで、ふいに僕の右脚が悲鳴を上げた。先月の飛騨高山で終えたウルトラ3連戦の故障(右脚ふくらはぎ肉離れ)がこの場に及んで再発したのだ。今日は大志のペ-スに合わせた緩々登山の予定だっただけに、全く予想外の事態だった。しかしここまでの子供の頑張りを思うと、引き返そうとは到底思えなかった。僕の脚はこの先どうなるのだろうか・・。痛む右脚を引きずるように歩く。スキ-ストック(山ストックはコスパが悪過ぎる為、僕は一切持たなくなった)がある分、脚の負担を幾分腕に分担させられてはいる。気のせいかもしれないが、右脚を意識した瞬間にいつも再発しているような感覚が若干気がかりだ。子供を二人連れてくると山行的には効率が良く、ナナの後ろを追うように大志はヘボなりにも頑張っている。休む適当な場所もなく、結局一気に秀綱神社へ。ここまで来ればもう峠は近い。
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焼岳は噴火警戒レベル1の活火山
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ヒカリゴケ  ※看板とは別の岩下で見つけた
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秀綱神社

意外とすんなりと峠まで来れた。これはナナが一緒に来てくれたことが一番の要因だ。当初第7子の一花を背負子で背負って連れて来ようと思っていたが、荷物の負担がナナ一人にかかる為、仕方なく一花は家に置いてきた。中尾峠まで登ると、正面に笠ヶ岳が望める。どの方角も雲がたなびいているが、雲は山頂部より下で流れている為、より神秘的な情景となっていた。焼岳と言えば、僕は真っ先にノアザミを思い出す。眺望がなくなることを恐れ、峠での休憩は程々に直ぐに山頂へと向かう。霞む行く手に北峰乏しき山頂部が見えた。ゴ-ルが見えている分ナナはポジティブに捉えることが出来るが、小1の大志にとってはまだその発想がない。まだあんなにも・・と言うネガティブな感情は、2週間前の常念乗越の時と重なる。
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中尾峠、焼岳小屋分岐
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ノアザミ
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中尾峠
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霞む山頂部
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笠の稜線
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中尾峠(手前)から中尾への下山路が左に延びている
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休み休み
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雲上の穂高連峰
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西穂~奥穂間は国内最難関の一般路  ※好き好んで行きたくはない
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北峰と火口

今日は大志の相手役がいるおかげで、僕は意外と自由にさせてもらっている。荷物を持たない身軽な子供二人に対して、水3.5㍑、おにぎり12個を含む結構な重さを背負った僕は、出だしから一人大汗を掻いている。高度を上げるにつれ槍穂の眺望は一層迫力を増す反面、いつ隠れてしまうか分からないという不安もあり、僕は写真撮影に余念がない。そして今日の目的地とも言える”噴煙地”に到着。僕は海外放浪時代(22~23歳)のネパ-ル(ポカラ)で山を知り、その後24歳で子供を授かったことを機に飛騨へと戻り、山登りを始めた。旅人が山にはまることは必然的なことであり、康介も確か同じ理由だ。地元(飛騨)にもこんなに山があったのか・・。一度飛騨を離れたからこそ知り得た衝撃の事実だった。その頃は中尾ばかりから登っていたので(たぶん新中の湯コ-スはなかった)、その都度この噴煙地で硫黄卵を作り楽しんでいた。しかしここ最近では新中の湯コ-スを使うことが多く、おそらく11年ぶりくらいの硫黄卵となる。早速噴煙口に卵をセットし、引き続き山頂を目指す。山頂を経て戻って来た頃が丁度食べ時、茹で上がった頃となる。
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噴煙地にて
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11年ぶりの登場
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卵セット完了  ※焼岳の蒸気は年々確実に弱まっている
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左から、槍ヶ岳、大喰岳、中岳
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笠ヶ岳(左)、抜戸岳(右)
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穂高連峰

前日までの天気予報は今一不安なものだったが、今朝自宅を出る前の予報では雨の心配は完全になくなっていた。僕のような地元民はその日の気分や天候次第で気軽にサクッと来れるので、わざわざ雨の日に登る必要など全くない。都会の人が休みを取り、高い交通費をかけてまでやって来る登山者あこがれの聖地に、僕ら飛騨人は全くお金を掛けずに来ることが出来る。この特権があるが故、僕は事前に日程を固めてしまうことはせず、天候ありきで山行を考えている。その為、融通の利く単独行か子供としか基本山に入らない。
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中尾コ-スは新中の湯コ-スに比べ行程は長いが、眺望は抜群
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滑落注意
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ガレ場が続く
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槍穂高を一望
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岩場
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イワカガミ
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稜線直下のお花畑

そしてようやく焼岳の北峰に立った。大志は2回目、ナナは3回目の登頂となる。中尾からの登山者は数人しかいなかったが、山頂は驚くほどの登山者で溢れかえっていた。焼岳は元々人気がある山だったが、年々登山者の数は確実に増えている気がする。先週は韓国人グル-プがいたが、今日は上高地からのガイドツア-だろうか欧米系の外国人パ-ティ-の姿があった。旅行ついでに登る山としては確かにこれ以上適した山はないだろうし、これに温泉でも絡めれば思い出作りとしては完璧だ。火山には不思議と魅力めいたものを感じるが、以前岳登と旅したフィリピン・レガスピのマヨン火山も僕の中では思い出深い。
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最後の岩場を越えたら
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焼岳北峰(標高2444m)  ※以前の標柱には確か”標高2393m”と書かれていたが・・


つづく・・

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スプリットの宿~中欧周遊編(14)

2019年1月2日
ドゥブロヴニク~スプリット



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世界遺産 スプリットの史跡群とディオクレティアヌス宮殿 (1979年登録)


アドリア海沿岸最大の港町、スプリット。
古代ロ-マ皇帝ディオクレティアヌスが300年頃に造ったディオクレティアヌス宮殿は、7世紀のスラヴ人の攻撃により崩壊。
住民は朽ちた宮殿の資材を利用し、家や道路を再建した。
この宮殿は頑丈な城壁で囲まれ、ロマネスク様式の大聖堂や、ア-チ状の天井を持つ神殿が今も残されている。

時代の変遷を経て、様々な時代の建物が並び、宮殿と一体となった町が形成され、これらの史跡群は1979年に世界遺産に登録された。

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アドリア海の真珠~中欧周遊編(13)

2019年1月1日
モスタル~クロアチア・ドゥブロヴニク



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世界遺産 ドゥブロヴニク旧市街 (1979年、1994年登録)
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アドリア海に陽が沈む


アドリア海に突き出た城塞都市、ドゥブロヴニク。
町を囲む城壁は8世紀頃に建築が始まり、町の拡張とともに広がっていった。
『アドリア海の真珠』と呼ばれるクロアチアきってのこの観光地は、ラグ-サ共和国として15~16世紀にはヴェネツィアと並ぶ貿易都市として栄え、今も旧市街には当時の面影が色濃く残っている。

この美しい旧市街は1979年に世界遺産登録されたが、1991年に始まったクロアチア独立戦争の際、旧ユ-ゴスラヴィア連邦軍の攻撃により旧市街も大きな被害を受け、『危機にさらされている世界遺産リスト』に挙げられる。
しかし終戦後に修復が進み、1994年に改めて世界遺産に登録されることになった。

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