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2020ホタルイカ~爆湧きを信じて

令和2年3月25日(水)。新月を前日に迎え、日中快晴の南風。今夜行かずして、いつ行くというのか。数日前の爆湧き情報に悔しい思いもしたが、その日は完全にノ-マ-クだった。僕は富山県民ではないので、平日出陣となれば徹夜覚悟で向かわなければならない。当然頻繁に通うことも出来ず、高いガソリン代を出してまで遥々遠出するからには、絶対獲れると見込んだ日にしか基本行かない。ただ昨年は、その獲れるという見込みは、ほとんどが見込み違いに終わっていた。浜の借りは、浜で返す。昨年シ-ズンの借りを今日一日で返すべく、意気揚々と現地へと向かった。揺るぎない自信を抱え、今日はいつものク-ラ-ボックス(大)の他に、発砲スチロ-ルの箱も2つ用意した。勿論、ク-ラ-ボックスは当然満杯になるという前提の話である。

21時半、現地に到着。平日だと言うのに人出は多い。誰しも考えることは同じようだ。長靴を履き、浜へ偵察に出ると、既に獲れているようだった。急いで車へと戻り、直ぐにウェ-ダ-を履き、いざ出陣。海に入るなり、立て続けに数匹ゲット。その後もぷかぷか泳ぐホタルイカを金魚掬いの要領で確実に捉え、20匹くらいは直ぐに獲れた。一先ず昨年のような悲惨な結末だけはこれで回避出来た。ホタルイカがどれだけ出ても、これだけ人が密集していては、絶対数的に自分の取り分が激減してしまう。混み合う場所を避け、東へと向かう。捕獲のペ-スはばったりと落ちてきた。穴場と見ていた縦のテトラで少し居座ったが、1匹たりとも獲れなかった。一度岸に上がり、ここまで獲った分を沖漬けにしておく。
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平日だと言うのに凄い人出  ※今夜は条件が全て揃っている

深瀬の最前列では気合いの入った常連らが、次元の違う明かりを灯しながら、ひっきりなしに手を動かしている。そんなにいるのか・・と僕もそのラインに並んではみたが、海底すら見えず、僕の実力(ライト)では全く太刀打ち出来なかった。その場を離れ、しばらくはその周辺の浅瀬をうろうろし、着実に捕獲数を延ばしていく。浮きカゴにある程度溜まってきたら、一度岸に上がり、沖漬けにする。昨年新調した充電式のライトはここまで調子が良かったが、どうも見え難いと思っていたら、もう電池が消耗したようだ。車に戻り、コ-ヒ-とポテチで少し休憩。未だに車の来訪は絶えないようだが、既に停める所はなく、擦れ違いも出来ず立ち往生している。そんな悲惨な光景を眺めながら、ライトを電池式に変え、再び浜へと向かう。

深瀬のラインの空いたスペ-スに立ち、濡れないように両肘を上げ、海底の様子を伺う。海面の揺れや海中で舞い上がる砂埃で時折見難くはなるものの、何とか底に張り付くホタルイカを確認出来た。次第に目が慣れ、面白いように連続して獲ることが出来るようになってきた。なるほど、これが深瀬の獲り方か・・。これまでは初心者レベルの金魚掬いだったが、そこから脱却した瞬間だった。この日の満潮は3:40。満潮が来る前にホタルイカの姿はばったりと見えなくなり、併せて深瀬に立つ人も数人しかいなくなった。結局この日は22時前から翌3時まで5時間海に入り、結果108匹でジエンド。最低1000匹、出来ればその倍は獲るつもりでいただけに、またもや完敗だ。しかし久々に獲る楽しさを味わい、数には現れない満足感はある。
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108匹と惨敗
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タッパー2個分は現地で沖漬け  ※撮影後、タッパーに戻した
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今年は大きくて色艶がいい

3時半に浜を発ち、帰路の運転は眠くて危うかった。センタ-ラインを越えることもしばしばで、時間からして対向車がいないことが幸いしたが、何度かヒヤッとして正気に戻る。1時間持たずして力尽き、ダム湖の畔で車中泊。毛布2枚では寒くて眠れず、1時間で目を覚ました。無事家に着き、贅沢な朝食に子供共々大満足。最高級の富山産ホタルイカ。それも獲れたてのぷりっぷりは、言うまでもなく最高に美味しかった。数が少ない時はフライに限る。生のまま衣を付けて揚げる為、縮むどころか、衣の分だけ大きさは増し、食べごたえは抜群。酢味噌を付けて食べたら、味噌カツのようで美味しかった。ノカンゾウとのコラボは3月限定の一品。4月ではノカンゾウが大きく成り過ぎているだろう。茹で上げ(ボイル)はシンプルで美味しいが、フライのようにご飯のおかずにはならないので、少ない時は勿体なく感じる。僕の目はしょぼんとしているが、胃袋は満たされた。おそらく今晩も狙い目だろうが、2晩続けて出陣する程僕はタフではない。
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徹夜明けの朝食  ※41匹使用
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ホタルイカとノカンゾウの酢味噌和え  ※この時期限定の一品
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茹で上げは生姜醤油で
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ホタルイカのフライ  ※数が少ない時はこれに勝る調理法はない
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ハ-ブ(レモンバ-ム)ティ-  ※時期が早い為、まだ香りは弱い
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蚊とプ-ル~インドネシア編(17)

2020年1月6日
ジョグジャカルタ~ムラピ山~ジョグジャカルタ



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ジ-プツア-  ※日の出登山を予定していたが、現在山頂3km圏内立入禁止ということで断念
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ジャワを代表する活火山、ムラピ山(2911m)  ※別れ際、奇跡的に顔を出してくれた


昨夜は22時半には就寝したはずだが、その後少しは眠れたのか自分でも分からない中、体中がかゆい気がして夜中ふいに目が覚めた。
隣のベットでも、ナナが同じようにそこら中をボリボリと掻き、眠れない・・と嘆いている。
蚊は飛んでいないようだし、もしかしてダニ?
直ぐに3年前のスリランカ・マ-タラでのあの眠れない夜が頭に蘇り、再び悪夢の到来か・・と、ナナと二人絶望の淵に立たされた。

時計を見ると深夜0時を回っており、眠ることを諦めたあの時と似たような時間帯だった。
朝まではまだ先が長く、とてもこの先寝付けそうな雰囲気ではない。
隣の部屋でも宿泊客の男性1人、女性2人(2ベットなのに何故3人?)も外に出て、何やら神妙に話をしている。
おそらく僕らと同じ状況に、時を同じくして遭遇したようだ。
そもそもこの部屋、窓が開いたままで閉めきれない。
その上、玄関の天井ライトが夜通し灯った状態なので、必然的に蚊が集まり、部屋に進入する。
蟻には警戒していたが、まさか蚊が多いとは夢にも思っていなかった。

スマホを取り出し、『インドネシア 蚊』とキ-ワ-ドを並べ、すがる気持ちで検索してみた。
この国を訪れた同胞の先人達も、蚊には随分悩まされてきたようだが、情報はバリ島に関するものが多かった。
同じ商品の虫除けスプレ-が何度か出てきたので、早速明日買うことに決め、スクリ-ンショットに保存しておく。
日本から持ってきた100均の虫除けリングをバックから出し、ここに来て初めて使用してみる。
しかし5個ある全てのリングを、2人の手首足首に巻いて対処したが、全く効果はなかった。

無い知恵を振り絞り、蚊を吹き飛ばすという作戦をたて、卓上扇風機の威力を最大にする。
しかし安っぽい卓上扇風機は首が回らず、そもそもナナのベットまでは風が届かなかった。
失意の中、薄い掛け毛布をすっぽりと被り、蚊の接触を完全に遮断するという強行策に出る。
結果、この方法が最も確実だった。
ただ、風の届かないナナには気の毒で、全身を覆った毛布の中でびっしょりと汗を掻いていた。
いつしか僕は寝付けたが、結局ナナは一睡も出来ず、翌朝見ると、顔中が蚊に刺されていた。

この宿では『蚊とプ-ル』はセットのようなもので、プ-ルで至福の時を味わいたいなら、その代わりに、蚊の夜と闘わなければならない。
一夜を犠牲にするだけの価値が、このプ-ルにはあるのだろうか・・。
こんな面倒な境地に立たされるくらいなら、いっそのこと昨日までの宿の方が良かった。
プ-ルはないが、少なくても窓を開けても蚊はいなかったし、快適に眠ることは出来た。
しかし昨夜床に就くまでは最高に幸せだったし、結局これはただの結果論でしかない。

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プ-ルのある宿~インドネシア編(16)

2020年1月5日
ジョグジャカルタ~プランバナン~ジョグジャカルタ



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世界遺産 ブランバナン寺院遺跡群 (1991年登録)


ここはジョグジャカルタの安宿、デルタ・ホ-ムステイ。
中庭にあるプ-ルを囲むようにゲストル-ムが幾つか並んでいるのが、この宿のセ-ルスポイントであり、特徴でもある。
部屋のドアを開けるとプ-ルへと通ずる専用の石畳があり、プ-ルまでは僅か4歩で到達。
『ドアを開ければ目の前はプ-ル』という贅沢な環境が、ここでは宿泊者に提供されている。
プ-ルは長さ10m程で、奥へ進むにつれて深くなり、最深で1.8mと僕では足はつかない。

部屋は値段によって4種類設けられ、僕らの部屋は勿論一番安いクラスの、共同トイレ・シャワ-のファン(扇風機)タイプ。
この町でエアコンは必要ないだろうし、プ-ル付きで1泊Rp.175000なら絶対にお値打ちだ。
ただ唯一難点を挙げるとすれば、蟻が多いことくらいだろうか。
雰囲気抜群の中、豊かな空間に身を浸し、僕らは今最高の居心地に触れている。

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部屋の前で優雅にスイミング
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夜のプ-ルサイド

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サテを焼く老婆~インドネシア編(15)


・・前回の続き


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ムンドゥッ寺院
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アンドレとブディ(右)  ※ブディは以前日本人の奥さんがいたらしく、日本語が堪能

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100-100への軌跡

100名山、100名城、100名水・・。日本人はどうやら100という区切りが好きなようだ。確かに大変分かり易いし、目標とするにも丁度いいのかもしれない。2015年3月から走り始めた僕、どうせならウルトラ(100㌔以上)を100回完走してみたい。長男岳登(当時小学生)と100高山を目指したのも、そんな分かり易さに魅了されたからだった。この先年間4本を25年続ければ、充分達成は見込めると思う。それに何年か走ればさすがに慣れてくるだろうし、その頃には250㌔の練習程度にしか思っていないだろう。25年後、僕は67歳。初めて走った能登では70代のランナ-が何人かいたし、最高齢(ゼッケン1番)の男性は77歳だった。いっそのこと、日本最高齢完走、最多完走・・なんて目指してみようかな。


以下、100-100(100㌔-100回)達成までの軌跡を随時更新していきます。


1第4回能登半島すずウルトラマラソン 2015.10.18(42歳) 102㌔ 13時間42分完走    235位/403人 完走率68.9%  ※初めての100km挑戦で見事完走
2第26回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2016.4.24(43歳) 100㌔ 12時間21分完走       498位/1363人 完走率74.1%  ※目標の13時間切りを大幅にクリア
3第5回飛騨高山ウルトラマラソン 2016.6.12(43歳) 100㌔ 12時間39分完走       582位/1708人 完走率71.6%  ※第2組最前列に並んだ末に自滅
4第4回白山白川郷ウルトラマラソン 2016.9.11(43歳) 100㌔ 12時間44分完走       215位/711人 完走率78.1%  ※復路の上り返しに完敗、この借りはもう返せない
5第5回能登半島すずウルトラマラソン 2016.10.16(43歳) 102㌔ 12時間53分完走       109位/289人 完走率70.2%  ※目標11時間半、最低11時間台と挑むも撃沈


走り始めて2年目のシ-ズンが終わった。100㌔という距離にも少しは慣れ、年4本完走の当初目標はクリアした。しかし後味が悪過ぎる。100㌔くらい屁でもない・・。富士五湖の快走で僅かに感じたこの感覚は、今年最後の能登すずで見失ってしまった。この先100㌔程度なら間違いなく完走は出来るだろう。しかしそれでは次へと進めない。何せタイムが遅過ぎる。来年は最低6本と決めた。タイム狙いは4月の富士五湖のみ。後は連戦を重ね、『中何週間』というこの情けない表現を早く取り除きたい。走れば走る程、さくら道ランナ-の凄さが身に染みて分かってくる。


6第27回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2017.4.23(44歳) 100㌔ 11時間48分完走     408位/1508人 完走率72.4%  ※一応12時間は切ったけど何か物足りず
7第23回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン 2017.5.21(44歳) 100㌔ 13時間12分完走     532位/1953人 完走率50.6%  ※膝痛を抱えながらも猛暑の野辺山を走り切った
8第6回飛騨高山ウルトラマラソン 2017.6.11(44歳) 100㌔ 12時間9分完走        548位/1831人 完走率75.2%  ※風邪、膝痛とコンディションは最悪だった
9第12回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-ウルトラ遠足 2017.9.16(44歳) 208㌔ 38時間19分完走              42位/156人 完走率80.7%  ※超ウルトラ初挑戦、無事完走するも1週間病院送り
10第6回能登半島すずウルトラマラソン 2017.10.15(44歳) 102㌔ 13時間14分完走              194位/432人 完走率70.6%  ※佐渡以降瀕死状態だったので完走だけで満足
  

3年目のシ-ズンが終わった。これまでは100㌔サブ11くらい(まだ達成していないが・・)でのさくら道エントリ-を目指していた。しかし今年さくら道に100㌔実績で選ばれたのは、たった2名。それもサブ9(1人はサブ8に迫る)。これでは俺には一生無理だ!一瞬、目標を見失ってしまった。しかし参加者名簿を見ていて、同時に目に付いたのが、『佐渡一周208㌔』の文字。スピ-ドのない僕は、実績作りの目標を100㌔から佐渡へと切り替えた。人生初となる月400㌔を走り込み、台風に合わせるかのように佐渡へと海を渡る。そして迎えた、初めての超ウルトラ。意外にも190㌔までは脚は動いてくれた。しかし超ウルトラの世界はやはり厳しかった。無事ゴ-ル出来たのはいいが、その後1週間瀕死状態が続く。来年何とかリベンジ(目標32時間、かつ大会後の打上参加)を果たした暁には、是非とも翌春のさくら道にエントリ-したいと思っている。
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超ウルトラ初完走(佐渡一周208㌔)  ※南さん、又どこかで会いたいな


11第28回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2018.4.22(45歳) 100㌔ 12時間4分完走                          394位/1689人 完走率61.2%  ※初めて50㌔5時間を切るも終盤大失速  
12第24回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン 2018.5.20(45歳) 100㌔ 12時間43分完走                        558位/1986人 完走率71.2%  ※『要はハ-ト』の応援メッセ-ジが心に響き復活
13第7回飛騨高山ウルトラマラソン 2018.6.10(45歳) 100㌔ 12時間27分完走                  580位/1887人 完走率74.2%  ※予期せぬ応援幕の期待に応えられず無念   
14第13回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-ウルトラ遠足 2018.9.22(45歳) 208㌔ 36時間54分完走          23位/164人 完走率75.6%  ※ゴ-ル後の宴会まで楽しめたが目標の32時間は程遠く 
15第7回能登半島すずウルトラマラソン 2018.10.21(45歳) 102㌔ 12時間54分完走              132位/333人 完走率73.8%  ※佐渡で痛めた右膝の激痛に耐え無事完走


4年目のシ-ズンが終わったが、あまり進歩がないような、収穫の少ない1年だった。昨年の自分に対して辛うじて勝ち越したのがせめてもの救いとなるが、100㌔の記録は更新出来なかった。仮眠なしで挑んだ佐渡も目標の32時間とは程遠く、辛うじて36時間台をキ-プするので精一杯。目指すさくら道には40㌔及ばず、この差はかなり大きいものと痛感した。今の僕にはさくら道を走るイメ-ジが全くつかない。来年は是が非でも練習で名古屋~高山(160㌔)の24時間走をやり、何とか佐渡へとつなげたい。今の僕の一番の目標は、取りあえず24時間で最低160㌔。これくらい楽に出来ないと、間違いなく僕に未来はないだろう。


16第29回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2019.4.21(46歳) 100㌔ 11時間40分完走                          377位/1667人 完走率71.1%  ※最後5㌔だけは納得の走りだった
17第25回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン 2019.5.19(46歳) 100㌔ 13時間12分完走                              799位/1956人 完走率70.7%  ※肉離れした状態で残り91㌔を走り切った
18第2回南砺100㌔マラニック 2019.6.2(46歳) 100㌔ 12時間56分完走           105位/337人 完走率81.3%  ※肉離れ再発にも負けず、エイドのグルメを堪能
19第8回飛騨高山ウルトラマラソン 2019.6.9(46歳) 100㌔ 12時間58分完走              1038位/2115人 完走率77.0%  ※肉離れと膝痛で両脚を失うも、救世主現れる
20第14回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-ウルトラ遠足 2019.9.21(46歳) 208㌔ 36時間54分完走    35位/166人 完走率68.6%  ※転倒し左膝を負傷するも、驚きの昨年と同タイム


5年目のシ-ズンはとにかく試練に見舞われた。野辺山1週間前に右ふくらはぎ肉離れを発症。欠場も考えたが、肉離れした状態で野辺山、南砺、飛騨高山の4週間3連戦に挑み、何とか全て完走。二度と走れなくなっても構わない・・、そんな強い覚悟だけは終始貫けた。しかし代償は重く、肉離れ完治に長引き、走り込み不足で挑んだ佐渡。ふいに72㌔で転倒し左膝負傷。又も危機に見舞われるがその後奇跡の復活を遂げる。予定していた能登珠洲は肉離れの完治に自信がなかった為、初めてエントリ-を見送った。西田さん、佐藤さん、今年は自分一人ではどうにもならない場面で仲間に助けられた。僕が目指すは、さくら道。しかし来年から制限時間が1時間短縮され35時間に。ただでさえ厳しいのに、更に遠い存在になった。現実的に考えると佐渡を28時間台(今年で言えば上位6位以内)で走らないと、さくら道での完走は難しい。
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奇跡の完走劇(飛騨高山100㌔)  ※トイレの神様、本当に有難う!


21第30回チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン 2020.4.19(47歳) 100㌔ 中止(コロナ)    ※ル-ト41(名古屋-高山160㌔、24時間)を代わりに実施!
22第26回八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン 2020.5.17(47歳) 100㌔ 中止(コロナ)
23第9回東尋坊愛のマラニック 2020.5.23(47歳) 103㌔   ※エントリ-済
24第3回南砺100㌔マラニック 2020.6.7(47歳) 100㌔ 中止(コロナ)
25第9回飛騨高山ウルトラマラソン 2020.6.14(47歳) 100㌔  ※エントリ-済
26第15回佐渡島一周エコ・ジャ-ニ-ウルトラ遠足 2020.9.20(47歳) 208㌔  ※エントリ-済




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