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2月の練習結果~時は来た、ただそれだけだ

『時は来た、それだけだ・・』。2月のサブタイトルを考えていて、ふとこのフレ-ズが頭に浮かんだ。そう口走るのはまだ1ヶ月以上早い気もするが、丁度昨日地元新聞社の取材を受けたこともあり、日に日にテンションが高まりつつある今の心境は実際そんなところだ。僕らの年代の男子であれば、このフレ-ズを懐かしく思う人も少なからずいるだろう。僕が中学生だった昭和60年代、ゴ-ルデンタイムのプロレス番組は当時最高の楽しみだった。学校での休み時間には友達に猪木の卍(まんじ)固めやコブラツイスト、藤波のドラゴン・スリ-パ-などをかまし、雪の上では友達をブレ-ンバスタ-やバックドロップで投げ飛ばし喜んでいた。当時若手の橋本真也(故人)が蝶野正洋とタッグを組み、アントニオ猪木(燃える闘魂)と坂口征二(社長の椅子)の黄金タッグに挑戦した。大相撲で言えば、若き貴花田(改め、貴乃花)が昭和の大横綱・千代の富士に引導を渡したあの大一番のようなもの。そんな歴史的な試合前のインタビュ-で橋本が語ったのがこのセリフだった(この時、蝶野は必死に笑いをこらえていたそうだ)。

この試合橋本の放つ鞭のような鋭いキックに逃げ回る猪木の姿が印象的だったが、確かこの前座で行われたのが元横綱双羽黒 ・北尾光司(故人)のデビュ-戦だった。相手は真ん丸とした巨体に全身タトゥ-を刻んだ人気の外国人レスラ-、クラッシャ-・バンバン・ビガロ。しかし登場シ-ンからして北尾はどこか飛んでおり、決めポ-ズだけでなく吠え方や仕草など、その全てが最高にカッコ悪かった。試合内容も最悪で、力任せの無様な戦いぶりは場内で『帰れコ-ル』を浴び、どこか勘違いした試合後のインタビュ-でも日本中のプロレスファンを心から失望させた。あの時の番組はビデオ録画(VHS)して、その後何度も繰り返し見ていたので30年以上経った今でも鮮明に思い出すことが出来る。

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飛騨の住人  ※2月最終日。高山市丹生川町大沼にて

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| 本州縦断フットレ-ス | 15:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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練習一覧(備忘録)

2015(平成27年)
4月252.4km
5月304.2km
6月270.2km
7月238.6km(+walk10.0km)
8月332.7km
9月232.5km(+walk20.0km)
10月272.5km
11月160.0km(+walk36.6km)
12月163.9km
合計2227.0km(+walk66.6km)


2016(平成28年)
1月38.5km
2月300.0km
3月321.2km
4月274.5km
5月298.6km(+walk3.6km)
6月256.1km
7月304.4km(+walk15.0km)
8月286.7km
9月276.6km
10月244.7km(+walk40.8km)
11月172.7km(+walk6.4km)
12月140.4km
合計2914.4km(+walk65.8km)


2017(平成29年)
1月42.8km
2月244.1km
3月377.7km
4月308.6km
5月202.0km(+walk14.4km)
6月246.3km
7月402.3km(+walk6.8km)
8月416.1km
9月301.7km
10月136.7km
11月51.4km
12月121.2km
合計2850.9km(+walk21.2km)


2018(平成30年)
1月94.1km
2月254.2km
3月406.4km
4月300.4km
5月302.3km
6月270.4km
7月398.2km
8月368.9km(+walk16.3km)
9月365.0km(+walk30.7km)
10月196.6km
11月69.7km
12月102.4km
合計3128.6km(+walk47.0km)


2019(平成31年-令和元年)
1月69.1km
2月290.0km
3月371.2km
4月324.8km
5月194.9km(+walk26.2km)
6月272.3km(+walk45.4km)
7月25.5km(+walk16.7km)
8月211.8km
9月406.3km
10月81.4km(+walk24.4km)
11月85.8km
12月47.2km
合計2380.3km(+walk112.7km)


2020(令和2年)
1月35.8km
2月300.1km
3月405.9km
4月170.3km  ※ぎっくり腰(3/31~4/15)
5月417.0km
6月507.4km  ※本州縦断エントリ-(6/8)
7月600.7km
8月372.6km(+walk14.3km)
9月660.0km(+walk23.0km)
10月337.6km
11月674.7km
12月616.9km
合計5099.0km(+walk37.3km)


2021(令和3年)
1月1047km
2月708km 
3月 

| 練習一覧 | 20:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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1月の練習結果(後半)~限界値を上げていく


・・前半の続き


目標に50㌔及ばず・・。月後半から意識していた1100㌔には敢え無く及ばなかったが、当初目標としていた”月1000㌔”は若干の余裕を持ってクリア。本州縦断スペシャルの参加条件に”200㌔以上の大会完走”とあるが、それくらいの実績では到底本番に太刀打ち出来ないと内心思っていた。その為僕の中では”月1000㌔”を実質最低限の参加資格と課し、気合いを入れてこの1月に挑んでいた。休足日なしで平日25㌔前後、土日50~60㌔が日常となってきた今では、週230㌔は普通になっている。毎日確かに大変だったけど、『かなり俺、頑張ったぞ!』というような、満身創痍な感じではない。やはり走れば走るほど脚力もついてくるし、自分の中での限界値が少しづつ上がり、それは特別なものではない単なる日常となってくる。月1000㌔は今の僕の日常でしかなく、その気になれば1200㌔くらいまでは延ばせそうな気はする。2月の平日は少し落とすとして、休日のロングを最低70㌔くらいまでは延ばしたい。そして3月にもう一度1000㌔超を走ってみたいと思う。
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大志(小2)も二度ほど一緒に走ってくれた

1月前半はとにかく大雪に苦しめられて大変だった。そして1月後半は何故か休日の度に終日雨が降り、道路に雪がないだけマシだが、これも精神的に結構辛いものがあった。しかしどんな天候、体調であれ、日々のノルマをこなさなければならないのが本州縦断スペシャルでもある。脚が痛い・・、台風が来た・・、そんな言い訳は一切受け入れてもらえない。これら悪天、故障と上手く付き合いながら、来る日も来る日もその日のゴ-ルを目指し続けるしか完走する術はない。淡々とノルマをこなす・・。これこそが僕がこの1月に心掛けていたことであった。ペ-スは更に遅くなり、今では㌔7分台でも正直辛い。1月最終日、左足で唯一残っていた親指も終に逝ってしまい、激痛に耐えながらの最終日走行となった。黒爪は初ウルトラの時以来のような気もするが、ここまで来ると何故だか逆に誇らしい。エビスビ-ルとショ-トケ-キで初1000㌔到達をささやかに祝い、大志からは手書きの表彰状を貰った。
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左足指は全滅                         右足指は小指のみ没
 
    

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| 本州縦断フットレ-ス | 12:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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100-100への軌跡

100名山、100名城、100名水・・。日本人はどうやら100という区切りが好きなようだ。確かに大変分かり易いし、目標とするにも丁度いいのかもしれない。2015年3月から走り始めた僕、どうせならウルトラ(100㌔以上)を100回完走してみたい。長男岳登(当時小学生)と100高山を目指したのも、そんな分かり易さに魅了されたからだった。この先年間4本を25年続ければ、充分達成は見込めると思う。それに何年か走ればさすがに慣れてくるだろうし、その頃には250㌔の練習程度にしか思っていないだろう。25年後、僕は67歳。初めて走った能登では70代のランナ-が何人かいたし、最高齢(ゼッケン1番)の男性は77歳だった。いっそのこと、日本最高齢完走、最多完走・・なんて目指してみようかな。


以下、100-100(100㌔-100回)達成までの軌跡を随時更新していきます。


1第4回能登半島すずウルトラマラソン 2015.10.18(42歳) 102㌔ 13時間42分完走    235位/403人 完走率68.9%  ※初めての100km挑戦で見事完走
2第26回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2016.4.24(43歳) 100㌔ 12時間21分完走       498位/1363人 完走率74.1%  ※目標の13時間切りを大幅にクリア
3第5回飛騨高山ウルトラマラソン 2016.6.12(43歳) 100㌔ 12時間39分完走       582位/1708人 完走率71.6%  ※第2組最前列に並んだ末に自滅
4第4回白山白川郷ウルトラマラソン 2016.9.11(43歳) 100㌔ 12時間44分完走       215位/711人 完走率78.1%  ※復路の上り返しに完敗、この借りはもう返せない
5第5回能登半島すずウルトラマラソン 2016.10.16(43歳) 102㌔ 12時間53分完走       109位/289人 完走率70.2%  ※目標11時間半、最低11時間台と挑むも撃沈


走り始めて2年目のシ-ズンが終わった。100㌔という距離にも少しは慣れ、年4本完走の当初目標はクリアした。しかし後味が悪過ぎる。100㌔くらい屁でもない・・。富士五湖の快走で僅かに感じたこの感覚は、今年最後の能登すずで見失ってしまった。この先100㌔程度なら間違いなく完走は出来るだろう。しかしそれでは次へと進めない。何せタイムが遅過ぎる。来年は最低6本と決めた。タイム狙いは4月の富士五湖のみ。後は連戦を重ね、『中何週間』というこの情けない表現を早く取り除きたい。走れば走る程、さくら道ランナ-の凄さが身に染みて分かってくる。


6第27回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2017.4.23(44歳) 100㌔ 11時間48分完走     408位/1508人 完走率72.4%  ※一応12時間は切ったけど何か物足りず
7第23回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン 2017.5.21(44歳) 100㌔ 13時間12分完走     532位/1953人 完走率50.6%  ※膝痛を抱えながらも猛暑の野辺山を走り切った
8第6回飛騨高山ウルトラマラソン 2017.6.11(44歳) 100㌔ 12時間9分完走        548位/1831人 完走率75.2%  ※風邪、膝痛とコンディションは最悪だった
9第12回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-ウルトラ遠足 2017.9.16(44歳) 208㌔ 38時間19分完走              42位/156人 完走率80.7%  ※超ウルトラ初挑戦、無事完走するも1週間病院送り
10第6回能登半島すずウルトラマラソン 2017.10.15(44歳) 102㌔ 13時間14分完走              194位/432人 完走率70.6%  ※佐渡以降瀕死状態だったので完走だけで満足
  

3年目のシ-ズンが終わった。これまでは100㌔サブ11くらい(まだ達成していないが・・)でのさくら道エントリ-を目指していた。しかし今年さくら道に100㌔実績で選ばれたのは、たった2名。それもサブ9(1人はサブ8に迫る)。これでは俺には一生無理だ!一瞬、目標を見失ってしまった。しかし参加者名簿を見ていて、同時に目に付いたのが、『佐渡一周208㌔』の文字。スピ-ドのない僕は、実績作りの目標を100㌔から佐渡へと切り替えた。人生初となる月400㌔を走り込み、台風に合わせるかのように佐渡へと海を渡る。そして迎えた、初めての超ウルトラ。意外にも190㌔までは脚は動いてくれた。しかし超ウルトラの世界はやはり厳しかった。無事ゴ-ル出来たのはいいが、その後1週間瀕死状態が続く。来年何とかリベンジ(目標32時間、かつ大会後の打上参加)を果たした暁には、是非とも翌春のさくら道にエントリ-したいと思っている。
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超ウルトラ初完走(佐渡一周208㌔)  ※南さん、又どこかで会いたいな


11第28回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2018.4.22(45歳) 100㌔ 12時間4分完走                          394位/1689人 完走率61.2%  ※初めて50㌔5時間を切るも終盤大失速  
12第24回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン 2018.5.20(45歳) 100㌔ 12時間43分完走                        558位/1986人 完走率71.2%  ※『要はハ-ト』の応援メッセ-ジが心に響き復活
13第7回飛騨高山ウルトラマラソン 2018.6.10(45歳) 100㌔ 12時間27分完走                  580位/1887人 完走率74.2%  ※予期せぬ応援幕の期待に応えられず無念   
14第13回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-ウルトラ遠足 2018.9.22(45歳) 208㌔ 36時間54分完走          23位/164人 完走率75.6%  ※ゴ-ル後の宴会まで楽しめたが目標の32時間は程遠く 
15第7回能登半島すずウルトラマラソン 2018.10.21(45歳) 102㌔ 12時間54分完走              132位/333人 完走率73.8%  ※佐渡で痛めた右膝の激痛に耐え無事完走


4年目のシ-ズンが終わったが、あまり進歩がないような、収穫の少ない1年だった。昨年の自分に対して辛うじて勝ち越したのがせめてもの救いとなるが、100㌔の記録は更新出来なかった。仮眠なしで挑んだ佐渡も目標の32時間とは程遠く、辛うじて36時間台をキ-プするので精一杯。目指すさくら道には40㌔及ばず、この差はかなり大きいものと痛感した。今の僕にはさくら道を走るイメ-ジが全くつかない。来年は是が非でも練習で名古屋~高山(160㌔)の24時間走をやり、何とか佐渡へとつなげたい。今の僕の一番の目標は、取りあえず24時間で最低160㌔。これくらい楽に出来ないと、間違いなく僕に未来はないだろう。


16第29回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2019.4.21(46歳) 100㌔ 11時間40分完走                          377位/1667人 完走率71.1%  ※最後5㌔だけは納得の走りだった
17第25回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン 2019.5.19(46歳) 100㌔ 13時間12分完走                              799位/1956人 完走率70.7%  ※肉離れした状態で残り91㌔を走り切った
18第2回南砺100㌔マラニック 2019.6.2(46歳) 100㌔ 12時間56分完走           105位/337人 完走率81.3%  ※肉離れ再発にも負けず、エイドのグルメを堪能
19第8回飛騨高山ウルトラマラソン 2019.6.9(46歳) 100㌔ 12時間58分完走              1038位/2115人 完走率77.0%  ※肉離れと膝痛で両脚を失うも、救世主現れる
20第14回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-ウルトラ遠足 2019.9.21(46歳) 208㌔ 36時間54分完走    35位/166人 完走率68.6%  ※転倒し左膝を負傷するも、驚きの昨年と同タイム


5年目のシ-ズンはとにかく試練に見舞われた。野辺山1週間前に右ふくらはぎ肉離れを発症。欠場も考えたが、肉離れした状態で野辺山、南砺、飛騨高山の4週間3連戦に挑み、何とか全て完走。二度と走れなくなっても構わない・・、そんな強い覚悟だけは終始貫けた。しかし代償は重く、肉離れ完治に長引き、走り込み不足で挑んだ佐渡。ふいに72㌔で転倒し左膝負傷。又も危機に見舞われるがその後奇跡の復活を遂げる。予定していた能登珠洲は肉離れの完治に自信がなかった為、初めてエントリ-を見送った。西田さん、佐藤さん、今年は自分一人ではどうにもならない場面で仲間に助けられた。僕が目指すは、さくら道。しかし来年から制限時間が1時間短縮され35時間に。ただでさえ厳しいのに、更に遠い存在になった。現実的に考えると佐渡を28時間台(今年で言えば上位6位以内)で走らないと、さくら道での完走は難しい。
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奇跡の完走劇(飛騨高山100㌔)  ※トイレの神様、本当に有難う!


21第30回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2020.4.19(47歳) 100㌔ 中止
22第26回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン 2020.5.17(47歳) 100㌔ 中止
23第9回東尋坊愛のマラニック 2020.5.23(47歳) 103㌔ 中止
24第3回南砺100㌔マラニック 2020.6.7(47歳) 100㌔ 中止
25第9回飛騨高山ウルトラマラソン 2020.6.14(47歳) 100㌔ 中止
26第15回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-ウルトラ遠足 2020.9.20(47歳) 208㌔ 辞退
27本州縦断フットレ-ス2020・R8ステ-ジ 2020.9.19(47歳) 521㌔ 203時間52分完走  ※不甲斐無い結果も、多くのことを学ぶ実りある試走となった


6年目のシ-ズンは全世界がコロナウィルスに翻弄された。申し込んでいた大会はことごとく中止に。今年は少しでもステップアップしようと5週間で4本の100㌔を入れたものの、その気合いも空回りに終わり、高いエントリ-費ばかりが飛んでいく。返金する主催者、しない主催者、おそらくこのコロナ禍で後者のファンは確実に減ったことだろう。そんな中、たまたま知った『本州縦断スペシャル』の存在。本州縦断の通常版はいつか出たいと思っていたが、東京五輪を記念して最初で最後の一斉レ-スが行われるという。このレ-スも1年延期されたことで僕にもチャンスが巡り、ほぼ勢いだけで出場を決める。今年唯一残っていた佐渡だったが、参加人数を減らす為との辞退要請を受け潔く辞退。代わりに本番の試走を兼ね、本州縦断の一部分(R8)を走ってみる。コロナに振り回された1年となったが、もしコロナがなかったらおそらく僕は一生脱皮出来ないまま終わっていたように思う。少なくても来春本州縦断に挑戦するなんて絶対に有り得なかった。逆境をチャンスに・・。コロナがもたらしてくれたこのチャンスに僕は全てを懸ける。


28本州縦断フットレ-ス2021〈SPECIAL〉 2021.4.24(48歳) 1521㌔ ※エントリ-済


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1月の練習結果(前半)~娘の想いを胸に

人生初の月1000㌔に挑んでいるこの1月、前半(1~15日)を折り返しここまで約480㌔と、一応1000㌔ペ-スは貫いている。後半は16日あるし、曜日の並びも良く土日が3度も有る。平日25㌔超の朝ランにも慣れてきたし、休日が50㌔では物足りなくなってきた。道路の雪さえ融けてくれれば、休日は最低でも60㌔以上は走りたいし、その気になれば平日の夜も少し走ってもいい。この1月の前半はとにかく雪が多かった。元日から大雪警報が発令され積雪50~70cm。やはり1月に1000㌔は厳しいかな・・と、出だしから諦めたくもなった。休日の度に大寒波が容赦なく襲い、ここ雪国飛騨の地はとても走れるような状態ではなかった。それでも腐らず路上に出続け、スリップの恐怖と大転倒の痛みに耐えながら、日々距離を稼ぐことだけを考えてきた。元日早々道路で派手に転び、その痛みから、道路の真中で大の字のまましばらく動けなかった。僕は元々ペ-スは遅いが(せいぜい㌔6分)、この最悪の道路状況において転ばない走り方(地面との接し方)を意識していたところ、㌔8分というゆる走りが自ずと身に着いてきた。これはア-スマラソンをしていた時の間寛平のひよこ走りのような摺り足走法で、脚をほとんど上げない為ペ-スは極端に遅くなるが、膝にかかる負担は少なく、連日の長距離走に向いていそうに思う。大陸横断や列島縦断などのロングジャ-ニ-を目指していると、必然的にこのような走り方になってくるのだろう。
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令和3年1月1日 高山市丹生川町柏原  ※飛騨高山ウルトラのコ-スにもなっている
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大雪の中、草刈りをする折敷地の男性

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