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第6回能登半島すずウルトラマラソン

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珠洲ミックス(塩バニラ&塩チョコレ-ト)320円  ※道の駅すずなり
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前日受付  ※ラポルトすず
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実行委員会会長(90歳)は未だ10種競技の現役選手
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夜の見附島


今年で3回目の出場となる、能登半島すずウルトラマラソン。この能登珠洲の地で初ウルトラを体験しているだけに、他のどの大会よりも僕の思い入れは強い。しかし前月の佐渡一周208㌔の故障からまだ抜け切れておらず、大会前の1ヶ月はほとんど走れなかった。佐渡後お世話になった町医者からはドクタ-ストップまで掛けられてしまったが、自己責任のもと、万を期してこの大会に挑む。僕にとって今大会は、記念すべきウルトラ10本目。今年は春の富士五湖以来故障に見舞われ、野辺山、飛騨高山は棄権も頭を過ったが、故障を抱えつつも何とか無事完走。全く自信のなかった初めての超ウルトラ(200㌔超の大会)も何とか完走を果たしたことで、このまま全て完走で今年も終えたいと思っていた。

そして5時、ついにスタ-トの号砲が鳴った。前半50㌔に要した時間は5時間半。走れないなりにも、まずまず順調だった。しかしあまり歩いたつもりはないのに、関門が気になるほど時間に追われていた。原因は経験したことのない寒さだった。ア-ムスリ-ブと薄手のジャケットは汗で濡れ、その上に羽織っていた100均カッパまでもが汗ばんできた。しかし1枚でも脱ぐと寒く感じ、結局汗と風とのダブルで体が冷え込んでしまったのだ。雨がほとんど降らなかったことだけは幸いだったが、体温調整がこれまで10本走った中で一番難しかった。今年の野辺山のように暑いのも辛いが、寒過ぎるのはもっと辛い。それでも何とか13時間14分で無事ゴ-ルを果たす。しかしレ-ス後は、久々の筋肉痛が襲ってくる。佐渡で208㌔を走っても筋肉痛にならなかったのに、今回は酷かった。脚が痛くて、その夜の車中泊ではほとんど眠れなかった。こんなに辛かった大会は、3年前のこの地での初ウルトラの時以来だろう。
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スタ-ト(5:00)
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舟木谷峠38㌔エイド(9:08)  ※同郷の瀧川さんと一緒に
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名舟43㌔エイドのボンカレ-  ※計3杯は食べた
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第1関門千枚田(45㌔)
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50㌔通過(10:33)
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曽々木海岸窓岩(11:46)
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すず塩田村(13:12)
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100㌔通過(18:00)

ところで今回記憶に残るシ-ンがあった。それはゴ-ル閉鎖10分前のこと。この大会は年齢順にゼッケン番号が割り振られるが、名誉あるゼッケン1番(結構目指している方は多い)の79歳の男性が今年も見事ゴ-ルしていた。凄い、凄過ぎる・・。この方、昨年は出ていなかったが、一昨年も確か制限ぎりぎりにゴ-ルしていた。102㌔にかける時間は8時間から14時間とランナ-によって様々だが、確実に言えることは、この方は他の誰よりも長い時間道路でもがき苦しんでいたということ。そう思うと言葉も出ない。制限時間に追われる葛藤も相当なものだろうし、何よりその年齢でこの舞台に立つということ、その為に努力した日々の過程を想像すると、驚きは尊敬へと変わる。さすがに今回の能登は疲れたので来年はやめようかと先程までずっと考えていたが、この方のことや実行委員会会長の桜井さん(90歳で現役の十種競技選手)のことを思うと、自分が無性に情けなくなってきた。来年は絶対に80歳でも完走をしてもらいたいし、密かに80歳完走を目指している僕としても、その瞬間を是非とも目に焼き付けておきたい。
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ゴ~ル!  ※ラスト1㌔から3人、会場で1人抜いた
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完走証と完走メダル

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| 2017 | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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プロとの差を痛感した夜

4月12日(木)の夜、新月を3日前倒しして堪らず海に出かけた。一度大漁を味わうと、その時の楽しい記憶がいつまでも頭に残り、翌月が待ち遠しくて仕方ない。新月の日を基準に、満潮時刻、天気、都合と折り合いをつけ、出陣日を熟慮しなければならない。今日は日中天気も良く、来週は予定もある為、今月は今日くらいしかないだろうと思っていた。遥々足を延ばすからには、絶対に成果は挙げておきたい。ただ前日は天気が悪かったこともあり、半分ダメもとの覚悟で出かけた。自宅から1時間半車を走らせ、いつもの浜に到着。車の台数は多いが、前回と比べると断然に少ない。ここ数日の状態が悪いからだろうが、それでもこれだけの人が深夜にも関わらず集まってくる。トイレ脇に駐車し、一度偵察を経て、22時半頃に入水。

波はやや高く水面は揺れ、海の中は見難い。それでも数分おきに目に付いたものを掬いつつ、最低限の確保へと励む。前回の反省から砂付きのイカは持ち帰らないようにと、獲物は奥瀬で泳いでいるものを掬い、底で捕まえたものは捕獲後網の中で少し泳がせて砂を吐き出させた。常連組の集う奥瀬にしばらく立ち、獲物を待つ。しかし一向にイカの姿はない。それなのに誰よりも前に立つプロ級(もしかして本当のプロ?)の男性は、一人だけひっきりなしに網を動かしていた。この男性のヘッドライトは当然明るいが、何やら口にも強力ライトをくわえていた。この男性の独り勝ちは終始続き、何故彼にだけホタルイカが見えるのか、その差をまじまじと見せつけられた。

最低100匹は捕りたかったが、この高波の中、今のライトでは対応しきれない。それに折角捕った数匹のホタルイカさえも腰カゴでは逃がしてしまうおそれがあり、奥瀬に立ち続けるには限界があった。周りを見るとほとんどの人が自作の浮きカゴを使用しており、その必要性も今夜は痛感した。体験組の若者も多く、裸足(ウェ-ダ-なし)、素手(手袋なし)の、ワイルドな井出達には驚いた。覚悟はしていたが次第に体は冷えてきて、長くは海に入っていられなかった。この日の満潮は23時59分だったが、やはりその前後が比較的捕れていた。波は一向に緩むことはなく、寒さにも耐えられなくなり、イカもいなくなったところで潔く撤退とする。先程までかなり多くの人で溢れていたが、この頃を境に皆帰っていった。これから海に入る人もいたが、今日は期待出来ないだろう(やはり、その後は出なかったらしい)。
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2時間半(22時半から1時)で30匹  ※寒いし、波が高く水面が見難かった

1時過ぎには駐車場を発ち、家路を目指す。珍しく早く切り上げたので今回くらいは家で眠りたかったが、危ういフラフラ運転の末、今宵も倒れ込むように細入の道の駅にて車中泊。何とか4時間眠れたが、朝方寒さで目を覚ます。無事帰宅し、実家での朝食。今回の捕獲量は参加賞程度だったが、満足のいく豪華朝食と、妻や子供らへの少しばかりの土産にはなった。やはり捕りたてのホタルイカは格別で、ス-パ-に並んでいるものとは全く比べ物にならない。茹でたてはふっくらしていてサイズも大きく、身がぎっしりと詰まり最高に美味しい。今日捕った分は全く砂を噛んでおらず、これは多少の進歩。今回のように捕獲量が少ない時は、やはりフライがベストだろう。数匹でも充分なおかずになるし、存在感が際立っている。
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帰宅後の朝食  ※捕りたては身もふっくらしていて、味も格別
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ホタルイカとノカンゾウの酢味噌和え
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ホタルイカのフライ  ※牡蠣フライに似ている
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茹で上げ  ※生姜と醤油で

| ホタルイカ | 13:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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春の野草に魅せられて

最近休日ランの主たる目的が、やや変わりつつある。この時期限定ではあるが、距離稼ぎ以上に、山菜(食べれる野草)採りが楽しくて仕方ない。その為、わざわざ空のランザックをあえて背負ってスタ-トしたり、最近では沢山持ち帰れるようにと、大き目のトレランザックを背負って走っている。快晴の3月31、トレランザックを背負い35㌔走(恵比寿峠周回)に出かけた。しかし出だしから覚えたてのノビルが目に入り、立ち止まっては無駄に時間ばかりが過ぎていく。飛騨の期待を一身に背負う大阪桐蔭の根尾君(母曰く、遠い親戚らしい)の好投を携帯ラジオで聞きながら、脚以上に、耳や目(野草探し)、手(収穫)ばかりが忙しい。手の指は既に爪の中まで真っ黒で、ランニングの井出達と行動は明らかに一致していない。終いには予定していたコ-スをショ-トカットする羽目になり、千光寺周回の25㌔コ-スになってしまった。今日は野辺山Tシャツを着て走っていたが、その緑シャツに反応してきたランナ-がいた。千光寺手前で声を掛けてきた3人組のその一人は、飛騨高山ウルトラマラソンの生みの親的存在。毎年大会前日にコ-ス説明をする、有名な丸山さんだ。
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この日のランは野草採りがメイン

ノビル(野蒜)。ユリ科ネギ属の多年草で、全国の野原、土手等に自生している。地下に球根(鱗茎)を持ち、地上に細い葉を伸ばす。葉の見た目はニラやアサツキに近く、鱗茎部分はラッキョウ若しくは小さな玉ネギといったところだろうか。鱗茎は土中深くに入り込んでおり、素手で根ごと引き抜くにはかなりのコツが必要となる。昔はニンニク、ニラ、ネギ、ラッキョウと共に、五葷(ごくん)に数えられていたそうだ。
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天然のニラ ノビル(野蒜)

フキノトウ(蕗の薹)。キク科フキ属の多年草で、全国の山野に自生している。春を告げる雪解けの3月、道端でフキノトウを見つけると春の到来を感じ、妙に食べたくなってくるのはきっと僕だけではないだろう。誰もが知っている食べれる野草の代表格だが、癖のある強い苦味があるが故、そうガツガツは食べれない。天婦羅やフキ味噌が僕は好きだ。大きいものや開いたものは苦いので、まだ蕾が開いていない小ぶりのものが丁度良い。フキノトウはやがて成長し、蕗としても料理に重宝される。
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春を告げる フキノトウ(蕗の薹)  ※既に時期は過ぎている

ノカンゾウ(野萓草)。ユリ科ワスレグサ属の多年草で、全国の土手等に自生している。今年覚えたばかりの野草ではあるが、以来僕はこの野草にはまっている。収穫は若芽の小さいものが望ましいが、夏に咲く可憐な花も揚げ物や煮物、酢の物等にして食べることが出来るそうだ。花としての鑑賞用も兼ね、早速庭に幾つか植えておいた。覚えたての頃はノカンゾウが採れるポイントを発見しては一人喜んでいた。しかし今になって気付いたが、結局ノカンゾウはどこにでも大量にある。里道を走っていて、見かける雑草の大半がノカンゾウと言っても過言ではなく、逆にノカンゾウを目にしない方が難しい。そんなただの雑草なのに、これが料理にはかなり重宝する。和え物も美味しいが、天婦羅にすると間違いなしに美味い。野原の『ノカンゾウ』、山中の『リョウブ』。最低この二つを覚えておけば、例えお金が無くなっても食生活には困らない。
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万能食材 ノカンゾウ(野萓草)

ノコンギク(野紺菊)。キク科シオン属の多年草で、全国の低地から高原まで草原に広く見られる。野菊の1つで、ヨメナに非常に似ているとのこと。野草探しがメインのランなので、ポケットガイドの携行は必至。そんな折、何か新たな発見はないかと探していて見つけたのが、このノコンギク。花の咲く時期になるまで確信は持てないが、葉の表裏の特徴からしてもおそらく間違いはないはずだ。先日、実際に食べてみた。写真を撮っていなかったので、ほとんど印象には残っていないが、普通に美味しかった気はする。
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ノコンギク(野紺菊)

白熱した春の高校野球も終わり、飛騨出身の根尾君は史上初の2年連続春優勝投手になった。高校野球自体あまり興味がなかったが(子供の頃、池田高校のやまびこ打線は好きだった)、それをラジオで聞くなんてことは今回で2度目のことだった。根尾君のお兄さんも凄かった。小さな田舎町の進学校(当然県立)が県大会の決勝まで進むなんてことは、出来過ぎたドラマでもなければ、通常は到底考えられない。あの時は現場で測量をしながら、ラジオで決勝戦の実況を聞いていた。そして4月7日、胸元に差し込んだ携帯ラジオからは、高校野球に代って楽しい漫談が流れていた。ノカンゾウは大きくなると探さずして目に入り、その数に思わず圧倒された。これが美味しく食べれる野草だなんて、知らないと絶対に損だ。僕は料理をしないので直接は経験していないが、母曰く、下処理に手間取るノビルなんかに比べ、実に扱いやすいそうだ。
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この時期ノカンゾウはどこにでもある  ※知らないと雑草にしか見えない
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ノビルも有り出すと止まらない  ※斜面一面がノビル

そしてその夜、実家にて野草料理を頂く。ノカンゾウは酢味噌(ぬた)が一番だと思い込んでいたが、それよりもマヨネ-ズとの相性の方が合うことを知った。癖はないし、歯触りもいいので、どれだけでも美味しく食べ続けることが出来る。揚げたての天婦羅は特に最高で、これさえあれば酒はぐいぐいと進む。ノビルはやはりネギ系なので若干臭みがあるが、そこそこ美味しく頂けた。葉は細かく刻んで餃子に入れたり、ネギやニラの代用として様々な料理に使えそうだ。球根はラッキョウ漬けにしたり、まだ未知なる部分が多い。いつも実感しているが、これら天然の素材を腹一杯食べた翌朝は、お通じがいつもに増していいように感じている。
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ノカンゾウの和え物  ※マヨネ-ズ、ケチャップ
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ノカンゾウの天婦羅  ※最高に美味い
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ノビルの和え物  ※マヨネ-ズ、醤油
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ホタルイカ、ノビル鱗茎のフライ  ※ホタルイカのフライは超最高!
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フキ味噌の冷奴

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| ノビル | 18:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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初めて採ったノカンゾウ

ノカンゾウ(野萱草)。ユリ科・ワスレグサ属に分類される多年草。春の若葉は食材として重宝し、夏にはオレンジ色の花が咲く。さすがに日本全土の土手などに自生するだけはあり、一度覚えさえすれば、今後どれだけでも収獲は見込めそうだ。僕はこのノカンゾウを、ある日ふいに知ることとなった。それは日課である朝ランの際、以前峠で会ったことがあるようなご婦人が、線路沿いの土手で何やら植物を採っていた。気になったことは迷わず訊くタイプなので、直ぐに脚を止め、早速ご婦人に尋ねてみた。やはりこの方、以前峠で声を掛けさせてもらった方のようで、その時は『葛の花』を採っていた。ご婦人曰く、これは『ノカンゾウ』とのこと。初めて耳にしたその響きを忘れないよう、『脳肝臓(仮称)』と繰り返し唱えるように、自分の脳と肝臓をも指さしながら、言葉を忘れても体で思い出すようにと、その後30分怪しげに走り続けた。これが貴重な食材であるものとはいざ知らず、僕にはただの草にしか見えなかった。

そして数日後の3/21、再びその場所を走る際、僕もノカンゾウを意識し、採取を試みた。ご婦人の採りこぼしたものから、どれがノカンゾウなのかは直ぐに特定出来た。幸いにも付近にはまだ沢山残っており、僕もラン手袋を汚しながらもそれなりの量を採ることが出来た。採取後はズボンのポケットに袋とともに入れ、その後1時間以上、他にもないかなと探りながら、キョロキョロと又も怪しげに走り続けた。そしてその夜、早速実家にて母の力作を頂く。母は『ノカンゾウ』と言う名前は知っていたが、それがどれなのかは知らなかったようだ。大変便利な、このご時世。レシピはWEB(クックパッド)でどれだけでも出てくるので、基本食べたいものが食べれる。
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ノカンゾウ(野萱草)

ご婦人曰く、酢味噌和えが美味しいと言っていたが、確かにその通りだった。ノカンゾウはネギに似ているがネギのようにクセがなく、何よりそのシャキシャキ感が堪らなかった。酢味噌との相性は抜群で、どれだけでも食べれそうなくらい美味しかった。先日富山で捕ってきたホタルイカもあったので一緒に和えてもらったが、組み合わせは最高で、こんなに美味い食べ方はないと感激した。ノカンゾウだけでも充分に美味しいと思うが、この時期ならではの食材ホタルイカと是非組み合わせて食べておきたい。土筆(ツクシ)の時期はまだ早かったが、何とか数本見つけ出し、ノカンゾウとともにお吸い物で頂いた。これもシャキシャキ感が堪らず、最高に美味しかった。収穫分が少なかったので2品でノカンゾウは尽きたが、今後は走る度に探して来ようと思っている。ただこのノカンゾウは利尿効果があるようで、翌日の僕はシッコばかりしていた。食べる際は注意が必要となる。
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ノカンゾウとホタルイカの酢味噌和え  ※これぞ正しく、春の最高の組み合わせ
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ノカンゾウと土筆の吸い物  ※これもシャキシャキ感が堪らない
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春の山菜フルコ-ス

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| ノカンゾウ | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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吸血鬼ドラキュラの居城~東欧周遊編(16)

2018年1月3日
ブラショフ~ブラン~ブラショフ~



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ブラン城  ※ドラキュラの居城のモデルとして知られる
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ヴラド・ツェペシュ(1431~1476)  ※ドラキュラのモデル、串刺し公の異名も持つ 


『吸血鬼ドラキュラ』の居城、ブラン城。
この城は1377年、ドイツ商人がワラキア平原から入ってくるオスマン朝の兵士をいち早く発見する為に築いたとされている。
14世紀末には、ワラキア公ミルチャ1世がここを居城とした。
ドラキュラのモデルとなったヴラド・ツェペシュ(1431~1476)は彼の孫。
ツェペシュはオスマン朝軍の兵士を杭で串刺しにして並べるという残虐さの持ち主であり、『串刺公』という異名もそこから来ている。

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| '18東欧周遊編 | 08:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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