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第25回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン(3)~未だ油断出来ず


・・前回の続き


42㌔の第2関門(八峰の湯)を越え、次に目指すは第3関門となる50㌔地点(小梅中学校横公園)。あまり記憶にないコ-スを淡々と走り、何とか中間地点まで到着することが出来た。ここでは茹でたての蕎麦が頂けるが、今年はいつも以上の大渋滞。別にどうしても食べたい訳でもないし、待ち時間が勿体ないので蕎麦はスル-。他の補給食で栄養を賄い、被り水を浴び早々に発つ。ここまで関門閉鎖との時間差は若干開きつつあり、タイム的には若干余裕が出てきた。しかし後半、何が起きるか分からない。走れなくなることも充分想定されるので、エイドでの長居だけは気を付けた。そしてその先、距離合わせの為か、無駄に往復させられる箇所がある。往路はダラダラとした上りが延々と続き、ここでメンタルがかなりやられる。既に折り返してきたランナ-に嫉妬しながら、走ったり歩いたりを繰り返す。この区間に公式エイドはなく、私設エイドの存在がランナ-にとっては凄く有り難い。今年はこの区間に限らず、全体的に私設エイドの数が多くなっていた。ビ-ルの小缶を頂き、一気に飲み乾す。暑いし、脚は痛いし、このビ-ルが堪らなく美味しかった。
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信州そばの大行列  ※第3関門(小梅中学校横公園、50km)
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これより、北相木村  ※折り返し地点を目指す
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私設エイドでビ-ル(小缶)を頂く  ※すごく嬉しかった

そして、ようやく出張の折り返し地点に到着。今年もとても長く感じ精神的に滅入っていたが、まだ胃の調子がいいのがせめてもの救いだ。この場に及んで食欲は一応あり、おにぎりを沢庵やキュウリ漬と一緒に食べると、塩気が効いて美味しかった。エイドを発ち、その1㌔先で60㌔マットを踏む。家では家族らがリアルタイムで状況を見守っている(はずな)ので、一刻も早くマットを踏んでおきたいという心境が、走っている最中常にあった。そうした場合、距離マットがエイドの前にあるのと後にあるのとでは、気持ち的に差が出てくる。折り返し地点からの復路は下り基調となり、当然往路よりは走れている。正に出張を終え帰宅するような気分で、精神的に受けるダメ-ジは明らかに往路よりは少なくて済む。反対側を懸命に走るランナ-を眺めつつ、ようやく本線へと戻ってきた。
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ようやく折り返し地点に到着  ※第15エイド(北相木村役場、59km) 
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これより、南相木村
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被り水最高!
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フル-ツや
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あんころ餅

そしていよいよ、第4関門(滝見の湯、71km)に到着。閉鎖までは1時間21分となり、時間的に悪くない。しかしこの先に最大の難所である馬越峠が待っており、その先には長い下りもある。いずれもいい思い出はなく、ここまでコツコツ貯めてきた貯金を一気に使い果たす可能性もあり、一切油断は出来ない。この関門エイドではキンキンに冷えたパイナップルが最高に美味しかった。後半になってからのフル-ツは正に命の源だが、このエイドでのパインや私設エイドでたまに目にするスイカなど、通常のエイドでは出ることのないフル-ツに出会うと凄く嬉しい。預け荷物を受け取り、少しの時間、地べたに座り用事を済ます。そしていよいよ終盤戦へと突入する。先ずは第5関門の馬越峠、そしてその先にある最終関門(87km)まで辿り着くことが出来たなら、完走も現実味を帯びてくる。脚が未だ痛いことに変わりはないが、これが9㌔地点から抱えている右脚ふくらはぎの痛みなのか、単に終盤に現れるただの筋肉痛なのか、僕自身よく分かっていない。
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第4関門(滝見の湯、71km)  ※閉鎖まで1時間21分
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冷えたパインがとにかく美味かった  ※4、5本は食べた
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この時は食べたくなかったが、今は後悔  


つづく・・
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| 2019 | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第25回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン(2)~痛みとの共存


・・前回の続き


記念すべき令和初めてのウルトラの舞台は、満身創痍の状態で迎えることになった。令和元年5月19日、第25回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン。前夜”道の駅南きよさと”で車中泊し、翌朝大会会場となる南牧村社会体育館へと向かう。この大会は会場が特に狭いので、早く会場入りしても外は寒いだけだし、結局は時間をもてあそぶことになる。それに野辺山は世界遺産シリ-ズではないので、先月の富士五湖のような専用ラウンジも設けられていない。今年からウェルネス系の大会は公式タイムがグロスタイム(号砲が鳴ってからの時間)からネットタイム(スタ-トマットを踏んでからの時間)になったので、スタ-トロスが全く気にならないのが有り難いところ。問題は僕の右脚。4日前には2㌔として走れなかっただけに、最後まで持ってくれるとは微塵も思ってはいない。ただその痛みがどこで出てくるか、今日はそこに尽きる。

黄色ゼッケンの第2組は5:20のスタ-ト。列後方でのんびりスタ-トを迎え、ゲ-トに向けぞろぞろと歩く。今回は特に活力が欲しかったので、歩きながら右端に寄り坂本さんと握手をし、ようやくスタ-トゲ-トを抜ける。今日は雨の心配はなく、気温も一昨年のように暑くもならず、絶好のマラソン日和とのこと。しかしそんな好条件に背くかのように、走り始めて僅か1分で右脚に違和感が出てきた。やはり欠場すべきだったのか・・。既に絶望感に包まれていたが、幸いにもその爆発寸前の状態がその後しばらく続いた。これなら何とか50㌔くらいまでは行けるかもと、悪いなりには微かな光も見えていた。これがテ-ピングとカ-フタイツの効果なのか・・。僕は完全にバカだった。
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5:20スタ-トの第2組  ※今年からネットタイムになった為、急いで前に並ぶ必要はない
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八ヶ岳連峰を眺めながら
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ランナ-が長い列を成す

ここは八ヶ岳の裏側。実際のとこ裏も表もないのだが、八ヶ岳には反対側からしか登ったことがないので僕はそう言うしかない。そんな八ヶ岳の絶景を前にして、突如悲劇が訪れた。距離にして9㌔付近。激しい痛みが何の前触れもなく僕の右脚を襲い、その場に立っていることすら出来ない状態に陥った。えっ、マジか!まだゴ-ルまで残り91㌔もある。さすがにこの距離、この痛みではゴ-ルはどう考えたって無理だろうし、きっと100人いれば99人は諦めるだろう。しかし今回出場を決めた時点で既に腹はくくっていたので、僕は迷うことなく前へと進む。歩いても痛いし、走っても痛い。どうせ痛いなら、走った方が一刻も早くこの状態から抜け出せる。当初片足を引きずるようにビッコ走りしていたが、これでは左脚までも痛めてしまう。更に気合いを入れ、激痛と闘いながら普通に走る。ここまで㌔6分半の後方集団につけていたが、周りのランナ-は当然まだまだ元気であり、皆容赦なく僕を置いていく。10㌔を通過し、僕は考えを改めることにした。これは通常の100㌔マラソンなんかじゃない。痛みを抱えての90㌔マラソンだと。その特異な大会に僕一人エントリ-しているのだ。スタ-ト早々に襲ってきた耐え難き激痛が今の僕の日常となり、故障の無い健全な脚は非日常となった。そんな地獄のような日常の世界に迷い込んでしまった中、この痛みと如何に共存すべきか・・。
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第1関門(林道ゲ-ト、23km)  ※閉鎖まで残り1時間7分
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これより、小梅町

周りに合わせるかのように一応平静を装ってはいるが、脚はかなりヤバい状態だった。前兆だった違和感は立派な激痛へと成長し、容赦ない痛みが途切れることなく僕を襲う。このとてつもなく大きな壁は、明らかに神様の与えた試練なのだろうと思った。従ってゴ-ルは遥か遠くても、自分から諦めるという選択肢はなかった。痛みが出始めた10㌔から20㌔くらいまでが、やはり一番辛かった。しかし不思議と痛いながらも何とか走れてはいたが、逆に今度は歩き出すと痛みに耐えられなかった。これはおそらく、ここまで繰り返してきた一連の走る動きにだけ痛みが麻痺し、体が慣れてきたからだろう。出走前、最悪稲子湯までは這ってでも辿り着きたいと思っていた。意に反して敢え無くリタイヤとなった場合、せめて普段入れない温泉くらいは入っておきたいという考えがあった。しかし稲子湯は難なく越え、次の八峰の湯も関門閉鎖まで1時間11分を残し無事クリア。陽が昇り、既に暑くなっている。預け荷物を受け取り、Tシャツからノ-スリ-ブに着替えた。この大会は、ゼッケンが4枚与えられるのが大変有り難い。完走を意識したいところだが、脚は既に死んでいるので、いつジエンドになってもおかしくはない。
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稲子湯(35km)  ※最悪ここでリタイヤし、温泉にでも入ろうと思っていた
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おしるこが美味い
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脚に易しい下り坂
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第2関門(八峰の湯、42km)  ※閉鎖まで残り1時間11分


つづく・・

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第25回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン(1)~脚に爆弾を抱え

いよいよウルトラ3連戦が始まった。先ずは日本一過酷な野辺山(100㌔)を無難にこなし、2週間後には南砺(100㌔)。更にその1週間後の飛騨高山(100㌔)辺りが最大のヤマ場になるだろう。しかしそんな大事な時に限って結構厄介なことが起きた。本番9日前(前週の金曜朝)に右ふくらはぎを故障(肉離れ)。ふくらはぎを痛めたことは過去にもあったし、その時は数日休養しただけで治っていたような記憶もあり、それ程気落ちはしていなかった。その期待通り翌日には痛みは治まり、土日月火と4日休養の後、水曜の朝試しに走ってみる。時期的に決して無理は出来ないので、5㌔程軽く流そうと思っていた。・・しかし走り始めて1.5㌔くらいで問題の箇所に違和感を感じ、泣く泣くそのまま歩いて引き返すことに。この場に及んで、僕の右脚は全く治っていなかったのだ。

こんな脚で無理に出場しても、完走はまずもって無理だろう。それどころか故障を更に悪化させ、続く2本も欠場に追いやられるのが関の山だ。全敗だけは避けたいし、ここはやはり欠場するのが妥当なのか・・。直前まで僕はそう悩んでいた。しかし結局、出場することに。僕が常々求めているのは、”速さ”ではなく”強さ”。これまでどんな故障を抱えていようと、どれだけ体調が悪かろうと、申込んだ大会(100㌔超、16本)は全て最低限完走だけはしてきた。”参加費が勿体ないから”という根っからの貧乏性が根底にあるが、走る前から諦めるというDNSだけは絶対にしたくなかった。例え途中リタイヤ(DNF)になろうと、闘って散った方が自分としては納得出来ると思った。それに仮に大事をとって野辺山を見送ったとしても、そんな弱い心では続く2本の完走もないだろう。出るからには絶対に自分からは諦めない・・。二度と走れなくなっても構わない・・。そんな強いで、野辺山へと向った。

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前日の選手説明会  ※今年は25回の記念大会
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ここはⅧ系か  ※会場前の信号付近で見かけた

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| 2019 | 16:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ワラビ料理

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2019.5.6の夕食  ※ワラビ、コゴミ、タラノメ、コシアブラ、タカノツメ、リョウブ、折り菜
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ワラビの味噌汁  ※汁物にワラビは外せない
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天婦羅(ワラビ、コシアブラ)  ※ワラビも意外といける
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ワラビの辛し味噌  ※ぬめり感がいい
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ワラビのマヨ明太子和え  ※これはマジやばい!
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ふりかけを混ぜたらしいが、ナイスアイデア!

| ワラビ | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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山中和紙で作られた巨大こいのぼり

春の遅い雪国飛騨地方では、雛祭りや端午の節句など季節の祝い事は、1ヶ月遅れで祝うのが昔からの慣わしとなっている。そこで6月5日の端午の節句に合わせ、野外博物館『飛騨の里』で、和紙で作られた巨大こいのぼりが展示されている。そんな情報を中日新聞朝刊の飛騨版で目にし、早速その日家族で見に出かけてきた。こいのぼりは1930年代に飛騨市河合町の伝統工芸品『山中和紙』で作られたもの。全長9.5m、胴回り3.5mととてつもなく大きく、県重要文化財の合掌家屋『旧西岡家』で毎年2部屋にまたがって展示されている。1世紀近くもの長きにわたり原形を保っていること自体、山中和紙の強さの表れでもある。ちなみこの春中日に入団した根尾選手の出身校である河合小学校では、確か卒業証書をこの山中和紙で作っていたはずだ。
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巨大こいのぼり  ※飛騨市河合町の伝統工芸品『山中和紙』で1930年代に作られた
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全長9.5m、胴回り3.5m、尾びれの高さ2m、目玉径50cm、口の大きさ85cm

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| 日本の旅 | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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